シカゴ科学産業博物館展示のU-505について解説しています。
■無線室 Radio room
U-505の無線室を再現したコーナーです。
●日誌
手前に置いてある紙類の一番左は(半分しか写っていませんが)航海日誌。
機関長は石油、燃料について、通信士は無線のメッセージを、
航海士はコースの変更等を文書化しました。
ログブックは、乗組員用の艦内用品店での購入の収支、
艦内のライブラリやレコードコレクションの目録などが記されています。
●指数表ブック
インジケーター・テーブルブック(複製)
オレンジ色の、ナチス海軍マークの本は、エニグマ暗号表を操作するために
ショートシグナルブックレット、または
ショートシグナルテーブルブックと合わせて使用されます。
無線オペレーターはローターとプラグをエニグマにセットし、
この本を使用してメッセージを暗号化またはコーディングするわけですが、
そのためにローターの初期開始位置を検索し、それに従います。
このブックレットには1944年3月から6月までの設定が掲載されています。
●エニグマコードブック
無造作に重ねられた白とピンクの紙束はレプリカのコードブックです。
NR.7 ZUM KURZSIGNALHEFT 1844
この言葉で検索すると、
「第二次世界大戦中、ドイツ海軍(クリーグスマリン)のUボートが
無線メッセージを暗号化して短縮するために使用した暗号張」
と解説されます。
ここにあるのは、U-505を捕獲した時撮影されたものを複製した紙です。
コードブックには毎日のエニグマの設定が含まれていました。
コード化されたメッセージは、
両端のエニグママシンの設定が同じである場合のみ意味がありました。
U-505でキャプチャされたコードブックで、連合軍は
1944年6、7、8月のコード設定を知りました。
●ヘッドフォン
ヘッドフォンは4つ。
無線オペレーターはU-505の無線室に24時間詰めていました。
そして重要な通信を聞く時これを着用していました。
●翻訳辞書
ここには写っていませんが、ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、
そしてイタリア語五カ国言語の海軍辞書(MWF)がU-505にありました。
海上で船が遭遇する際の典型的な海事用語やフレーズの辞書で、
異なる国籍の船の間で略語を介して長いメッセージも伝達するために
船には必携というべき辞書でした。
当時、海軍のみならず民間も全ての船は、この辞書を携帯していました。
■ エニグマ暗号機
さて、無線通信室にコードブックがでてきましたが、
次にそのエニグマ暗号機についてお話しします。
第二次世界大戦中連合国が最も欲しかったドイツの装備、
それは「エニグマ」だったでしょう。
当ブログでもこの暗号機については、アメリカ各地で
本物のエニグマ暗号機を目にするたびに何度となく解説してきました。
Uボートと戦うアメリカの戦争ものでは、エニグマの奪取を描いたものが多かったのも、
それだけ一時はこの装備が勝利の鍵を握っているとされていたからです。
そして、捕獲したU-505が展示されているここシカゴの科学産業博物館でも
当然ながら「エニグマ暗号機」が登場するのでした。
冒頭のパネルに写っている赤いノートは、
予約マニュアル手続き士官
R.H.V
重複コピーなし
とあり、その横の「S」と書かれたバインダーには
「これは軍機である!悪用は罰せられる!」
艦隊無線信号任務の信号キー
とあります。
【エニグマ暗号機】
戦争中、軍事計画が敵に漏れないようにするのは最重要事項でした。
ドイツ軍はエニグマという暗号機を使用して、
無線で送信されたメッセージを暗号化、および信号化しました。
それぞれのエニグマ暗号機には、
アルファベットが書かれた複数のローターが含まれていました。
文字がキーボードに入力されるとローターが回転し、
全く別の文字列になって出力されます。
【クラックできない難解コード】
暗号を破ることを英語でクラック(破壊)といいますが、
エニグマ暗号機のメッセージはまさにクラックできないものでした。
連合国は実に何年もの間、エニグマのメッセージを解読できませんでした。
まず、装置の複雑さから、一見無数の暗号設定が可能だったこと。
エニグマの4ローターバージョンでは、
31,292,000,000,000,000,000,000,000(31 セプティリオン septillion)
を超える暗号化、または構成が可能でした。
しかもドイツ軍は毎日機械の設定を変更し、
たとえ機械そのものが敵の手に落ちたとしても、
連合国が特定の日に全ての組み合わせを試すことは
不可能だと信じていたのです。
【コードブレーカーたち】
しかし、これはドイツが世界の頭脳を舐めていたと言っていいでしょう。
第二次世界大戦が始まる前でさえ、ポーランドの数学者のチームが
ドイツ軍が1920年代に使用し始めた最高機密である
エニグマコードの解読に向けて大きな一歩を踏み出していたのです。
1939年、ドイツがポーランドに侵攻したとき、
ポーランドの暗号解読者はいち早くフランスに亡命し、
フランスの諜報専門チームと調査結果を共有し、
レプリカのレプリカ暗号機を構築することができました。
その後、イギリスとアメリカのコードブレイカーは、
このときのポーランドのチームの貴重な洞察に基づいて構築を行い、
エニグマの問題を体系的に解き明かすことに邁進しました。
イギリス軍は暗号解読者を支援するために、いくつかのUボートから
コードブックそのものを大胆にキャプチャすることさえしました。
捕獲された資料の各部分は、諜報活動を改善するために使われました。
しかし、今思ったのですが、この頃のUボートは
コードブックと暗号機本体が狙われていたこともあって、
いきなり爆雷で沈められるという攻撃はされなかったのではないでしょうか。
エニグマの暗号が連合国にバレていることを
ドイツ軍に悟られないように、気づかないふりをしてあえて攻撃させ、
それに対して葛藤するという話がどこかにありましたが、
それらもあって、この頃「絶好調」と感じていた
楽天的なUボートもいたかもしれないと思ったり・・。
【エニグマ暗号機
U-505が暗号解読班にもたらしたもの】
そんなとき、タスクフォースの甚大な努力奮闘の結果、
U-505がほぼ無傷でアメリカ軍の手に落ちました。
そのことは、ある言い方をすれば、
「Windfall of Intelligence」
を連合軍にもたらしたといっても過言ではないでしょう。
ウィンドフォールというのは「風で落ちる」そのままであり、
風に吹かれただけで落ちてくる果物や木の実のことです。
思いがけない大きな恩恵、しかも棚ぼた式に手に入った収穫、
つまり容易く諜報を解く鍵を手に入れたという意味となります。
なぜならば、U-505の艦体そのものを無傷で捉えることによって
900ポンドに及ぶコードブックと関連文書
2台のエニグマ暗号機
がおまけで付いてきたからです。
ところで、ここにはかつて「エニグマ体験」できるコーナーがあったらしく、
あなた自身の作成したメッセージをコーディング&デコード
エニグママシンを使用して、秘密のメッセージを送受信するのが
どういうものかを確認してください。
まず、ローターとの組み合わせを独自に設定する。
コード化されたあなた自身のメッセージを作成する。
着信したエニグマメッセージをデコードできるか確認する。
と書かれていたのですが、それらしいコーナーはありませんでした。
【M4 エニグママシン】
エニグマは、キーボード、スクランブラー、
ランプパネルから構成されており、ランプパネルには、
26のアルファベットがすべて書かれています。
キーボードで文字を押すと、スクランブラーに電流が流れます。
元の文字は暗号化され、新しい文字がパネル上のランプに点灯します。
新しい文字は、元の文字以外のアルファベットとなって現れます。
通常、メッセージのエンコーディングは2人で行われ、
一人は機械を操作してメッセージを入力し、
もう一人はランプを観察して、現れた文字を記録しました。
そして、最終的に暗号化されたメッセージは、
モールス信号を使って送信されます。
メッセージを受信すると、暗号化された文字がエニグマに入力され、
同様に2人目のオペレーターが点灯するランプを観察して文字を記録し、
実際のメッセージを読み取るというわけです。
キーボードとランプ盤の26のアルファベットはドイツ語配列で、
英語・米語のキーボード形式とは異なる配列でした。
数字や句読点はなく、26文字のアルファベットだけ。
数字や句読点は全てアルファベットで記す必要がありました。
Q W E R T Z U I O
a s d f g h j k
P Y X C V B N M L
スクランブラーユニットは3つのローターで構成されており、
各ローターには26文字のセットが円形に印刷されています。
ローター1個で26通りのポジションが取れるので、
3個を組み合わせると、26×26×26の17,576通りの組み合わせが可能。
その後、4つ目のローターが追加され、
組み合わせの可能性は456,976通りにもなりました。
送信側と受信側で同じ位置を設定しなければ、
メッセージを解読することはできません。
キーを押すと、右端のローターが1文字分、つまり1/26回転分進み、
1回転すると、真ん中のローターが1文字進みます。
真ん中のローターが1回転すると、左端のローターが1文字分進みます。
これにより、1つのメッセージの中で、
同じ文字が2度表現されることがないようになっていました。
ローターの回転開始位置を示す設定は、
ナバルキー(Schlussel M)と呼ばれていました。
毎日ドイツ時間の午後12時になると、海軍キーが変わります。
また、状況に応じてランダムな間隔で異なるキーに変更も可能でした。
出航するUボート艦長には、哨戒予定時間をカバーするだけ
十分な海軍キーが渡されますが、もし、予想以上に哨戒が長引いたら、
他のボートから新しい鍵を入手する必要がありました。
暗号化されたメッセージを送受信することが不可能になるからです。
この海軍キーはトップシークレットで、厳重に管理されました。
キーとエニグマ装置が敵の手に渡ったら、鍵の有効期限が切れるまで、
暗号通信は敵に公開されることになるからです。
キーは水溶性の紙に印刷されており、
ビルジに落とすと勝手に溶けてしまうようになっていました。
エニグマは、第2次世界大戦中、ドイツ軍のすべての部門で使用されました。エニグマが漏洩した場合の被害を抑えるために、
各軍はそれぞれ独自のエニグマ鍵のセットを使用し、たとえば
海軍のモデルはエニグマM(M=Marine)と呼ばれていました。
エニグマMはさらに4つの鍵に分けられていました。
第1は外洋軍艦のための「ヒドラ」
第2は内地軍艦のための「ハイミッシュ」
第3は造船所のための「ウェルフト」
第4はUボートのための「トリトン」
このほかにも、戦争中、特殊なキーが多数存在しました。
ほとんどのメッセージは、Allegemein(一般)または
Offizier(将校のみ)に指定されていました。
一般的なメッセージは通常の鍵で暗号化されますが、
士官専用は機密性の高い情報を含んでおり、二重に暗号化されます。
メッセージはまずOffizierのキーで暗号化され、
Allegemeinの鍵で再び暗号化されます。
無線オペレーターが最初のメッセージを解読すると、
そのメッセージは通信士に渡されるので、通信士は、
士官用キーを使って、2つ目の暗号を内密に解読するのです。
さて、ここからは実際に展示されているエニグマ実物の紹介です。
エニグマ・マシンにより、ドイツ軍は複雑なコードシステムを使用して
秘密裏に通信を行うことができました。
エニグマの複雑性から、ドイツ軍は、自分たちの暗号を解読するのは
連合軍には事実上不可能だと思い込んでいました。
しかし、
連合軍のコードブレーカーズの創意工夫とドイツ軍の失敗
(つまりU-505の捕獲を始めとした実物の流出ですねわかります)
により、連合軍は、1943年11月から終戦までの間、
Uボートを介して送受信されるほとんどのメッセージを
読み取ることができていました。
このM4エニグママシンは、U-505で発見されたものに似ています。
まーなんですね、繰り返しアメリカ側としては、
ドイツの「慢心」について指摘しておりますね。
さすがに、同盟国がエニグマを読んでいるのではないか、
という疑念を抱かざるを得ない、いくつかの事件が起こったため、
デーニッツの強い要望で何度も調査が行われたのですが、
海軍情報部は常に同じ結論に達していました。
エニグマの解読は不可能であると。
しかし、ドイツ軍が知らなかったのです。
エニグマの機械が海軍の鍵とともに無傷で捕獲され、
それがイギリスの暗号解読者にとって大きな助けになったということを。
ドイツ側は、正常バイアスに陥っていたのか、これらの事件は
スパイ行為と同盟国のレーダーの有効性に起因すると決めつけました。
一応デーニッツは予防策として、4輪エニグマを導入し、
これはイギリスの暗号解読者を一時混乱させましたが、
すぐに四輪エニグマも捕獲され、解読が捗りました。
【プリンター付き M4エニグマ・マシン】
そしてこれがU-505で回収されたエニグマ実物です。
この機械と900ポンド(408.23kg)のコードブック、
そして出版物が発見され、回収されました。
コードブックはエニグマの成功に不可欠でした。
エニグマコードは本の指示に基づいて毎日再構成されていました。
これにより、この非常に複雑で解読が難しい秘密の言語に、
さらに別のレベルのセキュリティが提供されていたのです。
回収されたそれらはすぐさま連合軍の暗号解読作業を支援するために、
ワシントンD.C.のアメリカ海軍情報部に送られました。
この機械にはチッカーテープ印刷装置が取り付けられています。
【エニグマローター(箱入り)】
エニグママシンの「心臓部」はローターシステムでした。
1942年以降にUボートで使用された4ローターのマシンには、
交換可能な3つのローターと、所定の位置に留める一つローターがありました。
実際には合計8つのローターから選択することができました。
この箱には5個のローターが収納されており、
毎日3個を自由に組み合わせて使用していました。
ローターの仕組みをわかりやすく見せるために、分解した状態を宙に浮かせて展示しています。
マシンのシリアル番号 (M7942) は、キーの下の小さなプレートにあります。
エニグマはドイツの主要な暗号機であり、第二次世界大戦中、
軍のすべての部門で使用されました。
エニグマは、ローターそのものをさまざまな方法で組み合わせ、
各ローターの設定を変更することによって、
マシンには2,070億を超えるローターの配置が可能になりました。
これだけの可能性があったならドイツ軍が
絶対敗れまいとたかを括っていたとしても当然かもしれませんが、
驚くべきことに、連合軍のコードブレイカーは、
傍受した無線メッセージを分析するだけで、
ローターの構成を推測する方法を見つけ出していました。
コード解読後、連合国はU ボートのメッセージを傍受すると、
わざと護送船団を彼らの周りにルーティングし、
護送船団を仕留めようとやってきたU ボートに
ハンターキラー グループを差し向けるという作戦を取りました。
このように、エニグマ暗号を解読することは、
大西洋の戦いに勝利する上で重要な役割を果たしたのです。
エニグマ解読の戦いにおいて、集められた情報を、
イギリス人は「ウルトラ」と呼び、アメリカ人は「アイス」と呼びました。
民族性の違いみたいなのが現れていますね。
アメリカの「アイス」は「いずれは溶ける(解ける)」という願望か?
【鉛の錘付きコードブック】
リード(鉛)のウェイトのついたコードブックです。
これが何のためについているか知ると、あなたは感心するでしょう。
このコードブックはUボートとドイツ軍の航空機が通信する際の
必要な暗号が記されているのですが、鉛のおもりで裏打ちされているため、
本がボートの外に、あるいは航空機から投げ出されると、
鉛の重さで速やかに海に沈み、浮くことも、
波間に漂ってその後岸に打ち上げられることもありません。
しかし、今現在、ここにあるということは・・。
そう、U-505では総員退艦が命じられてから、
ボートごと爆破することで、個別にコードブックを始末する必要もないと
総員が信じていたために、ボート内に残され、回収されてしまったのです。
U-505の捕獲で、連合国は最も手に入れたかったものを手に入れました。
それがエニグマ本体であり、コードブックの存在でした。
このことは、事実上大西洋の戦いにおける最大の情報押収となり、
海軍の暗号解読チームは、13,000時間のコンピュータ作動時間を節約し、
戦争の残りの期間における暗号解読によって、
連合国の勝利に大いに寄与することになったというわけです。
それを思うと、このときのUボート乗員が、総員退艦の時、
自爆装置を作動しただけでボートを離れたことは、
ドイツ軍上層部がもし知ったら、腹切りものの失策であったと言えましょう。
幸か不幸か、アメリカ側は捕獲したことを極秘扱いにしたので
ドイツ側も戦後までこれを知ることはなかったわけですが、
当のUボート乗員たち、特に上層部艦長以下士官たちは、
むしろそれをありがたく思う気持ちもあったに違いないと思います。
まだ浮いているUボートを放置していち早く脱出することが、
結果的に数多の同胞の命と軍の装備を失い、自国の敗北を早めることになる。
もし彼らがそのとき未来に起こることをこのとき知っていたら、
それでも、彼らは自らの命を優先する行動を取ったでしょうか。
Uボート艦長の中には、敵の手に艦が落ちることがないように
あえて自らの命を犠牲にした軍人もいたそうですが・・・。
続く。