音楽隊の定期演奏会シーズン、わたしにとって最後となる横須賀音楽隊の
第53回定期演奏会に行ってまいりました。
会場はいつもの横浜みなとみらいホール。
とてつもなく立派なオルガンを備え、吹奏楽の音響が特に好きなホールです。
会場の写真を見ていただくとわかりますが、オルガンの左右に下げられた
ホールのバナー、つまりシンボルマークは会場を進む大型船の姿を表し、
「ルーシー」という愛称のアメリカ製パイプオルガンには、よく見ると
マホガニー部分にカモメの彫刻が施されています。
この会場のステージに、カモメと竪琴、そして波を切る護衛艦を象徴化した
横須賀音楽隊のバナーがあることの統一感にうっとり。
会場に早めに入った人たちには、いつものように横須賀音楽隊から
素敵なプレコンサートのプレゼントがありました。
ホワイエに待機していた六人ほどの奏者が、
この中央扉からディキシーランド風「線路は続くよどこまでも」を
演奏しながら乱入(嘘)し、会場中央の通路で演奏を始めました。
クラリネット、サックス、打楽器、バンジョー、トロンボーン、テューバ
という典型的なディキシーランドスタイルで、楽しさ満点。
ステージに移動しながら「オールドマンズクロック」(おじいさんの古時計)
メンバー紹介をしてからは「12番街のラグ」を演奏しました。
12番街のラグでは、なんというのか知りませんが、振ると
「ほへ〜」と二音がなるホイッスルみたいなのを観客に渡し、
演奏に参加?させるという楽しい趣向もあり。
すっかり会場が「暖まった」ところで、コンサートが始まりました。
♪ シンフォニア・ノビリッシマ ロバート・ジェイガー
Sinfonia Nobilissima (シンフォニア・ノビリッシマ)
一曲目が終わった時、ステージに現れ挨拶に立った横須賀地方総監、
渡邊剛次郎海将によると、この日3月1日は三月の「マーチ」にかけた
「行進曲の日」だそうで、横須賀音楽隊は、
吹奏楽の定番曲であるジェイガーでコンサートの幕を開けました。
「ノビリッシマ」というのは最もノーブルな、という解釈で間違ってないと思いますが、
その通り、
「吹奏楽のための高貴なる楽章」
という副題が付いています。
わたしはこの曲の緩徐部分のオーボエのメロディ(4:17より)が大好き。
この日のソロにも期待は裏切られませんでした。
最初に挙げた動画は佐渡裕の指揮によるものですが、動画に
なんと作曲者ロバート・ジェイガー自身がコメントしております。
Domo arigato for such a beautiful and exciting performance. Robert Jager
(こんなに美しくエキサイティングな演奏を『ドウモアリガトウ』)
それに対して他の人が、
「The legend himself」(レジェンド本人が・・・)
「What was your inspiration to compose such a powerful piece?」
(こんなパワフルな作品を作るインスピレーションはどこから?」
本人への質問ですが、レジェンドからの返事はいまだ無いようです。
先ほども言ったように、ここで横須賀地方総監がステージに上がりました。
三月の「マーチ」とは「時が春に向かって進んでいく」ことから付いた、
という蘊蓄に続き、今までセレモニーなどの場で受けてきた印象よりも
ずっとソフトで気さくな印象で、総監としてのご挨拶をされました。
吹奏楽といえば、この日の司会からも説明があったように、
ここ横浜にある妙香寺は、昔日本初の軍楽隊ができたときの
「練習場」だったため、横浜そのものが
「吹奏楽発祥の地」「君が代生誕の地」
とされています。
横浜にはそのほかにもたくさんの「発祥の地」があって、
「日本テニス発祥の地」横浜山手
「スパゲティナポリタン発祥の地」(ニューグランドホテル)
「牛鍋発祥の地」「アイスクリーム発祥の地」
「パン発祥の地」(横浜山手)
「ビール発祥の地」(キリンビールの工場だったところがある)
「鉄道発祥の地」(桜木町近く)「ガス灯発祥の地」
「電話交換創始の地」(日本大通り)「ボウリング発祥の地」
ほかにもとにかく数え切れないくらいあります。
♪ 小栗のまなざしー小栗上野介公に捧ぐー 福田洋介
横須賀で行われた防衛セミナーで、東京音楽隊が演奏したのを初めて聞いたとき、
大河ドラマのような、と表現したドラマティックで壮大な曲です。
挙げた動画の中頃には、小栗の偉大な功績の一つである
横須賀のドライドックが映し出されます。
その時も説明しましたが、小栗が斬首された群馬県の河原に近い菩提寺、
東善寺(小栗の首はここに運ばれ葬られたという)の住職が依頼し、
地元の中学校が初演を行いました。
一抹の物悲しさと4度跳躍の音程を効果的に使ったメロディ、
壮大なエンディングも、一幕のドラマを観ているような気分になれます。
今後も、特に横須賀で末長く演奏される定番曲になることでしょう。
♪ すみれの花のように 八木澤教司
昨年の横須賀音楽隊定演で初演された
「鳥山頭〜東洋一のダム建設物語」
の作曲者である八木澤氏が陸自中央音楽隊の委嘱により作曲した作品です。
ほら、足元に咲く花 君のこと見上げてる
ほら、小さなすみれの花 いつもここで見てる
固い土打ち砕き 芽を出したよ この場所に
踏まれる数だけ強く 雨にうたれても
ひかり求め 大空、見上げよう
ひとりじゃないと そっとささやく
君の足元で 広い空に 心をあずけよう
涙の後は 笑顔がひらく 君の花が咲く
作曲に当たっては新しく作詞家まはる氏に作詞依頼されました。
これを横須賀音楽隊の歌手、中川麻梨子三等海曹が歌いました。
♪ パガニーニの主題による幻想変奏曲 ジェイムズ・バーンズ
19世紀のレジェンド(というかデモーニッシュな)ヴァイオリニスト、
ニコロ・パガニーニの作品「二十四のカプリース(奇想曲)」の最終章は、
何人かの作曲家が変奏曲(一つのテーマを形式や調などを変えて繰り返す)
を手がけています。
リスト、ブラームス、ラフマニノフという超有名どころのが有名ですが、
おそらくこの変奏曲を作った人はアマチュアを含めてたくさんいたでしょう。
既存のテーマで変奏曲を作ることは作曲技法の勉強で最初に行う方法ですが、
それだけこの奇想曲のテーマは素材として扱いやすく、魅力があるのです。
近年の作曲家(というかまだご存命ですが)ジェイムズ・バーンズも
吹奏楽のためにこの変奏にチャレンジし、それがこの夜演奏されました。
変奏曲なので、テーマの繰り返しですが、そこはそれ、盛り上がりに向けての
密度や緊張感は連続して、一つの楽曲としてまとまっています。
この緊張感の連続を維持するのは演奏者の力量でもあるのですが、
特に打楽器群がこの牽引となって指揮者の統率に力を与えていました。
この曲を聴いていて、演奏会前にこの日会場で会った知人が
「この演奏会で、横須賀隊員の個人技量が査定?されるらしいですよ」
と言ったことを思い出しました。
音楽隊員は一般のプロオケと違い自衛官としての昇進もあるので、
この演奏会が試験を兼ねているということなんでしょうか。
「誰がそれをチェックするんですか?」
というと、
「横須賀地方総監・・・?」
「総監が音楽隊員に『よし!』とか『だめ!』とかいうんですか」
まさかそれで横監が会場におられたなんてことは・・・・。
それを思い出したのは、この曲がそれこそ、技量査定するのに
これをおいてないという、いたるところソロだらけの曲だからです。
万が一知人の言うことが本当だったとしても、この日の演奏は
全員に「よし」が出たはず(笑)
♪ ヴォカリーズ セルゲイ・ラフマニノフ
Dame Kiri Te Kanawa sings "Vocalise" - Rachmaninoff
キリ・テ・カナワの歌う「ヴォカリーズ 」が見つかりました。
名前の前に Dameとあるのは、彼女が大英帝国の勲位を持っているからです。
男性で言うところの「サー」ですね。
音楽家で「サー」と言うと、「サー・ゲオルグ・ショルティ」が浮かびますが、
他にも「キャッツ」のアンドリュー・ロイド・ウェーバーはバロン(男爵)、
「青少年のための管弦楽入門」のブリテンもバロン、ポップスでは
エルトン・ジョン、ポール・マッカートニーがナイトの称号を持ちます。
休憩時間にあらためてプログラムを見たところ、この曲があったので、
中川三曹のヴォーカルによる演奏を楽しみにしていましたが、
いやーもう、とても素晴らしかったです。
細かいことを言えば、最後の伴奏がメロディーを奏で、それに乗せる
オブリガードの音形が最高音まで上がり切ったあとの旋律に
(カナワの演奏でいうと4:30から)もう少しキレというか
明確さが欲しかったですが、まああくまで好みの問題です。
この日の彼女には、何か一種の凄みのようなものさえ感じましたが、
選曲の妙が彼女の資質と特性を活かし切ったからでしょう。
もしかしたら他にも何か理由があるのかと思ったくらいです。
♪ バレエ組曲 「火の鳥」1919年版 イーゴリ・ストラヴィンスキー
この日の横須賀音楽隊には一般からのエキストラが三名いただけでなく、
「火の鳥」に必要なハープとピアノに東京音楽隊から、
長らく呉音楽隊のコンサートマスターだったクラリネット奏者が
この日のコンサートマスター席にいました。
(先日の呉でお見かけしたのですが、そちらがトラだったようです)
東京音楽隊からは全部で五人、舞鶴音楽隊から二人、大湊からも三人と、
応援が多く混成音楽隊のようになっていたのは、全てこの日の最終曲に
この大曲を選んだからだったのかもしれません。
「火の鳥」は、当時無名だったストラヴィンスキーを一躍有名にした曲で、
ロシアバレエ団のディアギレフからの依頼を受けて作曲されました。
わたしがぞくぞくするのは、「王女たちのロンド」のオーボエで始まるメロディ、
ファゴット吹きなら誰でも憧れる?「子守唄」のソロ、
何と言ってもソチオリンピックの聖火点灯の瞬間使われた「終曲」ですね。
あまり音楽が聴こえませんが(笑)
それから今回聴いていてふと思ったのですが、昔ディズニー・シーの
「ブラビッシーモ!」という夜のショーに使われていた曲、
あのクライマックスの部分、「火の鳥」の終曲になんか似てませんかね。
「ブラビッシーモ」は、いまだにあれを超える音楽を持つショーはないと
わたしは個人的に思っているのですが、「火の鳥」に似ていたらすごいはずだ。
曲が終わってコールされたのはホルン、そしてオーボエ、ファゴットでした。
ちなみに横須賀音楽隊のコンサートマスターは第1ファゴットです。
そして、鳴り止まないコールに応えて2回目にステージに現れた
音楽隊長、植田哲生三等海佐が伴ってきたのが、中川三曹。
アンコールを彼女の歌でキメるのが、ここ何回かの横須賀音楽隊の定番です。
♪ わたしのお父さん「ジャンニ・スキッキ」より ジャコモ・プッチーニ
前奏の最初の音で曲名がわかり、その途端鳥肌が立ちました。
「わたしの大好きなお父さん、わたしは彼が好きなの
もし一緒になれないのならポンテベッキオ橋から飛び降りて死んでしまうわ」
という、実にわがままそうな(笑)娘が歌う、あまりにも有名な歌。
彼女が歌うのにこれほど相応しい曲もあるまいと思いました。
Montserrat Caballé - O mio babbino caro
モンセラート・カバリエの堂々たる体躯とその割に?繊細な声をお楽しみください。
それからついでに、カバリエつながりでおまけ。
フレディ・マーキュリーとカバリエのデュエット、「バルセロナ」。
Freddie Mercury & Montserrat Caballé - Barcelona (Live at Ku Club Ibiza, 1987)
これこそが「鳥肌モノ」です。お時間があればぜひ。
この日、シンプルな構成でありながら、ドラマチックな展開によって、
歌手の技量が遺憾無く発揮されるこの佳曲を中川三曹が歌い終えると、
間髪入れず会場からブラボーの声がかかりました。
それが彼女に対するこの日の観客全員の賞賛を代弁していると感じたのは
おそらくわたしだけではなかったと思います。
♪ 行進曲「軍艦」
そして「軍艦」でこの日は終了。
みなとみらいホールの観客はあまり「軍艦」で拍手をする人はおらず、
周りを見る限り、だいたい全体の3分の1という感じ。
皆手拍子より、このホール独特の広がりの柔らかい響きを楽しんでいる感じです。
「吹奏楽の日」に相応しく、ブラスの響きを堪能し、歌声に酔いしれた一夜でした。
最後になりましたが、演奏会参加に際してご配慮をいただきました皆様に
心からのお礼を申し上げます。
ありがとうございました。