バッファローネイバルパークで展示されている、
ミサイル巡洋艦「リトルロック」艦内展示から、
「リトルロック」の歴史を物語る数々の資料をご紹介しています。
冒頭写真は、おそらく彼女が退役してから作られた、
「リトルロック」歴代指揮官の名前と在任期間を表すプレートです。
CL-92 指揮官

ウィリアム・ミラー大佐
William Edward Miller-CAPT14 Jun 1945 - 07 Jul 1946
ヘンリー・スミス・ハットン大佐
HENRI H. SMITH-HUTTON - CAPT
07 Jul 46 - 10 Mar 47
フランシス・ミー大佐FRANCIS J. MEE - CAPT
10 Mar 47 - 04 Jan 48

ウィリアム・ライト大佐WILLIAM D. WRIGHT - CAPT
04 Jan 48 - 24 May 48
ヘンリー・モーガン大佐
HENRY G. MORAN - CAPT
24 May 48 - 13 May 49
リチャード・クライヒル大佐
RICHARD S. CRAIGHILL - CDR
13 May 49 - 24 Jun 49
CLG-4/ CG-4 指揮官

ジェウェット・フィリップス大佐
JEWETT O. PHILLIPS - CAPT
03 Jun 60 - 25 Jan 61
フレデリック・シェノー大佐
FREDERIC A. CHENAULT - CAPT
25 Jan 61 - 07 Feb 62

ジェームズ・パイン大佐
JAMES R. PAYNE - CAPT
07 Feb 62 - 26 Aug 63
C・エドウィン・ベルJr.大佐
C. EDWIN BELL, JR. - CAPT
26 Aug 63 - 26 Sep 64
ロデリック・ミドルトン大佐
RODERICK O. MIDDLETON - CAPT
26 Sep 64 - 27 Sep 65
オスカー・ドレヤー大佐
OSCAR F. DREYER - CAPT
27 Sep 65 - 11 Apr 67

ジョン・ミッチェル大佐
JOHN J. MITCHELL - CAPT
11 Apr 67 - 24 Apr 68
ウォルター・ベネット大佐
WALTER F.V. BENNETT - CAPT
24 Apr 68 - 15 Nov 69
チャールズ・リトル大佐
CHARLES E. LITTLE - CAPT
15 Nov 69 - 11 Jun 71

ゴードン・ナグラー大佐
GORDON R. NAGLER - CAPT
11 Jun 71 - 27 Jul 72
ロバート・モリス大佐
ROBERT E. MORRIS - CAPT
27 Jul 72 - 24 Jul 73
ピーター・カリンズ大佐
PETER K. CULLINS - CAPT
24 Jul 73 - 17 May 75

ウィリアム・マーティン大佐
WILLIAM R. MARTIN - CAPT
17 May 75 - 20 Oct 76
ケント・シーゲル中佐
KENT R. SIEGEL - CDR
20 Oct 76 - 22 Nov 76
最後のシーゲル艦長だけが中佐である理由ですが、
おそらく艦の退役が決まってからマーティン大佐が任期を終えたため、
残り1か月を消化する間、便宜的に充てられた人事だからだと思います。
同じような人事は、軽巡洋艦として退役が決まった時にもあって、
クライヒル大佐はCL-2最後の1か月だけ艦長を務めました。
海上自衛隊で同じようなことがあるかどうかは知りませんが、
米海軍では、退役が決まって軍事指揮官を必要としなくなると、
書面上だけ必要な艦長を(名前だけ?)充てる慣習があるようです。
それから、これを見る限り、艦長の在任期間は1年と決まっています。
唯一の例外は、1973年7月から1975年5月と、在任2年に亘った
ピーター・カリンズ大佐ですが、その理由は年表からはわかりません。
この頃、「リトルロック」はガエタの第六艦隊旗艦であったこと、
そして任期2年目には大西洋艦隊の戦闘効率賞を受賞するなど、
軍艦として「最盛期」であったらしいことと関係あるかもしれません。
■ ミッチャー提督のサイン

1945年に撮影された「リトルロック」の写真ですが、
たいへん見にくいながら、エンボス加工のように浮き上がるサインは、
あの”ピート”マーク・ミッチャー提督の直筆です。

極端に寡黙で、物静か。
目立つことを嫌い、控えめであったというミッチャーは、
同時期のアメリカ海軍の中でも評価の高い指揮官です。
太平洋で任務部隊を率いたミッチャーは、日本軍との戦いで、
マリアナ空襲、パラオ空襲、そしてマリアナ沖海戦を指揮し評価を得ましたが、
沖縄で「バンカーヒル」「エンタープライズ」と、座乗した艦は
特攻の激しい攻撃を受け、そのことが結局彼の命を縮めたと言われます。
神風特攻隊小川清少尉が突入した「バンカーヒル」の破片は、
ミッチャーからわずか6メートルしか離れていない場所にいた彼の幕僚、
下士官兵10名の命を、その目の前で瞬時に奪っていますし、
移乗した「エンタープライズ」で、ミッチャーがいた甲板に、
冨安俊助中尉機が激突し、またしても彼は旗艦を変更することになりました。
彼の体重は45キロ以下になり、助けなしでは舷側の梯子を登れなくなり、
わずかの期間に「歩く骸骨」(ハルゼー談)のようになっていたそうです。(ちなみに、英語のwikiには以上の記述はない)

彼が亡くなったのは1947年2月3日で、現役のままでした。
これは心臓発作で亡くなる半年前、トルーマンと握手するミッチャーですが、
60歳というにはあまりに老けています。
■ 海軍仕様バックル

制服の仕様が変わったため、今では超レアとなった海軍兵用ベルトバックル。
かつて兵用バックルには勤務艦のシルエットと艦名が刻まれていました。写真はシルバーで、これはジュニアランクの兵卒用。
士官、チーフ・ペティオフィサー(CPO)、
その他下士官(NCO)は同じ模様が入った金色でした。
それでは現在、アメリカ海軍ではどんなベルトバックルが使用されているか?

というと、このような面白くもなんともないシンプルなものです。
まずこの金色は、士官とCPO用。
左は男性用、右の女性用は丸みを帯びたシェイプで少し小さいものです。
男性と女性でデザインが違うのはどういうわけか?
『体は男性で心は女性の軍人』が右側を使う権利も与えるべきではないか?
というような、物事をややこしくさせる議論は今のところないようで何より。
流石にここまでポリコレファシズムの魔の手は伸びていないと信じたい。
それに、トランプ当選によって、「性別は男か女二つだけ」となったので
物事がややこしくなることは今後しばらく怒らないでしょう。
さて、視察、儀式などいかなるシチュエーションにも合うように、
現在このようなアルマイト処理された金色の無地が標準となっています。レートE-7、E-8、E-9の上級下士官は金色です。

E6以下はアルマイト処理されたシルバーのバックルと決められています。
それでは飾りの入ったバックルは禁止になったのか?
と思われた方、ご安心ください。
そのあたり、現在の海軍では個人の自由に任されていて、
適切なデザインであれば、バックルに装飾を施すことは許されています。
たとえば現在陸上勤務になっている人でも、前任の勤務(海上、航空)
の部隊章、記章などを着用するのはアリということです。
■ ボトルシップ

軍艦のボトルシップ実物というのを初めて見たような気がします。
個人で作成したと思われるプラークの文言は次の通り。
USS「リトルロック」CL92
全ての乗組員と
ペンシルベニア州フィラデルフィア クランプ造船工廠主任技術者
チャールズ・F・カールソンを偲んで
模型:レイ・カールソン アメリカ海軍少尉
寄贈:チャールズ F. カールソン Jr.
アメリカ海軍/アメリカ海兵隊軍曹
USS「ニュージャージー」BB-62 海兵分遣隊同窓会
2011年5月 バッファロー ニューヨーク
ちょっとわかりにくいのですが、カールソンは三人出てきます。
この三人について推測してみました。
曽祖父:チャールズ・F・カールソン(クランプ造船技術者)
祖父:チャールズ・F・カールソンJr. 海兵隊軍曹(USSニュージャージー乗組)
孫?:レイ・カールソン海軍少尉
おそらくこのボトルシップを作成したのはレイ・カールソン少尉。
ボトルシップの作成が2011年と比較的新しいことから、
海軍少尉である若いレイはカールソンジュニア軍曹の孫世代と見ます。
軍曹が海兵隊として乗り組んだUSS「ニュージャージー」は
第二次世界大戦中就役しているので、軍曹の父親であるクランプ技術者が
「リトルロック」設計に携わったというのは時期的に整合性があります。
そしてこれを寄贈したのは、そのレイ・カールソンJr.軍曹。
クランプ造船所の技術者、チャールズ・F・カールソンと、
彼が手がけた「リトルロック」の乗組員に捧げられています。
というわけで、
孫か甥(レイ)が作った「リトルロック」のモデルシップを、
祖父(ジュニア)がバッファローの「リトルロック」に寄付をした。
彼の父親(曽祖父)はクランプで「リトルロック」を手がけた造船技師。
というのが、わたしがこのプラークから読み取ったストーリーです。
検証しようがないので間違ってたらごめんなさい。

アメリカ海軍標準仕様の24時間時計。
ウォッチついでに、海軍の見張り(自衛隊ももちろん)「ワッチ」は、
アメリカでは「ウォッチキーピング」「ウォッチスタンディング」です。
このウォッチシステムは、24時間船を動かすためのシフトですが、
軍艦と商船、さらに軍艦の中でも潜水艦は独自のシフトを持ちます。
これは、乗組員がさまざまなシフトで任務を交代して行うことで、
全員が深夜や早朝などの勤務を公平に務めるための仕組みです。

1、電話帳
電話帳ですが、おそらくは艦内電話用でしょう。
「第6艦隊旗艦」とあるので、ガエタを母港としていた頃です。
2、電話帳
カミングス少尉のサイン入り。
3、号笛(サイドパイプ)
英語ではボースンズ・ホイッスル(boatswain's whistle)といい、
号笛のことをBoatswain's callといいます。
パイプには「シャックル」という丸い輪が付いており、
ここに鎖などを結びつけて襟もとに掛けたりします。
このサイドパイプには、組紐が結びつけられていますが、
サイドパイプの紐と気が付かず、7、と番号を打ってしまいました。
4、CLG-4の「リトルロック」パッチ
ミサイル巡洋艦になってから制定されたパッチには、
「 PRIDE IN ACHIEVEMENT」(達成する誇り)とあります。
5、第6艦隊旗艦パッチ
COMSIXTHFLT「モータープール」パッチと説明あり。
モータープールはおそらく当時の第6艦隊のあだ名だと思うのですが、
なぜモータープールなのかまでは調べたけれどわかりませんでした。
まあ確かに艦隊が軍港に係留されている様子はモータープールですが。
あらためて書いておくと、第六艦隊=ヨーロッパ・アフリカ方面艦隊です。
今でもイタリアのガエタが旗艦の母港であり、旗艦を務めたのは、
「ニューポートニューズ」を初代として「リトルロック」は7代目。
現在の「マウント・ホイットニー」は14代目となります。

USS「マウント・ホイットニー」LCC/JCC20
LCCはAmphibious Command Ship、揚陸指揮艦を表します。
第6艦隊の旗艦は代々巡洋艦でしたが、初めて駆逐艦母艦、
「ピュージェット・サウンド」AD-38が旗艦になって以降、
「コロナド」「ラサール」など、揚陸艦が充てられるようになりました。
6、キャンバスベルト
バックルのないタイプの布ベルトです。どのようなシチュエーションで用いられるものかはわかりませんでした。
続く。