陸自中央音楽隊の定期演奏会からちょうど一週間後の2月24日、
海上自衛隊東京音楽隊の定期演奏会を聴いて参りました。
前回の三階中央からはるか眼下を見下ろす席から一転して、
こんな近くに・・・・と言いたいところですが、
これはわたしの席ではなく、Kさんからいただいた写真となります。
一度でいいからこんなかぶりつきで聴いてみたい。
ちなみにこの日の開場は、混雑を避けるためにチケットに同封された紙に、
18時00から20分の間にご入場ください、とありまして、
わたしはそれをきっちり守り、20分ごろホールに入ったのですが、
その頃にはほとんど全てが着席していたので驚きました。
それもそのはず、わたしはその指定時間からてっきり1900開演と
思い込んでいたのですが、18時30分のだったのです。
新隊長、植田哲生二等海佐のステージは、
横須賀音楽隊長の時期に何度か聞かせていただきましたが、
東京音楽隊長に就任されてからは初めてとなります。
昨年、何度か東京音楽隊の演奏会のお誘いをいただいたにもかかわらず、
不運にも日本にいない時期と重なり、欠席を余儀なくされたためでした。
経歴を見たところ、ご就任は昨年9月ということで、もうすでに5ヶ月近く
「指揮官」として任務に当たっておられることになります。
植田隊長デビューに立ち会えなかったのも残念ですが、
わたしとしては、樋口好雄前隊長の最後の演奏会を
同じ事情で聴けなかったのは痛恨の極みでした。
ちなみに、
今HPを見ていたら、東音のキャラ紹介ページに
樋口前隊長が出演しておられました。
ところで、トオンちゃんの音符のハタは八分音符だからいいとして、
(女の子だからポニーテールという見方もできるし)
カイくんは全音符なんで、ハタ無しでよかったんじゃないか?
(とわかるひとにしかわからないつっこみ)
■ 前半〜東京音楽隊 ソリストの競演!
♪ 歌劇「絹のはしご」序曲 ジョアキーノ・ロッシーニ
有名なオペラの序曲でよく知っている曲ですが、
さすがに吹奏楽で聴いたのは生まれて初めてです。一応探してみましたが、吹奏楽での演奏例はありませんでした。
ロッシーニ「絹のはしご」序曲(イェジー・マクシミウク)
1:10秒からが有名なフレーズです。
最初にオペラの序曲がくるというのは普通のオケでもよくある構成ですが、
自衛隊の演奏会ではどちらかというと珍しいかもしれません。
これは、前半のプログラム、東京音楽隊の誇るソリストたちの競演の
始まりを予感させる、アペタイザーといった意味合いで選ばれた、
じつに心憎い選曲だと思われました。
この軽やかな調べを最初に聴けば心が自ずと弾み、
これから起こる響宴に期待しない人はまずいないでしょう。
♪ 女心の歌〜リゴレット・ファンタジー ジュゼッペ・ヴェルディ
女心の歌 〜リゴレット・ファンタジー(伊藤康英 編曲)
「女心の歌」というと
風の中の鐘のように いつも変わる女心
という、堀内敬三の日本語の歌詞があり、これが
(何時ごろか知りませんが昭和初期とか?)
大衆に大変流行った時期があったそうです。
この曲を歌った最初のソリストは、男性ボーカル橋本晃作二等海曹。
1年前、東京音楽隊でのデビューを英語の曲で飾ったとき、
一緒に聴いていたMKが、デビューなら日本語で歌うべきじゃない?といい、
わたしも正直そう思ったものですが、今回オペラのアリアを聴いて、
やっぱりこれがこの方の本領だったのねと心から納得させられました。
「リゴレット・ファンタジー」は、動画を見ればわかりますが、伊藤康英氏が『バンドジャーナル』2022年10月号別冊付録のために
書き下ろした編曲作品のようです。
(すごいなバンドジャーナルって)
東京音楽隊はその譜面を使って早速プログラムに取り入れたようですね。
アレンジは「リゴレット」の曲をミックスしたもので、
前半、橋本二曹は椅子に座って待っており、
動画の2分から「女心の歌」のイントロが始まると立ち上がり、
最後まで朗々とこの有名なアリアを歌い上げました。
♪ 早春賦 中田章
男性歌手が登場すれば、当然次は女性歌手でしょう。
ということで、三宅由佳莉二等海曹が、この
大正時代に作曲され「日本の歌百選」のひとつである曲を歌いました。
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
橋本二曹が適材適所なら、三宅二曹の「早春賦」も
イメージと声の質、歌い方、全てがぴったりと耳に心地よく響きました。
ちなみに「日本の歌百選」ですが、さだまさしの「秋桜」「翼をください」
「涙そうそう」中島みゆきの「時代」なんかも入ってます。
これらはまあ納得ですが「世界でただ一つの花」これは正直どうかなあ。
♪ ラプソディ・イン・ブルー
Rhapsody in Blue
ジョージ・ガーシュウィン
全国に自衛隊音楽隊数あれど、ピアノ協奏曲でもあるこの曲を演奏できるソリストがいて、
この演奏が可能なのはおそらく東京音楽隊だけに違いありません。
コンサートピアニストでもある太田紗和子一等海曹が、
前半のトリとしてこの曲を演奏しました。
ラプソディー・イン・ブルー バーンスタイン 1976
名演は世にたくさんあれど、やはりこの曲はバーンスタイン、
そしてニューヨークフィルってことでこれを貼っておきます。
アメリカの航空会社ユナイテッドエアラインが、
昔からこの曲をテーマにしていますが、何度聞いても、
A●Aの葉〇〇太郎のあの曲と違い(あれもういい加減勘弁して)、決して飽きないのは、ジャズの作曲家として
卓越したメロディメーカーだったガーシュインの力というものでしょう。
本作は「パリのアメリカ人」とともに、彼の代表作となった曲ですが、
ガーシュインはいろいろ事情があって、二週間で書き上げ、
さらにオーケストレーションが得意ではなかったため、
アメリカを代表する作曲家である
ファーディ・グローフェ(代表作『グランドキャニオン組曲』)
がその仕事を引き受けました。
ガーシュインという人は正統なクラシックの勉強をしておらず、
そのことに大変コンプレックスをもっていたそうですが、
思いあまってフランスでモーリス・ラヴェルに弟子入りを申し出たところ、
ラヴェルが、
「君はもうすでに一流のガーシュインなのに、
なんでわざわざ二流のラヴェルになりたがるんですか」
といってそれを断ったという話がわたしは大好きです。
(聞き覚えなので正確ではないかもしれません)
本作は、ヨーロッパのクラシック音楽とアメリカのジャズを融合させた
シンフォニックジャズとして高く評価されています。
初演が行なわれた「新しい音楽の試み(現代音楽の実験)」には、
ヤッシャ・ハイフェッツ、フリッツ・クライスラー(バイオリニスト)
セルゲイ・ラフマニノフ(作曲家)レオポルド・ストコフスキー(指揮者)
レオポルド・ゴドフスキー(ピアニスト、作曲家)、
そしてイーゴリ・ストラヴィンスキー(作曲家)らが立ち会ったそうですが、
これらのクラシック界の巨人たちと同席したガーシュインが
このときすでにコンプレックスから脱していたかどうかは謎です。
ちなみに、この曲の「イン・ブルー」というのは、
「ブルーノート」という名前の有名なライブハウスに使われているように、
ブルーはジャズそのものを意味することからきています。
ついでに、ジャズミュージシャンのことを隠語で「キャッツ」といいます。
なぜかはわかりませんが、まあ確かにジャズ屋さんは猫っぽいかな。
伝説のジャズグループ「クレージーキャッツ」もそこから来ています。
彼らは在日米軍のキャンプ回りで実力をつけ、
ある日ステージのおふざけに、米軍兵士から飛んだ
「ユーアークレージー」とキャッツを合わせてこのグループ名になりました。
この日ピアノ協奏曲を大田一曹のためにセレクトすることになり、東京音楽隊が同作を選んだ理由ですが、わたしは
「イン・ブルー」→海の色
というイメージからではなかったかと勝手に推察しています。
あまりにも有名なクラリネットの怪しげなグリッサンドから始まる
この「ジャズ・ピアノ協奏曲」を、この日の大田一曹は
吹奏楽の大音量サウンドに全く臆する様子もなく、驚くべき集中力で、
むしろバンドを力強く牽引しながら最後まで弾き切りました。
ところでわたしは、「ラプソディ・イン・ブルー」の中間部に現れる、
広大でロマンチックで最も美しいテーマにくると、いつも
「THE AMERICAN」
という言葉を思い浮かべます。
あまたのアメリカ人作曲家の手による有名な楽曲の中でも、
この部分ほどアメリカという国の美しい面を凝縮したような
「アメリカらしい」メロディをわたしは寡聞にして知りません。
わたしの近くには在日米軍の軍人らしき男性の二人連れが座っていましたが、
わたしは、もしアメリカ人の立場でこの曲を当夜の形で聴いたら、どれほど
自国への誇りと忠誠心を呼び覚まされることか、などと考えていました。
果たして曲が終わり、米人男性はほとんどスタンディングせんばかりに
両の手を大きく上に掲げて、この「ザ・アメリカン」を
見事に演奏した演奏家に拍手を惜しみなく送っていました。
余談ですが、前列でご覧になったKさんによると、
「ラプソディ」の演奏のためにピアノを中央に運ぶ隊員の中には
「女心の歌」の橋本二曹がいたそうです。
曲の順番も、橋本二曹、三宅二曹(先任)、大田一曹と
ちゃんと階級を考慮していて、自衛隊の音楽隊という組織は、
あるいみ順序を決定しやすいということに気づかされたものです。
■ 第二部 ザ・ブラスバンド!
第一部は序曲に続きソリストの競演でしたが、
第二部からは東京音楽隊の吹奏楽編成が主役です。
♪ 白鯨と旅路を共に Sailing with Whales ロッサーノ・ガランテ
【世界初演】Sailing with Whales / Rossano Galante 白鯨と旅路をともに /R.ガランテ 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部
光ヶ丘女子校吹奏楽部の委嘱作品で、2021年初演なので、
まだできて2年目ですが、これから吹奏楽シーンの
人気のレパートリーになっていきそうな予感を感じさせる名曲です。
題を知らずに聴いたとしても、その広がりからは
「旅」「海原」「冒険」「航海」
という言葉が自然と浮かんでくるでしょう。
特にわたしは
ソ〜ドラ〜 ソ〜ドシ〜 ソ〜レファ〜ミ〜
ソ〜ドラ〜 ソ〜ドシソ↑ソファミ〜
というメロディに心をぎゅっと掴まれました。
そしてクライマックスは、アメリカ人作家らしい(イタリア系ですが)
アメリカの荒野がよく似合う、西部劇調です。
作者のロッサノ・ガランテは1967年生まれのアメリカの作曲家で映画やドラマなどの作曲を数多く手掛けた人です。
曲想からはわたしはどうしても2021年逝去された
すぎやまこういち氏のゲーム音楽を彷彿としてしまいました。
すぎやま氏が亡くなられてから横須賀音楽隊は追悼の演奏を
オンラインでアップしましたし、
東京音楽隊も2022年始めの定演でドラゴンクエストを捧げています。
♪ 詩的間奏曲 ジェイムズ・バーンズ
Poetic intermezzo : James Charles Barnes(詩的間奏曲/ジェイムズ・チャールズ・バーンズ)
以前も一度東京音楽隊はこの曲を取り上げた気がします。
もうとにかく最初のゼクエンツのテーマがあざといくらい美しい。
って前も同じことを書いたような気がしますがまあいいや。
バーンズはアメリカの作曲家ですが、大の親日・知日家で、
東京佼成ウィンドオーケストラなどのために作品を書いています。
知日だからこうなのか、こうだから知日になったのかはわかりませんが、
この曲でもおわかりいただけるように、彼のメロディは実に日本人好みです。
あと一つ気づいたのは、バーンズはもともとテューバ奏者で、
新隊長の植田二佐もテューバ奏者として自衛隊に配属されたという偶然です。
♪ エスカペイド Escapade ジョセフ・スパニョーラ
エスカペイド/ジョセフ・スパニョーラ Escapade/Joseph Spaniola MP-99018S
ヒスパニック系アメリカ人らしいスパニョーラは、1963年生まれ。
アメリカ空軍士官学校バンドの作曲&編曲班?チーフで、
この曲も空軍士官学校のバンドのために2001年作曲したものです。
ちょっと007を思わせるミステリアスでエッジの効いた作風で、
言われてみれば空軍的なスマートさも感じさせます。
Escapadeとは「冒険」という意味で、スパニョーラ自身が、
ライナーノーツでこう語っています。
作品のより明確なビジョンを模索していた際に、
「エスカペイド」という言葉に出会いました。
「エスカペイド」とは規範に反した冒険的な行動や旅を指します。
それはしばしば予期しない結果や目的地へ導きます。
「エスカペイド」という言葉が、私の心の中にあった
自由なアプローチの精神を捉え、創作へと駆り立てました。
4つの音から始め、最初の4つに続き、そのあとは導かれるまま綴りました。
その冒険の結果がESCAPADEなのです。
♪ ダンソン・ヌメロ・ドス(第2番)
アルトゥーロ・マルケス
Gustavo Dudamel - Márquez: Danzón No. 2 (Orquesta Sinfónica Simón Bolívar, BBC Proms)
後半のプログラムはとにかくメロディが美しいだけでなく、
何度でも聴きたくなるような「常習性」のある曲ばかりでした。
ダンスという意味のあるダンソン2番は、一時癖になって
アメリカで散歩をしながら繰り返し聴いたくらいです。
この日の荒木美香さんの解説で、この曲がメキシコの名門大学、
メキシコ国立自治大学の依頼で作られたことを知り驚きました。
同大学はメキシコのトップ大学でかつ最古の創立でもあります。
実はわたくしごとですが、ここを卒業して
メキシコの会社から日本の自動車メーカーに出向していた知人がおり、
コロナの後連絡を取ったら家族皆無事にしているという返事に
胸を撫で下ろしたということがあったのです。
好きで聴いていた曲にそんな因縁があったこと、そして
1994年といいますから、まだ作曲されて30年くらいですが、
メキシコでは「第二の国歌」というくらい人気があることを知りました。
この曲を取り上げてくれたことに感謝です。
♪ 乾杯の歌 ジュゼッペ・ヴェルディ
アンコールは解説なしでいきなり三宅二曹、橋本二曹による
ヴェルディの「椿姫」より「乾杯の歌」でした。
金持ち息子アルフレードと高級娼婦ヴィオレッタの、
この世の美しいものは一瞬で終わるのだから、
せめて今宵は乾杯して楽しみましょう、という内容の
あまりに有名なこの曲を、二人の歌手が歌い上げました。
そして最後に行進曲「軍艦」が演奏され、演奏会は幕を閉じました。
こうしてみると、プログラムの構成に全く無駄がなく、
どんな音楽を提供したいかというビジョンがはっきりしていて、
しかもどの曲にも送り手のメッセージ性が感じられました。
新隊長による新生東京音楽隊のこれからにますます期待です。
最後になりますが、演奏会の参加をお手続きくださった
関係者の方々にも熱くお礼を申し上げます。
終わり