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映画「間諜未だ死せず」後編

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1942年制作の国策防諜啓蒙映画「間諜未だ死せず」続きです。



おそらくこれは当時の証券取引所だと思われます。
場面転換の捨てゴマなので、一瞬映るだけ。
画質が悪くて何が写っているかも判然としません。



ここはノーランが経営している日米文化雑誌社。
彼は日本に暗躍する諜報組織のメンバーで、この雑誌を隠れ蓑に
なにかと諜報活動を行なっていたのです。

フィリピン人のラウルは彼の手下となって工作活動をしていました。
諜報活動の他、市場をかき回し日本経済を混乱させるのが彼の任務です。
彼にはアメリカ政府からノーランを通じて莫大なお金が流れていました。


憲兵隊の武田少佐は、ノーランをずっとマークしているのですが、
なかなか尻尾を掴めずにいました。

ノーランの雑誌の写真から、彼が日本経済の不安を煽って
それを海外にも喧伝していることははっきりしているのですが。

憲兵隊では上海からの情報と、部下の調査から
ラウルと興亜学館を洗うことを決定しました。


その固い決意と狙った獲物は逃がさない的な演出として、
ここで武田憲兵隊長の「できる男」アピールが挿入されます。



憲兵隊の地下室にある銃撃訓練場を訪れ、
部下の成績表を一瞥して、

「おい、当たっとらんじゃないか。
お前たちは手の先で撃つからいかんのだ」



「腹で撃つんだ。腹で!」



ここはアメリカ大使館。

アメリカ陸軍のロバートソン少佐が、ホルスタイン君(右)に、
日米が開戦した際、東京空襲で狙いをつけるべき要所について
情報を集めるスピードをアップしろとハッパをかけています。
「近頃は日本も防諜が厳しくなりまして・・・」

弱音を吐くホルスタイン君は、当時のアメリカの流行であった
肩幅広く胴を絞ったスーツを着て、アイシャドウを塗りたくっております。



貯水池などが事故を起こせば、新聞に詳細な地図が載りますから、
彼らは自分達の手で火事を起こすことを企んだというわけです。

そうなれば後は、ノーランの会社が取材を装って
現地の様子をスパイする口実ができます。



ノーランの部下、王は、地道にスパイ活動に励んでいました。
津村の父親が日本と中国提携の布石として設立した興亜学館に入り込み、
中国人学生をオルグしたり、抗日新聞をばらまいたり。

しかしその動きを真っ先に怪しんだのは、
同じ中国からの留学生たちでした。

留学生の陳が王の工作のせいで警察に聴取を受けたのです。



王の処分を決める職員会議で、教諭の一人、津村文子は、
彼を学校に引き入れた責任を取って、
まず彼が本当にそんな活動をしていたのか尋ねてみるので
任せてほしいと言い出しました。

万が一皆の言う通りのことをしていたら、
自分の責任でやめさせ、場合によっては中国に帰ってもらうと。



しかしその頃、中国人学生有志は、すでに王を詰問していました。
抗日新聞をばら撒いたことを問い詰められても、
タバコを吸いながら薄笑いを浮かべてはぐらかす王の態度に、
一人の学生が怒りを抑えきれず、彼を殴りつけてしまいます。


そんな王をかばう文子。
学生たちは先生はだまされているんだ、と言いますが、彼女は、
騙されていたとしても信じたいという心を踏みつけにしないで、
王さんを信じてあげてほしい、と真摯に訴えます。

そんな文子の誠意にいたたまれなくなった王。
任務を続ける自信はもうなくなっていました。


おりしも、稼業から足を洗い故郷のフィリピンに帰る決心をしたラウルから
王に会いたいという電話がかかってきます。

ラウルが帰国したいというと、ノーランは、
貯水場近くの工場に放火するという仕事を、
足を洗う最後の条件として押し付けてきたのでした。

彼は、今夜仕事をやり終えたら、そのままフィリピンに逃げるので、
ユリを後から来させてほしい、と王に頼みます。



そこにノーランが現れて、横柄な口調でラウルを仕事に追いやりました。

王はそんなノーランの態度にムカムカしながら、
自分も帰国させてもらう、と言い切ります。

「What did you say?」

取ってつけたように下手な英語で返すノーラン(笑)
べらべら日本語を喋るので忘れがちですが、ノーランはアメリカ人なのです。
王は強い口調でアメリカの仕事はもうしない、と断りました。

「中国支那はアメリカの傀儡じゃありませんからね」

「へえ?君の重慶だって・・アメリカあっての蒋介石じゃないの」
「そんなら尚更アメリカ人の下でこんなことをしているわけにいかない」

「ヒュ〜ッ(口笛)Is that so?」

ノーランはしかし君を日本から守れるのは我々だよ、と嘯くのでした。



おりしも雨が降り出しました。

工場の倉庫に放火しようと潜入したラウルですが、
「変な外人」(ノーラン)が内部を聞き出そうとする取材を怪しんで
工場側が警戒を強め、人員を予定外に配置していたため、
放火の道具を置いたまま、逃走する羽目になってしまいます。



さっそくそのことを工場の人間は憲兵隊に通報し、
放置された機材と、残された血液のついた紙からラウルを特定、
憲兵隊はラウルとノーランの確保に乗り出しました。

ちなみに黒マスクしているのはラウルを追う憲兵。
当時の黒マスクは珍しかったのではないでしょうか。



任務に失敗したラウルは、憲兵隊から逃れる立場です。
彼は本牧の妻の元に戻ってきました。

「スープはポタージュよ。牡蠣入れたの」
などというセリフも、当時の日本人には馴染みのないものだったでしょう。



彼は今からアメリカ領事館で旅券をもらったらマニラに立つから、
後からこちらに来てほしい、とユリに訴えます。

ユリは最初は冗談だと相手にせず、そのうち
ただ自分に飽きたから捨てるのだろう、とゴネ始めました。
説得を諦めた彼が、自分がアメリカのスパイであり、
この暮らしも全てそのお金で賄っていたことを打ち明けても、
ユリさんたら、そんな嘘までついて卑怯者、と呼ばわる始末。


しかし、今にわかるよ、とだけ言って額の裏やらベッドの下から
なにやら書類を出して荷造りをしている男の様子から、
どうやらこれは本当のことらしいとわかり、号泣し始めます。



ラウルが背を向けていると、後ろからジーコジーコと音が聞こえてきました。
振り返ると、ユリが警察に通報しようとしているではありませんか。


「こちら本牧の小湊30番地、ラウル・ゼマローサ・・。はい。
加賀町警察ですね?」


「バカッ!貴様、亭主を売るつもりか!」

「だってあんたスパイでしょ!スパイじゃないの!」

「ち、ち、違う!」

「じゃ今のみんな嘘?嘘なの?」


「ユリ、僕はいつまでも君を・・」

「出てって!」
その剣幕に話し合いは無駄と悟り、一旦階段を降りかけたラウルですが、
急に静かになったので引き返してみると、
彼女は鏡台に向かって口紅をひいているではありませんか。

それを見た彼は、薄く笑って、階下の玄関に向かいました。


ところがびっくり、玄関を開けたらそこにユリが倒れていたのです。



「ユリ!」

バルコニーのドアの前には、ユリのパンプスが脱ぎ捨ててありました。男が官警に追われるスパイであったことと、もはやこれまでの生活はできなくなると絶望した末の自殺です。
ラウルが部屋に運び入れた彼女の顔から血を拭っていると、
いきなりバルコニーのドアが風で激しく開きました。



追手の存在を確認した彼は逃走しようとしますが、時すでに遅し。


「ユリ・・僕は何処にも行かないよ」

その頃、ノーランとその一味は、ラウルの失敗は
おそらく王の密告によるものだろう、と検討をつけていました。
たった今起こったラウルの自死も既に知っており、彼らの情報網の凄さが窺えます。(棒)

彼らは帰国のための旅券を餌にここにおびきよせ、
復讐する気満々で王を待ち構えていました。

ここに集まっているのはほとんど日本人ですが、柱にもたれている一人だけは、何人かわかりませんが西洋人風です。



そして、中国に帰る旅券を取りにきた王を拘束してしまいました。



ラウルを密告したのはお前だろう、と王を縛り上げて、
焼け火箸を当てるなどの拷問三昧。
それって、戦後言われているところの憲兵隊の・・・いやなんでもない。
王は激しい怒りを顕にしながら、ノーランに言い放ちます。

「長い間我々中国の血を吸って貴様たちは腹を肥やしてきた。
俺は今ここで貴様たちの悪魔のようなその姿を見て、
初めて中国の行く道がはっきりわかったんだ!」
「俺の肉体は滅びても、魂は中国に呼びかけて
アジアの解放を叫んでやるぞ!!!」
ちょうどその頃、憲兵隊が関係者の家宅捜索に入り、
その知らせがこのアジトにも伝わってきました。
ノーランらは慌てて部屋から出てゆき、ここの関係者が
書類を燃やして処分しようとしていました。

ストーブの横には拷問を受けた王がボロ切れのように横たわっています。


と思ったら、文字通り火事場の馬鹿力?で王復活。
自分が拷問された焼け火箸でアメリカ人を倒し、



書類が延焼して火事を起こすのを狂気の目で凝視するのでした。



そして最後の力を振り絞り、文子の家に電話をかけます。

「もしもし・・・文子さんですか・・僕はあなたにしたことを」
「王さん?」
「ぼくは・・・あなたのおかげで・・生まれ変わりました。
ぼくは・・あなたを・・・あなたを」
「何をおっしゃってますの?
いけませんわ。夜遊びなんかしてらして」

いや、王さん、酔っ払ってるんじゃないですから。

「もしもし?王さん?もしもし?」



翌朝、憲兵隊の車が向かうのは、アメリカ領事館でした。



車から降り立ったのは武田憲兵少佐。



それを上から見ていたノーランは、突入しようとする憲兵隊に向かって
あろうことか抵抗(発砲)を試みますが、
拳銃の達人(であることはもうすでに紹介済み)の武田少佐に
手元を狙われてあっけなく御用に。

武田少佐は楽しげに、
「お互いにまだ命は大事にしたほうがいいぞ。
俺の方にも都合があるからな」

ノーランは乱暴な怪我の手当てをする憲兵に、

「You have to mean.」
(たぶんYou have so mean.の間違い。『意地悪だなあ』)

その時部下が内部からトランクに隠した短波ラジオを見つけてきました。

「Have you ever seen such a fine one?」
(こんないいもの見たことないでしょ?)

そして、ここからが後世ツッコミどころ満載のラストシーンです。

「いいものを聞かせてやろう」

武田少佐が帽子を脱いでからつけたラジオからは、

「大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。
帝國陸海軍は本日8日未明西太平洋においてアメリカ軍と戦闘状態に入れり」
「What?
(悔しそうに)That so....happened at last.」
(ってことは・・起っちまったか)



「どうだい、ノーラン。とうとうきたぞ。
俺たち一億の日本人が待ちに待った時が」

「ふふふ」

「12月8日。
この日我が日本は煌然立って米英膺懲(ようちょう)の火蓋を切る。
この日記は一億同胞にとっていい家宝だ」

「しかしね、少佐」

ノーランは楽しげにこんなことを嘯くのでした。
「私だってこの国に来てからもう20年。
相当の根はおろしてありますからね・・。

ねえ少佐、こういうのをごぞんじですか?

『一粒の麦、地に落ちて死なずばただ一つにてありなん。
もし死なば、多くの実を結ぶべし』」
「なんだいそれは」
「いやあ、キリストが言ったんですけどね。
わたしが死んでも、スパイの種は残っているっていう意味ですよ」
「ふっ、石川五右衛門のセリフだな」(引かれ者の小唄=負け惜しみの意)

「ジャック・ノーラン死すとも間諜は未だ死せずですよ」
「ははは、いや、ありがとう。
負け惜しみの啖呵にしてはいいことを言ってくれたな。
我々も今後の長期戦に備えて、大いに警戒しよう」

ということで映画は終焉します。

この4年後、日本がどうなったかを知る全ての人にとって、
このエンディングからは、何とも言えない気恥ずかしさ、
あるいはきまり悪さのようなものを禁じ得ないでしょう。

このラストシーンゆえ(他にも理由はあるでしょうけど)
この映画は映画界の「黒歴史」になってしまい、出演者のほとんどが
その履歴から出演歴を削除することになったのです。
(原保美だけは堂々と書いているようですが)

ところで、領事館にいた町のご隠居、じゃない
ロバートソン少佐はどうなったのか。
スパイ組織に関与していたような気がしたけど、軍人だからやっぱり不逮捕特権で開戦と同時に本国に帰ったのかな。


終わり。


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