久しぶりに正統派潜水艦映画というべき作品を観ました。
「おすすめ潜水艦映画」には滅多に出てこないタイトルですが、それらの有名作品に引けを取らない完成度です。
潜水艦戦に続き、後半敵基地に潜入して大暴れ、という構成は、
タイロン・パワー主演の「潜航決死隊」Crash Diveと全く同じですが、
製作年はこちらが1年先ということから、「潜航決死隊」が
このイギリス映画の二番煎じである可能性は高いと思います。
後発の潜水艦映画に何度となく登場する、
駆逐艦に沈没したと見せかけるための「死んだふり作戦」も、
わたしが観た全ての作品の中で今のところ最古ですから、
もしかしたらこれが史上初かもしれません。
そう言う意味ではオーソドックスな潜水艦映画の定型そのままで、
どこかで観たシーンばかりのように思いがちですが、この映画が80年前に制作されたことを考慮すれば、当時はさぞ画期的な展開とされたに違いありません。
かつ、合間に乗員たちの私生活と人間関係が丁寧に語られ、
彼らの帰りを待つ人々やひとりひとりの乗組員の人物描写も巧みで、
戦争映画という範疇を越えて、十分魅力のある作品です。
制作者一同が海軍本部と「陛下の潜水艦隊」士官下士官兵に対し、
製作協力にお礼をするロゴ。「ヒズ・マジェスティズ・サブマリンズ」
という文字が、実に新鮮です。
タイトルは「暁の潜航」という意味ですが、こちらが副題。
本作主人公となる「潜水艦シータイガー」です。
撮影に使われたのは、1939年にトルコ海軍がヴィッカース社に発注した
Sクラス潜水艦
で、wikiにはP-614とP615が本作撮影に使われたと書いてあります。
第二次世界大戦の勃発により、S級潜水艦4隻はイギリス海軍に徴用され、
イギリス艦隊のP611級に指定されました。
イギリスにはもともとサファリ級=S級という潜水艦がありますが、
S級よりやや小さく、高いコニングタワーを備えています。
イギリス潜水艦の名付け方というのは独特で、たとえば
Explorer級「Explorer」「Excalibur」
Oberon級「Orpheus」「Ocelot」「Osiris]「Onyx」
といった具合に、意味はまったくランダムに、とりあえず
頭文字だけを一致させた名詞をつけることがあります。
(『ポーパス』級はイルカや鯨類の名前、
『ドレッドノート』級はランダムで、現在『キングジョージVI』鋭意建造中)
「シータイガー」という名前から、この潜水艦が
ロイヤルネイビーのS級であるという設定であるとご理解ください。
S級潜水艦「シータイガー」が哨戒を終えて帰港するところから始まります。
「もう直ぐ着岸です」
「どこにもぶつけなければお茶の時間に間に合うな」
「ティー」という言葉が最初に来るあたりが、イギリス映画です。
艦長はフレディ・テイラー大尉。
ロイヤルネイビーのランクでは、大尉がLiutenant、
中尉はSub-Liutenantとなります。
テイラー艦長を演じたジョン・ミルズは、この役を演じるにあたって
実際に潜水艦で河を下る訓練に参加しました。
クラッシュダイブ(急速潜航)を経験した時のことをこう語っています。
「その後、ボートがノーズを下に倒立し、
矢のように海底に向かって加速していくのを感じました。
私は潜望鏡の近くのレールにつかまって、表情を全く変えず、
まったくなんともないように振る舞っていましたが、
その実、グリーンピースのような顔色になっていたのを
誰かに気づかれないかということだけが気がかりでした。」
「シータイガー」はP614とP615を使って撮影されたため、
「4」と「5」を塗りつぶした「P61」が作品における艦番号とされています。
映画を観出してすぐ、自分がロイヤルネイビーの階級と
その慣例的な呼び方について何も知らないのに気がつきました。
艦長が「ナンバーワン」と呼びかけているのは奥の士官で、
役名は「ファーストオフィサー ブレース大尉R.N.R」です。
RNRはロイヤルネイビーリザーブで、ブレース大尉は
予備士官であり、「シータイガー」の副長らしいとわかります。
そして、「サードオフィサー ルテナント・ジョンソン RNVR」
は艦長から「No.3」と呼ばれているわけですが、
RNVR=ボランティアリザーブ(英国海軍志願予備軍)
商船隊の将校で民間人出身ということになります。
おそらくはサブルテナント、中尉だと思われます。
それではナンバー2はというと、役名に「セカンド」はありませんが、
劇中、下士官で「セカンド」と呼ばれている人がいます。
(ここで混乱してしまいましたが、調べてもわからず)
「シータイガー」乗組士官はもう一人いて、
ナビゲーティングオフィサーのゴードン中尉RN。
RNはロイヤルネイビーのブリタニア王立海軍大学の卒業生を意味します。
アメリカのアナポリスに相当する教育機関で、艦長も同じです。
ただし、劇中では艦長はゴードン中尉のことを、
単に「ゴードン」とか「ジャック」とファーストネームで呼んでいます。
操舵の先任ダブスが下士官室を覗くと、
魚雷手のCPOマイク・コリガンら下士官連中が、
当番で残る男が病気になってしまって困っていました。
「チーフかマイクが代わりに残っては?」
「俺の妹とマイクが結婚式するのでどっちもダメだ」
そこにふらりとやってきて憎まれ口を叩く偏屈者、
兵長の聴音担当、L.S ホブソン。
L.Sもロイヤルネイビー独特のランクで、Leading Seamanの略です。
リーディング・ハンドランクというのは海軍下士官の最高位で、
伍長であり、技能職であり、上級職でもあります。
彼らはその技能によって「リーディング・レギュレーター」
「リーディング・シーマン」などと呼ばれますが、
総括した名称「リーディング・ハンド」と呼ばれることもあります。
ところで、このホブソンが映画の主人公の一人なのですが、
この顔、見覚えありませんか?
カナダ製作のナチス啓蒙映画、「49thパラレル」、
(全然轟沈しないのに)邦題「潜水艦轟沈す」で、
カナダを逃亡するUボートの艦長、ヒルト大尉役を演じていた、エリック・ポートマンではありませんか。
ポートマンはハリファックス生まれの根っからのイギリス人ですが、
貴族的ながら影のあるものの言い方、かつ上品で気品のある雰囲気で
ドイツ人やナチス将校を演じるのが得意な俳優でした。
「緯度49」で演じたUボートの司令官があまりにハマっていたため、
英国人でさえ多くが彼をドイツかオーストリア系だと思っていたとのこと。
そして、この映画の3人の主人公のうち残りの一人、マイク・コリガンは
やはり「緯度49」でUボートの乗員(ヒルトに処刑される)を演じた、
ヨーロッパでは超有名な性格俳優、ニール・マクギニスが演じています。
辛辣で一匹狼のホブソンは、上陸後のナンパ話で盛り上がる乗組員に
思いっきり水を差して皆に煙たがられる孤立キャラ。
この映像はもちろん本物のロイヤルネイビーの皆さんによる操艦。
母艦に接舷してある艦とメザシにするみたいですね。P211「サファリ」は実在のS級潜水艦ネームシップです。
「右舷微速後進」”Slow astern, starboard.”「右舷微速後進」”Slow astern, starboard, sir.”
艦長の号令の掛け方も本場仕込み。
さっそくP211の艦長が声をかけてきます。
獲物なしの「シータイガー」に対し、こちらは2隻撃沈したとマウンティング。
悔しまぎれにテイラー大尉は、
「オールドムーアのアルマニャックでも使ったか?」
と言っていますが、これはイギリス人でなくてはわからないでしょう。
「オールドムーアの暦」は2世紀半に渡って現在も発行されている
月や潮の満ち干、交通情報、占星術を記した発行物で、
現代ではインターネットで入手できる、アイルランドの伝統の復活、
テクノロジー、都市農業、カントリースポーツ、珍しい動物種、
レシピ、ヒント、超常現象、伝統医学、星占いの読み物となっています。
セイルを降りる艦長。
それを見ている母艦の乗組員多すぎい〜!
絶対これ野次馬か、映画に映るために出てきただろ。
無事帰還を潜水艦隊司令(大佐)に報告。
ところでこの大佐を演じている軍人、クレジットはありませんが、
なんとあのイアン・フレミングらしいんですよ。
ご存知ですよね?007シリーズの作者。
陸軍士官学校を出て海軍情報部に勤務、諜報員だったフレミングは、
退役後自身の経験をもとに、ジェームズ・ボンドシリーズを発表しました。
この頃フレミングはまだ海軍情報部に所属していたはずですが、
海軍総協力の作品としてちょい出したのかもしれません。
そして驚くことに彼の出番はこれで終わりではありません。
士官たちにきた手紙を配るのはゴードン中尉。
艦長にきた手紙をくんくんして、
「野すみれ、ジャスミン、フィッシュ&チップス・・?」
誰からきた手紙だフィッシュ&チップス。
テイラー大尉はどうも金持ちの陽キャ&リア充ぽい。
上陸するなり執事に電話して、毎日違った女性にデートのアポ取りを指示。ランチはどこそこ、ディナーはどこそこで、次の日は別の女性、と・・。
そこに陰キャの見本のような魚雷担当、マイクがやってきました。
彼は、病気のアーノルドの代わりにフネに残る者がいないので、
自分を当直にしてくださいと頼みにきたのです。
「でも君、結婚式なんだろ? 結婚が嫌になったか」
「っていうか・・今でなくても、もう少し先でもいいかなと」
なんだこいつ。マリッジブルーってやつか?
艦長はもう一つ乗組員の問題を片付けねばなりませんでした。
「フィッシュ&チップス」の匂い付きの手紙を送ってきたのは
兵長ホブソンの義理の兄で、レストランのオーナー。
手紙は彼の妹であるホブソン妻が離婚を要求しているという内容です。
なぜそんな手紙を義理の兄が艦長に送ってくるのかって話ですが、
ホブソンもそう思ったらしく、
「フィッシュ&チップスだけ揚げてりゃいいのに、余計なお世話だ。
艦長もです」
経験豊富で何ヶ国語も喋れる優秀な技術者なのに、家庭環境最悪。
ホブソンを評価しているものの、艦長は彼の言葉に渋い顔をします。
さて、当番代理をこっそり申し出たマイク、
シャワーをご機嫌で浴びていたら、チーフが任務表を見て慌てて、
「マイク、君が当番になってるぞ!結婚式なのに」
「えー、それは大変だ(棒)
でも命令に逆らうのは無理じゃないかな?
全く腹が立つな!俺たちは無力だ」
しかし、チーフにとっては他ならぬ自分の妹の結婚式です。
新郎を担ぎ出すために、機関室のおっさんに賄賂を渡して買収完了。
なのにくだくだと言い訳をして上陸を拒む往生際の悪いマイク。
こちらタバコ一箱で買収された機関室のジョック。
今回の休みはたった48時間だと嘘をつかれていました。
実は7日と聞いて、ジョックはショックを受け飛び出しますが、
騙した張本人はすでに内火艇から手を振っていました。
周りは本物のロイヤルネイビーです。
チーフの実家に連れて行かれたマイクは、婚約者のエセルと再会。
ホブソンは家に辿り着きますが、妻は子供と一緒にいなくなっていました。
こちら将校クラブでマッサージを受けながら、執事に手配させた
デート相手からの電話をうっきうきで待っているテイラー大尉。横に持ってきていた電話が鳴るなりとって、
「ハローダーリン、元気だった?」
「フレディ、丁寧にどうも。母艦のブラウニングだ」
ブラウニングは袖章から見て大尉。
母艦のことは「デポ・シップ」と言っています。
全くこれと同じ電話のやり取りが「潜航決死隊」でもありましたね。
かかってきた電話を彼女と思い、ダーリンと囁けば相手は上官だったという。
やっぱりハリウッドがパクっていた証拠ですよ。
ブラウニングは大変悲しいお知らせを伝えてきました。
「休暇は中止だ。総員即刻乗艦して任務に備えよ」
怒り心頭のテイラーが、
「レガッタも漕げないアホなジジイ”ドッサー”(金ピカ)が
思いつきで命令出しやがってー!」(直訳)
と思わずわめくと、カーテンの影から海軍少将が登場。
さっき裸でテイラーに「陸軍ですか?」とか聞いてきた人だよね。
相手の所属を聞いたら自分のも言うのが普通なのに、
「海軍」と聞いても何も言わない時点で気づけよって話ですが。
とにかくこの金ピカジジイ、もとい、少将閣下は、鷹揚に
「そんなものだよ、お若いの。
わたしもこれまでの海軍人生でずっとそんな連中と戦ってきたからね。
ではご機嫌よう!」
歴史は繰り返すってか。この将官の嫌味も、アメリカ海軍とは一味違うジョンブル風味です。
いつものパブで飲んでいた水兵、ダスティ、フランキーらに
休暇中止を告げにきたのはCPOスリム。
こちら妻に逃げられ寸前のジェイムズ・ホブソンは、ヤケになって酔っ払い、
義兄の店に乱入して勝手に「出血大サービス」を始めるという始末。
すると店の奥から妻が顔を出し、彼女の足元をすり抜けて息子が来ました。
この男の子がもう無茶苦茶可愛いんですよ。
ホブソンが艦内で彫った潜水艦を渡すと、
「うー、だでぃー」
(あまり語彙がないらしい)とか言っちゃって。
息子を演じているのはデビッド・トリケットという子役で、
この作品を含め2本の映画に出演しています。
彼の妻、アリスは子供を追い払って、
相変わらず酔っている夫を非難。
お酒くらいでは子供もいるし離婚までは行かないと思うけど、
いったいホブソン、何をやらかしたんだろう。DVかな。
そこにタイミングよく警官が入ってきて、
軍からの非常召集命令を伝えるついでに、
義兄につかみかかっていたホブソンを引き離していきました。
マイクとチーフの妹エセルの結婚式場では、
「庭の千草」(The Last Rose of Summer)を誰かが演奏する中、
美人を仕留めたマイクがやっかみ半分のいじりをされています。
ダブス先任はグラディス・ハーコート嬢が気に入ってアプローチしますが、
ファーストネームさえ教えてもらえません。
式に先立って、神父さんが祝電を読み始めました。
「結婚おめでとう 私の名前を最初の子につけてね 叔母より。おめでとう、私の名を最初の子につけるのを忘れるな 叔父より」
「双子でも作らなきゃダメだなマイク」
次の電報は軍からのお知らせでございます。
「えー,次、マイク・コリガン掌砲手
すぐさま艦にもどられたし 今夜出港す」
「リコール(召還)だな!」
思わず叫んだマイクの表情に笑いが浮かんでいるのをエセルは見逃さず、
「何かの間違いだよ」
という彼に、
「いいえ、間違いじゃないわ。もう少しで間違うところだった」
と言うや、指輪を彼に返してどこかに行ってしまいました。
このチャーリーという男、結婚が中止になったのが嬉しそう。
エセルを狙っていた感ありありです。
チャーリー「行かなくちゃ。イングランドが君らを必要としている!」
マイク「僕らを追い出したいのか?」
チャーリー「いやいや、悪気はないんだよマイク。
我々は皆自分の役割を果たさなければならないってことだ。
君たちは『サブ』で、僕は僕の仕事で」
ディッキー「『サブマリン』だ馬鹿野郎(twerp)」
潜水艦を「サブ」というのはイギリスではどうもアウトみたいですね。
「シータイガー」では出港準備が始まっていました。
本物のシーンなので逐一写真を上げておきます。
魚雷の搭載。
砲弾を肩に乗せて一つづつ持ち運んでいます。
本物の乗組員の中に俳優も混じって魚雷積み込み作業。
内部から見た魚雷搭載ハッチ。
油船と繋いでいます。
そして乗組員の乗艦が始まりました。
帰還するなりチーフはタバコで買収した機関室チーフのジョックからわざわざ半日上陸して楽しかったですか〜とイヤミたっぷりで迎えられます。
ジョックはディッキーを「Mr. coxswain」と呼んでいますが、
これは彼が操舵のチーフだからです。
ディッキーはマイクがあまりにいそいそと召還に応じたことから、
妹との結婚に二の足を踏んでいると疑うようになりました。
「次に帰ったらちゃんと埋め合わせするよ」
というマイクに、
「いつまでも妹が待ってくれると思うか?」
と吐き捨てます。
これには理由があって、マイクとエセルの結婚式が中止になったのは
今回が実に4回目なのでした。
なんだかんだ理由がその都度できて、その度にマイクは
しょうがないねーと流してきたのです。
このやる気のなさ、兄としては妹と結婚させたくなくなるよね。
チーフ、スチュワードのフランキーに行き先はどこか聞かれて八つ当たり。
「自分より下のものに極秘の命令は明かせない!」
まあ本当に知らないんですけどね。ただこういうとき口を閉じていられないのがホブソンという男。
「チーフ以下の階級の者がその任務を実際に行うわけですがねえ」
甲板に出るなりチーフは、ブレース大尉に尋ねます。
「すみません、これからどこに行くのかご存知ですか?」
「悪いが知らないんだ。まだ極秘だ」
艦長はイアン・フレミング演ずる潜水艦隊司令と、
隣のP211艦長ハンフリー大尉に出撃挨拶です。
大佐は直訳すると、
「この哨戒では君たちはさらに興味深い体験をするだろう」
と言っています。
何か知ってるね?艦隊司令。
続く。