そうりゅう型潜水艦見学、これで最終回にこぎつけたいと思います。
ところで蒸し返すようですが、非大気依存推進型のエンジンについては
やはり現実にはいろいろと欠点もあって、そのため同じそうりゅう型でも
システムは変えていくつもりをしているようですね。
平成29年度予算といいますから、あと5年以内には(←適当)、
新型の潜水艦が出てくるんじゃないでしょうか。
とりあえずわたしが聞いたのは従来の鉛電池をリチウム電池に変え、
より一層静謐性が得られるようになるということでしたが、
スターリングエンジンについては、前回もちらっと書いたように
●低速しか出ない(つまり戦闘時に使えない)
●メインのディーゼルエンジンに対して補助動力程度
●1回使い切ると、基地に戻って機能を復活させなくてはいけない
おまけにヘリウムが漏れないように機密性なんたらで高いとあっては、
もう少し効率的なものに変えようとしても当然かもしれません。
さらに平成21年度からは新型snorkel発電システムの開発が始まっており、
次世代潜水艦の運用性、隠密性及び残存性の向上のため小型・高出力化
及び静粛化を図った新型スノーケル発電 システムを開発する。
と防衛省の事業評価書にもあるのですが、これらも全て
既存のスノーケル発電システムは、2020年代以降の情勢に
対処するための短時間での所要の充電に対応できない。
ということらしいです。
2020年以降、世界の海洋情勢がどうなっていくかが読めていないと
こういう結論には至らないわけですが、この場合の「情勢」の何たるかを
ぜひ知りたいものです。
さて、わたしたちの見学路は、この図で言うと
士官室→発令所→発射管室
→機器区画→科員食堂→AIP室
あとは士官室から元のハッチを登って退出、というものでした。
発令所と発射管室の間には、艦長の部屋があったと記憶します。
潜水艦の艦長の部屋は、昔からどんな小さな艦でも独居でした。
士官室にも「艦長しか座ってはいけない椅子」がありました。
一般的に護衛艦などは、艦長の席と別に艦隊司令が乗り込んできた時の椅子があり、
食堂などでも上座はそういう際階級が上の艦隊司令が使うことになっていますが、
潜水艦の中では、食堂の「艦長席」(一人だけの椅子があった)は不動で、
どんな偉い人、たとえそれが総理大臣が乗ってきたとしても、
艦長は自分の決められた席から動かなくていいことになっています。
それくらい潜水艦における艦長の権限というのは大きいのだ、
と、説明してくれた隊員は心なしか誇らしげに言いました。
基本潜水艦というのは一匹狼で艦隊行動をしないので、
その分艦長の責任とその権限が絶対化していくというわけです。
これは以前当ブログで述べた
「一蓮托生の運命を持つ潜水艦の中では上と下の身分差は少ない」
というのと矛盾しているようで、そうでもないように思います。
潜水艦乗りになるための適性というのは、明文化していなくとも
それが狭い空間で仲間とやっていけるだけの協調性とか、
突き詰めれば人間性みたいなところにあるのは間違いありません。
そういう物理的にも実質的にも密な人間関係の中では、
逆に形骸的な階級による身分差は薄くなっていくのではないでしょうか。
しかし艦長はその中では勿論のこと、外からも不可侵となる権限を持つことで、
初めてこの「艦を一家とする家族」たる科員集団を率いていくことができるのです。
潜水艦勤務は、昔から「いじめが起きにくい配置」と言われています。
わたしも一度「潜水艦ではリンチなどしている場合ではなかった」
と書いたことがありますが、実際に潜水艦勤務を体験した自衛官によると、
●狭いので人目を盗んでいじめを行う場所が物理的にない
●人数が少なく、そのためすべての配置を皆が経験することになり、
その理解が乗員の間に連帯感を生む
●分隊とは別に航海直のために科員を当直士官を長にした3つのグループに分けていて、
このグループごとに結束が生まれていく
●狭い艦内をしょっちゅう当直士官、哨戒長付きが見回るので異常は発見されやすい
全員が厳しい適正をくぐり抜けて集まってきているという理由もあるでしょう。
しかもこの時聞いた話によると、たとえ身体的条件は合致しても、
研修期間中にどうしても肌に合わず、やめていく人は必ずいるそうです。
さて、発令所から発射管室に移る時にはハッチのような扉をくぐります。
アメリカでの展示艦見学でも、何度も潜水艦の区画を隔てる扉をくぐったのですが、
大きさはほとんどそれらと同じようなものでした。
ただ、区画を隔てる扉の厚さは桁違いに分厚いと感じました。
またぐ幅(つまり扉の厚さ)は、ざっと3倍はあった気がします。
昔の潜水艦も扉を閉めればある程度の水密性は得られたでしょうが、
今のなら完璧に海水の流入は防げるのではないかと思いました。
そして前部の発射管室に到達。
ここでふと気付いたのは、今の潜水艦には「後部発射管」がないことです。
「後ろに向かって魚雷を撃つという状況はないってことですか」
「・・ないってことなんでしょうねー」
こんな変な質問をされたのはおそらく初めてらしく、何と答えていいのか
説明の方はしばし悩んでおられるようでした。
そもそも敵を探してウロウロするのが仕事の潜水艦が、目標にお尻を
向ける状況になるわけがないということでしょうね。
じゃ後ろにいきなり敵潜水艦が現れたら・・・?
などとわたしなどどうしても映画的展開を思い描いてしまうのですが、
そもそもそんな近くに近寄らせるまで全く他の艦艇の存在に気づかない、
というのはソナーで全てを把握する現代の潜水艦戦にはありえないのです。
X舵の利点が「小回りがきく」というところでふと気付いたことがあったので
これも心に湧き出るまま質問してみました。
「ということは潜水艦は小さい方がいいってことですよね?
大きくする理由ってあまりない気がするんですが」
「それはその通りですね。
大きくなればなるほど相手に見つかりやすくなりますし」
ちなみに現在計画中のアメリカの原潜コロンビア級はオハイオ級より30cm大きい
170.99mです。(そうりゅう型は84m)
アメリカはなぜこんなに大きな潜水艦を作り続けるのか。
まさか、急増している女性サブマリナーの居住区確保のため、という理由ではありますまい。
その理由はオハイオ級の与えられている役目にもありそうです。
潜水艦の任務は基本哨戒ですが、オハイオ級の使命というのは
「海中に潜み、アメリカ合衆国に対して核ミサイルが発射された場合、
または発射される恐れがある場合に相手国に核ミサイルを発射すること」
というもので、当然ミサイルもトマホークとトライデントを
20基以上搭載することになります。
しかも、出港後、待機する海域まで航行した後はひたすら海中に身を潜め、
いつでも核ミサイルの発射が出来るように待機していなければなりません。
この待機期間が70日から90日(つまりその間隊員はずっと海面下にいることになる)
となれば、艦体が大きいのはこの間の潜行ストレスに耐えるためとしか考えられません。
オハイオ級のような潜水艦を「戦略ミサイル原潜」といいますが、
これらがどの海域を待機海域にしているかは軍事機密となっていて、
任務に当たる艦ですら、詳細は艦長を含めた数人しか知らないそうです。
しかし、現在では搭載するミサイルの射程がICBM並に長いことから、
危険を冒して敵国沿岸に行くようなことはなく、アメリカ本土に比較的近い
太平洋や大西洋、北極海などで待機しているらしいので、つまり、
艦体の大きさというのは全くデメリットとならないということになります。
さて、前部発射管室には、従来のものとほとんど変わらない形状の
魚雷発射管が見えるところに4つ、ちょっと隠れた下部に2つありました。
この「4」プラス「2」の設置構造も面白いくらい昔の潜水艦と同じです。
ただ、決定的に違うのは、昔の潜水艦は発射管躯体のほとんどが艦内にありましたが、
そうりゅう型のは室内に見える部分はごくわずかであることです。
昔と違って外殻と内側の間にそのほとんどが収まっているということなんですね。
発射管室には魚雷とハープーンが並べられていました。
魚雷はその名も
「89式長魚雷」
深々度で発射できる魚雷です。
そうりゅう型は噂ではかなりの深度まで潜行できるそうですから、
(オハイオ級などよりずっと)
深海底に鎮座してそこからこの魚雷を撃つこともできるということなのです。
これは・・・・・かなり怖いよね。敵国にとっては。
訓練で使ったあとは、魚雷は回収して何度でも使うそうです。
標的艦を沈める訓練のときには、もちろん実弾を使ってするわけですが、
「護衛艦が当てただけでは標的は沈まないので、最後に潜水艦が沈めに行くんです」
心なしかこういうのもちょっと得意そう。
この日随行してくれた潜水艦クルーが語る様子からは、潜水艦勤務の特殊性、
そして任務の重大性、世界でもトップクラスの潜水艦隊の一員であることに対する
誇りが端々から滲み出ていました。
「アメリカ海軍との模擬戦で、駆逐艦を沈めたこともあります」
さらりというその口調に、思わず背中がゾクゾクした「ネイ恋」なわたしです。
続く。