アメリカから帰ってきて最初に参加を予定していた行事は、
高松市に寄港した砕氷艦「しらせ」の艦上レセプションでした。
わたしは帰国後中一日で高松に前乗りし、高松からレンタカーを借りて
瀬戸大橋を渡り、岡山での用事をこなして次の日は高松でレセプション、
(合間には高松観光)というスケジュールを立て、
なんて美しい計画なんだ!悦にいっていたのですが、
豈図らんや、大型台風が直撃するという予報に続き、
呉地方総監部から入港が中止になったとの連絡を受けたのです。
連絡があった日は爽やかな秋晴れで、
「こんないいお天気なのに台風なんてくるの?」
と信じられない思いでしたが、さすが日本の気象予測はきっちり外さず、
台風は律儀に予報通りの日にやってきました。
うちの近所でも公園の木がざっと5本はなぎ倒される被害を受け、
ここ何十年かの間で一番強い台風であったことを実感したものです。
現地の報告によると、レセプションの当日朝には強風が吹き始めたとのこと。
たとえ強行していても、翌日の直撃で飛行機は飛ばなかったはずですから、
わたしなど高松で足止めをくらうことになっていたでしょう。
中止の決定は主催者として心苦しいものだと思いますが、結論としては
今回も自衛隊らしい英断でことなきを得たということになります。
その後、呉地方総監部からは、地方総監名で
「天候の都合とはいえ、楽しみにしていただいたご来賓の方々には
ご迷惑をおかけいたしました。
また、行事開催直前のご案内となりましたことを合わせてお詫び申し上げます」
という丁寧な封書によるご挨拶が送られてきたこともご報告しておきます。
さて、神戸は三菱重工業で行われる潜水艦の進水式は、
台風が去った翌週の10月4日に行われました。
天候があまり優れないのを心配しながら空港に向かいます。
今回は荷物を軽くするためにニコン1に広角レンズで乗り切りました。
神戸空港行き0620の飛行機(こんな時間しかなかった)に乗り込むと、
今ちょっと話題になっているスターウォーズANAを目撃しました。
昔聞いたことがあるのですが、この飛行機のペイントって、
重量が大幅に増えて(数百キロ)燃費が悪くなるそうですね。
三田あたりの山間部でしょうか。
到着後、神戸空港の上島珈琲店で軽く朝ごはんを食べて、
電車を乗り継いで三菱重工に到着したのは受付開始の9時過ぎでした。
いつものように門のところには受付のテントが設えてあって、
名札とリボンをもらうと、自衛官が控室までエスコートしてくれます。
歩きながらエスコート自衛官が、
「今日は注水式なので迫力はないかもしれません」
ああ、そうだった。
三菱は滑り降り式ではなく、潜水艦ごと船渠に沈降させる方式、
「進水」式ではなく「注水」式だという話を聞いたことがあります。
そういえばわたし、三菱での進水式は初めてでした。
案内してもらいながらこの自衛官と話をしたところ、
彼も艦艇出身で、今は陸上勤務をしているので、
潜水艦についてはあまりよく知らないということです。
「長崎の三菱では滑り台の進水を見たことがありますが」
艦艇乗り、と聞いてふと何に乗っていたか尋ねてみると、1年以上前、
一般見学の時に見学者がエレベーターから落ちて騒ぎになった、
あの護衛艦「ホワイトベース」(仮名)でした。
そこでさらに実際のところを聞くと、やはりあの事故は
わたしがここで予想したとおりの経緯だったことがわかりました。
しかも、事前に本人には周りが注意していたとか・・。
つまり注意を聞かずにフラフラ歩いて落っこちたってことですよ。
「やっぱり・・・そんなことだろうと思ってました」
ただ、彼は、
「いくら一般客が多かったといっても、私どもの方にも
もっと注意するべき点があったと反省するところです」
と組織の一員であるご自身の立場をきっちりと弁えた一言も忘れず、
さすが自衛官、とわたしを感心させたことも書いておきたいと思います。
進水式開始は11時。
控室で式典開始の45分前まで過ごし、現場まではバスで移動します。
この間も現場でも、写真撮影は禁止を言い渡されています。
バスを降りてからクレーンの下を通るようにして進水式現場に行くと、
(潜水艦)
音楽隊
自衛官・社員 自衛隊高官・防衛省 招待客
こういう配置で観覧席が設けてありました。
いずれの席も櫓を組んで、少し高くなっているのが大掛かりですが、
このやり方も三菱が大正7(1918)年に手がけた最初のライセンス生産、
呂ー51潜水艦の建造を始めたころから少しずつ形を変えつつ
受け継がれてきた形にそっているのでしょう。
ここで立ったまま、人が入り、一番最後になって
命名を行う命名者が入場してくるのを待ちます。
皆することがないので目の前の景色をぼーっと見ているわけですが、
わたしが注目したのは潜水艦のスクリューでした。
スクリューを見れば性能がわかってしまうという潜水艦、
進水式の時にはスクリュー全体をカバーで覆ってしまっていたのです。
カバーは巨大なスクリューを完全に根元までおおう茶色のもので、
もしかしたら従業員に対しても日頃は秘匿しているのかもしれません。
観覧台は真ん中の支綱切断台がある席にはもちろん、
自衛官や音楽隊の部分には天蓋があるのですが、招待客の部分だけ
どういうわけか露天で、雨が降ったら悲惨なことになる気配が濃厚。
今にも雨が降りそうな天気とはいえ、始まってしまえば
10分で全てが終わるとプログラムに書いてあるので、
それまで保ってくれと祈るような気持ちです。
もちろん傘は持っているので、もし本格的に降ってきたら
傘をさしていいのか、近くにいる自衛官に聞いてみようと思いましたが、
彼らは日頃傘をさすことなど全く認識にない生活を送っているせいか、
細かい雨が降り出していることすら気づいてなさそうだったのでやめました。
待つこと3〜40分、海自には珍しく、定刻を少し過ぎて
今日の命名者である村川海幕長が入場してきました。
通常進水式の命名は防衛大臣か政務官が行うことになっていますが、
まだ第4次安倍内閣が組閣して2日目という状態だったので、
防衛省関係の議員の予定が抑えられなかったのでしょう。
個人的には、わたしは政治家より海幕長の方が防衛省代表として
相応しいと思うので、これが見られたことを嬉しく思いました。
その後、開式に先立ち、冒頭の産経新聞ニュースにもあるように、
三宅由佳莉(あ、今初めて彼女の名前が一発変換できた)三等海曹が
無伴奏で「君が代」を奉唱しました。
ところで本当にどうでもいい話ですが、彼女が国歌を凛として歌い終え、
きりりと回れ右をした時に、なぜかわたしの脳裏に、
「三宅海曹が滑る映像」
がありありと浮かんだのです。
もっとびっくりしたのはその次の瞬間本当に彼女が足を滑らせたことでした。
あまりのタイミングにわたしは心臓が凍るかと思ったのですが、
さすが彼女は転んだりせずホッとしました。
わたしは稀に出来事をその寸前に予知することがあるのですが、
あの角を曲がったら犬がいて追いかけられる→本当にいた!という
レベルの実にしょうもないことばかりで、なんの役にも立ったことがありません。
今回もその無駄な能力がなぜか発動してしまったというわけです。
冒頭に挙げた産経のニュースでは三宅三曹ばかり映っていますが、
それは制作側が、注水式が挨拶も何もなく粛々と行われ、
さらに絵面として面白くないので、この判断をした結果でしょう。
進水式そのものは大変シンプルなものです。
ただ粛々と国歌を奏し、命名の儀式として支鋼切断を行うと、
ピタゴラ装置によって酒瓶が艦体に叩きつけられて割れ、
同時に名前を覆っていた布が外れ、あとは進水して終わり。
アメリカなどは最近でも命名者の女性が瓶で艦体を殴打します。
たまに割れないことも(ex.オバマ夫人)あるようですが、
我が日本ではそんなことになりようがないと今回確信しました。
上に紐で支えられている瓶は振り子状に艦体に叩きつけられますが、
艦体には瓶が当たる位置がちょうど構造物の角のある部分で
その角が確実に瓶を仕留めるように計算されているのです。
そして当然のように瓶が割れ、「おうりゅう」の文字が現れたとき、
今回「桜龍」を予想していたわたしは内心快哉を叫んだのですが、
後から「おうりゅう」は「凰龍」であったことが判明しました。
うーん、惜しい。
この日参加者に配られた記念の栞には、ご覧のように
鳳凰が払暁の空に飛び立つ姿が描かれています。
そして命名式が終わり、いよいよ進水の準備が始まりました。
以下、できるだけ事実に忠実に描写してみます。
岸壁にヘルメットを被った三菱の作業員が立つ。
旗を持った手を振り上げ、
「進水準備」「進水準備完了!」
「進水!」
♪ジャーンジャーンジャンジャカジャッジャッジャジャジャジャジャッ!
(呉音楽隊の奏でる行進曲『軍艦』)
・・・じょぼぼぼぼ(水の出る音)
「・・・・・」観客
しゅわしゅわ〜(立ち上る水煙)
「これをもちまして進水式を終了します」
「(これだけかいっ!)」(皆の心の声)
つまらないつまらないとは聞いていましたが、本当につまらなかったとは。
会場のアナウンスが注水式進水の仕組み?について、
「注水された船渠に潜水艦の艦体が沈降していきます」
と言っていたので、この後じわじわと艦体が沈んでいくのかと思っていたのに。
後で潜水艦出身の方にお聞きしたところ、
「あれから潜水艦を沈めるのに3時間はかかります」
まさか進水式でそれをずっと見ているわけにもいかないので、
水を出すところだけでお茶を濁す?のが注水式だと理解しました。
ところでね。
この日(朝日はいませんでしたが)毎日新聞の記者を報道席で見つけました。
どんな記事を書いたのか確かめてみましょう。
海上自衛隊の最新鋭潜水艦の命名・進水式が4日、
三菱重工業神戸造船所(神戸市兵庫区和田崎町1)であった。
同造船所で建造された潜水艦は戦後28隻目で「おうりゅう」と名付けた。
潜水艦としては世界で初めてリチウムイオン電池を搭載し、速力が向上する。
進水式では、防衛省や同社関係者ら約300人が見守る中、
村川豊海上幕僚長が支綱を切断、紙吹雪が舞った。
「おうりゅう」は知識が豊富で、人間性や性格などを良くする竜という意味だという。
(略)
建造費は約660億円。
内装工事をして、2020年3月に防衛省へ引き渡す三菱重工業は
今年で潜水艦建造100周年を迎えている。
うへー、なんて稚拙な文章を書く記者なんだ。
内容はともかく、文章下手すぎ。
高等教育を受けたのかどうか疑われるレベル。
最近のモノ書きは、自称ジャーナリストとかいってる連中など特に、
変な思想に染まっている以前に基礎的文章力がないのが多いですが、
特に
「知識が豊富で人間性や性格を良くする龍」
って何なのこれ。
知識が豊富なのは龍?
人間性や性格を良くするって、誰が誰を良くしてあげるの?
そもそも「人間性や性格を良く」って学級会のテーマじゃあるまいし、
もうちょっと他のそれらしい言葉は見つからなかったの?
と呆れたので思わず書いてしまいましたが、それはともかく、
産経デジタルIZAの記者はどう書いているかと言うと、
艦名は豊富な知識を持つ縁起の良い龍にちなみ、
「おうりゅう」と名付けられた。
せめてこれくらい書いてもらわなければね。
ただし、この産経記者、本当に現場にいたのかどうか
記事を読むと大変怪しいのです。
海自呉音楽隊による「軍艦マーチ」の演奏とともに、
海上幕僚長の村川豊海将が潜水艦を固定していた支鋼を切断すると、
海中へ潜行していった。
だから海中に潜行していってねーから。
潜行させる人は誰も乗ってないしそもそもまだ中空っぽだから。
だいたい、支鋼は艦体を固定していたのではなく、ピタゴラスイッチで
シャンパンの瓶を割り、名前を隠していた垂れ幕を外すためのもの。
案の定この記事を取り上げたネットサイトには、
>海中に潜行していった
いきなり?
と不思議がる(まともな)人がおりました。
おまけに、知ったかな人がもっともらしくこんなことを書いてます。
舵とスクリューはバレちゃいかんから、もともと半分は潜ってる
半分も何も全く潜ってねーから。
舵がどこのことを指すのかわかりませんが、スクリューは
先ほども書いたようにカバーで隠していただけ。
自分がこの目で見たことを記事と照らし合わせて検証すると、
いかにメディアが本当のことを伝えていないかがわかってしまいます。
そうではないかと思っていましたが、見たことを正しく伝えることすら
ろくにできない者が記者を名乗れる世の中になってたんですね。今は。
さて、気を取り直して次に行きましょう(笑)
進水式の後、我々は社内敷地のビルにある祝賀会会場に移動しました。
続く。