恥ずかしながらこのわたし、割と最近まで、この
「眼下の敵」を飛行機乗りの映画だと思っておりました。
原題が「The Enemy Below」であると知っていれば、
それはニュアンス的に空中でなく「海面下」であり、
敵は潜水艦のことであると悟ったと思うのですが、
「眼下」って、この映画の内容を知った今でも、
航空機から観た地上というイメージだと思うんですよね。
まあ、タイトルで全てを伝えようとして、その結果
たいてい失敗している日本の映画配給会社にしては、この
「眼下の敵」はまあ頑張ったかなという気もしますが。
って、この上から目線何様だよ。
とセルフツッコミしたところで始めます。
マレル少佐(ロバート・ミッチャム)が指揮するバックレイ級(実在)
護衛駆逐艦「ヘインズ」が大西洋に展開しています。
艦上の水兵が日常業務をしているところから始まります。
残飯を海にぶちまけ、
「サメだらけだ」
いやそれは残飯を撒くからでは?
それから仲間内で新しい艦長の噂話が始まるのですが、
マレル少佐が民間人出身であることに不信感を持つ水兵もいます。
「スレーター」シリーズで、アメリカには
マーチャント・マリーン、アメリカ合衆国商船組合に所属する
商船海兵隊将校は、国防総省から軍の将校に任命されることもある、
と書いたのですが、マレル艦長はまさにこのパターンだったようです。
士官室でも新艦長の評判は良くありません。
むしろ兵学校出からなる士官たちが民間人の上司を疎ましく思うのは
全く不思議なことではありませんね。
「よそよそしい艦長だな」
「部屋に篭って出てこないのは船酔いかな」
ここで事情を知る軍医が、マレル艦長は乗っていた民間船が
魚雷で撃沈され、25日間漂流して助かったばかりだと説明します。
「楽な船で彼はラッキーだ」
「たまには戦闘してみたいくらいだ」
などと呑気ですが、そんなことを言っているととたんに
レーダーに艦影が発見されました。
その艦影とは、ナチスドイツのダス・アンダーゼー・ブート、
シュトルベルク艦長(クルト・ユルゲンス)率いるUボートでした。
この映画も「K-19方式」というのか、「カピタン」とか「ヤボール」とか
要所要所にドイツ語を混ぜていますが、ドイツ人が全員英語を喋っています。
こちらでもレーダーに敵艦らしき存在を発見していました。
Uボートの任務は味方の艦船と落ち合い、
そこで英国の暗号書を瀬取りするというものです。
こちらアメリカ軍。
レーダーで得られる情報がプロッティングボードに書き出されます。
(スレーターについて書いているとき、この映画はとても参考になりました)
「目標 左舷に変針、20度です」
ここから、相手の動きを読み合う心理戦ははじまっていました。
マレル艦長は、全艦放送で追跡開始を宣言しました。
明日の朝には戦闘となる可能性もあります。
「戦闘となっても慌てないように」
誰もがUボートと戦うのは初めてです。
乗員の間では未知の敵について不安げな会話が交わされます。
マレル艦長の戦略で位置を変えずに動かない艦影について、
Uボート艦長は「ダミーかもしれない」と判断しますが、
それでも油断せず、ジグザグ航行を命じます。
さすがは第一次世界大戦からの古参で叩き上げだけのことはあります。
艦内のダクトには、
「Führer Befiehl Wir Folgen」(総統が命じ我らは従う)
というゲーリングが提唱したナチスドイツのスローガンが書かれていますが、
シュトルベルグ艦長は乱暴に自分の汗を吹いたタオルを
ダクトの文字の上に引っ掛けるというアナーキストぶりを見せます。
特に海軍には実はヒトラー嫌い、みたいな軍人が多かったそうですが、
シュトルベルグ艦長は、真面目にヒトラー式敬礼をする若い少尉を
「新人類だ。機械みたいだ」
と苦々しく言い捨て、ついでに昔のアナクロな潜水艦はよかった、と回顧し、
今の戦争には人間味がない、と嘆き、おまけにこの戦争について
「大義がない」「勝っても意味がない」
ということまで酔った勢いで言っちまいます。
アメリカ人から見た「良心的ドイツ人」というわけですな。
ちなみに日本の資料では一切触れられていませんが、艦長の本名は
フォン・シュトルベルグで、貴族あるいは準貴族という設定です。
第一次大戦の戦功によって騎士叙任されたという設定でしょう。
しかし彼は息子二人を戦争で失い、もはや旧人類の自分が何のために戦うのか、
疑問を感じながら、1日も早く陸に上がる日を待ちかねています。
次に駆逐艦上ではマレル艦長と軍医が会話を始めます。
ちなみにこの軍医は、そういう役割を負わせるためのキャスティングで、
実際の駆逐艦クラスには軍医は乗っていませんでした。
軍医は皆から孤立している艦長を気遣って、彼の人となりを探るため、
機会をうかがっていたようです。
そこで艦長が大西洋航路の先任の出身であること、自分の船に新婚の妻を乗せていて、
彼女が潜水艦の魚雷で真っ二つにされた船の片方と共に沈んでいくのを
なすすべもなく見ているしかなかった、という告白を聞きました。
「だから潜水艦を追いかけるのですか」
という軍医の問いに、彼はそれは私怨ではない、と言い切るのでした。
「私は任務を遂行するだけだ。そのときのUボートの艦長と同じように」
映画で「ヘインズ」を演じたのは駆逐艦USS「ホワイトハースト」DE-634です。
「ハースト」はこの後1971年4月に魚雷の標的艦となって沈められました。
映画には実際の「ホワイトハースト」の当時の乗員が出演しています。
原作はイギリス軍の元軍人D・レイナーの小説です。
”All hands, man your battle stations!!
「ヘインズ」では総員配置が発令されました。
食事中や就寝中だった乗員が脱兎の如く跳ね上がり駆け出します。
トリビアによるとここで各配置に登場するのは本物だそうです。
「修理班配置よろしい(manned and ready. condition able.)
「機関配置よろしい。全てのボイラー準備よろしい」
ちなみにこの機関将校を演じているのは「ヘインズ」を演じている
USS「ホワイトハースト」のかつての艦長だそうです。
この人は本作で技術アドバイザーを務めました。
「操舵手キローガ、配置よろしい」
「操舵手スペンサー、表示器に配置よろしい」
これも本名と思われ。
「ソナー配置よろしい」
「弾薬庫(マガジン)」配置よろしい」
危険物を扱う部署のヘルメットは大型で赤。
「スカイワン、第33砲座配置よろしい」
「スカイワン、第32砲座配置よろしい」
以下略
「全ての銃配置よろしい」
「ホワイトハースト」は定係港がパールハーバー、
第二次世界大戦にも出撃したベテラン艦だったということです。
艦長は早速副長に、
「この艦は『スマートでクィック』だな」
とお褒めの言葉を。
それに対し副長は、
「やる気満々の悪童(bunch of boys)がそろってますからね」
艦長はUボートの追跡のために前進全速を命じました。
「ホワイトハースト」は一部ダズルカモフラージュ塗装が施されていなす。
ちなみに裏話ですが、この映画撮影中、ロバート・ミッチャムは、
ギャングウェイで転落し、重傷を負いました。
撮影は延期され、回復後ミッチャムは背中にコルセットを着用して
撮影に臨むことになりました。
そしてついに両者が対峙する瞬間がやってきました。
こちらはUボート艦内。
アラームが鳴り響き、乗員が潜航のために一斉に動きを早めます。
しかし、この映画のUボート艦内は広くて綺麗すぎで、
いまいちリアリティに欠けます。
1981年の「Uボート」でその実態が世間に膾炙することになりますが、
実際のUボートには通路も個室もなく、さらに壮絶に臭かったそうです。
その理由は、機構上の仕組みで潜水中はトイレを使えなかったため、
乗員はそれをバケツにいたしていたわけですが、(『まるゆ』方式ですね)
魚雷発射などの時にはそれらはほとんど外にこぼれることになり、
狭い艦内は阿鼻叫喚の匂いが充満していたからだとか。
Uボートが基地に戻り、メンテナンスを行う港湾労働者の多くは
この匂いに耐えられず、さらにボートは彼らの吐瀉物に塗れるハメに・・・。
続きます。