東京音楽隊、呉音楽隊と今シーズンの定期演奏会を立て続けに聴きましたが、
今回、怒涛の定演めぐりの最後となる横須賀音楽隊の定期演奏会に行って来ました。
横須賀音楽隊の春の定演はこれで51回目となります。
東京音楽隊が56回目、呉音楽隊が47回目と、微妙に
定演の回数が違っているのに気がつきましたが、
海上警備隊時代にはすでに組織されていた音楽隊が前身である
東京音楽隊(発足は1951《昭和26》年)の回数が多いのは当然ですね。
ちなみに横須賀音楽隊の発足は1954年、舞鶴、佐世保音楽隊は55年、
呉、大湊音楽隊は56年となります。
(それにしても、『呉音楽隊』で検索すると
『呉音楽隊 イケメン』
『佐世保音楽隊』で検索すると
『佐世保音楽隊 かわいい』
と出てくるのは一体なに?)
昨年の第50回定演も聴かせていただき、チャレンジングなプログラムを
果敢に攻めるその音楽的姿勢に刮目しさらに相待せずにはいられない
注目の音楽隊、横須賀音楽隊ですが、昨年タクトを振った樋口隊長は
その後東京音楽隊長に就任され、新体制での定演を聞くのは初めてです。
昨年と同じく、今回も会場は横浜みなとみらいホール。
独立した建物ではなく、クィーンズのモールに組み込まれた形のホールなので、
ロビーなどが狭いのが少し難点ですが、便利です。
周りにずらりとどこかで見たことのある頭じゃなくてお顔が。
周りから聞こえてくる会話も「元中の人」多めと見た。
わたしの隣の席二つは、最初から最後まで空いたままでした。
会場に着くと、コントラバス奏者が出て来て、その後少し楽譜をさらっていました。
こちらの方も楽譜チェック。
何度乗っても本番前は緊張するものなのかもしれません。
みなとみらいホールは立派なパイプオルガンがあり、以前、
ワンコインランチコンサートと称して昼間にオルガン演奏が聴けましたが
今はどうなんでしょうか。
指揮者の譜面台のところにいるのはもしかして、まりちゃん?
言葉から音楽へ〜from Words to Music〜
さて、コンサート開始です。
前半と後半のテーマを分けて、指揮者も前半と後半で別という異例の(ですよね)
形態で行われました。
前半の指揮は森田信之2等海佐。
森田2佐は横須賀音楽隊副隊長です。
オーバチュア・ファイブ・リングス 三枝成彰
1985年度課題曲(A) Overture FIVE RINGS
「ファイブリングス」というからチューブラー・ベルズみたいな近未来ものかと思ったら、
「ファイブリングス」=「五輪」、つまり宮本武蔵の五輪書のことだそうです。
テレビドラマ「宮本武蔵」のタイトルのために作ったモチーフで構成された、
いかにもヒーローもののテーマらしい勇壮な曲で、
冒頭のピッコロは「お通のテーマ」、序奏の後に金管で演奏されるのが
「武蔵のテーマ」で、クラリネットの上下によるスケールで伴奏されます。
第一部のテーマは
「作曲家が詩や文学から触発された曲」
だそうですが、三枝氏は五輪書からインスパイアされたわけでもなく、
ただテレビドラマ「宮本武蔵」のタイトルのために原曲を書いたにすぎません。
曲そのものも一昔前の東映映画みたいというか、良くも悪くもテレビドラマのテーマ、
という感じで、個人的にはあまりこの曲そのものは評価できませんでしたが、
本日のテーマに観客を引き込むことはできたのではないでしょうか。
(わかりやすいし)
ところで、この演奏中から右側ステージ寄りのファゴット奏者の動きが
大変目立つので、見ている側としては大変気になっていたのですが、
実はこの関水正智三曹がコンサートマスターであることが後でわかりました。
前回、「ブラスオーケストラのコンマスは通常クラリネット奏者である」
と書いたのですが、早速通常ではないケースです。
それから、前回の呉音楽隊の時にはエキストラとして、佐世保音楽隊から
何人かの奏者が乗っていましたが、今回はクラリネットに一人、
鍵盤と打楽器に一人ずつ、民間のトラが来ていて少し驚きました。
他の音楽隊から呼んでくるということはしないのかと思ったら、
何人かは東京音楽隊、大湊音楽隊からのトラだったようです。
交響的詩曲「蜘蛛の糸」 福島弘和
これはもうテーマそのものでしょうね。
ちなみに作曲者の福島氏は、
会場では、司会者が「蜘蛛の糸」のストーリーを
誰もが作品の中に入っていけるように紹介してから演奏が始まりました。 「お釈迦様があるく天国の様子」 「生前の極悪人たちが蠢く地獄の情景」 「カンダタの生前の唯一の善行」 「垂らされた一本の蜘蛛の糸」 「それに群がる地獄の人々、追い払おうとするカンダタ」 「ぷつりと糸が切れ、再び地獄に落ちるカンダタ」 こんな調子で大体ストーリーを追うことができる仕組みです。
平和で退屈な天国から地獄を見てふとした気まぐれから
蜘蛛の糸一本降ろして想像されうる大騒動を引き起こし、挙句は
地獄落ちしたとはいえ他人の感情を試し弄んだ末 「ふっ」とため息を漏らす、
・・・・あんたいったいなに様? あ、お釈迦様か。 曲は、天国の様子を表した後、エンディングとして「蜘蛛の糸が切れる」
様子をあえて一番最後に持って来たように聞こえました。
音楽的に「荒ぶる」部分が何度も出て来てどれが本当のクライマックスかわからないのですが、
これは作曲者に意図を聞いてみたいところです。
前半の感情表現は少し溜めて、後半のいよいよ、という時に
放出してもいいかもしれない、と感じました。 ふるさとの空『啄木によせて歌える』 越谷達之助
前回のアンコールで啄木の詩による「初恋」を
横須賀音楽隊歌手である中川麻梨子士長が歌い、満場にため息を吐かせたものですが、
今年は同じ歌集から、「ふるさとの空」が歌われました。 ふるさとの空遠みかも 高き屋に
ひとりのぼりて愁いて下る
相変わらず中川士長の声は人の心を惹きつける説得力があります。
微塵も不安定な要素のない、艶のある高音部。 低い音域もくぐもることのないクリアな発声。 ステージングもすっかり堂にいって貫禄も出てきたように見えました。 からたちの花 山田耕筰 この後、中川士長の歌で続いてもう一曲、「からたちの花」が演奏されました。 ミュージカル 「レ・ミゼラブル」より クロード−ミシェル・シェーンベルク
個人的には去年の夏ブロードウェイでミュージカルを観て、
全曲詳しく知っていたということもあって、とても楽しめました。
兼ねてから名前を見て気になっていたのですが、調べて見たら、やはり
大伯父(祖父の兄)はあの12音技法のアルノルト・シェーンベルグなんだそうです。
というわけで、小説、詩などを題材にした曲を集めた前半が終わりました。
Music to Heroes 〜英雄たちへの音楽〜
休憩を挟んで、後半のテーマです。
しかし、音楽まつりなどでも、自衛隊音楽隊の企画というのは
毎回よくこれだけいろんなことを考えるものだと感心させられます。
漫然といろんな曲をやるのではなく、必ず一貫したテーマのもとに
関連する音楽を集めて紹介するというのは、聴きにくる聴衆にも
理解しやすく、楽しむことを容易にする工夫と言えます。
後半はタイトルにもある通り、英雄たちへのオマージュがテーマとなっていて、
まずは大航海時代の世界一周のチャレンジャーマゼランに捧げる曲、
マゼランの未知なる大陸への挑戦
海上自衛隊東京音楽隊 Tokyo Band
テーマがテーマなので、海上自衛隊がよく演奏する曲となっています。
youtubeは8年前の第49回定期演奏会で同曲を演奏する東京音楽隊。
隊長はもちろん、メンバーもかなり変わっているように見えますが、
8年も経っているのですから当然でしょうか。
後半からは横須賀音楽隊隊長である植田哲生三佐が指揮台に上がりました。
三佐ということは、大変若い隊長です。
アメリカの騎士より 選ばれしもの S・メリロ
開演前に、コントラバスの奏者がさらっていたのはもしかしてこの曲だったのかな?
オリジナル譜では、ベースはエレキベース指定らしいですね。
ドライブする16ビートが基本なので、エレベ指定で書かれたベースラインは
コンバスには実際なかなか大変だったのではないでしょうか。
コンバスにとってのみならず、ブラスバンドオケにとって難曲であるので、
これにあえて挑戦し、普通に聴かせてしまっている横須賀音楽隊は
やはり実力があるのだと改めて思わされました。
そしてこの場合の「英雄」とはなんとびっくり!宮本武蔵なんだそうです。
宮本武蔵はアメリカの騎士とちゃうでー。
と普通に思うのですが、武蔵はメリロにとっての「スーパーヒーロー」でもあったのでしょう。
アメリカ人にとって宮本武蔵は、日本におけるキングアーサー程度には有名です。
息子に買ってやった「ニンジャ」の本に『アナザー侍』として載っていましたっけ。
マン・オン・ザ・ムーン 清水大輔
この曲におけるヒーローとは、月面着陸を目指したアメリカ人たち。
・・・というか、「人類」でしょうか。
4度〜4度で上昇するメロディ、要所要所で打ち込まれる鐘、
「タン・タタタ・タン・タタタ・タン・タタタ・タタタタタタ」という
おなじみの前進のリズム。
まさに宇宙飛行士たちを描いた映画「ライトスタッフ」のテーマのような要素ですが、
最初の部分は、
JFKの演説、「困難だから挑むのです」
から始まります。
3分ほどのところには混沌とした部分がありますが、これは
ロケットの噴射、そして飛行、または飛行士たちの不安や
飛行中のアクシデントなどを表現しているということです。
管楽器のアンサンブルもよかったですが、何と言っても打楽器が大活躍の曲でした。
(打楽器奏者の一人はいくつかの楽器を掛け持ちで、
あちらこちらに移動していましたが、彼女に是非殊勲賞をと個人的に思う)
そしてなんと、会場には作曲者の清水氏が来て紹介されました。
曲が終わった時、周りに座っていた誰か(きっと海自の元偉い人)が
一人は「うん!」とつぶやき、一人が「後半よかったね」と
隣の人に話しかけているのが聞こえて来ました。
初めての曲ばかりなのにこれだけ楽しめてしまうというのは
何と言っても企画の良さであり、難曲をこなす同音楽隊の実力の賜物でしょう。
そして極め付けにアンコールで登場した中川士長が
「或る晴れた日に」歌劇「蝶々夫人」より ジャコモ・プッチーニ
を見事に歌い上げました。
すごかったです。
この曲をこれだけ歌える歌手は、全自衛隊で彼女だけだとわたしは断言します。
すっかり引き込まれた後半の締めくくりとして彼女の歌が終わると、
エキストラの民間人が舞台の袖から出て行き、恒例の行進曲「軍艦」が始まりました。
拍手する人としない人は半数。
わたしは「しない派」ですが、周りの元海自さんたちも半々くらいです。
わたしの近くには元海将とその奥様が座っておられたのですが、
「軍艦」が始まってすぐ、元海将が右手でずっとタクトを降るように動かし、
時折左手で拳を握り、「ぐっ!」としているのにわたしは目が釘付け。
いつまでするのかなと思って見ていたら、最初から最後までずっとでした。
海上自衛隊入隊以来、何回も何回も何回も聴いて来て、さらに
退官してからも何回も何回も聴いて来た曲に対して、このアクション。
あまりの微笑ましさにわたしはもう少しで萌え死ぬかと思いました。
最後まで楽しんだ横須賀音楽隊の演奏が全て終わり、皆が会場を
外に出るのを、一列に並んで口々にありがとうございました、と
声をかけながら一人一人にお見送りのお辞儀をする隊員たち。
そう、これだからわたしは自衛隊を愛さずにはいられないの(笑)
今回の演奏会参加に際し、ご配慮いただきました全ての皆様、
植田隊長と横須賀音楽隊の皆様に心からお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。