唐突ですが、わたしはアメリカという国が嫌いです。
毎年訪れ、住んでいたこともあり、ほとんどのアメリカ人には好意を持つことの方が多く、
なによりもあれだけの国を築き上げたパワーと知力には心から賞賛を惜しまないのですが、
あの正義の側に立ったふりをして、実は利権と大国の驕りが全ての行動原理となっている、
あのアメリカという国家が大嫌いです。
この映画「ライト・スタッフ」に描かれる、当時の副大統領リンドン・ジョンソンの、
宇宙計画を利用して国力を高揚させるとともに自らの政治宣伝に利用しようとするあさましい姿は、
ある意味「忌むべき大国アメリカ」の象徴であり、7人の宇宙飛行士たちが戦ったのも、この
「国家の欲望」からくる不条理であったと言っても過言ではないと思います。
さて、当初は互いを牽制しあい、空軍海軍海兵隊の枠の中から互いを批難しあっていた彼らですが、
ある時から「敵はお互いではない」ということに気づきだします。
宇宙に行くのに「正しい資質」(ライト・スタッフ)を持っているのは、言われたことを間違いなくやり、
しかも従順で逆らわないチンパンジーである。
従って人間より先に猿をマーキュリー計画に使う、
という噂がたったとき、一番反発したのが当の飛行士たちでした。
そりゃそうでしょう。
「俺たちがさせられるのはサルにもできることなのか」
誰だってそう思いますよね。当事者なら。
このころアメリカが後れを取っていたソ連においても最初にスプートニクで
打ち上げられたのは犬でした。
アメリカが「サル」を選んだのは、犬より高度な作業を教え込むことができたからですが
まったくソ連と同じことをしたくない、という意地からではなかったかという気がします。
「犬猿の仲」って言うくらいだし・・・・いや、英語では犬猿の仲のことを
cats-and-dogsていうのよね。
猫を宇宙に射ち上げたのはアメリカじゃなくてフランスか。
その話はともかく、アラン・シェパード飛行士の弾道飛行に先立つこと4か月、
アメリカはチンパンジーの「ハム」を、マーキュリーカプセルに乗せて弾道飛行を行います。
「ハム」の写真はライフ誌の表紙を飾り、世間は大喜びでしたが、
宇宙に行くことを良しとせずテストパイロットに留まったチャック・イェガーの周囲は、
この結果と「猿に先を越された」宇宙飛行士候補たちを嘲笑します。
しかし、自らが何回も死の淵のミッションから生還しているチャックはこういうのでした。
「命を捨てる覚悟で任務に就く男は立派だよ」
アメリカという国は嫌いですが、アメリカにはこういうカッコいい男を生み、
こういったカッコよさを素直に英雄として称える、いい意味での単純さがあります。
これがわたしの好きな「アメリカ」です。
チャールズ・”チャック・イェーガー。
ウェストヴァージニアの貧しい家の出で、航空整備士から空軍准将まで登りつめ、
「世界最速の男」と呼ばれた伝説のパイロットです。
このイェーガーを演じるサム・シェパードが、
孤高の一匹狼のような殺気と哀愁を漂わせ凄味すらあって大変よろしい。
このサム・シェパード、こう見えて?俳優は副業、本業は脚本家。
あの名作「パリ・テキサス」なども手掛けています。
最初の回にお見せした、女流飛行家パンチョ・バーンズの店。
ここに、NASAの採用担当の「凸凹コンビ」(この二人、最高!)がやってきます。
イェーガーも、そして元エースで後にマッハ2を破るテストパイロットの
スコット・クロスフィールドも、宇宙飛行士になることを
「人間ミサイルや人間の缶詰になる気はない」
とにべもなく断った、というのもお話ししたと思いますが、
「イェガーはダメだ。学歴がないし、クロスフィールドも民間人だから身元がどうたらこうたら」
こんなことをこそこそ言い合う二人に後ろから忍び寄る目つきの鋭いオヤジ。
これが、なんと特別出演の
チャック・イェーガー本人。
イェーガーはテクニカルアドバイザーとして参加していたそうですが、画面では
「ウィスキーを付き合うか」
それが昔人類で最初の秒速を破った男のセリフです。
そして、スコット・ウィルソン演じるアルバート・スコット・クロスフィールド。
D-558-IIで人類で始めてマッハ2を記録した、イェーガーのライバルです。
クロスフィールドはその後X-15でマッハ2,98、ほぼマッハ3に迫っています。
ちなみに、このクロスフィールドは2006年に84歳で亡くなりました。
彼の操縦していたセスナは雷雨に見舞われ消息を絶ちましたが、
ジョージア州で機体の残骸の中にその遺体が発見されたということです、
84歳にして自分で飛行機を操縦していたというのにも驚きますが、
それも彼の生涯を思えば以て瞑すべしとでもいいますか。
誤解を恐れず言えば、空の男は空で死ねて本望だったのではないでしょうか。
空で死ぬといえば、この「ライト・スタッフ」には、
最初にX−1のテストで殉職したパイロットの告別式のシーンがあります。
実写のX-1の映像に続き、そのテスト機が墜落し、パイロットは殉職。
黒い服の陰気な顔をした空軍の「まずいこと宣告係」(従軍牧師かも)
が彼の妻を訪ねてくるのですが、若い妻はすぐにそれを悟り
"No.........! Go away!"
と叫びます。
この陰気なおじさん、映画の要所要所で顔を出しているんですが、
イェーガーの飛行前や、あるいはマーキュリー計画の打ち上げの前にその不景気な顔を見ると、
どうも縁起が悪いというか、すわ、フラッグか?と思ってしまいました。
思わせぶりに登場して、いたずらに観ている者を不安にさせないでいただきたいと思います。
実際はX−1のテストで殉職者は出ていないので、映画上の創作です。
その上空を飛来する航空隊が「ミッシングマン・フォメーション」と呼ばれる
葬儀や追悼イベントで行われる航空運動を見せてくれます。
これは「ミッシングマン・フライバイ」とか「フライパスト」(Flypast)とも呼ばれ、
夕刻、編隊の一機が離れて上昇していくとき、その一機は離脱後、
夕日に向かって消えていくのが正式の行われ方であるということです。
この映画では構図を考慮した結果だと思うのですが、夕日とは逆に飛んで行っています。
ところで冒頭の絵は、白黒写真を参考に描いた、イェーガーと彼が音速を超えたベルXS−1。
XS‐1の色は映画から類推しましたが、ヘルメットの色とか、エビエイタースーツの色等、
全くの想像ですのでご了承ください。
機体に描かれた「グラマラス・グラニス」は、彼の最初の夫人の名前です。
グラニスさんが本当にグラマラスであったかどうかというより、
単に語呂がいいのでこうした、という感じのネーミングですね、
イェーガーは74歳になる97年の10月14日、「グラマラス・グラニスIII」と描かれたF-15Dに乗り込み、
50年前に音速記録を打ち立てたのと全く同時刻の10時29分に、
史上最年長のイーグルドライバーとして音速を突破しています。
ちなみにこのときにはすでにグラニス夫人は亡くなっていて、イェーガーは67歳のとき
36歳下の当時31歳の女性と再婚しています。
歳の離れた女性と結婚してあらゆる面で悲惨な目に合っている(らしい)コメディアンと違って、
きっとイェーガーなら、名声遺産目当てなどではない女性と結婚した・・・・と思いたい。
いくらなんでも前夫人が亡くなって一年で再婚ってどうよ、と思う向きもおられましょうが、
この年齢になると「自分に残された時間の少なさ」を考えずにはいられませんからね。
さて、この「ライトスタッフ」で、宇宙飛行士になったテストドライバーたちのその後と、
イェーガーの「空への挑戦」は、ほぼ並行して語られます。
オリンピックの標語ではありませんが、つねにより高くより強く、そしてより速くを求める
アメリカにおける当時の航空界の最大の目標は、
「世界で一番先に音速の壁を破ること」
でした。
有人飛行機で音速の壁をやぶるX−1での高速飛行計画を、
NASAの前身であるNACAが立ち上げます。
それでまず、”スリック”、チャルマーズ・ユベール・グッドリンに白羽の矢を立てたのですが、
映画でも描かれていたように、彼は危険を理由に空軍に15万ドル、さらに、
マッハ0.85以上で一分飛ぶごとに加算金額を要求しました。
映画ではこのスリックの金銭要求を決して否定的には描いていません。
「そこには悪魔が住み、レンガの壁が存在する(らしい)」
と言われていたマッハ1の世界は、それこそ当時の宇宙並みに
生身の人間が到達するには困難なものと考えられていましたから、
スリックの要求は彼が家庭を持ちパイロットであると同時に夫であり父であれば
当然のことであると誰にも思われるからです。
むしろ、
「空軍から給料を(月285ドル)もらってるからいらないよ」
と、危険をむしろ歓迎し挑戦することそのものに価値を見出すチャックのような人間は
ほんの一握りであるといえます。
「危険なのか?それなら志願する」
NASAの採用担当に、宇宙飛行士に志望した海軍パイロットのシェパードもこう言いましたが、
即ちこの映画は、人類の経験したことのない危険だからこそ挑戦する意味がある、という、
まことにアメリカ人らしい価値観を持った一握りのアメリカ人たちの物語と言えましょう。
さて、チャックの「無欲さ」にほっと胸をなでおろした(笑)空軍幹部、
さっそくテスト飛行の交渉に入りますが、
”When?"「テストはいつする?」
”Tomorrow."「明日」
”I'll be there."「行くよ」
"I'll see you there."「じゃそういうことで」
これはさすがに映画上の創作で実際はそうではありません。
しかし、初めて音速を突破するためのテスト飛行の前日、彼は落馬して肋骨を骨折しており、
同僚のジャック・リドレイ大尉が箒の柄を切って渡し、
「これで中からドアをしめれば前かがみにならなくてもいい」
とアドバイスするシーンがありましたが、こちらは実話です。
グレニスを馬で追いかけて落馬した、というのは多分創作だと思いますが。
そして、劇中なんども、華やかに脚光を浴びる飛行士たちの報道を
物言いたげな風情で聞くイェーガーの姿があります。
宇宙飛行士とテストパイロット、命の危険に置いてはどちらも同じですが、
テストパイロットが死んでもせいぜい「パンチョの店」に写真が貼られるだけ。
逆に成功したところでパンチョがステーキを奢ってくれるくらいのものです。
しかし、「ヒーロー」である宇宙飛行士たちには、
危険な任務に対する有形無形の報酬が与えられます。
それだけでなく、彼らを利用せんとする有象無象が周りに群がってくるというわけです。
たとえばこの映画で描かれた、野心に満ちた政治家、ジョンソンが
自分の政治的権力顕示のために開いた欲望の渦巻くバーベキューパーティ。
ここで、宇宙飛行士(この時点で宇宙に行ったのは三人だけ)とその妻が、
怪しげなダンサーの踊りに唖然としているそのとき、
またしても「空の壁」に挑戦しようとしているイェーガーの姿がありました。
「数年前にあれがあったらな」
とイェーガーが言う、この「見たことない飛行機」。
これは・・・・・なんですか?
見たことない機種だ。
いや、わたしは見たことあります。
これはロッキードF-104スターファイターですよね?
ジョン・グレンが地球を弾道ロケットで三周したのは1962年。
映画によるとその翌年行われたパーティのさなか、イェーガーが乗り込むこの飛行機がNF-104。
これは史実に照らしても正しく、このときイェーガーは音速ではなく「高度記録達成」に挑戦しました。
しかし空軍のかれが1954年に初飛行のスターファイターを1963年現在「見たことがない」というのは
なんだか時期的におかしいような・・・・・。
・・・・・・・・ま、まあいいや、これは映画。そういうこともあるよね。
とんだところで映画のセリフのおかしなところに気づいてしまいましたが、
とにかく、挑戦が始まります。
・・・・というところで前回も前々回も終わり、次回に引っ張ってしまったのですが、
このイェーガーの挑戦と、イェーガー夫妻のこと、
そしてやっぱり宇宙飛行士のことをもう少し書かねば、終わるわけにいかない!
・・・・ええ。すっかり気に入ってしまったんですよ。この映画。
というわけで本当の最終回に続く。