ここのところ、アメリカの航空博物館で展示されていた女流飛行家たちの写真に
いろいろと触発されて、しばらく「女流飛行家列伝」シリーズを制作しています。
その中で、日本では全く無名であるがアメリカでは知らぬものはない女傑、
飛行家パンチョ・バーンズを取り上げました。
日本語で検索してもフィギュアの宣伝くらいしか出てこないので、英語で検索していると、
もれなく「ライトスタッフ」という映画の検索に辿り着くのでさらに調べたところ、
この、「最初の宇宙飛行士たち」の映画にパンチョ・バーンズが実名で描かれていることが判明。
しかもこの映画、
実話がベースになっている
男たちが皆で何かをやり遂げる
登場人物が実在のパイロットである
と、エリス中尉の好きな映画のパターンをことごとく押さえているのです。
こりゃあもう観るしかないじゃないか!
いやー、渋かったですよ。名作です。
このブログに来られる方ならきっと感動すること請け合いです。
映画はまず、「音速の壁を破ろうとしているテストパイロットの飛行」
から始まります。
ね?
・・・・ってなにが「ね?」なんだって話ですが、ベルX−1の実写ですよ。
このテスト機のパイロットでこの映画に登場するのがご存知チャック・イェーガー。
後に空軍の准将にまで上り詰める「音速の壁を最初に破った男」です。
アメリカの宇宙開発の黎明期、最初に宇宙飛行士になった男たちを描くのに、
どうしてチャック・イェーガーが出てくるのか。
そこがこの映画の奥の深いところです。
両者を結ぶのが元女流飛行家で、アメリカで最初に飛行スタントをした女性である
パンチョ・バーンズの酒場、というわけなのですが、宇宙と音速の壁という違いはあれど、
同じ「パイロット」と呼ばれる彼らが命を賭けてまで目指したのが「初」という称号であること、
ここにこそ作品のテーマがあるのです。
パンチョの酒場、「ハッピー・ボトム・ライディング・クラブ」に集うテストパイロットたち。
皆腕に自信のある若者ばかりですが、いくらいきがっても、パンチョにかかっては
ひよっこ扱い。
テストに成功したパイロットはパンチョのおごりによるステーキが振る舞われます。
しかし、一枚の写真が壁に追加されるとき、そのパイロットは殉職したということなのです。
アメリカの野望、それは「宇宙」でした。
冷戦構造の中でソ連と宇宙開発競争を繰り広げていたアメリカは、
ソ連が人類初の無人による人工衛星を打ち上げることによってこの競争の先を越され、
なんとしても有人飛行を成功させようとしていました。
それではどんな人間をその「飛行士」にするかです。
そもそもどんな人間が宇宙に行くのに「正しい資質」(ライト・スタッフ)を備えているのか。
スプートニク打ち上げのショックの中で、そこでは宇宙飛行士に相応しい能力を
どんな職業の者が持っているか、という話し合いがもたれていました。
今聞けば笑い話にしかならないのですが・・・・・・・・。
サーファー(着水が巧み)
レーサー(メカに強くヘルメットを所有、炎に包まれるのも慣れている)
綱渡り芸人(平衡感覚に優れ中耳が発達して性格が穏やか、従順である)
空中ブランコの芸人(上に同じ)
ロケットから打ち上げられるサーカスの男女ペア(欲求不満がない)←
炎のプールに飛び込む芸人(今月はヒマ)←
こんなのを見ていると、初のロケットに乗せる人間は運動能力さえあれば
あとは何でもいい、つまり「チンパンジー代わり」
という観点で選ぼうとしていたらしいという気がします。
このフザけているとしか思えないプレゼンを見て当然ワシントンは渋い顔をし、
「テストパイロットを使え」と指示するのですが、 当初反対したのは技術陣でした。
その理由は・・・・・・扱いにくいから。
しかし、いくら扱いにくかろうが、最も宇宙飛行士の「資質」を備えているのは
間違いなくテストパイロットであろう、というところで技術者は折れ、
彼らを使うことに話がまとまります。
そこでパンチョの店「ハッピー・ボトム・ライディング・クラブ」に現れるNASAのスカウトたち。
最初に秒速の壁を破る男チャック・イェーガーと、後にマッハ2を破る民間パイロット、
アルバート・スコット・クロスフィールドは、彼らに徹底的に反発します。
「人間の缶詰やモルモットになる気はないぜ」
とばかりチャックとこのスコットは宇宙飛行士への道を頭からはねのけます。
頭からつれなくされるスカウトマンですが、彼らにとっても「トップエース」はお呼びではありません。
「イェガーはダメだ。学歴がないし、クロスフィールドも民間人だから身元がどうたらこうたら」
しかしこの酒場にいたテストパイロットで、「それも悪くない」と考えた三人が、
飛行士の選抜試験を受けることになります。
ガス・グリソム、”ホットドッグ”ゴードン・クーパー、ドナルド・スレイトン。
つまり空軍代表選手です。
そして、海兵隊代表の無着陸大陸横断の勇士、ジョン・グレン少佐。(エド・ハリス)
そして海軍代表。
海軍兵学校卒、母艦乗りの戦闘機ドライバー、アラン・シェパード中佐。
海軍では「パイロット」と言わず「ドライバー」というらしいです。
この時のスカウトマンが船酔いでゲロゲロになりながら言ってました。
空軍三人組に「海軍はダサい」と言われて彼らをにらむ、
ウォルター・シラー海軍中佐。
F‐84でミグ15を撃墜したこともある母艦戦闘機乗りです。
そして、海兵隊のグレンとは「おつむの硬さ」では一二を争う、
M・スコット・カーペンター少佐。
ただしこの「硬いおつむ」は非常に優秀な頭脳でもありました。
カーペンターは海軍大学で航空士官としての訓練を受けた後、
名門コロラド大学で航空工学を治めた秀才です。
この映画ではあまり出番はありませんが、このマーキュリー計画の
7人の宇宙飛行士の中では、後年最も有名になった人物です。
2013年8月現在、88歳で、92歳のジョン・グレンとともに健在です。
集められ50人の候補者から選ばれるのは7人なのですが、その選抜の様子、
これが面白い!
実に映画的な面白味があります。
この肺活量競争で最後に残るのがグレンとカーペンターなのですが、
この二人が奇しくも現在まで生き残って健在であるという・・・・・・・。
ほかの皆も比較的最近まで生存していたようですが、肺活量の強さって寿命と関係あるんですかね。
また、本人にはまったく何のためにされるのかわからない医学的実験もあります。
直腸になにやら薬を注入され、その器具を持たされたまま、全裸にエプロンで、
大男のメキシコ系看護人に廊下を首根っこつかまれて連れまわされる「それなんてプレイ」状態。
エリートの自尊心ズタズタです。
とくに左のアラン・シェパードは当時はやりの芸人ビル・ドナの持ちネタである
「ホセ・ヒメネスの真似」をしているところをこのゴンザレスに睨まれたばかり。
よりによってこんなぎりぎりの場面でこの相手に全てを委ねなければならんとは。
「あのときはどうもすみませんでしたあ〜ああ許してもうダメ!」状態。
「ホセ・ヒメネス」は、いわば1950年代、今ほど差別問題にピリピリしていなかった
アメリカで流行った、要するに「訛り」を面白がるという人種差別ネタですから、
当のメキシコ系はさぞかし不愉快に思っていたんでしょうね。
でも、シェパードが、トイレに行きたいのをこらえながら、ここでなぜか
「おれの成績は?」
と聞くと、ゴンザレスは
「あんたは宇宙飛行士になれるよ」
と太鼓判を押してくれます。
ゴンザレス、お前はいいやつだ。
このシェパードを演じるスコット・グレンが好演です。
名優ぞろいのこの映画の中でも特にユーモアで光っています。
シェパード飛行士は、アメリカ人で初めてカプセルによる宇宙飛行をしました(16分)。
スコットは「浣腸事件」に続き、このときも
たった15分の予定なので誰も想定していなかった尿意を催すという
「下ネタ」続きの役なのですが、宇宙服の中でしてもよろしい、と許可を得たときの
何とも気持ちよさげな至福の表情や、我慢の限界の苦衷の表情が何とも・・・。
しかしながら、同僚が宇宙に行くときに管制センターで声をかける時のきりりとした表情。
かっこいい。
そういえばスコット・グレンは「羊たちの沈黙」では、思いっきり7・3分けにして
ジョディ・フォスター演じるスターリングの上司を演じていましたが、覚えていらっしゃいますか?
ゴンザレスに連れまわされているのを見ると小男みたいですが、
実は一番7人の中で背が高いんですよね。
ちなみに、カプセルの中に入るというミッションのため、
身長が180cm以上、体重82キロ以上のものは検査ではねられました。
ここで、最終決定までの過程を書いておくと、
●当初、110もの軍関係の飛行士の集団からアイゼンハワー大統領の意向に沿って
大学卒の候補者を69人選抜。
●身長が大きいので6人脱落。(最初から外してやれよ・・・)
●33名が第一検査で失格。
●体位変換台、ウォーキングマシン、氷水に足を長時間浸すといった試験を拒否した
4人(宗教上の理由かな)が失格になる。
●第一検査でさらに8名が脱落
●残りの18名の中から最終的に7人が選抜される
こうして「正しい資質」(ライト・スタッフ)を備えた7人が選抜されたのでした!パチパチパチパチ
ちなみに、当初マーキュリー計画は飛行士を6人と決めていました。
69人の参加者の中から選抜していき、最終的に7人が残った時、
もう一人脱落させようとしてふと気づけは、この時のメンバーは、
海軍三人、空軍三人、海兵隊一人。
つまり、どこを削ってもバランスが、ということで、ここで三軍の面子が重んじられ、
この7人に決定したという経緯があるようです。
しかしどこの国でも、軍の間っていろいろとあるんですね。いろいろと。
我が陸海空自衛隊は、お互いうまくいっているのであろうか。
ふと心配になってしまうエリス中尉であった。
そして宇宙飛行士お披露目の記者会見で、ほかのメンバーがおずおずする中、
一人目をキラキラさせて清く正しく美しい大正論で演説をぶちかますグレン。
ほかのみんなは最初こそ毒気を抜かれてぽかーんとしていますが、
グレンの演説が大うけなのでだんだんその気になって・・・・・
「誰が最初に宇宙へ?」
「は〜い」「はい俺」「俺俺」「わたし」「拙者」
世間が自分たちに何を期待しているかがようやく理解できたと言ったところです。
ちなみに、このジョン・グレンは、後に上院議員になりました。
この時の「演説」は、その未来を彷彿とさせます。
また、グレンは1998年、77歳でスペースシャトルディスカバリーに乗って
もう一度宇宙に行き、最年長記録を作っています。
この時のディスカバリーには、日本の女性宇宙飛行士、
向井千秋が乗り込んでいました。
そしていまだ健在。全く元気な爺さんですこと。
そして、アメリカの「ヒーロー」となった彼らは、メディアの前に
そのように振る舞うことを要求されます。
しかしながらこのころアメリカのロケット打ち上げは失敗につく失敗続き。
ソ連に先を越されて焦る一方で、数か月ロケットが上がらないのを
飛行士たちはじりじりと見守るのみ。
気持ちも盛り下がる一方です。
妻とも引き離される生活の中で、無聊を託ち、ロケットは飛ばないばかりか、
NASAの科学者とはその扱いを巡って衝突ばかり。
そんな生活におかれた若い血気盛んな男のすることは・・・・・・・。
「(7人のうち)4人は陥落よ。あと3人」
などと、地元の遊び人のターゲットにされて喜んじゃったりとか。
そこで、カタブツのグレン飛行士が
「貴様らはたるんどる!」とか言い出して険悪に。
それでなくても海軍空軍間のいろいろや、性質の違いによる齟齬、
それに焦りと苛立ちが加わって、一即触発です。
さて、冒頭にもお話ししたように、アメリカの宇宙計画そのものが「ソ連に負けまい」として
政治主導で起こされた国力の顕示であったわけです。
そして、この宇宙開発の実績をあわよくば自分の政治基盤に役立てようと
なりふり構わず利用しようとする政治家の欲望が渦巻いていました。
この映画には当時副大統領で、ケネディ暗殺を受けて大統領になったジョンソンが、
実名であちらこちらに「暗躍」している様子が描かれています。
「わたしは共産主義者の月の光で寝付く気はないね」
「人工衛星を上げたのは抑留されたドイツ人科学者か」
「違います。我が国のドイツ人の方が優秀です」
「共産主義者の奴らはロケット開発をしてそのうち我が国に核爆弾のを降らせる気だ
彼らに先を越されるとは何事だ」
「我が国は航空機で国威を上げた。これからは宇宙を支配する者が世界を制する」
これがジョンソンのセリフとして語られるのです。
つまり、純粋な科学発展や真理の追究なんてものではなく、この計画の根底にあったのは
ただ大国アメリカの国威とプライドのかかった競争、という構図だったというわけです。
アメリカ人初の宇宙飛行士になるという夢を持って集まってきた彼らは、
その準備の段階で、垣間見える政治家の欲望、そして自分たちに課された任務の意味に疑問を持ち、
だんだんとバラバラの状態から一致団結して、それらと「対決」していくことになるのですが、
このことについては後半でお話しすることにします。
それにしても、「モルモット」になることを拒み、あくまでも自分の目標である
「音速の壁を破ること」への挑戦を続けたチャック・イェーガーは、
彼ら宇宙飛行士を見てどのように思っていたのでしょうか。
そして、すっかり忘れがち(笑)ですが、チャック・イェーガーの空への挑戦は・・・。