今までいろんな映画を紹介してきました。
主に戦争映画ですが、中でも潜水艦映画は個人的に大好物なこともあって
日本のもの、アメリカのものといくつか取り上げてきました。
先日の潜水艦探査の学会での言葉ではありませんが、潜水艦はその特殊性ゆえに
映画の題材としても大変好まれ、洋の東西で名作がたくさん生まれました。
というわけで「ペチコート作戦」。
オペレーション・ペチコートです。
この作品を名作というのかというとそうでもない気がしますが、
ケーリー・グラントとトニー・カーチスの共演、ついでに音楽は
ヘンリー・マンシーニという豪華陣なので、アメリカではそれなりに
お金もかかった有名な作品という位置付けなのでしょう。
今回この映画をご紹介することになった経緯は、たまたま某所でお話しした
潜水艦を職種とする自衛官にオススメされたのがきっかけでした。
潜水艦乗りが勧める潜水艦映画なら、さぞかしすごい戦闘シーンが、
と期待をして見始めたのですが・・・・。
冒頭漫画で皆さんもどういう映画かうっすら察しがついたと思いますが、
1941年12月10日、真珠湾攻撃直後の太平洋を描きながら、
この映画はコメディもコメディ、戦争コメディだったのです。
というか題だけで薄々察しろよ、という声もあるかと思いますが、
この「ペチコート」も、実は製作者の配慮というか忖度の末こうなったのであり、
実は映画を観終わった後には、違うタイトルがあなたの脳裏をかすめているであろう、
ということだけ予告して、紹介に入らせていただきます。
そうそう、こんなおふざけ映画をいくら潜水艦が舞台だからといって
どうして本職が評価しておられたかについても、
紹介しながら解き明かしていきたいと思います。(できるだけ)
まずタイトルロールが洒落てますでしょ?
(潜水艦のではないですが)窓から海洋生物が順番に顔を出す趣向。
アシカが可愛い〜!
ウツボが可愛くない〜。
さて、1955年ごろのあるアメリカ海軍基地。
今日廃棄処分になる潜水艦「シータイガー」に一人の海軍少将が乗り込んできました。
マット・シャーマン少将は、かつてこの「シータイガー」の艦長でした。
艦長室で一人、かつての艦長日誌を眺めながら思い出に耽ります。
1941年12月10日。
真珠湾攻撃直後のフィリピン、カビテ海軍工廠で、シータイガーは当時イケイケだった
日本海軍の戦闘機の空襲に遭います。
ちなみに零戦21型を演じているのは、やはりテキサン、T−6です。
なすすべもなく繋留されたまま轟沈してしまうシータイガー。
ちなみにフィリピンのカビテ基地で繋留されたまま日本軍の攻撃を受け
沈没した潜水艦「シーライオン」 SS195をモデルにしています。
「損傷だと?撃沈されとるじゃないか。
潜望鏡付きのスクラップメタルみたいなもんだ。
解体して別の潜水艦に乗れ」
「いえ、乗員でなんとか直してみせます!」
まだ就役して1年、開戦後3日で一度も交戦せず沈没では
あまりにシータイガーがかわいそう・・・というわけで、
全員でまず沈没した潜水艦を引き揚げる作業からです。
指揮官先頭、なんと艦長が潜水して海中のパイプ作業を。
乗員の力だけで2週間以内にフィリピンからオーストラリアの
ポート・ダーウィンまで行けるようにする、と
司令官に向かって豪語してしまったからにはやるっきゃありません。
銃を積んだりしているのですが、どうも作業そのものや働いている人が
本物っぽいんですよね・・・。
総員一斉に奮励努力の甲斐あって潜水艦浮上。
みんな歓声をあげて喜びますが、部品が足りないことには違いありません。
「部品が欲しいぜ」とぶつくさ言いながら潜望鏡を眺めていたXO
(先任下士官?)のワトソンが、その視界に発見したのは・・・。
まるで掃き溜めに鶴。
この修羅場のような現場に純白の第二種軍装で現れた新任士官の姿が。
「ちょっと艦長、見てくださいよこれ」
「なんじゃあありゃあ」
「新しい補充の士官ですな」
「ちょ・・・勘弁してくれー」
「どわっはっっは」
社交界の寵児(ダーリン)で提督の夫人とダンスのペアを組み、
ボールルームダンス選手権で2年連続優勝、というふざけた情報に、
シータイガーの連中が艦長を筆頭に大笑いしているのも知らず、
颯爽と場違いな格好でやってくるホールデン中尉。
みんなの視線を一斉に浴びながらの華々しい着任です。
やはり飾緒は左肩につけていますね。
ちなみに英語では「ルテナント」としか言わないので、字幕では
「大尉」とされているのですが、ホールデンの階級章は
「ジュニア・ルテナント」、つまり中尉です。
慣例的に「ジュニア」は省略して呼称することが多いのです。
そもそも彼がなぜシータイガーに配属されたか?
提督の側近(副官兼夫人のダンスパートナー)であるため、
提督視察の準備のためにここにきていたら運悪く開戦してしまい、
視察は中止になり、自分だけが取り残されて、しかも人数合わせで
シータイガーに乗ることになってしまったという悲しいストーリーを
彼は眉を曇らせ語るのでした。
念のため艦長が聞いてみたところ、潜水艦、銃砲関係経験、
航法、通信一切経験なし。
「海軍で何してたんだ」
「アイデアマンです」
「アイデアマンって何」
「パレードや娯楽施設の企画とか、連絡係も」
「連絡・・どこと」
「ハリウッドです」
「ああ」
「ホノルル勤務も」
「水上艦に乗ったのか」
「駆逐艦に1週間乗りましたが間違いだったらしく呼び戻されて」
「提督夫人のご希望だな」
こんな見かけだけの役立たずをこの非常時に乗せなきゃならんのか、
と内心うんざりのシャーマン艦長。
ところがこの色男、意外な才能があったのです。
左の水兵ハンクルは資材調達の係。
6ヶ月前に見本付きでトイレットペーパーを補充するように手紙を出したのに
未だに返答がない、と艦長に訴えます。
「USSシータイガー艦長より海軍補給処担当士官へ 潜水艦隊総司令官経由
サブジェクト、トイレットペーパー」
ちなみにこの書簡は、 USS「スキップジャック」の艦長、ジェームズ・ウィギンスが
実際にメアアイランド海軍工廠の補給部門に出した嘆願書そのままだそうです。
「一つ 1941年6月6日 本艦より150ロールを請求
1941年12月16日 品目不明の付箋(ペーパー見本)とともに請求書が返送される
二つ 艦長は本件につき理解に苦しんでいる
資材部では当品目無くして何を代替品に使用されるのか」
陳情の手紙を艦長がハンクルに口述するのをつまらなさそうに聞いていた
ホールデン中尉、
「艦長、そんなやり方はラスベガスでは素人だとバカにされます」
「なんだって?」
「わたしに任せてください」
「甚だ疑わしいが君を補給将校に任命する。頼んだぞ」
この際中尉に調達を任せ、力強く肩をたたく艦長でした。
で、これだよ。
ホールデンのいう「調達」というのは倉庫から勝手に持ってくること。
MPに見つかると、
「軍則41982号、海軍軍人たるもの顔を黒く塗らずに夜間外出すべからず。
ニミッツ元帥からのお達しで夜間は顔を黒く塗ることになった!」
と靴墨を渡して逃れます。
慌てて顔に靴墨を塗りたくるMPでした。
もしかしたら中尉、こっちの方面に異常に才能があるんじゃ・・?
必要なものはなんでも持っていく。そう、指令室の壁でもね。
しかもホールデン、トラックを「調達」させた海兵隊員を
勝手にシータイガーの乗員にすることを約束して連れてきてしまいます。
彼、ラモーンはコックの立場を利用し横流しをして捕まった脱走兵ですが、
「有能の証拠ですよ。島中の闇屋の敬愛の的です」
「しかし脱獄囚を・・・」
「乗艦を断れば今回の”調達”が通報されますよ?」
どうみても脅迫ですありがとうございま(略)
ここでまた零戦2機にまたしても襲われ、シータイガーは
ここを出発してセブまで潜航することを余儀なくされました。
出航準備などの描写は非常に迫真に迫っております。
部品が足りない状態なのでエンジン出火。
最後の置き土産ならぬ行き掛けの駄賃として潜水隊司令官の金庫まで盗み出した
ホールデン中尉が雇った、悪霊払いの祈祷師の祈りが効いてエンジン始動。
ちなみにこのシーンの撮影は、フロリダのキーウェスト海軍基地で行われました。
映画の作成は海軍が全面的に協力したということです。
兎にも角にも出航し、バッテリーと2番エンジンをかばいながら航走する
シータイガーの艦橋で、副長がシャーマン艦長に
「愚痴を言うわけではありませんが選択を間違えました」
「何だ」
「ウェストポイントに行けばよかった」
この後の潜行の操作も、コメディとは思えないくらい詳細で、
さすがは海軍の全面協力によるものだと感心します。
潜水艦出身の自衛官がこの映画を評価している理由は
もちろんこういったディティールの確かさにあるのだと思われます。
せっかくですので号令を英語日本語取り混ぜてそのまま記します。
「潜行用意」(クリア・ブリッジ)
「ナンバーワン・ダイブ!」「ナンバーツー・ダイブ!」
ウーウー、ウーウー、(サイレン)
艦長「深度58フィート」「アイサー」
「58フィート」
「水準器」
「通風孔閉鎖」
「半速前進」
「トリムよろしい」
艦長「水漏れを調べる。深度100フィート」
「全速前進」
「傾斜度6度 潜航」
「水漏れをチェック」
「防水扉閉鎖 隔壁弁閉鎖」
「宜候」
「換気装置作動」(レバーがゴルフクラブのヘッド)
「水漏れなし」
「OK、防水扉を開けろ」
かたや総員が固唾を呑んで深度100フィートの艦体のきしみに耐えている間、
のんきにベッドでマッサージ器を使用しつつ朝食を運ばせるホールデン中尉。
シャーマンは部屋を急襲し、彼を叱責します。
「皆と一緒に任務に就かんか!」
翻訳はされていませんが、艦長はお小言のついでに
「君の制服は規則違反だぞ」
「あー、僕は制服をサックス5thアベニューで仕立ててるので・・
でもユニフォーム以外のことなら・・
ベッドでの朝ごはんも毎朝ってわけじゃありません。
夜明けに潜航すればちゃんと仕事してご覧に入れますよ」
それに対して艦長は漫画の冒頭のセリフを言うわけです。
トニー・カーチス(本名バーナード・シュワルツ)は
ユダヤ系の移民の息子で、1941年の真珠湾攻撃に続く開戦ののち、海軍に入隊、
実際に潜水母艦「プロテウス」(フルトン級)に乗っていました。
ホールデン中尉のように、海軍士官の制服で逆玉結婚をし、
富豪の娘に2千ドルの時計を買ってもらうために入隊したのではなく
他でもない潜水艦映画「デスティネーション・トーキョー」の
ケリー・グラントの演技に感銘を受けたからだったそうです。
彼は終戦後、プロテウスの甲板から降伏調印式を目撃しています。
そんなカーチスにとって、ケリー・グラントは「神」。
そもそもこの映画は、有名になったカーチスの、「デスティネーション」のような、
「グラントが潜望鏡を覗く映画」に一緒に出演したい、という希望の元に制作され、
彼はこの大俳優と共演することを心から楽しんでいたと言われています。
当時カーチスは「お熱いのがお好き」でスターダムにのしあがり、
人気絶頂の頃で、だからこそかつての夢を叶えることができたのでしょう。
ちなみに、カーチスは「お熱いの・・」で共演したマリリン・モンローと
関係があったことを、死の前年の2009年にカミングアウトしましたが、
それまでこのことを秘匿していたことについては、漢気(おとこぎ)を感じます。
さて、ホールデン中尉です。
こんな見かけだけの士官が調達(と言う名の窃盗)以外に何かの役に立つのか。
艦長ならずとも行く末に不安を感じずにはいられませんね。
というか、彼ならきっと何かをやらかすに違いありません。
続く。