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海上自衛隊 東京音楽隊 第59回定例演奏会「ハートウォーミング コンサート」前編

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平成という時代の最後の年末、異常な暑さのあとにいきなりやってきた
信じられないくらいの寒さに関東一円が震え上がった12月の週末、
第59回東京音楽隊定例演奏会に行ってまいりました。

この時期「ハートウォーミングコンサート」と銘打って行われる
すみだトリフォニーホールでの演奏会は、例年時節柄、
クリスマスの曲を交えて観客を楽しませてくれるのが慣いです。

最近東音関係の印刷物で見る、八分音符の連符が
可愛らしい音楽隊員で表されているロゴのように、
今回も心温まるハートウォーミングな演奏会となりましたので
ご報告させていただきたいと思います。

 

入場すると、パイプオルガンの演奏席のあるデッキに譜面台が
セッティングされています。

「ファンファーレ的な曲で始まるんだな」

と予想していたら、案の定そこに並んだ金管楽器奏者によって

トランペット・ヴォランタリー(J・クラーク)

を演奏するという幕開けになりました。

中世イギリスのセントポール大聖堂のオルガン奏者、ジェレマイア・クラークが
アン女王の夫だったデンマーク王室のジョージ王子の行進のために作曲したものです。

Jeremiah Clarke, Trumpet Voluntary-Trompeta Voluntario.

この題名についてちょっと説明させてください。

「トランペット」と題名にあり、その通りトランペットで演奏されている曲ですが、
元々はクラークが自分が演奏するために書いたオルガンの曲なのです。

それにしても「ヴォランタリー」というこの題名、「ボランティア」と同じ
「自発的に」という意味ですが、不思議なタイトルだと思いませんか?

 

超どうでもいい知識ですが一応説明しておくと、ヴォランタリーとは音楽用語で、

礼拝の前後に演奏されるオルガン曲の総称なのです。

「ご詠歌」みたいなもんですかね。ちょっと違うか。

とにかく、英語圏では元々の題名に関係なく、そうした曲を全て
「ヴォランタリー」と呼ぶことになっているのです。

そして驚くことに「トランペット・ヴォランタリー」も元々は固有名詞ではなく、
パイプオルガンの専門用語です。
詳細はこのエントリ全部紙面が必要なので省略しますが、とにかく、

「パイプオルガンのトランペットというストップ(音色を選択する装置の一つ)
を使って、礼拝前後に演奏するオルガン曲」

という一般名詞であり、この曲の本当の題名は「デンマーク王子の行進」とそのまんまです。

元々トランペットの曲でもないのに、なぜ現在この「デンマーク王子」という
トランペット・ヴォランタリーだけが独立して、しかもそういう題名になり、
オルガンでなくトランペットで演奏されているかと言いますと、
後世になってヘンリー・ウッド卿という指揮者が、トランペット、弦楽、
そしてオルガンでこの曲をアレンジしたからなのです。

 

同曲は、チャールズ王子とダイアナ妃の結婚式にも使われ、
また現在でも、従軍牧師ばかりからなる陸軍部隊、

イギリス王立陸軍牧師部隊

の公式曲とされています。
同じ曲ですが貼っておきます。

Royal Army Chaplains' Department March (British Army)

編曲がより軍隊調な行進のテンポであることにご注目。

しかしさすがはキリスト教国家、英国には牧師さんの部隊があるんですね。
日本でも「救世軍」がありますが、元々はこの「サルヴェーションアーミー」も
聖職者の軍隊から派生している組織です。

ロイヤル・チャプレンズ・アーミーの司令官は将軍位であり

「チャプレン・ジェネラル」

という階級が与えられています。

というわけで、音楽解説をしているつもりが、ついつい
ミリタリー系の方向にそれてしまいましたが、次行きます。

 

ところで冒頭写真は、わたしの座っていた席から撮ったのですが、
2階席のど真ん中という絶好の場所でした。
おまけに隣には旧知のコアな音楽隊ファンである元将官。
音楽隊の「中の人」しか知り得ない情報も教えていただけるという、
超スペシャルお得なお席です。

『近年自衛隊音楽隊には、普通に音楽大学を出て入隊を希望する人が
オーディションを受けに来るのだけど、とても残念なことに
日本の音大には得てして専門が良ければ学力は大目に見るところもあるらしく、
オケは落ちたけど自衛隊なら就職楽勝!とばかりに意気揚々と受けにきた音大卒でも
一般学力が基準に達しない場合にはお帰りいただくことが結構ある』

という笑えない話を聞かせてくださったのもこの元将官です。

そのミスター元将が、

「今日はハープの荒木さんが協奏曲をやりますよ」

とおっしゃるので改めて部隊を見ると、部隊中央に
神々しくも美しい楽器、ハープが燦然と鎮座しています。

音楽まつりで開演前に調弦しているその様子を、今まで
せっせと写真に撮ってご紹介してきたところの荒木美佳3等海曹は、
東京藝術大学を卒業後、自衛隊初のハープ奏者として東京音楽隊に入隊しました。

今回は彼女が協奏曲のソリストとしてステージに乗った最初の日だっただけでなく、
ハープ協奏曲が行われた自衛隊史上初の出来事だったのではないでしょうか。

ハープ協奏曲 変ロ長調 G・F・ヘンデル

世の中にハープ協奏曲はそんなにたくさん残されていませんが、
この「音楽史上初めて作曲されたハープのための協奏曲」は、
誰でも一度くらいはどこかで聴いた事がある、と思うかもしれない、
というくらい有名な曲です。

Marcel Grandjany - Handel Harp Concerto

2:10からはカツラをかぶっていない「ありのままのヘンデル」のお姿がみられます。
なんでわざわざこんな絵を描かせて後世に残しちゃったかね。

さてそのヘンデルやバッハ、モーツァルトなどの時代、
協奏曲というのは、終始の直前、カデンツァと言いまして、

「演奏者が自分で作曲し、自分の卓越したスキルを見せびらかす」

という聴かせどころを持っていました。
この伝説のハープ奏者グランジャニのカデンツァを、8:15から聴いてみてください。


指揮者が指揮をする手を降ろし、ハープのソロになる部分からは
全て奏者が作曲したオリジナルなのです。

荒木三曹のカデンツァは典雅ながら華やかな聴かせどころを持ち、
緩急のバランスの取れたものだったと思います。

そういえばわたしは生でハープ協奏曲を聴くのは初めてでした。
会場のほとんどの人もこの楽器が真ん中にあり、後ろには
ハープシコードが通奏低音(これも通常奏者の’裁量’で演奏される)
が奏でる様子を見るのは初めてだったのではないでしょうか。

ちなみに冒頭写真は休憩時間に撮ったもので、真ん中にあった
ハープシコードを皆で片付けているところが写っています。

残念だったのは吹奏楽でアレンジされていたため、
ただでさえ聴こえにくいハープシコードの通奏低音が
増幅させてもほとんど聴こえてこなかったことでした。

そもそもハープシコードは広いコンサートホールで演奏するのには向きません。

 

ヴォカリーズ セルゲイ・ラフマニノフ

荒木三曹が「一仕事」(本人談)しなくてはいけない前半は、
彼女がいつも担当している司会のお仕事を、男性隊員が行いました。

その司会によって「ラフマニノフの作品で最も有名な曲」と紹介された
「歌詞のない歌」=ヴォカリーズを、三宅由佳莉三等海曹が歌いました。
おそらく彼女がこの曲を取り上げるのは初めてだったのではないでしょうか。

知らない方のために、同じ吹奏楽アレンジの本田美奈子バージョンを貼っておきます。

Vocalise / 本田美奈子. (Vocalise / Minako Honda.)

高音が出なかったのか、吹奏楽のアレンジなのでそうなったのかはわかりませんが、
原曲の嬰ハ短調を半音落としてハ短調にしており、キリ・テ・カナワやフレミング、
キャスリーン・バトルのような声のビブラートを駆使したB#音のトリルには
トライしていないようですが、そういうことは差し置いても十分美しいと思います。

この人、上手かったんだなあ・・・。惜しい人を亡くしたものです。

三宅三曹のヴォカリーズは低音がアンサンブルにかき消される瞬間も
あるにはありましたが、編成を考えるとそれもまた宜なるかなと。

おなじヴォカリーズを太田佐和子二等海曹のピアノ伴奏でぜひ聴いてみたいものです。

 

ルイ・ブルジョワの讃歌による変奏曲 C.T. スミス

Variations on a Hymn by Louis Bourgeois : Claude Thomas Smith

クロード・トーマス・スミスというアメリカの作曲家は、
陸海空、夜戦陸軍軍楽隊のために必要以上に難しい曲を書いています。
別名難曲メーカーと異名を取っている(かもしれない)ことと
若い時に陸軍軍楽隊に所属していたこととの間には何か関係があるのでしょうか。

いや、ないと思いますが、作る側の立場になって考えてみると、
初見ですらっと合わせられてしまう曲を書くことはプライドが許さない、
みたいなことを考える人だってね、いるわけですよ。

「演奏者いじめ」みたいな超絶難しい曲を書いて、

「ふひひひ、皆苦しむがいい、特にホルンとトランペットな」

と内心ほくそ笑むような人だってね。いるわけですよ。
スミスがそうだったとは言いませんけどね。


ところで同じスミスの難曲シリーズ「華麗なる舞曲」Danse Folâtreに
東京音楽隊隊長、樋口二佐はかつて横須賀音楽隊長時代にチャレンジしており、
個人技難易度C続きのともすればカオスで終わってしまいかねないこの曲を
打楽器奏者らしいキレのいい棒で見事にすっきりと聴かせていたのを思い出しました。

本作は「華麗なる舞曲」のようなパワー系の出だしでまさにスミス節ですが、
0:58から、変奏のテーマとなるルイ・ブルジョワの詩篇が始まります。

詩篇ってナーニ?という方向けに、一応貼っておきます。
キリスト教のご詠歌ってところですね。これも。

Old Hundredth-Bourgeois All-Parts.wmv

わたしはこの曲を生で聴くのは初めてだったのですが、
2:19から始まるオーボエのソロとそれに続くアンサンブルが好きすぎて・・・。

スミスの曲は、個々の楽器の見せ場が多く、(しかもそれが難しい)
特にこの曲もトランペットが大活躍。

6:09からのトランペットソロはよくよく聴いていただくと
二人で掛け合い演奏しているのがお分かりになると思います。

クライマックスは「詩篇」のメロディが各楽器に現れ、
フーガのように聞こえる壮大なもの。

しかし賛美歌を素材に使いながらこれほどアメリカーン!な色で仕上げてしまう、
やっぱりアメリカ人の作った曲だなあと思いました。

それと普通のメロディを普通にやればいいのに(笑)
あえて随所に不協和音を多用することについては、ある評論家も

「スミスは晩年になればなるほど不協和音を使用する頻度が増えていったが、
この側面は彼の音楽のより広範な特徴になっている」

と書いています。


前半のプログラムはファンファーレ的「トランペット・ヴォランタリー」
に始まって、全て個人の演奏をフィーチャーしたものが続きましたが、
最後のこの曲こそ、東京音楽隊みんながソリスト!な曲だったというわけ。

曲が終了後、頑張ったトランペット、ホルンセクション、オーボエなどは
指揮者にコールされて盛大な拍手を受けていました。


そうそう、この曲を依頼したのは英語ウィキによると
米海兵隊音楽隊指揮者、作曲家であった

ジョン・R・ブルジョワ大佐

だったそうです。
フランス系のブルジョワ大佐、もしかして、詩篇を作曲した
ルイ・ブルジョワが自分のご先祖だった、なんて事情でもあったのかな?

 

後編に続く。

 

 

 


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