サンディエゴの海事博物館に展示されているレプリカ船、
HMS「サプライズ」を、彼女を使って撮影されたラッセル・クロウ主演の
「マスター・アンド・コマンダー」
について、重ね合わせながらお話ししています。
今まで、船についても映画についても、こんなアプローチで語ったことがありません。
おそらく今後もないものと思われます。
さて、このyoutubeは、同映画の戦闘シーンです。
何度となく対峙し、一度はやられて二度目は逃げ、
三度目の正直として今度こそ国王の命令通り、イギリスを「征服しようとする」
フランス軍の「アケロン」号を仕留めなければなりません。
コマンダー、ラッキージャック・オーブリーが、
ガラパゴスから持ち帰ったナナフシを、自然学者でもある親友の軍医
マーチュリーから見せられた時、ピコーン!と閃いたのは「擬態作戦」でした。
最初のシーンでみんながただの船員のような格好をしているのもそのためです。
「サプライズ」を捕鯨船のように偽装すれば、私掠船である「アケロン」は、
その目的として船を無傷で手に入れるため攻撃せずに近づいてくる。
至近距離までやってきたところを、待機していた砲術隊がマストを狙って
「テー!」(イギリスなので”ファイアー”ですが)
と一気にやっちまおうという考えです。
全員が地味な格好をし、司令官もロン毛を縛らずに小汚い格好に身を包み、
そして冒頭写真にも見られる船尾の「サプライズ」という文字をわざわざ削って
「セイレーン」に書き直すという念の入れよう。
近づいてきた「アケロン」が望遠鏡で見ても、「サプライズ」の上では
いかにも私掠船に見つかって慌てて右往左往している(ふりをしている)
捕鯨船の船員たちにしか見えません。
海軍だと見破られないように相手が近づいてくるまで操帆をわざと不器用にし、
合図があれば一気に風を抜いて急停止することになっています。
「そこのイギリスの捕鯨船、止まりなサーイ。
逃げてもムダデース。
止まらなかったら船デストロイしマース」
とフランス訛りで警告してくる「アケロン」が真横に来た瞬間、
相手に背中を見せていたオーブリー、
「LET FLY!」
と叫びます。
翻訳では「今だ!」となっていますが、まあそうとしか訳せなかったとはいえ、
このニュアンスがもう少し伝わる言葉はなかったんでしょうか。
youtubeで確認していただけるとわかりますが、いよいよ
「アケロン」が接近してくるという時になって、司令官と軍医に
従兵が紅茶をソーサー付の陶器のカップに入れて持ってきます。
士官同士が互いに必ず「Mr.」をつけて呼び合うことや、いつでもどこでも紅茶、
こういう表現にいかにもイギリスが感じられて、お好きな向きにはたまらないでしょう。
ちなみに先日ご紹介した「ペチコート作戦」でも、乗員は互いに「Mr.」をつけて
呼び合っており、米海軍の慣習もイギリスから来たものであることがわかります。
おそらく、現在でもMr.(その後出現した女性軍人はMs.、Ma'am)
と呼び合っているものと想像されますが、どうでしょうか。
ちなみに、紅茶のシーンで従兵が
「角砂糖(ランプ)3つ入れときました」
というのに、軍医は
「How kind.」(『気前がいいな』みたいな)
と呟きます。
「LET FLY!」
それを聞いた砲手たちは、隠していた砲を一斉に窓から押し出します。
後輪をわざわざ外し、砲に仰角をつけ、一発勝負でメインマストを狙い、
絶対に外さぬようにと訓示された砲手たちは見事にそれを果たします。
その後、赤い制服を着て乗り込んでいる「マリーンズ」(海兵隊となっていた)
が、マスケット銃でデッキの上を総攻撃し、甲板から人を払うという流れ。
ここに、キャノンの仕組みを表した模型が展示されていました。
砲窓から筒を押し出すには、砲と窓をロープで連結し、滑車で一気に移動します。
一つの砲には6人が携わることとになり、日頃の訓練によって
彼らは2分で装填から発射までの作業を済ませることができました。
6人目のクルーが小さいのは、それが子供であったことを表します。
装填、照準、発射までの各自の動きが描かれています。
子供らしい六番目のメンバーが何をしているのかちょっとわかりません。
砲弾には普通の丸い弾丸以外にも破壊力を高めるためのチェーンショット、
中に細かい鉄球を詰めたキャニスター、グレープショットがありました。
さて、「アケロン」を至近距離までひきつけた「サプライズ」は、
司令の掛け声と同時にそのマストに海軍旗が翻ります。
その頃にはオーブリー司令、ちゃんと上から下まで軍服に着替えております、
帆船時代は、相手の船にダメージを与えたあと、船に乗り込んで
敵の船長なり司令なりの首をとる(比喩的意味)までが海戦ですから、
司令官であることを主張するためにも着替える必要があったのかと思われます。
航海で実際に使われた大きさのチェストの中に、フリル付のシャツ、
純白のベスト、キュロット、そして白いカツラまでが一式収められていました。
ロイヤルネイビーのキャプテンの持ちものです。
「海のジェントルマン」とは?
前回お話ししたように、英国海軍における艦長は(他の君主国も同じですが)
国王自らが一人一人を任命していたということもあって、たとえどんな小さな
フリゲート艦の艦長であってもその権限は絶大でした。
今でもそうですが、キャプテンとは乗組員全員の生命と健康に責任を持っています。
18世紀のイギリス社会では彼らはジェントルマンであるべきと考えられており、
戦時と平時に限らず、そのように振る舞うことを要求されました。
義務を持つものの特権として、どんな小さな船でも、キャプテンとなれば
他の士官や乗組員よりも格段に贅沢な生活をすることができたのです。
凝ったデザインで瀟洒に仕立てた軍服を与えられ、船の中でも
貴重な広いスペースを使用することができるといった具合に。
グレートキャビンという船室、日中の執務室、専用の風呂やトイレ、
そしてクォーターデッキと言われる船尾のキャビン。
これらの潤沢なスペースに、18世紀の軍艦の艦長はありったけの私物、
本、趣味のもの、愛用のものを持ち込むことができましたし、
家具も内装も好みのままにデコレーションすることができたといいます。
本作でオーブリー司令が友人の軍医とともに楽器を持ち込み、
合奏をしていたのも彼らが特権階級であったことを表します。
また、18世紀はカツラは正式な服装の時には欠かせないもので、
おしゃれというよりは身だしなみという位置付けでした。
映画では艦長始め士官たちの何人かは髪を長く伸ばして
リボンでくくっていますが、カツラをつけていた人は
衛生上の問題から地毛は刈り込んでしまっていたようです。
カツラが流行したのは、当時のヨーロッパでは男女を問わず
髪が豊かに見せることが流行っていたからだと言いますが、ご想像通り
薄くなってきた人には大変歓迎されるべき流行でもありました。
長期航海を行う船では、どうしても自動的にロン毛になってしまうので、
出航の時には限界まで短くし、それを隠すためにカツラを持っていった
おしゃれなマスター・アンド・コマンダーもいたのかもしれません。
司令のキャビンにも砲が一門備え付けられていました。
右側にドラムがありますね。
最初に「アケロン」を発見し、戦闘開始がコールされた瞬間、
赤い制服の海兵隊が16ビートでうち鳴らしていたものです。
司令官や士官などの食事を用意するコーナー。
専門の従兵は、戦闘が始まりそうになると
「艦長の銀器を先に片付けろ!」
と叫んでいましたが、銀器がいかに贅沢品だったかってことですね。
ところでこの鶏小屋の横にあるすのこのようなもの、これを見ると
映画のある印象的なシーケンスを思い出さずにいられません。
29歳にしてまだ士官候補生のホロムは、最初の「アケロン」との戦いで
出した命令のせいで水兵を死なせた、として部下から嫌われる存在になります。
ある時、彼を嫌う水兵(死んだ水兵の友人)がわざとホロムにぶつかったのを
司令官のオーブリーが見咎め、規律を守るためとして水兵を鞭打ちの刑に処します。
鞭打ちになった男が両手を縛られて立たされていたのが、こんなすのこ。
本当にこういうものを使ったのかどうかはわかりませんが、反対側から
その苦悶の表情がよく見えるグッズですね。
上官に造反するというのは船の上ではもっとも重い
規律違反となりますから、この映画のように厳罰に処せられるのです。
皆がそれを知っていますから、司令官がその命令を下すことについては
仕方がないと思っていますが、その代わり怒りの矛先はホロムに向かいます。
その後、ホロムに対する船内の雰囲気は最悪になりました。
甲板下にいると自分の悪口を言う声が上から聞こえてきます。
たまらずうっかり下の階に逃げ込むと、そこは水兵の巣窟。
全員から額に拳を当てる敬礼をされながら悪意をぶつけられ、
そしてついに追い詰められた彼は・・・・。
一番彼のことを心配してくれたブレイクニー候補生がワッチ中に
甲板に立ち、さりげなく砲弾を拾い上げて胸に抱え・・・
"You've always been very kind to me. "
(君はいつも僕によくしてくれる)
「グッバイ、ブレイクニー」
そして彼は砲丸を持ったまま海に飛び込んでしまうのでした。
あああああ〜〜〜
昔、元海自の方に、
「誤解を恐れずに言うと、船での虐めは’自然淘汰’でもある」
と聞いて軽くショックを受けたことがありました。
判断ミス、命令ミスが一蓮托生の運命である船の上で起こることが
仲間や、自分の命に直結するとなると、できの悪い者であれば
上官であろうと同僚であろうと徹底的に排除すると言うのは
船乗りにとって生命維持、危機回避のための本能ではないかと思うのです。
この映画のホロム士官候補生のエピソードは、人が集団で
船という運命共同体の乗り物に乗り込むようになったと同時に
形を変えて何度となく繰り返されてきた「よくある悲劇」と言えないでしょうか。
帆船時代の軍艦は、
艦長、掌帆長、航海長、掌砲長、海兵隊長
によって構成される一種のコミティーによって統率されました。
イギリス海軍にその基礎を学んだ日本の海軍も、海兵隊を除いては
ほぼ同じ組織図となったことを思い出してください。
専門知識を持たないものはその「コミティー」に加わる資格はなく、
艦長の命令が唯一絶対のものという原則も、この頃に確立されました。
さて、「サプライズ」が「擬態作戦」で臨んだ「アケロン」との対決です。
奇襲が功を奏して、マストを叩き折ることに成功したあと、
「サプライズ」の司令官や船長は相手の船に乗り込んでいきます。
帆船時代の海戦は15世紀に「マン・オブ・ウォー」(武装帆船)
が開発されてから以降ずっと、戦術的には発展を見ましたが、
最終的に相手の船に乗り込んで銃や剣で戦う、という構図は
何世紀もの間変わることがありませんでした。
帆をコントロールする水兵たちは「トップメン」と呼ばれていました。
当然ですが、実際にマストに登り、帆を張ったり畳んだりするのです。
最初に遭遇したフランス軍の「アケロン」に奇襲をかけられ、
このヘッドフィギュアはボロボロになるのですが、水兵たちが
「すぐに美人に戻してやるからな」 と言いながら修理をしているのを思い出しました。
最後に蛇足ですが、この映画が日本公開された時、配給会社は
幼い少年たちが軍艦に乗り込んでいたことを悲劇として強調し、 「あなたは教えてくれた 愛する人のために一人の戦士となることを」
「ぼくたちは戦うすべを知らなかった 死にたくはなかった」 などと見当外れで独善的かつ嘘八百の宣伝文句を予告に加えたため、
ファンの(というか心ある人たちの)間から猛烈な抗議が起こり、 この顛末は週刊誌(文春)でも取り上げられたそうです。
まー、はっきり言ってわたしは全く驚きませんね。 「非情都市」で、大陸から逃げてきた共産党に虐殺される台湾人の話を 「日本の占領から逃れて激しく美しく生きるなんとか家の人々」 などと宣伝して恥じないのが日本の配給会社のレベルですから。
多分、こういう人たちは翻訳される前に現物をザーッとみて、
なんとなく煽り文句を直感(笑)ででっちあげてるんだろうなと思います。 さて、宿敵「アケロン」との対決がその後どうなったか。
実はこのストーリー、最後にあっという「オチ」が用意されているのですが、
わたしはぜひみなさんにこの映画を見ていただきたいので、
珍しくネタバラシせず終わりたいと思います。
(ヒント:ラストシーンは戦闘準備)
「マスター・アンド・コマンダー」、海軍や大航海時代がお好きな方、
海の男(特にクロウとプリングス海尉を演じるジェームス・ダーシー)
のかっこよさを堪能したい方に熱烈オススメします。