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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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映画「ライト・スタッフ」〜妻たちのマーキュリー計画

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夫が宇宙飛行士に選ばれた後、彼らの妻には

「宇宙飛行士の妻」

という役割が与えられます。

夫と同じように関心を持たれ、夫の栄光を協力者として分かち合うのが
何事も夫婦という単位で人を見るアメリカ人の考えるところの「英雄の妻」なのですから。


ところで、昔、「奥様は魔女」というドラマがあったのをご存知でしょうか。
このドラマは、宇宙飛行士のアンソニー(トニー)が、カプセルで着水し、
流れ着いた南の島でひろった魔法の壺にはジニーという魔女が入っていて・・・、
という内容のホームコメディ?ですが、このネルソン少佐が劇中、
航空宇宙局にお勤めしているという、当時の「最新流行の」シチュエーションでした。


このドラマが制作された1965年ごろは、アメリカはジェミニ計画を着々と進め、
ケネディが言ったように「1960年代には人類を月に送る」ための準備をしていました。
「マーキュリー計画」のときに物珍しい存在だった「宇宙飛行士の妻」は、
このドラマ制作時には「憧れの職業の夫を持つセレブリティ」という風に若干変わっており、
だからこそこのような設定のドラマが制作されたのかと思われます。

彼女ら「ミセス・マーキュリー・セブン」は、こうやって一堂に集められ、
全員の写真をメディアに広められるなど、有名人の扱いだったわけですが、
全員が全員とも、高く盛り上げたヘアに何人かは流行のパールのネックレス。

これは、当時絶大な人気のあったケネディ大統領夫人、ジャクリーヌが流行らせた

「ジャッキー・ルック」

です。
この映画でも、夫の栄達の「ご褒美」として、ジャッキーに会えるというセリフが出てきます。 


この映画「ライト・スタッフ」(適正な資質)は、空に、宇宙に、
映画のアオリでいうと「人類の限界への挑戦に命を懸ける男たち」が主人公ですが、
映画導入部は、テスト飛行の実写に続き、そのパイロットが事故死し、
若い妻がその報せを聴くという悲劇から始まります。

つまり、この映画のサイドテーマは

「死を顧みぬ任務に出かける夫を待つ妻たち」

でもあるのです。



「救急車の音や大きな衝撃音のたびに、身がすくむ思いがするわ」

空軍のテストパイロット、ドナルド・スレイトンの妻。
まだ宇宙飛行士に夫が選ばれる前です。



「同窓会に行ったら企業勤めの夫を持つ友達はこんなことを言っているけど、
彼女らに聞いてみたいわ。
夫が生きて帰らない確率が4回に一回だったらどうするかって」

タフな男、あだなが「ホットドッグ」で、口癖が「最高のパイロット?目の前にいるぜ!」の
ゴードン・クーパーの妻。

ちなみにこの「ゴードン」という名前は、「サンダーバード」にトリビュートされて使われています。



「男なんて・・・・・As〇H〇leよ!」

思わずダーティ・ワーズを口にして首をすくめる、ガス・グリソムの妻。

彼女の夫、ガスは最初のミッションで、アメリカで2番目の弾道飛行を成し遂げたものの、
司令船リバティベル7の着水時ハッチが開くのが早すぎたために、
海水が船内や宇宙服の中に入り込んでしまい、溺れかけ、ヘリに救助されるという
「失態」を犯してしまいます。



ハッチは彼の誤操作ではなく、ひとりでに飛んだ、というグリソム飛行士の訴えは
受け入れられず、彼のミスとして片づけられてしまった結果、



その勲章授与式は寒々としたわびしいものとなります。

アメリカとNASAは彼を実に冷淡に扱ったのでした。
授与式のためにあてがわれた貧乏くさいモーテルの一室で、妻の怒りが爆発します。



「ワシントンのパレードは?」「ない」
「ケネディ大統領の勲章授与は?」「ない」
「ホワイトハウスの晩さん会は?」

「んなもんあるかいぃぃぃっ!」



「わたしだってジャッキーとおしゃべりしたかったのおお!」

アラン・シェパードの妻と比べて我身の不幸を涙ながらに訴えるグリソム妻。

おいおい、夫が無事で帰ってきてくれればそれでいいんじゃなかったのかよ。
それじゃ命を賭けて任務に就き、技術ミスで挙句の果て溺れかけた夫の立場がないよ。

宇宙飛行士に夫が選ばれた時から、メディアは妻たちをクローズアップし、
写真を撮ったり、手記を求めたり。
「朝起きたら有名になっていた」というような「持ち上げられ方」をされて、
彼女たちにも「欲」が出てきた、というところでしょうか。

それにしても、この「ハッチ事件」は、ある不幸な結末につながっています。

後年、このガス・グリソム飛行士はアポロ1号計画の訓練中、
爆発炎上による火災で、アメリカ宇宙計画最初の犠牲者になったのですが、
最初のリバティベル7の水没事故を受けて、NASAはそのあと、
宇宙船の内部からハッチが開かないように機構を変更しました。

結局この変更が、グリソム自身の命を奪う一つの要因になったのです。

「即死した」
というNASAの発表に対し、ベティ・グリソム夫人は法廷で
遺族が独自で行った調査からその報告が虚偽であること、
夫は火災の中で少なくとも15分は生存していたことを証言しています。



さて、海兵隊出身のカタブツ男、ジョン・グレンの妻、アニー。
彼女は重度の吃音で、人前でしゃべることができません。
しかし、そのことを知らないゴードンの妻は、当初、彼女に話しかけて
返事がなかったのに気を悪くし、

「変わっているわ、なんてスノッブなの!」

と陰で非難したりします。

しかし、幼馴染で結婚した、重度の吃音症であるこの妻を、
マッチョで頼もしい夫であるグレンはこよなく愛しているのです。



ソ連のチトフがまるまる一日の弾道飛行を成功させたため
焦ったアメリカは、準備不足のままグレンを打ち上げることを決定。

打ち上げの決まった飛行士の自宅にはなぜか全員の妻が集まり、
そこでテレビの放映を見るというお約束が用意されています。
詰めかけた報道陣はその家に来るおむつの配達人まで追いかけまわす、
というような狂態ぶりを見せるのです。

まあ、洋の東西を問わずマスコミはマスゴミであるということですね。

アニーはカメラの前での副大統領ジョンソンとの会見を拒みます。
吃音で人前で話したくないアニーにはとんでもないことだからですね。
最初こそ「お高くとまって」などとアニーを非難していたゴードンの妻トルーディですが、
今やすっかり妻同士で団結し、グレン家のドア越しに報道官をぴしゃりととはねつけます。

「ノー、よ!」

このころになると、夫たちがNASAの上層部に対してパイロット同士で結束していたように、
妻たちもスクラムを組んでお互いを守りあっていた、という表現です。

ところが、ここは何としてでも全国放映で自分の姿を国民にアピールしたい
ジョンソン副大統領、



・・・・と激昂し、NASA上層部に圧力をかけて
グレンから妻を説得させようとします。

汚いさすがジョンソン汚い。

打ち上げ中止になったその悲劇を慰める図を撮らせてまで
自分の政治宣伝に使おうをするジョンソン。
打ち上げ中止になったカプセルから降りてきたグレンに
妻を説得させようとします。

こんなときになにをやっているんだ、という感じですが、
そうまでしてもこの機会をなんとか利用しようとするんですね。

やっぱり政治家ってAs〇H〇leですよね。うん。

この映画制作時、ほとんどのマーキュリー・セブンの飛行士たちはまだ生存していて、
しかしリンドン・ジョンソンはその少し前に亡くなっていますから、
カウフマン監督は心置きなくジョンソンを「悪役」にすることが出来たのでしょう。



それはともかく、ジョングレンの妻、アニー。

「ジョンソンが・・・・・わたしを・・・・テレビに;;」

切れ切れに夫に訴えます。

彼女を説得させるために電話に呼び出される夫。
ところが・・・・



さすがは愛妻家のマッチョ男。

「グレン飛行士がそう言ったといってやれ!」

怒りを隠せないNASA最高責任者。

「言うことを聞かせないと飛行の順番を後回しにするぞ!」

ついつい脅迫めいたこともいっちゃったりするものの、途端に
7人に周りを囲まれ、

「おう、おもしれえな」
「やれるならやってみろよ、え?」

とすごまれ、すごすごと引き下がります。


いや、このエド・ハリスはかっこいいですよ。
女から見てこんな頼もしい男はいない、という感じ。
こんな旦那さんだったら、奥さんはもう頼り切っちゃいますね。

それに、このアニーという奥さんであれば、たとえジャッキーとおしゃべりできなくても、
夫が無事で帰って来てくれさえすれば、それだけでいい、って感じです。
いかにも欲がなさそうだし。

こんな女性だからグレンは何をあっても守ってやりたかったのか、
人一倍タフで男らしい男だったから彼女のような女性を選んだのか。 

どちらが先かはわかりませんが、いずれにせよ、
こんな二人は実にお似合いだと思ってしまいました。
夫婦の形は夫婦の数だけありますから、

「吃音で対人恐怖症の妻など、社会生活もろくに営めないに決まってるから
どんな美人でも俺は御免こうむるよ」 

とおっしゃる男性も世の中には少なからずおられるとは思いますがね。

さて、いよいよフレンドシップ7号によるグレン飛行士の初飛行が始まります。



地球を弾道に乗って7周する、というミッションでしたが、
二周目に耐熱シールドがはがれかかっていることが判明し、
三周回ったところで再突入することが決められました。

それがねえ・・・。

NASAが本人に故障を伝えようとしないんだよ。

管制室では皆顔を真っ青にして大騒ぎしているのに、
本人はのんきに「きれいだ」とか「一日が早い」とか、
シールドから出る火花を「生物体か?蛍みたいだ」なんて言ってるんですよ。

同僚のシェパードが

「かれは飛行士だぞ!なぜ知らせないんだ」

と怒りまくるんですが、三周で再突入を命じた後理由を尋ねるグレンに

「こちらの判断だ」

って、もうまるで飛行士をチンパンジー扱いなんですよ。
しかし、これがもしチンパンだったら、再突入の際の手動操作などできなかったわけ。
つまり、サルには決してできないミッションだったということなんですけどね。

今でこそ宇宙飛行士は、心技体バランスのとれたスーパーマンのような
優秀な人物にしかなれない究極の憧れの職業ですが、
このころの宇宙技術者というのは、「人間にできること」を
実に過少に評価していたとしか言いようがありませんね。




息をのんで電離層間の断絶状態を見守るNASA管制室。
このときの世界の注目度は第一回、第二回を大きく上回るものでした。

この任務達成を以て、アメリカは後れを取っていたソ連に追いつくという
歴史的快挙ともなったのです。



順番とはいえ、グリソム飛行士のときとのこの違い・・・・。
グレン飛行士とその妻は一躍アメリカのヒーローです。
あちらこちらに引っ張りだこ。

そして、ヒューストンのあるテキサスは、あのジョンソンのおひざ元。

グレンを中心とした飛行士メンバーを、「大バーベキュー大会」ご招待。
 


「わ・た・し・が この地に招待しましたあ!」


全くこのオヤジはよお・・・(笑) 

そこで、いろいろと飛行士の名声を利用せんとする有象無象が彼らにまとわりついてきます。
飛行士の家庭は地元建築会社によってもれなく無料で家を建ててもらえ、
さらに地元デパートが全て内装をあなたのお好み次第に。

まあこれ、奥様的にはもう願ってもない役得じゃなくって?

そして、この宣伝臭紛々の、欲望に塗れた、そう、まるで応援集会のようなパーティ、
佳境に入って、なんとこんな妖しい出し物まで・・・



大きな二枚の羽で巧みに体を隠しながら踊るヌードダンサー。
いくら隠してもそこはそれ、時々チラリズムもあり。



どん引きする飛行士その1。カーペンター飛行士。
マーキュリー計画の飛行士の中で最も有名になった人物です。



どんびきする飛行士その2。シラー・Jr.飛行士。
彼は結局、マーキュリー、ジェミニ、アポロの宇宙計画すべてに参加した
たった一人の飛行士となりました。

シラー飛行士は海軍出身だったので、2007年に亡くなった後、
海軍の補給艦に功績を称えて「ウォリー・シラー」と名付けられています。




どんびきその3。空軍のテストパイロット出身、ドナルド・スレイトン。
このあと心臓の欠陥が見つかり、マーキュリー計画では宇宙に行っていません。

しかし、航空宇宙局で新人飛行士の訓練に当たってきたある日、
自分を指名して、アポロ・ソユーズテスト計画のパイロットとして初めて宇宙に行きます。

最初に宇宙飛行士に指名されてから実に26年後の初搭乗。
これは宇宙計画の一つの「新記録」だそうです。

でも、願えばいつかそれはかなう。よかったよかった。



あまりのことに固まっている夫人と、そんな彼女に気を遣うグレン飛行士。
全く、彼女のような女性には耐えられない出し物だったかもしれません。

この変な出し物だけではありません。
誰一人この奇妙なパーティをこころから喜んでいるわけでもないのです。

彼らがそのミッションの成功(まだ成功させてない飛行士が半分以上ですが)
に対して手に入れた名声の正体とは、いったいなんだったのか。
この世界はいったいどうなっているのか。



彼らの得た「宇宙飛行士」という肩書にまとわりついてくるものの正体の不可思議さに
ただためらいつつこのエロチックなショウを眺めているちょうどそのとき、

一人の男がまた人類の限界を破るべく空に挑戦しようとしていました。





(終わらなかったので、最終回に続く)


 


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