Quantcast
Channel: ネイビーブルーに恋をして
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2815

わたし+呉+自衛隊=雨〜地方総監部訪問記

$
0
0

前回からそう間も分かたず、またもや今回、
正式な訪問の機会を得て呉に行ってまいりました。

まず、飛行機で岡山入りしてそこで所用を済ませ、呉まで移動。
当然岡山から広島まで新幹線に乗るのが妥当なのですが、
ここで岡山在住の方に

「明るいうちだと、三原から呉線で行けば海を見ながら行けますよ」

とわりと無責任に言われてその気になったのが運の尽き。
後から呉在住の知人にこの話をしたら、

「えっ、三原から各停で来たんですか」

と絶句されてしまいました。
他所者の悲しさで、そもそもわたしは広島と岡山の距離を
せいぜい車で30分くらいのような感覚を持っており、
三原からなら呉線とやらで車窓を楽しんでいるうちにすぐ着くだろう、
と甘く見てしかも各駅停車に乗り込んでしまったのでした。 

四国から瀬戸大橋を渡って京都まで行くのにせいぜい2〜3時間だと思い込み、
車を借りたあの初夏の1日を思い出しますですね。 

 

まず電車の扉が自動ではなく「自分で開ける」方式なのに驚きます。
さらに入った後は自分で戸を閉めないといけないのにも驚き、 
(後から来た人がわたしの代わりに閉めてくれたので気がついた)
駅に着くたびに通過待ちのため長時間停車するのに驚き、
さらには1時間くらい行ったところでスマホの地図を見たら
まだ呉まで半分も来ていなかったのには驚きました。

オススメしてくれた人が言っていたような「海」も、
急激に曇ってきた上、呉に近づく頃にはすっかり陽が落ちて見えず、
一体何のためにこんな線に乗ったのかわけわからんことに。

2時半くらいに岡山を出て、呉到着は6時半。
おまけに長時間座っている電車のシート下部から噴き出してくる暖房が熱い。
暑いではなく「熱い」です。
この路線の利用者はよく文句も言わずに乗っているものです。

おかげで到着した時には外に出る気力も体力も残っていませんでした。 

次の朝、起きてカーテンを開けたわたしは絶句しました。
またもや雨です。
昨日あんなにお天気が良かったのに、雨。

今までなんども「わたしが中国地方に自衛隊行事でくると雨になる」
ということをネタにしてきましたが、今回はさすがに
前日の快晴からそんなことを考えもせずやってきて、次の日。

やっぱり雨。

ざっと思いつくだけでも呉教育隊見学、「さみだれ」見学、
ふゆづきの引き渡し式、いせの慰霊式、ちよだの進水式、前回の自衛隊員慰霊式。

ここまで念が入っていると何かあるのではないかと思わざるを得ません。

 

さて、わたしが呉に行くことを報告したとき、知人からメールで

「せっかくだから高田帽子店に行ってみてはどうか」

とご提案をいただきました。 
山本五十六の帽子を作ったことでも有名で、現在でも
海上自衛隊の特約店として、こだわり派の自衛官に帽子を作っているところです。

調べてみると泊まっている呉阪急ホテルからは歩いて10分のところにあります。
グーグル先生のありがたい情報によると休業日となっていましたが、
どちらにしてもわたしは帽子を買うわけではないので、関係ありません。

呉地方総監部からのお迎えの車が来るまでの間の時間を利用して
散歩がてら行ってみることにしました。

呉というのは昔からのお店が多く、駅前といっても
一筋入ればこんなのんびりした街並みになります。

最初に来た時にはまだ駅前にはデパートが営業していたのですが、
その後閉店してしまっていまだにビルは放置されており、
そのため随分雰囲気が寂れた感じになってしまって久しい呉。

後に話をした呉地方総監も、呉は昔からの個人商店が多く、
新たに増えていくことがないようだとおっしゃってましたっけ。

ちなみに冒頭の写真は、「大和ミュージアム」の展示の模型ですが、
これは当時呉の市民オーケストラだった

呉ロンバルディア管弦楽団。

昭和9年から昭和16年(つまり開戦)まで活動していました。
この幕に書かれている「中山楽器店」ですが、まだ営業をしているそうです。

ストリートビューによるとこんな感じ。
ここも定休日だったようです。
いまはヤマハの特約店みたいです。
 

 

しかし昔、ここに呉海軍工廠があり、そこで多くの人々が働いていた頃、
広島市よりも人口が多く「日本八大都市」の一つであったといわれています。
戦艦がここで作られていたのですから当然だったかもしれません。 

知人のメールによると、

”当時の科学技術の粋を集めた戦艦大和を生み出した呉海軍工廠は、
今の航空宇宙産業とも言える、最先端工業都市でした。
それを支える海軍士官、技術者及びその家族は当然
文化的教養も高い人々であったと思われます。”

呉の人々はその点昔から(現在も)町にプライドを持っているといいますね。
ちなみに現在の呉市長とは何度もお会いしていますが、
広島県の他地域の長とは違って、中道保守の考えを持つ政治家です。 



さて、そんな街に流れる川を渡る橋、「かえで橋」を渡ってすぐ、
看板が見えてきました。

ちゃんと海上自衛隊の御用達であることを示す、
自衛隊旗のマークの看板には、

「防衛庁共済組合 呉支部特約店」

もう防衛庁から省に昇格して10年(来年の1月9日が10年目)
なのですから、文字を書き換えてもいいような気がするのですが・・・。

そんなことにはこだわりがないっていうか。

定休日であることは前もって知っていたので驚きませんでしたが、
ありがたいことにシャッターが半開きになっていました。

こだわり派自衛官はここで注文し、官品ではなく
2〜3週間で出来上がる手作りの正帽を着用しているのだそうです。

帽子置きに置かれた海自の制帽は実に個体差がある、と
前回の玉野造船所での宴会で考察したものですが、こういうお店があって
なおかつ選択が自由だからと言う理由だったんですね。


自衛隊の制帽はもちろん購入にあたって自衛官であるという身分証明が必要です。

しかし、一般人のあなたにも問題なく買えるのが旧海軍の軍帽。
そして、直径12センチくらいの可愛いミニチュア帽子なら、
自衛隊仕様であっても買うことができます。

「あきづき」「日本国練習艦隊」と書かれた水兵さん用の制帽であれば3950円、
金の細工が多くなるほど少しずつ高くなっていって、
スクランブルエッグ(自衛隊では’カレー’ですね)がつくと5千円台、
将官用のになると一挙に7千円台に跳ね上がります。

もしお店が営業していたら、わたしはついふらふらと、このうち何か
(自分が’中尉’なので幹部用とか)を買って、出入りの外猫に無理やりかぶせて
写真を撮ろうとして引っかかれるところまで一挙に想像できました。

お店が開いていなくてよかったと思います。

ここは軍帽・制帽だけでなく普通の帽子もあるので、今度立ち寄った時には
何かいいのがないか、みてみることにしましょう。

電気がついていたのでもしかしたら人が出てきてくれないかと
しばらく前に立っていたのですが、人気はないままでした。

あの山本五十六も帽子を買うためにここに立ったのだなあ・・
としばし感慨にふけります。
当時の店内には木製の棚や柱時計などがあったのでしょうか。

寝坊して朝ごはんを食べ損なったので、ホテルに帰って
早めに昼ごはんをいただくことにしました。

呉では海自カレーのラリーを行っており、こうやって各艦艇の
オリジナルカレーをお店を回って食べ、スタンプを集めれば
景品がもらえるというイベントを行っています。 

たとえばこの呉阪急ホテルは護衛艦「うみぎり」認定店。
「うみぎり」の調理長がホテルのシェフにレシピを直伝し、
その通りに作ってあるという「認定書」を授与して認定店となります。

「うみぎりカレー」は季節の野菜(素揚げしたカボチャなど)をトッピングしてあるのが
特徴で、さらにすごいことは、野菜で作ったスープをベースにしていること。
ジャガイモは一緒に煮込まず、別に蒸したものを添えるのだそうです。

つまり大変手間がかかるということなのですが、ここは一流ホテルなので
この通りのレシピでカレーを作ることは大した負担ではありません。

しかし、これも呉総監から聞いた話ですが、やはり小さい店ではこれを
ちゃんとレシピ通り作って常備しておくというのが大変なこともあり、
今まで連綿と行われてきた(っていつからしているのか知りませんが)
カレーグランプリも、見直しが検討されているのだとか。

「うみぎり」カレーはロビーのカフェやルームサービスでも食べられますが、
わたしは夕飯を和食で、ランチはビュッフェと知らずにレストランに入ってしまい、
ついに今回食べ損ないました。

スタンプラリーでシールを30枚集めたらもらえる海自マーク入りの
コーヒーカップ、というのに目が釘付けになってしまいましたが、
呉在住でもないのにそれは物理的に無理というやつです。

ホテルではバイキングの際お酒を飲む方に千福フェアを行っていました。
特別メニューとして「千福酒なべ」を(どんなんだろう)出しているほか、
1500円で飲み放題などの企画です。

千福と海軍の関係については一度ならずここで書いたことがありますが、
本当に呉は海軍の町だなあとこういうのを見ても実感します。

最初にここに来た時、ケーキ職人がマジパンで作った大和がありましたが、
それだと技術的に細かい部分が作れないということで、
あらためて発泡スチロールで精巧なものを作り直したようです。

記憶にあるのとは格段に再現度の違う「大和」がそこにはありました。
がんばったね呉阪急ホテル調理部の皆さん。

 

さて、昼ごはんをゆっくり食べ終わり、身支度してロビーで待っていると
まず本日一緒に呉地方総監部見学をするTOが到着。
二人で話していると、予定の時間より早く、今日エスコートしてくださる
広報の自衛官が黒のレインコートを着て颯爽とやってこられました。

そうそう、これなんですよね。
わたしが来ると雨が降るというジンクスは、もしかしたらわたしの
自衛官の黒いレインコートを見たいという深層心理のなせるわざでは?
とこのとき一瞬考えてしまいました。


最初はわたしたちが時間になったら呉地方総監部に出向く、
ということになっていたのですが、少し前に電話で
ホテルまで自衛隊がお迎えの車を差し向ける、ということを
副官の一尉が連絡してこられたのです。

ホテルまで黒塗りの自衛隊の車が来てくれるなんてVIP待遇?
わーいわーい。 (とはしゃぐ小物)

まず、潜水艦基地にいって見学というスケジュール。
車で潜水艦桟橋門に向かう途中に、呉音楽隊が練習している
桜松館のある一角があります。
前回の呉地方総監表敬訪問のときにはここの見学をさせていただいたので、
桜松館をこの目で見ることができました。
桜松館は自衛隊から呉市に譲渡され、昔下士官クラブだったこの建物は
老朽化のため取り壊されるということが決まっています。

そして呉音楽隊はいま新築中のこちらの建物に移ることが決まっています。
車の窓ガラスの水滴にピントが合ってしまったので、
目を細めて写真をみてください(笑)

 


前日に副官からわたされた予定表には、
5分刻みできっちりと行程、そしてこちらの名前と肩書きまで書かれています。

呉地方総監への表敬訪問だけでしたらそんなに厳しくはないのですが、
何しろ今日は潜水艦の中を見学するというミッションがあるため、
予定表の名前のところにも「立ち入り申請済み」の記載あり。

ちなみにわたくしの肩書きは「地球防衛協会日本支部(仮名)顧問」 
となっております。

やはり自衛隊に潜入するには個人名だけではダメで、
なんらかのもっともらしい肩書きがないと向こうも正式に呼びにくいのです。
何もしていないわたしもそれなりの肩書きを持っているからこそ、
自衛隊側から初めてちゃんとした人間として扱ってもらえるというわけです。

さあ、それではこの有名無実な肩書きを引っさげて(笑)
呉地方総監に乗り込んでいきます。

おっと、最初は潜水艦見学からね。

 

続く。 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2815

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>