フライング・レザーネック航空博物館は、現在アクティブではありませんが、
スタッフは常にすでにここにある航空機を次世代に残すべく、
様々な広報活動や資金集めなどを積極的に行っているようです。
わたしがたまたまHPを見に行った日に、その前日の投稿として、
ポッドキャストによる航空機の説明を行った、という記事があり、
運営する予算が引っ張ってこれずに閉館していく航空博物館の例を
いくつか見てきた経験から、なぜかほっと胸を撫で下ろしました。
展示ヤードを歩いていて初めて気がついた
当博物館の大きな看板。描かれているのはA-4MスカイホークIIに違いありません。
(尾翼にそう書いてあるのでさすがのわたしも間違えようがないという)
さて、今日取り上げるのは冒頭の赤い星のついた機体です。赤い星・・・ってことはあちらのもの?と思ってしまいがちですが、
機体を見て機種を見分けられる方は、この飛行機が外でもない
アメリカ産の戦闘機であることがおわかりでしょう。
そう、これは「アグレッサー」機なのです。
■ マクドネル・ダグラス
F/A-18A Hornet – VMFAT-101:
マクドネル・ダグラス社のF/A-18ホーネットは、
双発、超音速、全天候型、空母対応のマルチロールコンバットジェットで、
戦闘機と攻撃機の両方として設計されています。
名称のF/Aは、ファイターとアタックのFとAという意味です。
マクドネル・ダグラス(現ボーイング)とノースロップ
(現ノースロップ・グラマン)によって設計され、
アメリカ海軍および海兵隊で使用されています。
何カ国かの外国の空軍でも使用されており、かつては
アメリカ海軍のブルーエンジェルスでも使用されていました。
F/A-18は、汎用性が高く、戦闘機の護衛、艦隊防空、
敵防空の制圧、航空阻止、近接航空支援、空中偵察を行うことができます。
【F/A-18ホーネットの誕生まで】
アメリカ海軍は、A-4スカイホーク、A-7コルセアII、
F-4ファントムIIの後継機として、プログラムを開始しました。
空軍でテスト中のYF16とYF-17
1973年、米国議会は、海軍にF-14に代わる低コストの航空機の開発を要求し、
その後行われたコンペでGMのYF-16ファルコンが優勝したのですが、
海軍は空母運用における適性を理由に採用を拒否しました。
そして、コンペで選ばれなかったノースロップのYF-17コブラを採用し、
マクドネル・ダグラスとノースロップに
これを叩き台にした新しい航空機の開発を依頼したのでした。
海軍長官はF-18の名称を「ホーネット」とすることを発表します。
F-18の製作にあたっては、両社は部品製造を均等に分担し、
最終的な組み立てはマクドネル・ダグラス社が行うことで合意しました。
具体的にはマクドネル・ダグラス社は主翼、スタビライザー、前部胴体を、
ノースロップ社は中央部と後部胴体、垂直安定板を担当します。
また、海軍用はマクドネル・ダグラス、陸軍用はノースロップと分担されました。
F-18はYF-17から大幅に改良されました。
空母運用のために、機体、足回り、テールフックが強化され、
折り畳み式の主翼とカタパルトアタッチメントが追加され、
ランディングギアが広げらると言った具合に。
また、海軍での運用に必要な航続距離を確保するために、
マクドネル社は背骨を大きくし、両翼に燃料タンクを追加。
主翼とスタビレーターは大型化され、後部胴体は10センチほど拡大され、
また、制御システムは、量産戦闘機では初となる
完全デジタルのフライ・バイ・ワイヤ・システムに変更されました。
1978年10月、初の試作機F-18A
ここまで一緒にやってきたマクドネル・ダグラスとノースロップですが、
そのパートナーシップは、ここにいたっていきなり悪化することになります。
まずノースロップが、F-18L用に開発した技術を、マクドネルが
契約に反してF/A-18の海外販売に使用しているとして訴訟を起こし、
マクドネルも、ノ社がF-20タイガーシャークにF/A-18の技術を使用した、
と反訴して、一時は泥沼状態になりかかったのです。
最終的に、マクドネル・ダグラスを主契約者とし、
ノースロップを主下請けとすることで合意が結ばれ、
F/A-18Aの最初の生産機は1980年4月12日に飛行することができました。
【改良と設計変更】
F/A-18E/Fスーパーホーネットの開発計画は、1990年代になって、老朽化した
A-6イントルーダーやA-7コルセアIIの後継機の必要から生まれました。
スーパーホーネットはF/A-18ホーネットの単なるアップグレードではなく、
ホーネットの設計思想を用いた新しい大型機体となりました。
ホーネットとスーパーホーネットは、
F-35CライトニングIIに完全に置き換わるまでの間、
アメリカ海軍の空母艦隊で補完的な役割を果たす予定です。
F/A-18Cホーネット
高い迎え角のため、前縁の延長線上に渦が発生している
【運用履歴】
マクドネル・ダグラス社が1978年に発表したF/A-18Aの初号機は、
カラーは青と白で、左に「Navy」、右に「Marines」と記されていました。
その理由は、海軍がF/A-18運用にあたり、伝統にとらわれない
「プリンシパルサイト・コンセプト」(Principalsite consept)
を提唱したからで、その結果、開発初期には民間人ではなく
海軍と海兵隊のテストパイロットを起用することになりました。
このことが異例ということすら知らなかったわたしですが、要は
海軍パイロットに「最初の操縦」をさせるのが目的だったのでしょうか。
1985年、新しい機体の初の配備はUSS「コンステレーション」となりました。
当初の報告では、ホーネットの信頼性は非常に高く、
前任のF-4Jから大きく変化したと激賞されました。
【ブルーエンジェルス】
アメリカ海軍のブルーエンジェルス飛行デモンストレーション飛行隊は、
1986年にA-4スカイホークからF/A-18ホーネットに切り替えました。
その後、2020年後半にF/A-18E/Fスーパーホーネットに移行するまで、
F/A-18モデルでパフォーマンスを行っていました。
わたしはアメリカ在住中、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ公園で
ブルーエンジェルスのパフォーマンスを見たことがあるのですが、
今にして思えば、そのときの機体はホーネットであったことになります。
【実戦】
F/A-18が初めて戦闘に参加したのは1986年4月のことです。
USS「コーラルシー」艦載のホーネット部隊が
「プレーリーファイア作戦」(Operation Prairie Fire)でリビアの防空を、
「エルドラドキャニオン作戦」(Operation El Dorado Canyon)
でベンガジを攻撃したときになります。
湾岸戦争では、海軍は106機、海兵隊は84機のF/A-18ホーネットを配備し、
F/A-18のパイロットはMiG-21の2機撃墜を主張しました。
「砂漠の砂嵐作戦」におけるフォックス大佐
一回のドッグファイトで2機をほぼ同時に撃墜したとの本人談
この戦争では、両エンジンに被弾した一機のホーネットが、
約200km飛行して基地に帰還するという出来事があり生存能力の高さが証明されました。
しかも、その機体は数日後には修理され、再び任務に戻っています。
F/A-18は4,551回出撃し、3機の損失を含む10機が損害を受けていますが、
はっきりと敵の攻撃で失われたのは1機だけでした。
その1機はイラク空軍の航空機のミサイルによって撃墜されたらしく、
おそらく相手はMiG-25であったとされています。
また、2発の敵ミサイルを回避しようとした際に、
パトリオットミサイルによるフレンドリーファイアで誤って撃墜され、
墜落したところ友軍機と衝突し、2機とも失われたという例もあります。
【今後の運用】
海兵隊では2030年代までF/A-18を運用する予定ですが、
米海軍では、USS「カールビンソン」に搭載されたのを最後の運用として、
2018年3月12日にすでに終了しています。
その後、2019年2月、海軍の現役から退役しました。
■アグレッサー飛行隊
さて、それではここFLAMに展示されたホーネット、
アグレッサー塗装のF/A-18Aについてお話します。
その前に今更ですが、アグレッサー部隊についてお話ししておきます。
アグレッサー機-迷彩のスキームはソ連のマーキングを模している
アグレッサー中隊、またはアドバーザリー中隊は、
アメリカ海軍と海兵隊に存在する部隊で、軍事ウォーゲーム、模擬戦で
敵対勢力として行動するよう訓練された中隊を指します。
正規の部隊の中で「適役」のふりをするのではなく、塗装も完璧に、
尾翼には赤い星までつけてマジで敵になりきった部隊を作るわけです。
アグレッサー飛行隊は、情報によって得た敵の戦術、技術、手順を使用して、
リアルな空戦のシミュレーションを行いますが、
さすがに実際の敵機や装備を使用することは現実的ではないため、
潜在的な敵を模したサロゲート機で気分を出すわけです。
アグレッサー部隊というと、「トップガン」を思い出す方もいるでしょう。
1968年に海軍戦闘機兵器学校、通称「TOPGUN」が、
A-4スカイホークを使ってMiG-17の性能をシミュレートしたのが、
異種機を正式に訓練に使用した最初の例です。
この異種空戦訓練(DACT)が一定の成功を見たので、
空軍も負けじとT-38タロンを装備した初のアグレッサー飛行隊を設立しました。
【ドイツのアグレッサー部隊”ロザリウスのサーカス”】
いきなり話が遡りますが、第二次世界大戦時代は、
鹵獲した敵航空機を使ってこの手の模擬空戦が行われました。
たとえばドイツ軍には、捕獲したP-51やP-47などで構成された「Zirkus Rosarius 」(ロザリウスのサーカス)と呼ばれる部隊がありました。
なんたる違和感
サンダーボルトもこの有様
これは発案者のテオドア・ロザリウスという人の名を取っており、
鹵獲した米軍機にはルフトバッフェの塗装を施されていました。
この部隊はこの飛行機を各戦闘機基地に持ち回り、
上級パイロットに敵機を操縦させたり、模擬空戦を行ったりしていました。
ロザリウスのサーカス所属機一覧
イギリス王立空軍RAFでも、ドイツ空軍の戦闘機(Bf-109、FW-190)を
アメリカ空軍やRAFの基地に連れて行き、慣熟訓練を行った例があります。
【アメリカのアグレッサー飛行隊】
アメリカのアグレッサー飛行隊は、仮想敵国機を表現するために、
小型で低翼の戦闘機を飛行させることになっています。
アグレッサー機になったのは、ダグラスのA-4(米海軍)、
ノースロップF-5(米海軍、海兵隊、空軍)、
すぐに入手できるT-38タロンなどでしたが、
新型のF-5E/FタイガーII機が導入されるとこれに替わりました。
海軍と海兵隊は、最終的に、初期モデルのF/A-18A(米海軍)と、
特別に作られたF-16N(米海軍用)およびF-16Aモデル(空軍用)で
アドバーザリー部隊を形成しました。
アメリカ空軍は現在F-16Cが唯一のアグレッサー専用機です。
【外国機アグレッサー】
第二次世界大戦時のように「鹵獲機」ではありませんが、
外国機がアメリカでアグレッサーとして使用されたことがあります。
イスラエルのKfir戦闘機、ソ連のMiG-17、21、23の実物です。
また陸軍は、Mi-24 Hinds、Mi-8 Hips、Mi-2 Hoplites、An-2 Coltsなど、
11機のソ連・ロシア製航空機を訓練のために運用しています。
ちなみにMiは全部ヘリコプターとなります。
【アグレッサーの性能】
アグレッサーとして使用される航空機は通常、旧式のジェット戦闘機ですが、
1980年代半ば、アメリカ海軍はトップガンのA-4やF-5では、
MiG-29やSu-27のシミュレーションには力不足だと考え、
アグレッサー機コンペを開催しました。
このコンペでノースロップのタイガーシャークに勝ったのが
ゼネラル・ダイナミクス社のF-16Cファルコンでした。
海軍仕様のF-16Nは1987年から海軍戦闘機兵器学校で使用されましたが、
空中戦での連続的な高G負荷のため、わずか数年で主翼に亀裂が発見され、
1994年にはF-16Nは完全に退役しています。
米国のアグレッサー機は、一般的にカラフルな迷彩スキームで塗装されており、
米国のほとんどの運用戦闘機で使用されているグレーとは対照的です。
青(スホーイ戦闘機に使用されているものと同じ)、または
緑と大部分が明るい茶色(中東諸国の戦闘機と同様)で構成されています。
アメリカのアグレッサー部隊はカラフルな集団です。
半世紀近くの歴史を持つこれらの部隊の航空機は、
空戦で直面する可能性のあるものも含めて、様々な迷彩をまとってきました。
海軍のアグレッサー部隊のひとつ、バージニア州のVFC-12「オマーズ」は、
近年、敵の最新の塗装を模倣することで先導的な役割を果たしています。
オマーズの「スプリンター」ホーネットの一つ
VFC-12のジェット機の多くは青と白のフランカー・スキームを採用していた
アグレッサー部隊はスーパーホーネットに移行中という話もありますが、オマーズはいまだにレガシー機であるF/A-18 A-Cホーネットを使っており、
海軍予備軍のVFC-12飛行隊、VFA-204の「River Rattlers」、
米海軍テストパイロット学校(TPS)、海軍戦闘機兵器学校(トップガン)も
いまだにレガシー派です。
【航空自衛隊のアグレッサー部隊】
空自の戦術戦闘機訓練グループ、正確には飛行教導群は1981年に設立されました。
1981年に設立してすぐは攻撃機として三菱T-2を使用していましたが、
空中分解するなどの重大事故が発生したことから、
1990年からは三菱F-15J/DJ機に置き換えられました。
石川県の小松基地を拠点としています。
空自のアグレッサー部隊も、各基地を周り、2週間滞在して
そこで基地パイロットに「教導」を行うわけです。
F-15の精鋭部隊アグレッサー
独特の派手な塗装は識別塗装といい、一つとして同じものはありません。
しかし当たり前ですが、どんな塗装にも、翼には日の丸が描かれています。
「適役」なので、アグレッサー部隊のパイロットのフライトスーツにも
憎まれ役に相応しく、コブラやドクロ(額に赤い星)が描かれています。
ちなみに、連合国の「仮想的」になりがちなソ連空軍ですが、
当事者である彼らはアグレッサー機をどうしているのかというと、
F-15イーグルのように塗装されたMiG-29などを使っていたようです。
【民間のアグレッサー部隊】
アグレッサーミッションの中には、ドッグファイトなどではなく、
レーダーやミサイル、航空機の目標捕捉・追跡能力をテストするものがあります。
このような任務の一部は、元軍用ジェット機や小型ビジネスジェット機を
アグレッサーの役割で運用する民間企業に委託されており、
使用される機体は、
L39、アルファジェット、ホーカーハンター、サーブドラケン、
BD-5J、IAIクフィール、A-4スカイホーク、MiG-21、リアジェット
などとなります。
会社に所属するパイロットのほぼ全員が、退役軍人か、
予備役や空軍州兵などを兼務している軍人で、戦闘機の操縦経験があります。
【FLAMのF/A-18A ホーネット - VMFAT-101】
海兵隊戦闘機攻撃訓練飛行隊(VMFAT)101のペイントスキームを採用しています。
この部隊は現在、MCASミラマーを拠点としており、その任務は
F/A-18ホーネットの交換用エアクルー(RAC)を訓練することです。
44週間の訓練プログラムで、新人パイロットに様々な戦闘シナリオでの
F/A-18の使い方を教えますが、それは4つのフェーズに分かれています。
フェーズ1 "過渡期Transitionトランジション "
NATOPS(Naval Air Training and Operating Procedures Standardization)
航空機の戦闘システム、ナビゲーション、
夜間飛行、編隊飛行、基本的なレーダーインターセプトなど、
航空機の基本的な手順に焦点を当てています。
フェーズ2 "攻撃 Strike "
基本的な急降下爆撃、低高度戦術、高高度目標攻撃、
統合直接攻撃弾(JDAM)の使用、近接航空支援、暗視ゴーグル飛行など。
つまり、このフェーズでは、地上攻撃ミッションの方法を学びます。
フェーズ3 "空対空 Air to Air "
F/A-18での基本的な戦闘機操縦(BFM)でのドッグファイトの方法を学びます。
フェーズ4 "空母適性 Carrier Qualification "
空母着艦の練習をする、パイロットにとって最も厳しい期間です。
この段階での最終テストを終えたパイロットは、艦隊の飛行隊に配属されます。
このF/A-18Aは、1987年、MCASエルトロの
海兵隊打撃戦闘機群314飛行隊(VMFA-314)に初めて納入されました。
続いて海軍の打撃戦闘機群125(VFA-125)の「ラフレイダー」、
再び海兵隊に戻り、VMFA-531の「グレイ・ゴースト」に所属。
2005年に退役してこの博物館にやってきました。
続く。