少し前、ネット界隈でこんなニュースを目にした方はおられるでしょうか。
海上自衛隊の防衛交流の会合に韓国と中国も参加へ
海上自衛隊がアジア太平洋地域の各国海軍の幹部を招いて毎年開いている会合に、
レーダー照射問題などで関係が悪化する韓国から幹部が参加するほか、
中国も6年ぶりに参加することになりました。
海上自衛隊は「信頼関係の構築を図っていきたい」としています。
この会合はアジア太平洋地域の各国海軍と互いに理解を深めようと、
海上自衛隊が各国から大佐級の教官を招いて、毎年開いているもので、
ことしは今月25日から都内の海上自衛隊幹部学校で始まります。
こうした部隊の交流をめぐって、日本と韓国の間では
レーダー照射問題が起きて以降、護衛艦の韓国への寄港が見送りになったほか、
韓国海軍の司令官の来日が延期されるなどの影響が出ていますが、
海上自衛隊によりますと、今回の会合には韓国海軍から中佐1人が
例年どおり参加することになったということです。
また、中国海軍からも6年ぶりに大佐1人が参加することになったということで、
会合では人道支援や災害救助への関わり方について意見を交わすことになっています。
これについて、海上自衛隊トップの村川豊海上幕僚長は
「両国の参加は地域の安全保障に資するものだ。
信頼関係の構築を引き続き図っていきたい」と話しています。
このニュースに対するネット民の意見は軒並み否定的で、
レーダー照射事件もカタがついていないのに呼ぶべきではない
もはや敵国なのに招待はおかしい
こういうことをやるからナメられる
などという意見ばかり。
ジャーナリストの有本香氏などもネットニュースでこれに触れ、
「韓国を呼ぶなら防衛大臣が説明する必要がある」
と、韓国軍の参加に反対を唱えているかのような口調を隠しませんでした。
上の意見はまともな方で、中には
呼んどいて吊し上げられるのならまだしも、相手から一方的にまくし立てられて
黙り込んでしまう日本側、がいつものパターン
という、明らかに国際裁判所と勘違いしているものや、
関係改善のために招待したのにわざわざ中佐とか微妙なところをよこされる日本
など、セミナーのタイトルになぜ「海軍大学」と付いているか知りもせず
「火のないところに煙」「ストローマン理論」による誹謗を繰り広げるもの・・・。
有本氏の非難も含め、これらのネットに渦巻く意見のようなものは、
過去何度も行われてきた(今年で22回目)海軍大学セミナーの意義と目的について
何も知らなければ、当然出てくる種類のものだろうなあと感じます。
ところでわたしが何故如此く「中の人」であるかのような物言いをするかというと、
海軍大学主催のセミナーには、昨年度身内が参加したことから、
その内容についてもある程度の知識があり、さらにはこのニュースが出た時、
このセミナーを聴講させていただくことが決まっていたからでした。
非常に限られたスペースでの催しであり、参加対象者が
学校側の招待した「関係者中の関係者」に限られていたのにも拘らず、
どうしてわたしごときがそこに行くことができたかについては
諸事情によりここでは説明できません<(_ _)>
しかし、その内容と意義について、世間のほとんどの人々、そして
有本氏のような保守系ジャーナリストと呼ばれる人達ですら
全く理解していないらしいのを、ニュースやその他媒体によって知り、
やはりここはその内容について少し書くべきだと考えました。
海大の防衛セミナーは、3日間に渡って行われます。
初日にテーマに基づく基調講演が行われ、それに続いて同日のうちに
研究会ごとに決められたテーマについて数カ国が発表を行います。
研究会では一人のディスカッサントがファシリテーター(調整役)と協力して
テーマについて討議を行うという形式で進んでいくことになっています。
例えば、三日目の研究会IV(4回目)、問題の韓国軍の中佐が
発表を行うことになっていたセッションのテーマはこのようなもの。
「主要な海上交通路における海賊対処および
海上テロ対策のための海軍間の相互協力」
韓国以外の発表国はロシア連邦、ベトナム、シンガポール、インドネシアの5カ国です。
これらも全部聴ければよかったのですが、わたしが聴講を申し込んだのは
事情により最初の基調講演だけでした。
そのころはまだセミナーの開催はニュースに上がっていませんでしたが、
参加を申し込んだとき、対応してくださった方にプログラムを見ながら
「韓国海軍も来るんですね」
というと、
「韓国は毎年来ていますし、海自との関係はずっと良好なので、
おそらく今回も例年通り、テーマに則した普通の(当たり障りのない?)
ことを言うのではないかと思います」
と答えられました。
「海軍大学にも韓国からの留学生がいますしね」
それでは今年6年ぶりに参加する中国海軍はどうかというと、
かつて中国からの参加者が基調講演の演者に議論をふっかけ?
険悪な雰囲気になったとかいう噂をどこからともなく聞いたことがありますが、
それで参加が6年途絶えたというわけではなさそうです(笑)
中国海軍は予定表によると二日目、仏、豪、ニュージーランド、ブルネイと共に
「相互理解(異文化理解)促進のための各国海軍間の取り組み」
について発表を行うことになっていました。
ここは思い切って、中国を南シナ海沿岸国のフィリピン、シンガポール、
マレーシア、インドシナの中に放り込んで同じテーマでやって欲しかった。
険悪な雰囲気は避けられなかったかもしれませんけど(笑)
さて、開式に先立ち、オープニングとして海軍大学・・・じゃなくて
海上自衛隊幹部学校校長である湯浅秀樹海将が壇上で
アジア太平洋諸国海軍大学セミナー、「APNCS」は
「Asia Pacific Naval College Seminar」
のことであり、参加対象国は現在27カ国であること
中華人民共和国解放人民海軍の参加は6年ぶりであること
インド太平洋地域においては
”Oceans are a highway of logistics."
海洋は物流の中心であり、各国に繁栄をもたらすためには
そこにおける秩序が守られねばならないこと
そのためにも「Navy law」に基づき各国海軍が理解と交流を深めることが大事である
というようなことを挨拶されました。
各国から来た海軍士官たちは自国の海大に在籍する中、大佐クラス。
海軍士官の中から選抜された超エリート軍人ばかりです。
彼らはこの三日間のディスカッションを終えてから、横須賀地方総監部を訪問、
さらには箱根と甲府での文化ツアーに参加することになっているそうです。
湯浅校長の挨拶の中にも、日本が来年のオリンピック開催地、そして
ラグビーの世界大会開催地になることに続いて、日本独特の文化について
是非とも理解を深めていただきたい、というような言葉がありましたが、
文化ツァーとはその一環として箱根の温泉にでも連れて行くのかもしれません。
甲府ではワインとニンジャ体験とか?
さて、わたしの聴講した基調講演の演者は元外交官であり、現在は
内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長
であり、安倍総理のブレーンである兼原信克氏です。
「開かれたインド太平洋に向けて」
というタイトルで、映像や画像、説明のためのパワーポイントなどを使わず、
流暢な英語だけで最後まで演説されましたが、わたしは
世の中にはこんな知的な英語を喋る人がいるのかと感動しました。
おそらく日本語でも同じように明快で論理的な言葉を使う方なのでしょう。
以降ごく大まかな内容です。
古代文明は大河のほとりに生まれたが、産業革命は文明国となる力となり、
イギリスを強国にすることでパワーバランスが書き換えられることになります。
そこから世界の権力のせめぎ合いによる混乱の時代が始まり、
200年経って、ようやく平等な世界のコンセンサスを得るまでの間、
二つの世界大戦を含む権力闘争によって多くの血が流されることになるのですが、
戦後、一度も植民地化されたことのない日本とタイ以外のアジア諸国が
全て独立し、小国も大国と平等な意見を持つに至りました。
アメリカではキング牧師などの公民権運動によって、それまでの
憲法の理念が法理念と整合性を持つようになり、つまり
本当の意味での民主化が行われ、韓国でも軍事政権が瓦解し
真に民主化されたのは実は1987年のことです。
シンガポールなどアセアン諸国も「ASEANウェイ」によって
経路を積み上げて互いに発展しようとしています。
(このASEANウェイの下りは当方不見識でちょっと理解できず。
それそのものの意味は『内政不干渉』だと思うのですが)
それでは、海軍の存在意義、目的とはなんでしょうか。
それは自国の防衛のみならず、開かれ、自由であるべき海洋において
その秩序が維持されるように活動することです。
海上交通がシルクロードで運ばれてきたアジアの物質を
イタリアがヨーロッパにもたらし、スペインはアメリカ大陸を発見し、
支配することで大国に踊り出ました。
ヨーロッパを支配していたスペインの無敵艦隊を破り、次世代の
世界の覇者となったのはイギリスです。
つまり、海はこのように世界の勢力地図が書き換わる時に
常に重大な役目を果たしてきました。
海上交通によってものが運ばれ、文明をつなぐことができたのです。
インターネットがこの世に現れてからは、情報については瞬時に
世界とこれを共有することが可能になりましたが、
海が物流に大きな役割を持っていることは昔と変わっていません。
日本では今、どんな人でもヨーロッパのワインやチーズを楽しむことができます。
世界は自由貿易の競争の場となり、日本は今や対外貿易赤字のが最大、
かつて1ドルが360円だった国は、今や豊かな投資国となりました。
アメリカ国内で日本企業の雇用者は今80万人います。
日本企業は海外に工場を持ち、経済的な絆を保っています。
あの東日本大震災が起こった時、世界で唯一のパーツ企業が壊滅しました。
その時その企業に助けの手を述べたのはタイでした。
日本はまたフェアトレードを行い、技術支援やインフラの整備を行うことで
発展途上国との絆を築いてきた歴史を持ちます。
海は開かれていなければならない、というのは、例えばオイルなどの
液体を運ぶことを考えればわかりやすいでしょう。
産油国ではない日本は、毎日15隻のタンカーがもしこなくなれば
経済がたちまち成り立たなくなってしまいます。
それは日本だけに限ったことではありません。
ですから各国は海軍同士で連携して海賊対策にあたり、
シーレーンの安全を確保するのです。
海賊は組織化され、それ自体が国のようになっていた時期があるのですが、
これを打ち砕くために各国海軍が協力し、現在に至ります。
かつてマラッカ海峡は「マラッカの海賊」が跋扈し、民間船は
ここを迂回しなければならなかったのですが、各国海軍が
海賊対処に協力し、現在では国際海事局(IMB)の主導により、
劇的に減少して海路の安全はほぼ確保されています。
マラッカ海峡の航路確保については、利益を被っていた中国も
その時には海軍を派遣して海賊対処行動に参加しました。
リベラルな国際秩序では各国海軍間で戦い合うことはあってはならないし、
その目的が昔と違い、各国の権益を削り合うのではなく、
共通の敵に立ち向かうことであれば、その必要もありません。
開かれた海の秩序を守る。
ブルーウォーターネイビーである皆さんたちだけが
それを達成することができるのです。
録音することができず、全て走り書きのメモをつなぎ合わせたので、
ところどころ自分で補足しなくてはならなくなったのと、
間違って理解している部分があるかもしれず、もし兼原氏が読んだら
「こんなことは言っていない」とおっしゃるかもしれませんが、
まあだいたいこんな感じだったってことでご勘弁ください。
さて、この後、お待ちかね?質疑応答の時間となりました。
後半に続く。