■ 「FBI vs ナチス」
They Came To Blow Up America
〜実在事件をベースにしたアメリカ防諜啓蒙映画
前半
後半
我が日本における防諜啓蒙映画「間諜未だ死せず」を取り上げた流れで、
アメリカにおける防諜を目的とした国策映画を扱ってみました。
日米の防諜啓蒙映画を並べてみると、
戦争に突入してからだったのでアメリカ人俳優が調達できず、
全てを日本人俳優で賄ってしまったこちらのに対し、
アメリカのこれは、日本人が中国人を演じるようなノリで
ドイツ人を演じているという同じような作りです。
同じ白人でも多民族国家であるアメリカには実に色々いるので、
この映画でもドイツ人らしいアメリカ人を配しているのかと思えば、
主人公のドイツ人スパイ、アメリカ在住のドイツ系移民の息子である
カール・スティールマンを演じているジョージ・サンダースは、
どこからどうみてもドイツ系の要素がありません。
事実サンダースはれっきとしたイギリス人。
(ブライトンスクール→マンチェスター工科大学卒の上流階級)
ライター夫人を演じる女優アナ・スタンはロシア人ですし、ナチスの親衛隊長ティーガー大佐はイギリスのシェイクスピア俳優ときた。
かろうじて、実はスパイだったホルガー医師は、
シグ・ルーマンというカリフォルニア生まれのドイツ系俳優、カールのお父さんもドイツ系アメリカ人俳優が演じていますし、
ドイツ美女ヘルガはオーストリア人女優が起用されました。
ホルガー医師を演じた俳優、シグ・ルーマンは、戦前まで
ジークフリート・ルーマンという本名で活動していましたが、
反独感情が高まったこともあり、芸名を変えています。
アメリカがドイツと戦争になるとドイツ系の需要が高まり、
啓蒙映画や悪役で引っ張りだこになったというのは皮肉ですね。
こんな事情を知るまでは、アメリカではドイツ系の俳優など調達し放題だろう、
と思っていましたが、いかにドイツ系が民間にいたとしても、
人前に出る仕事である俳優にはあまり数が
実はドイツ系俳優は反独感情で表に出にくかったらしいとわかります。
ヘルガ役のオーストリア女優ポルディ・ドゥーア(Poldi Dur)は、
1944年(!)にアメリカで製作された、「ナチスそっくりさん大集合映画」
ドキュメンタリー「The Hitler Gang(ヒットラーギャング)」で、
ヒトラーが最後に結婚したゲリ・ラウバルを演じています。
観てみたすぎる
頭なでなで中
本作品はアメリカで実際に起こった「パストリウス作戦」なる
ナチスの潜水艦による侵入&爆破作戦をベースにしています。
この事件は、アメリカに潜入した工作員のうち二人が
早々にFBIに仲間を裏切って密告したため当局に露見し、
その他の工作員たちは問答無用で処刑されてしまっています。
当初彼らは戦争が終わるまで収監される程度の処罰と言われましたが、
ルーズベルトは強硬に彼らを直ちに処刑することを求めました。
この映画と「パストリウス作戦」について調べるうち、作戦立案者である
ヴィルヘルム・フランツ・カナリス(Wilhelm Franz Canaris)
という情報部の部長が、日本の陸軍参謀から派遣された
大越兼二大佐と組んで、「対ソ戦、英米との戦争は日独を滅ぼす」とし、
三国同盟に反対していたという史実を知ることができました。
■ 「スピットファイア」
The First of The Few(最初の人々)
前編
RAF(ロイヤルエアフォース)の名機、
スピットファイアの設計者、レジナルド・ミッチェルの伝記映画です。
本作の公開年、ドイツ軍機に乗機を撃墜されて死亡した俳優、
レスリー・ハワードがミッチェルを演じ、自らが監督も手がけた作品。
戦時中ということもあってRAFの全面協力のもと、
実際のパイロットたちが出演してセリフもこなしています。
映画は、語り手としてミッチェルの友人であり、
開発のパートナーにもなった架空のテストパイロットが
彼の若い頃から死までの歩みを振り返る形で進行します。
3つのパートに分けましたが、その最初は、
若きミッチェルが当時の飛行機界の登竜門だった国際レース、
シュナイダー・トロフィーレースで優勝するところまでが語られます。
中編
中編では、ミッチェルがスピットファイア開発に至るまでに出会う人々、
そして開発に乗り出すきっかけとなる出来事が描かれます。
この日のイラストは、実在のミッチェルの肖像(真ん中下)の周りに、
映画に出演したその関係者を描いてみました。
左上のレディ・ヒューストンは実在の彼女の写真をもとにしています。
「レディ・ヒューストン」
熱烈な愛国者、国粋主義者の大富豪で、その地位と財産を
気前よく彼女の信じるところの「国のために」寄付した伝説の女性です。
国会が失業対策のために予算を回す動きのあった当時、
彼女は航空界の発展の原動力となるレースの参加費をぽんと出しました。
「ヴィリー・メッサーシュミット」
実際のメッサーシュミットを映画では随分線の細い人が演じています。
これは実際のミッチェルとレスリー・ハワードにも言えることです。
映画ではドイツに招聘されたミッチェルが、ナチスの関係者から
隠すことのない征服欲をちらつかされ、危機感を覚えることで
自国に強い飛行機を作るべきだと決心することになっています。
「サー・ロバート・マクリーン」
エンジニアであり、航空業界の大物、ヴィッカース社の会長。
スーパーマリン社を買収し、ミッチェルらに新型機、
スピットファイアの開発を奨励した人物です。
後編
右上のヘンリー・ロイスは言わずと知れたロールス・ロイス創始者です。
「マーリンエンジン」がスピットファイアに搭載されました。
サー・ヘンリー・ロイス
映画では、ミッチェルは病に冒されて最後の日々を自宅で過ごし、
パイロットのクリスプが家の上空を完成したスピットファイアで飛び、
軍に採用されたという知らせを受けて死んでいくと描かれます。
映画の中で散々説明しましたが、原題の「The Few」は、
当時慣例的にそう呼ばれていたところの、彼の飛行機で戦った
RAFの「一握りの人々」であり、それに「ファースト」をつけることで
祖国全体に恩恵を与えたミッチェルを含む開発者たちが含まれるのでしょう。
■「海の底(The Seas Beneath)」
ジョン・フォード初期の海軍映画
前半
後半
ジョン・フォードは映画監督になってよほど海軍ものが撮りたかったらしく、
サイレントからトーキーへと映画会社が舵を切った途端、
海軍兵学校もの「サルート」潜水艦もの「Men without Women」を撮り、
満を持して?ドイツ潜水艦と海上戦を行うアメリカ海軍映画を製作しました。
偽装船に乗り込んで島に潜入するアメリカ海軍軍人に忍び寄るのは
美しい女性の姿を借りたナチスのスパイ。
現地のスペイン美女スパイにひっかかり、まんまと身分を悟られた若い少尉は、
責任をとって敵のボートに忍び込み、射殺され、
アメリカ軍の偽装船を率いる大尉は、ドイツ潜水艦長の妹に接近され、
こちらもまんまと相手を好きになってしまうという体たらく。
海上戦の末、偽装船は潜水艦を撃沈して打ち勝ちますが、
兄を捕虜に取られた艦長の妹にむかって、
「そこの教会で結婚式を挙げよう」
といきなりプロポーズして玉砕する大尉の間抜けさがなんとも物悲しい。
第一次世界大戦直後、
まだ海上の戦争に人々がロマンを求める余地があったころの
なんとものどかなストーリーです。
若き日のジョン・フォード海軍ものの原点。
■ 海の牙(Les Maudits 呪われしものたち)
ルネ・クレマンの極限心理ドラマ
前編
中編
後編
第二次世界大戦末期、第三帝国の復興拠点を南米に樹立するという
絶望的な野望の下、Uボートに密かに乗り込んだ人々がいた。
その極限の空間で、歪んだ権勢欲と欲望が渦巻き、ぶつかり合い、
ついには悲劇の破局に至る・・・・。
と、映画の宣伝風に説明してみました。
ルネ・クレマン作品ということで評価が高いようですが、
確かにストーリー展開と人物描写、観客を惹きつける要素はあるものの、
決定的に残念なこと、それは、軍事的な考証が甘すぎることです。
特に、ドイツの敗戦を受けた潜水艦の艦長が、
即座に自艦を放棄して民間船にスタスタ移乗するなんて噴飯ものです。
そして、たった数人で南米に第三帝国の拠点を作るなんて、
ちょっと考えれば絶対に無理だって誰だって思いますよね。
そういった大きな矛盾を無視した上にいくら作品を構築したところで、
ツッコミどころが多すぎて感興を削ぐというのがわたしの感想です。
というところで、最後の作品を除きご紹介を終わりました。
今年も楽しみながら戦争映画をご紹介できればと思っています。
They Came To Blow Up America
〜実在事件をベースにしたアメリカ防諜啓蒙映画
前半
後半
我が日本における防諜啓蒙映画「間諜未だ死せず」を取り上げた流れで、
アメリカにおける防諜を目的とした国策映画を扱ってみました。
日米の防諜啓蒙映画を並べてみると、
戦争に突入してからだったのでアメリカ人俳優が調達できず、
全てを日本人俳優で賄ってしまったこちらのに対し、
アメリカのこれは、日本人が中国人を演じるようなノリで
ドイツ人を演じているという同じような作りです。
同じ白人でも多民族国家であるアメリカには実に色々いるので、
この映画でもドイツ人らしいアメリカ人を配しているのかと思えば、
主人公のドイツ人スパイ、アメリカ在住のドイツ系移民の息子である
カール・スティールマンを演じているジョージ・サンダースは、
どこからどうみてもドイツ系の要素がありません。
事実サンダースはれっきとしたイギリス人。
(ブライトンスクール→マンチェスター工科大学卒の上流階級)
ライター夫人を演じる女優アナ・スタンはロシア人ですし、ナチスの親衛隊長ティーガー大佐はイギリスのシェイクスピア俳優ときた。
かろうじて、実はスパイだったホルガー医師は、
シグ・ルーマンというカリフォルニア生まれのドイツ系俳優、カールのお父さんもドイツ系アメリカ人俳優が演じていますし、
ドイツ美女ヘルガはオーストリア人女優が起用されました。
ホルガー医師を演じた俳優、シグ・ルーマンは、戦前まで
ジークフリート・ルーマンという本名で活動していましたが、
反独感情が高まったこともあり、芸名を変えています。
アメリカがドイツと戦争になるとドイツ系の需要が高まり、
啓蒙映画や悪役で引っ張りだこになったというのは皮肉ですね。
こんな事情を知るまでは、アメリカではドイツ系の俳優など調達し放題だろう、
と思っていましたが、いかにドイツ系が民間にいたとしても、
人前に出る仕事である俳優にはあまり数が
実はドイツ系俳優は反独感情で表に出にくかったらしいとわかります。
ヘルガ役のオーストリア女優ポルディ・ドゥーア(Poldi Dur)は、
1944年(!)にアメリカで製作された、「ナチスそっくりさん大集合映画」
ドキュメンタリー「The Hitler Gang(ヒットラーギャング)」で、
ヒトラーが最後に結婚したゲリ・ラウバルを演じています。
観てみたすぎる
頭なでなで中
本作品はアメリカで実際に起こった「パストリウス作戦」なる
ナチスの潜水艦による侵入&爆破作戦をベースにしています。
この事件は、アメリカに潜入した工作員のうち二人が
早々にFBIに仲間を裏切って密告したため当局に露見し、
その他の工作員たちは問答無用で処刑されてしまっています。
当初彼らは戦争が終わるまで収監される程度の処罰と言われましたが、
ルーズベルトは強硬に彼らを直ちに処刑することを求めました。
この映画と「パストリウス作戦」について調べるうち、作戦立案者である
ヴィルヘルム・フランツ・カナリス(Wilhelm Franz Canaris)
という情報部の部長が、日本の陸軍参謀から派遣された
大越兼二大佐と組んで、「対ソ戦、英米との戦争は日独を滅ぼす」とし、
三国同盟に反対していたという史実を知ることができました。
■ 「スピットファイア」
The First of The Few(最初の人々)
前編
RAF(ロイヤルエアフォース)の名機、
スピットファイアの設計者、レジナルド・ミッチェルの伝記映画です。
本作の公開年、ドイツ軍機に乗機を撃墜されて死亡した俳優、
レスリー・ハワードがミッチェルを演じ、自らが監督も手がけた作品。
戦時中ということもあってRAFの全面協力のもと、
実際のパイロットたちが出演してセリフもこなしています。
映画は、語り手としてミッチェルの友人であり、
開発のパートナーにもなった架空のテストパイロットが
彼の若い頃から死までの歩みを振り返る形で進行します。
3つのパートに分けましたが、その最初は、
若きミッチェルが当時の飛行機界の登竜門だった国際レース、
シュナイダー・トロフィーレースで優勝するところまでが語られます。
中編
中編では、ミッチェルがスピットファイア開発に至るまでに出会う人々、
そして開発に乗り出すきっかけとなる出来事が描かれます。
この日のイラストは、実在のミッチェルの肖像(真ん中下)の周りに、
映画に出演したその関係者を描いてみました。
左上のレディ・ヒューストンは実在の彼女の写真をもとにしています。
「レディ・ヒューストン」
熱烈な愛国者、国粋主義者の大富豪で、その地位と財産を
気前よく彼女の信じるところの「国のために」寄付した伝説の女性です。
国会が失業対策のために予算を回す動きのあった当時、
彼女は航空界の発展の原動力となるレースの参加費をぽんと出しました。
「ヴィリー・メッサーシュミット」
実際のメッサーシュミットを映画では随分線の細い人が演じています。
これは実際のミッチェルとレスリー・ハワードにも言えることです。
映画ではドイツに招聘されたミッチェルが、ナチスの関係者から
隠すことのない征服欲をちらつかされ、危機感を覚えることで
自国に強い飛行機を作るべきだと決心することになっています。
「サー・ロバート・マクリーン」
エンジニアであり、航空業界の大物、ヴィッカース社の会長。
スーパーマリン社を買収し、ミッチェルらに新型機、
スピットファイアの開発を奨励した人物です。
後編
右上のヘンリー・ロイスは言わずと知れたロールス・ロイス創始者です。
「マーリンエンジン」がスピットファイアに搭載されました。
サー・ヘンリー・ロイス
映画では、ミッチェルは病に冒されて最後の日々を自宅で過ごし、
パイロットのクリスプが家の上空を完成したスピットファイアで飛び、
軍に採用されたという知らせを受けて死んでいくと描かれます。
映画の中で散々説明しましたが、原題の「The Few」は、
当時慣例的にそう呼ばれていたところの、彼の飛行機で戦った
RAFの「一握りの人々」であり、それに「ファースト」をつけることで
祖国全体に恩恵を与えたミッチェルを含む開発者たちが含まれるのでしょう。
■「海の底(The Seas Beneath)」
ジョン・フォード初期の海軍映画
前半
後半
ジョン・フォードは映画監督になってよほど海軍ものが撮りたかったらしく、
サイレントからトーキーへと映画会社が舵を切った途端、
海軍兵学校もの「サルート」潜水艦もの「Men without Women」を撮り、
満を持して?ドイツ潜水艦と海上戦を行うアメリカ海軍映画を製作しました。
偽装船に乗り込んで島に潜入するアメリカ海軍軍人に忍び寄るのは
美しい女性の姿を借りたナチスのスパイ。
現地のスペイン美女スパイにひっかかり、まんまと身分を悟られた若い少尉は、
責任をとって敵のボートに忍び込み、射殺され、
アメリカ軍の偽装船を率いる大尉は、ドイツ潜水艦長の妹に接近され、
こちらもまんまと相手を好きになってしまうという体たらく。
海上戦の末、偽装船は潜水艦を撃沈して打ち勝ちますが、
兄を捕虜に取られた艦長の妹にむかって、
「そこの教会で結婚式を挙げよう」
といきなりプロポーズして玉砕する大尉の間抜けさがなんとも物悲しい。
第一次世界大戦直後、
まだ海上の戦争に人々がロマンを求める余地があったころの
なんとものどかなストーリーです。
若き日のジョン・フォード海軍ものの原点。
■ 海の牙(Les Maudits 呪われしものたち)
ルネ・クレマンの極限心理ドラマ
前編
中編
後編
第二次世界大戦末期、第三帝国の復興拠点を南米に樹立するという
絶望的な野望の下、Uボートに密かに乗り込んだ人々がいた。
その極限の空間で、歪んだ権勢欲と欲望が渦巻き、ぶつかり合い、
ついには悲劇の破局に至る・・・・。
と、映画の宣伝風に説明してみました。
ルネ・クレマン作品ということで評価が高いようですが、
確かにストーリー展開と人物描写、観客を惹きつける要素はあるものの、
決定的に残念なこと、それは、軍事的な考証が甘すぎることです。
特に、ドイツの敗戦を受けた潜水艦の艦長が、
即座に自艦を放棄して民間船にスタスタ移乗するなんて噴飯ものです。
そして、たった数人で南米に第三帝国の拠点を作るなんて、
ちょっと考えれば絶対に無理だって誰だって思いますよね。
そういった大きな矛盾を無視した上にいくら作品を構築したところで、
ツッコミどころが多すぎて感興を削ぐというのがわたしの感想です。
というところで、最後の作品を除きご紹介を終わりました。
今年も楽しみながら戦争映画をご紹介できればと思っています。