その後ミカさんから艦橋で撮ったわたしと「ぶんご」副長の写真をいただきました。
やっぱりプロの写真は何か違うなあ。
これを見ると、今回見てきたものがいろいろと実際に結びつく部分が多く、
大変理解を深めるのに役立ちましたので、皆様もぜひごらんください。
さて、下船の後、空港に到着したところまで一気に行ってしまいましたが、
もしかしたら皆さんの中には、わたしがこの航海中被った最大の災難、
船酔いの報告を楽しみに(ってことはないかな)されていた方も、
まれにおられるかもわかりません。
今まで散々、この日の波が高かったこと、掃海艇が揺れたこと、
そしてそのため船酔いしたことを予告してきたわけですが、
いよいよそのことを恥を忍んで、お話する時がやってきたのです。
といって別に勿体をつけていたわけではなく、掃海隊について
あまりに見たこと驚いたことが多すぎて、最終回になるまで
こんなことを書くチャンスが訪れなかっただけなんですけどね。
それでは参りましょう。
少し時間を巻き戻して、「うらが」移乗が中止になったため急遽催された、
「えのしま」艦内ツァーの甲板部分が終わったところからです。
甲板からわれわれ一行は、中に入りました。
寝室です・・・・・寝室なのですが、何かが違う。
今まで見てきた護衛艦などのベッドルームとは・・・・まず雰囲気?
なんか心が和むような、アットホームな・・その原因は、色。
温かみのあるインテリアはほとんどが木製の家具。
まるで新入学を迎えるお子様の子供部屋みたいな感じなのです。
その理由はシンプルでした。
「家具もできるだけ木を使うのです」
そうか!これは掃海艇だった。
触雷しないように艦体に鉄分を用いないという掃海艇、外だけでなく
内側のインテリアにさえも木製を心がけているとは!
士官用の洗面所も、ドアは全て木製。
これがいかに違和感のある眺めであったことか。
水回りにあって水はねを考えると絶対に用いない物入れも木製。
掃海母艦ではステンレス製だった偉い人専用のお風呂も、ここでは
マンションのバスユニットのようなポリプロピレン製です。
ところで、わたし自身、この時点まで揺れが苦になるという感覚はまったくなく、
初めての物事を見聞きするのに一生懸命で、船酔いなど気配も感じていませんでした。
あとで、直前まであれだけ元気だったのに、なぜいきなりそうなったのか、
ということをわたしなりに思い出しつつ考察してみたのですが、その原因は
じつはこの時見学したものにあったのだと思わざるを得ません。
そう、洗面所の扉を開け放したトイレです。
人間の反射神経というのは不可思議なもので、これを見て、
そののち2〜3歩歩き出した途端、わたしは耳下腺に異変を感じました。
最後にこの感覚を味わったのは、もう何十年前のことでしょうか。
家族で車に乗って神鍋高原にスキーに行った時だから、あれは昭和・・・
とノスタルジーにふけっている場合ではありません。
とにかく、これは緊急を要する事態だと判断し、先を行く司令に
「あの。急に気分が悪くなってしまったのですが」
と声をかけると、司令は踵を返して洗面所のドアを開けてくれました。
今通り過ぎたばかりなんで、黙って一人で行ってもよかったんですけどね。
船酔いについては不肖エリス中尉、先達からの知恵を得ていました。
例の、あの、
「(自分の吐いたものを)飲み込め」
というあれです。
しかしながら、
「なるほど、これが飲み込めれば二度と船酔いせずにすむのか」
と頭でその言葉を反芻しながらも、内容物を反芻するような真似は(誰うま)
到底できませんでした。
(5分経過)
ドアを開けて外に出ると、医務担当の乗員が前に立っていて、
大丈夫ですかと声をかけてくれました。
司令はすぐさま船酔いが出たことをメディックに連絡して現場に急行させたのです。
その気配りに感謝しながらも、現金なぐらいスッキリとしていたわたしは
お礼を言って大丈夫だといいましたが、メディックは士官室で
休憩するようにいい、部屋まで連れて行ってくれました。
なお、途中で顔を出したミカさんによると、気になって部屋を覗いたら
顔色が悪くてしんどそうだったので大丈夫かなと思った、とのことです。
自分で思うよりずっと体の方が正直だったってことでしょうか。
ほどなく、お昼ご飯の用意ができました、と士官室に声がかかりました。
先ほどブリーフィングを受けたテーブルに人数分のトレイが並べられ、端のテーブルには
自分で好きなだけご飯とお味噌汁をよそっていただけることになっていました。
それがこれ。なんですが、あら不思議、まったく食欲が湧いてこないの。
隣からはミカさんの
「おいしい!」
という言葉が一度ならず聞こえてきて、ああそうなのかそうなんだろうなと思いつつ、
ただお皿とにらめっこしているうちに、時間がただ過ぎて行きました。
そのうち、お皿を片付ける人が来てしまったので、恐縮しながら、
「すみません。食べられなくて・・・・あの、船に酔ってしまいまして」
と情けない声を出すと、若い隊員さんは、優しく
「気にしないでください。わたしたちも皆そうでした」
と慰めてくれました。(´;ω;`) ぶわっ
後から別の参加者(一般人のような男性)に聞いたところによると、
前回の日向灘訓練の時には、今日より海が荒れ、ガブってしまったせいで、
報道陣の半分が船酔いでダウンした、とのことです。
いかにこの季節の日向灘が荒れるかということですが、
それでもこの日はかなりマシな方だったということです。
にもかかわらず船酔いするわたしってどうよ、という説もありますが、
そこはそれ、視覚にもたやすく刺激される程度には繊細なのである。
・・・と厚かましくも言い切っておきます。
船酔いは自衛官であっても誰もが通る道で、しかも強い弱いも個人差があるそうです。
最近読んだ本の中では、「亡国のイージス」で、反乱を起こす護衛艦艦長、
宮津は若い時から揺れに弱く、いつまでたってもポケットの「袋」に
手が伸びていた、ということですが、同じ年頃の海曹に(これが後年宮津の反乱に
たった一人で立ち向かう先任海曹の仙石の若い時)ある日、
どうしたら酔わなくなるのか、と尋ねると、海曹はケロリとして
「そりゃ簡単です。船に乗らなきゃいいんすよ」
と答えた、というエピソードがありました。
また、同じ小説内で、FTGを装って護衛艦に乗り込んできた某国工作員たちが
皆すぐに酔って、しかも「袋を持っていない、トイレの場所も知らない」
ので、たちまち海士たちの間に不信感を持たれる、という設定でした。
船を描いて船酔いを語らずにはリアリティは出せないってことでしょうか。
余談ですが、海外派遣で陸自隊員を運んだ時に皆が全滅してあたかも
「ガス室状態だった」
という話をしていたのは確か護衛艦「いせ」のクルーからでした。
そのときもちらっと聞いたのですが、「ぶんご」を見学した時に、
海に落ちた陸自隊員が出たのは輸送艦「おおすみ」からだったと改めて知りました。
「甲板をランニングしていて、よそ見してたので落ちたらしいです」
甲板がどこまでも続いていると思ってまっすぐ走って行ってしまったんですね・・。
そして、 艦内には「人が海に落ちた、実際」の放送が響き渡り、
救助のための大騒動が展開されたという話ですが、その噂はその日のうちに
全軍布告の上2階級特進、じゃなくて、全海自に伝わったそうでございます。
海自の隊員たちが、この陸自隊員のことをどんな風に言っていたかも
このとき聞かなかったわけではありませんが、関係ないのでここでは伏せておきます。
さて、1時間高速を運転して空港に到着し、飛行機を待っていたら
ラウンジのテレビが地元放送局の夕方のニュース番組を放映していました。
おお、これは今日メディアツァーに参加していた、しかもあの、
妙な質問をした記者のいるテレビ局ではないか。
なんというか、嫌な予感にワクワクしながらカメラを構え(笑)、
どんなニュースに仕立て上げられたのかを注意深く見守りました。
画面では訓練の概要をアナウンサーが淡々と告げています。
S-10機雷掃討具を「ロボット」と言ってしまうあたりがいかにも
素人っぽい、と意地悪く思ってしまうわたしであった。
それはどうでもいいのですが、画面の右上にニュース開始と同時に
「安保法制成立後初めて」
と書いてあるのが 期待を裏切らないというかなんというか。
なかなか絵としてはいい選択をしていると思うんですがね。
例のアナウンサーは、この様子を映し出している画面に、声だけで
補足的な状況説明を挿入していました。
そして、ニュースの締めは、
「さきの国会で成立した安全保障法案のもと、集団的自衛権を行使して
自衛隊に海外での機雷処理を認めるかどうかが議論されています」
ということでした。
確かに、そういう議論はありましたよ。
まるでペルシャ湾の掃海に、自衛隊が内外の要望に応じる形で参加したことなど、
歴史には一切なかったかのような気すらしてくるのですが、
政府としては、掃海による国際貢献を「集団的自衛権の範囲」と定義したわけです。
我が国のシーレーンを守るために必要な掃海が、なぜ「集団的自衛権の範囲」なのか。
実のところわたしはこの「言い訳」を内心歯がゆく思っているのです。
もちろんそれに対し、 読売新聞もその社説上で、
日本船だけを標的に敷設された場合は、個別的自衛権の適用もあり得るが、
機雷は不特定多数の国を対象とするのが通例で、そんな事態は非現実的だ。
と、もっともなことを言っております。
この件に関しては、わたしの考えは読売新聞側だな。
だいたい、個別的自衛権でシーレーンの掃海が対応できないというのなら、
あのペルシャ湾掃海の時は一体なんだったんだ、ってことになりませんか?
つまり、政府は、集団的自衛権行使の正当性の補強として「文句のつけようのない」、
そして過去にも実績があり、世界的にも評価の高い海自の掃海活動を
利用しているんじゃないか、と思わざるを得ないわけです。
首相はこの件に関し、
「日本にとって、海外からの石油や食料は死活的に重要だ。
(だから)我が国は掃海活動に正面から向き合っていく必要があり、
石油の輸送路である中東・ホルムズ海峡での機雷の処理に自衛隊も参加すべきだ」
と述べており、これは自明の理というより、それこそ
「集団的自衛権関係なくね?」
とわたしとしてはツッコミを入れたくなってしまうわけです。
集団的自衛権の行使は、独立国に与えられた権利であり相互義務です。
どこかの馬鹿パヨクが言っているように行使したら戦争になる、
なんてことは断じてなく、 行使することは国際社会の一員として当然のことで、
いくら国内の野党やらマスコミやら左翼やらがうるさいからといって、
何も掃海隊をその正当性に利用することはないと思うんですけどねえ?
国際貢献と集団的自衛権の行使は、根はいっしょであっても所詮別の話です。
海自掃海隊の力が国際社会に求められているのならば、その一員として
日本は堂々と掃海隊を派遣し、国としてその労に対し、名誉で報うべきなのです。
日頃継子のような日陰の扱いをしておいて、こんな時だけ
「その実力が期待されているから」「平和維持活動だから」と持ち上げたり、
定期訓練を、あたかも「そのための準備」でもあるかのように印象操作したり。
つまりわたしが何よりも声を大にして言いたいことは、政府もマスコミも、
どちらも自衛隊を己の主張のためのツールにするな!ってことなのです。
政治に関与せず、危険にあっても我が身を顧みることなく、
毎日毎日いざという時のための訓練を、弛まず倦まず続けているプロ集団を
どのように動かすのも、それは政治家たちの仕事であり権利の範疇です。
だからこそそのために、我々は、彼らを選挙で選ぶわけです。
自衛隊を直接動かすのは国民であって、政治家はマニピュレートするだけともいえます。
それならば当然のこととして、彼らには大義と結果に対する賞賛が与えられるべきです。
国のために戦う者に名誉も与えられなくて、何が国民の代表でしょうか。
というわけで、掃海隊体験を長らく語ってきたわけですが、
この1日半は、わたしがこの「最後の船乗り」たちとその活動に接して
驚きを感じるとともに敬意を払うに至る、十分な認識の時間でした。
貴重な機会を与えていただいた紹介者の方、掃海隊群司令、
そして夜半にもかかわらず艦内を案内してくださった「ぶんご」副長、
クルーの皆さん、 水先案内をしてくださったミカさん。
そしてメールでご指導ご鞭撻をいただいた掃海隊関係者の方々、
皆様すべてにこの場をお借りして心よりのお礼を申し上げるしだいです。
ありがとうございました。
終わり