1944年海軍省後援の国策映画「怒りの海」、三日めです。
ある日、平賀少将が議長となって艦政本部の会議が行われていました。
この会議の終着点はただ一つ。
5000トン級の巡洋艦と同等の能力を如何にして3000トン級以下の船に持たせるかです。
平賀はそれが可能だと信じている、と説明を始めます。
排水量に対する裸の船体の占める重さの割合は、
駆逐艦および戦艦がそれぞれ35%程度なのに、
巡洋艦は45%、つまり10%多いわけです。
この点を工夫すればこの程度の重さの節約は十分可能だというのです。
そして排水量に大きく作用する機関、これを駆逐艦並みの速力を出すのに
巡洋艦の重量の割合は駆逐艦より大きいので、この点を・・。
といいかけたとき、
「ちょっと!」
と口を挟んできた軍人(高木少将)がいます。
この人、志村喬ですよね。
すぐに
「いや、やっぱり後にします」
というのですが。
平賀が続けます。
「攻撃力を弱めることなしに排水量を節約するには機関が問題になってきます」
なるほど・・・といったっきり黙り込む面々。
これは理屈はともかくどうしたらいいかわからんと見た。
「で・・・船体の技術的処理はどの程度まで進んでいると?」
「残念ながらはっきりした見通しはついていませんが」
うーん・・それっていまのところ「不可能」ってことでわ?
先ほど口を挟みかけた志村喬がここで、
「機関そのものは軽くなりませんよ?」
高木少将、実は機関製作部門の主任だったのです。
痛いところをついちゃった感じ?
全員またもし〜〜〜〜んとしてしまいました。
能力があり馬力の出る機関を軽く作る、
つまりこう言うことなのですが、
それが簡単にできれば誰も苦労しないよね。
防御の点からいっても巡洋艦を駆逐艦並みに軽く作ることはできないのですし。
「改めて機関を設計する側からお願いしておきます。
巡洋艦の機関は攻撃兵器並みに従来必要とされていた割合だけは、
絶対に動かせ、ない!」
志村、いきなりエキサイトして声を張り上げてきました。
「そりゃあ困る。私には肯けない」
「いや、私もこれだけは譲れない!」
「それは君、横車だよ・・私も譲れん!」
地味で派手な場面の全くないこの映画の唯一不穏なシーンがこれです。
「お互いに信念の相違ですから」
「信念?」
「そうです!」
「まあ高木さん」(笑)
しかし二人は構わず、
「不可能です!」
「その不可能を可能にしてくれたまえ!」
とヒートアップしていきます。
ここで言い合っている言葉は残念ながら最後まで聞き取れませんでしたが。
し〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
取り繕うように平賀が、
「今は言い争っている時ではない。
1日でも早くいいものを作って海に浮かべることなんだ。
そう思わないか」
高木は返事せず、会議は沈黙のうちに終了します。
平賀は自分のチームを集めて宣言しました。
機関を軽くするのが不可能ならば、艦体構造を何とかせねばならない。
皆がどれだけ大変かはわかっているといいながらも、
「事ここに至っては理論じゃない、実行だ。
この上は君たちの経験と気迫とで作り上げる他、道はない。
熱意と誠意とがあれば必ず道は(以下略)」
技術者の割には精神論で来ますなあ。
ここでメンバーの一人、竹中から、
「高木閣下は本当に不可能と言われたのでしょうか?
もう少し機関の方にも何とかしてもらわないと」
ともっともな意見が出ます。
すると平賀閣下は呆れたように
「君ら・・・それでも帝国海軍の造船官か」
と言い放ちました。
「・・・・・・」
「君たちは援護射撃がなければ敵陣に突っ込めんのか!」
次々と犠牲を出した海軍の猛訓練をどう考えているのか、
そんな不平がましい態度で御船を作り奉るのか云々と平賀先生、
大正論を浴びせかけ、皆(´・ω・`)
「主任・・・っ!」
何か言いたげな竹中に次を言わせず、
「頼まん。僕ひとりでやる」
平賀少将、すねて部屋を出て行ってしまいました。
自宅でもそのことを考え続けて平賀少将、思わず
「馬鹿め!」
と独り言が漏れてしまいます。
びくっとする妻(笑)
「お父さんご機嫌悪いわね」
「疲れてるんだよ」
家族も慣れっこになっているってかんじですか。
「ご飯の支度ができましたよ」(みつ子)
これによると、平賀家には原節子の長女を筆頭に
女、男、男、女と子供がいたらしいことがわかります。
ただし、wikiによるとサントリーの佐治圭三氏に嫁いだのが
「三女」ということなので、もう一人この後できたのかも・・。
ちなみに平賀には菊作りの趣味があり、その腕はプロ顔負けで
受賞を何度もしているという一面がありましたが、ここで男の子が
「お父さん、今年はだめだね、菊。
お椀みたいなのちっとも咲かないや」
というと、子供相手に平賀は
「抜いてしまえ、咲かんやつは」
と吐き捨てるようにタバコを投げ捨てながら言うのでした。
男の子は嬉々として
「構わないのお父さん?」
とさっそく菊を抜きにかかりますが、もちろん姉に咎められます。
書斎に入って行った平賀は、またしてもそこに
「土佐」の文鎮を目に止めます。
精魂込めて設計したものの建造し終わらぬまま廃艦になった「土佐」。
条約締結によって手足を縛られたに等しい造船官の無念さの象徴を、
平賀はひとり凝視し続けるのでした。
平賀の苦難の日々が始まりました。
如何にして華府条約で削減された軍艦保有率を性能で補うための
「重量を減らしつつ防御力もある船」を作るか。
平賀の頭の中は寝ても覚めても艦艇設計のことしかありません。
(ということを表すための映画的表現)
艦艇装備研究所の実験装置の映像がもう一度出てきたりします。
寝ていたかと思うとむくりと起き上がり、目を爛爛とさせて
机に向かい、やおら図面を引き始めるのでした。
このあたりセリフなしで低音の音楽に乗せて平賀の頑張っている様子が描かれます。
しかしいかに天才の平賀といえども、軽くて装甲力があり、
攻撃力のある巡洋艦など、そう簡単にできるものではありません。
火鉢にもたれかかったりため息をついてみたり・・。
そして何をするでもなく夜が明けてしまいましたの巻。
「しゃあない、風呂でも行くか」
この頃は普通に皆風呂屋に通っていて、風呂屋も早朝から開けていたんですね。
「相変わらずお早いですね、先生」
顔見知りの人が子供を連れて入ってきました。
平賀がしょっちゅう朝風呂に入りにきていたとわかるセリフです。
子供が朝っぱらから風呂場に持ち込んだ船のおもちゃを見て、
当たり前のように目黒の実験場の水切り装置を思い出す平賀(笑)
いきなり難しい顔になり、男が
「今年の菊はいかがでした?」
とお愛想をするのも耳に入らぬ様子で、突然湯船から上がってしまいます。
お風呂のおもちゃで何か思いついたのか?
家に帰るなり高速唾つけページめくりで資料に没頭(笑)
そんな父親を気遣って、娘のみつ子はある策略をしていました。
「あたし自信があるわ」
と弟に向かって明るく宣言するのを母親が聞きとがめ、
「何のお話?」
「みっちゃんがね、今日の演奏会にお父さんをお連れするって言うんですよ」
母親は音楽に趣味のないお父さんが行くわけがない、
と決めてかかりますが、みつ子はあきらめません。
丸めた紙を床に放り投げたかと思ったら、拾い上げてもう一度凝視し、
ため息をついて頭を抱え込む。
せっかく銭湯でいい考えが浮かんだと思ったのにドツボにはまってしまう平賀。
こんな調子なので、身体に障るのではと言うのが家族の心配なのです。
あきらめて朝食を取ることにし、居間にやってきた父親をみて、
これはチャンス、と顔を輝かせるみつ子。
「おとうさま!」
床に新聞を置いて読んでいる父に彼女は前から編んでいた
セーターを渡します。
「暖かそうだね。なにかご褒美あげようか」
「ええ!」
実は彼女が狙っていたのはこれだったのです。
なかなか策略かですな。父親似かしら。
なのに父親は
「お母さんからもらいなさい」
するとみつ子、
「あらあん、お父様からいただかなくちゃあ」
「お父さんは忙しくて買いにはいけないよ」
「今日ほんの3時間くらいわたしとご一緒に」
ご褒美にコンサートに一緒に行ってくれ、というのです。
こんな美人の娘さんに一緒にお出かけしてくれと懇願されるなんて
父親冥利じゃないですか。行ってやりなさいよお父さん。
ところがお父さま、話にならんと言う感じで相手にしません。
するとみっちゃんったら、おそらくどんな音楽に興味ない人でも
おそらく知っていることを渾々と父親に向かって説得するのでした。
「でも交響楽にはお父さん、百人前後の演奏者が出るのよ?
とても楽器の種類が多くて、それは複雑な組み合わせになってますの。
ですから指揮者がいて、初めて一つの音楽に纏まっていくんですわ。
指揮者がダメなら、それこそめいめいの演奏者が勝手な調子を出してしまって、
どんな優れた作曲でも魂が抜けてしまいますの」
音楽に興味のない人にこんな誘い方することってありますかね。
もし彼女が父親の今置かれている苦悩を知った上で言っていたとしたら
この娘何者?と思わずにいられない深謀遠慮が感じられるアプローチですが、
もちろんそうではなく、娘は無邪気に父親に息抜きをして欲しいのです。
実はさっきの言葉に十分心動かされている平賀なのですが、
すぐに行くと言ってはなんとなく家族に対する示しがつかんとばかり、
「お父さんは仕事の方が楽しそうだ」
と苦笑いしながらいうのでした。
娘みつ子の策略ははたしてこの頑固親父を動かすことはできるのか?
続く。