始めてみたら面白かったので、「リトルロック」艦内に展示されていた
駐留米兵コンビのカートゥーン、「東京帰りの俺たち」、原題
When We Get Back Home
の続きをご紹介していきます。
何しろ1950年台の話なので、今日では日本人ですら、
へえ、この頃ってそうだったの?という内容も多々あります。
ちなみにこの頃ドルは不動の360円だったんですね。
■イケバナ
"なんて呼ばれようと綺麗な花なんだし、
気持ち悪く(Ike-bana/ Icky=きもい)なんかないよね”
和室の「ICHI-BAN」目立つ装飾は生け花である。それは、心を込めて、ある種の献身さえもって行われる芸術である。
アダムとイヴのように、生け花にも男性と女性のスタイルがある。
(1)アレンジメントは天、人、地を象徴するようにしなければならない
(2)一番上の小枝は天を象徴し、
(3)左側の曲がった小枝は人を象徴し、
(4)枝の一番下の小枝は地を象徴し、右側にある。
そのため、花と花瓶の高さは正確でなければならない。
洗練されたシンプルさは日本美術の特徴であり、生け花も例外ではない。
サーヴィスマンにとっては、その工程は少々複雑に見え、
計算された植物の美しさに驚嘆する。
しかし、その驚きはやがて感嘆に変わり、彼もまた、
花びらのついた小枝を愛おしそうに積み重ねている自分に気づくのである。
■こたつ
”確かに面白いけど・・もうガス暖炉をつけましょうよ!”
日本の冬には雪はほとんど降らないが、それでも冬は寒く厳しい。
日本人は、暖炉やストーブのような機械的な暖房がない代わりに、タクサン(takusan)の服を着ることで補っている。下着、シャツ、上着は少なくとも平常時の2倍になる。
炭の容器は実際には手を温めるくらいしか役に立たないので、日本人はコタツと呼ばれる足温器も持っている。これは木製の骨組みに炭を入れた四角い小さな箱である。足の指を温めるものとしては、「SUTEKI」なものである。
そして最も寒い日でも、しっかりと着込んで座り、火鉢で手を温め、
こたつで足を温め、掛け布団にくるまれている日本人は、
ウォルドーフアストリアの最も裕福な住人のように暖かく快適である!
しかし、ガス炉の循環熱に慣れているアメリカ人の中には、火鉢の爽快な雰囲気を理解できない人もいるかもしれない。
■物干し竿
”確かに・・そう教えたけど・・でもなんで一番いい釣り竿を使うの?”
日本人は、洗濯物を干すのにとても巧妙な方法を知っている。
洗濯物をロープの物干し竿に干すこともあるが、たいていは竹竿を使う。
竹竿を衣類の袖やズボンの足に通すと、
まるでファッショナブルな案山子のように見える。
このように干すと、風が通り抜けて乾きが早い。
物干し竿は、日本が世界に誇る商品である竹が提供する、
数多くのサービスのひとつにすぎない。
他にも、箸、雨傘、弓矢、日傘、絵筆、農夫の籠、配水管、
ハンドバッグ、そして家屋の装飾品など、数え上げたらきりがない。
洗濯の日に家に戻った軍人の妻は、竹を便利だとは思わないかもしれないが、帰還した夫にとっては残念なことに、
彼女は日本式に洗い物を干すことはやめないだろう。
■鯉のぼり
”これで皆、うちに男の子がいるってわかるんだ!”
日本では、10歳未満の男の子がいる家庭では、
毎年5月5日になると、家々に新たな彩りが加わる。
色鮮やかな大きな紙の鯉のぼりが、家の屋根や庭に立てられた
長いポールの上から空高く舞い上がる、男の子の節句だ。
風船のように膨らんだ鯉のぼりが空に舞い上がり、まるで泳いでいるように見える。
通常、一家の息子の数だけ鯉のぼりをあげ、
年齢が上の子ほど大きな鯉のぼりを上げる。
鯉のぼりは、成長する少年の象徴としてふさわしいシンボルだ。
波に勝つ力強さは少年の野心を象徴しているからだろう。
男の子の節句は、日本で祝われる数多くの祭りのうちの1つにすぎない。
他にも、年間を通して数多くの祭日があるが、3月3日のひな祭りには、
女児が代々受け継がれてきた美しい雛人形を家の一番良い部屋に飾る。
祭日は楽しい時間であり、誰も仲間外れになることはない。
なぜなら、日本には、あらゆるものや人々を称えるための時間があるからだ。
■風呂敷
”見て!パパはまたお買い物に行ってるわよ!”
日本で買い物をするのは、目を見張るような体験だ。
東京、大阪、横浜などの大都市にある大型店を除いて、
日本の店はどこも小さく、商品でぎっしり埋め尽くされている。
店内は買い物客が身動きできないほど混雑しており、
商品が陳列棚からあふれ、歩道まで広がる光景もよく見かける。
店の中は、カーニバルのような雰囲気で、商品が所狭しと並べられ、
色とりどりで、目を引くものすべてがわかりやすく陳列されている。
日本人は買い物に出かけると、袋や箱を抱えて帰ってくるわけではない。
代わりに、鮮やかな色の大きな四角い布(風呂敷)を持っていき、
その四隅を結び合わせて持ち手とし、その中に購入した品物を包む。
典型的な買い物客である典型的なマダムが、鮮やかな着物を身にまとい、
色鮮やかな買い物袋を手に、小さな商店を回る姿は、カラフルな絵になる。
そして、日本に長く滞在する軍人は、すぐに
自分だけの小さな買い物袋を手に入れるだろう。
■円に慣れすぎる
”13ドルだって?それって何円?”
軍人が日本に上陸すると、ドル、ダイム、ニッケルに別れを告げ、日本の通貨である円に挨拶の挨拶をする。
1ドルは360円の価値があり、さまざまな形や大きさがある。
紙幣は1円、10円、50円、100円、500円、1000円が発行されており、
1円、5円、10円の硬貨もある。
円紙幣は大きく、100枚単位でも山のように積み上げることができるが、
それでも町で用を足すには十分な額ではない。
1円札では、女の子のジェットヘア用の小さなリボンさえ買えないので、
ほとんど価値のない通貨である。
日本の商人と取引する際、GIの頭脳はかなり酷使される。
彼は常に、円の価格をドルの価格に換算する。
そして、1ドル360円という数字を、例えば9,250円という円に換算する時には完全に頭が混乱してしまう。
■軍人票専用財布
”これって『綺麗なバッグ』じゃなくて円用の財布なんです”
給料日やその翌日には、膨大な量の円を大量に持ち歩くだけでなく、軍人は軍の支払い証明書も持ち歩くことになる。
米国の軍事施設内で、米国の権限のある人員のみが使用するMPCは、
モノポリーのお金と驚くほどよく似ている。
円と軍票の両方の通貨を持ち歩くため、軍人の財布はすぐにいっぱいになり、
ポケットサイズの札入れは不釣り合いに膨れ上がり、
腰のポケットは重みでたるんでしまうほどだ。
この頃、「ミスター・マネーバッグ」はより大きな
「マネーバッグ」を見つけることを決意する。
そして、彼はそれを手に入れ、貨幣輸送の問題はかなり緩和される。
彼がドルとコインの国に戻り、以前の円の財布が披露されても、
人々はそれがただ大きくなった財布だと疑わないかもしれない。
女性たちは、それがマダムの最新のハンドバッグだと勘違いしがちだ。
■暖簾![]()
(退役軍人ジョーのカフェ)" ねえジョー、君の新しいお店のサインだけど、
これって破れてると思われないかな?”
大きな看板に掲げられた数本のネオン管と燃えるようなバナーに、
日本ではお店の名前が書かれている。
名前が書かれているのは真ん中で割った大きな四角い布、暖簾だ。
暖簾は入り口の前に垂れ下がっていて、入店するとまず目に飛び込んでくる。(飲み屋を回っているときは気づかないかもしれない。
尤もそんな時には耳元で21砲が鳴り響いても気づかないだろうけど)
暖簾は、客が入るときに簡単に開くように、真ん中で分かれている。
日本の店舗やレストラン、飲み屋に不慣れな人は、
破れたり、裂けたりしているのは仕様ではないと思いがちだ。
暖簾は、店の名前や商品の宣伝をするだけでなく、日本語の文字で「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」と主張していたり、「まいどありがとうございます」と書いてあることもある。
客が入店した際に従業員が歌うようにしてこの言葉を伝える場合もあり、
映画館では、上映後、案内係の女性たちが客にこの言葉を叫び始める。
このような言葉の挨拶を向けられると、サービスを受けた人は、
その場所にまた戻ってくるのが待ち遠しくなる。
■ 箸を使いこなす
”これ何に使うの?”
何度もひっくり返したり、転ばせたりして、驚くほどの洗濯代を払った後、
そのGIは「日本のシルバーウェア」つまり箸の扱い方を習得する。
習得の過程では、多くの恥ずかしい瞬間があったが、練習と忍耐はいつかは報われる。
そして、米を挟むとき、肉や野菜をつかむときに、
最高の腕前を発揮するGIの報酬は、自分に対する誇らしさだ。
木の箸は、まるで大きな木片のようなもので、日本人はよくこれを使う。
箸はほとんどお金をかけず購入でき、食事後は簡単に捨てることができる。
プラスチック製や牛の角、馬の骨でできた凝った箸もあって、
日本の食卓に彩りを添える役目をする。色とりどりの鮮やかな色で、龍や花の美しいデザインのものもある。
「郷に入れば郷に従え」という格言に従うサービスマンは、
すぐに箸と親しくなり、ナイフとフォークに疎い人になってしまう。
■箸のアメリカでの利用法
”でも君さ、それは編み物には使えないんじゃないかな!”
軍人が米国に帰国するとき、日本での思い出の品をたくさん持って帰る。
お土産リストの一番人気は、箸だろう。
陶磁器やシルクのパジャマと並んで、
箸は本国の人々にとって驚きと喜びの品だ。
(彼らのありがちな表現は、『一体これは何?』)
しかし、帰国軍人からきちんと教え込まれていない限り、
アメリカ人はその目的を完全に理解できないかもしれない。
彼らは、その箸を他の用途に使おうとするかもしれない。
父親や兄弟がハイボールを混ぜるのに使おうとするかもしれないし、
母親や妻が、その箸を編み物の針として使おうとするかもしれない。
飲み物を混ぜられてもセーターを編むことはできないと気づくだろうけど。
軍人は、家人が時にとても奇妙な行動をとることを知る。So desu。(That's Right.)
■正絹と”ただの絹”
”ふーん、ただのシルクか”
「故郷からの手紙」は、GIたちに、家族がありがちな日本土産
(ティーセット、絵画、日本人形、扇子、象牙の彫刻、カメラ、双眼鏡など)
のほかに、母親はナイトガウン(できれば正絹のもの)を、
父親はスモーキングジャケット( できれば裏地は正絹)を、
妹はパジャマ(できれば赤い可愛い正絹の)を、弟はジャケット
(背中に大きな緑の龍の絵が描かれた正絹の)
を希望していることを思い出させずにいられない。
幸いにも(あるいは残念ながら)、GIは
このような素晴らしい衣類を購入するのにふさわしい国にいる。
そして、その費用もそれほど恐ろしい額ではない。
ナイロン、レーヨン、錦織りの美しい服もあるが、やはり一番は正絹の服だ。
それらに目を奪われた家族は、たいてい欲しいものを手に入れる。
軍人はすぐに正絹を当たり前と思うようになり、
例えば普通の絹織物などにはあまり興味を示さなくなる。
■扇子とうちわ
![]()
”エアコンだよ。ふうーー”
扇子は、暑さを吹き飛ばすだけでなく、日本人のために様々な役割を果たす。
炭火を起こすために使われる。ビジネスや商品の宣伝にも使われる。
ファッショナブルなショップで買い物をした際の特別なプレゼントにもなる。
相撲の行司が使う商売道具でもある。
扇子は割竹を紙で美しく装飾したもので、あらゆる色や模様がある。
無地のものや、朝焼けや花、富士山がデザインされたもの。
小さいもの、大きいもの、安いもの、高いもの、素晴らしいものもある。
折りたたみ式の扇子、常に開いた状態の団扇もある。
昔の日本人は、扇子を持たない限り、正装と見做されなかった。
今でも、花嫁の婚礼衣装には欠かせないものである。
扇子を愛用するのは女性だけではない。
男性も扇子を持ち歩き、普通に使う。
7月から9月にかけての日本の猛暑の時期には、風を切る音が響き渡る。
その音の一部は、パパサンに具合がよければ自分にとっても良いものだ、
と考えるサービスマンによって奏でられる。
■折り紙
”僕が日本で学んだ最もエキサイティングな技術なんだ!”
日本人のハンカチーフ、クリネックスとトイレットペーパーに相当するのは、
Chirigami ちり紙、またはSakura gami 桜紙である。
ちり紙は無地で安価、桜紙は滑らかで高価だ。
鼻をかんだり、口紅を拭いたり、その他の用途のため日本人は持ち歩く。
ママサンは胸元で折り返した着物の内側にそれを忍ばせている。
パパさんはポケットにそれを詰め込んでいる。
ガールサンはハンドバッグにそれを入れている。
しかし、彼らの紙の中で最も優れているのは折り紙(folding paper)だ。
子供たち、そして年配の人たちも、折り紙でとても楽しい時間を過ごす。
紙を帽子や箱、人形、船、鳥などに折る。
折り紙は白や青、緑、赤、琥珀色、黄色などがあり、色のバリエーションは、
特に若者たちの間での折り紙の人気に劣らないほど幅広い。
他のことと同様、GIたちは、そこにこれまでになかった楽しい娯楽を見出す。
そしてそれ以降、彼も折り紙アーティストの創造的な世界に足を踏み入れる。
■日本式入浴
![]()
石鹸会社は浮く石鹸を宣伝しているが、石鹸が浮くかどうかは日本人にとってはあまり重要ではない。
そもそも彼らは石鹸を浴槽で使うことはないので、
石鹸が水面に浮くか、それとも水面から消えるかなど気にもとめないのだ。
日本人は、浴槽に入る前に体を完全に石鹸で洗う。
そして、小さなバケツ一杯分の水を体にかけ、体をピカピカに洗い流す。
このようにバスタブに入る前に体を洗うのは良い習慣だが、
シャワーの前に体を洗うのはお勧めできない。
なぜならときどきシャワーは水が出ないこともあるから、
そうなると、被害者は頭からつま先まで石鹸まみれになり、
目をぎらぎらさせながら立ち尽くすことになるからだ。
(筆者注:これは海軍のシャワーを知っている知人から聞いた話である。
しかし、陸軍、空軍、海兵隊のシャワーにも当てはまると思われる。)
浴槽の外で石鹸を塗り、すすぎを終えると、日本人は浴槽に入る。
そして、それはとても熱い。
あとはただ座ってリラックスするだけ。
なぜなら、こすったりこすられたりする作業はすべて終わっているからだ。
入浴が終わっても、浴槽の湯を空にする必要はない。
なぜなら、家族の一人一人が次々と同じ湯を使うからだ。
OYU=お湯は無駄にしてはいけないのだ。
日本の銭湯には、垢すりをしてくれる「ガールサン」がいるところもある。
彼女は、浴槽に片足を入れかけたものの、
残りを蒸し湯の中へ引きずり込む勇気が出ない入浴客の肩を、
誘い言葉も感謝もなしに、押し下げて無理やり座らせる。
■和式”ベンジョ”の向かう先
”修理ができたら、僕たちそれでどこに行くの?”
日本での生活は、軍人にとって魅力的な体験である。この国の習慣に関する彼の学びには休みがない。彼は常に新しい行動のルールを学んでいる。
このような学習は、行動が通常は二の次になる狭い部屋でも続く。
米国のトイレには何の挑戦性もない。
その構造は椅子のようである。
しかし、しばしば便所と呼ばれる日本式トイレは、独自のクラスに属する。
それは床に開いた小さな陶磁器で縁取られた穴である。
その片側の端だけが持ち上げられており、その唯一の目的は、
人が自分の位置を確認できるようにすることである。
このトイレに不慣れな人は、単純な問題に直面する。
それは、北を向いているのか、南なのか、東なのか、西なのか、
という問題である。
実際には、人は何も掴まらず、経験や勘、あるいは運を頼りに、
便器の持ち上がった端に向き合わなければならない。
しかし、日本の便所に不慣れな人は、たいていどこかの方向を向いて終わる。
その決断は、内なる動機によって促される。
■人力車
”さあ、これで君も自分でお小遣いを稼げるよ”
人力車と車夫は、急速に過去のものとなりつつある。
鎌倉のような神社が点在する趣のある町では、
今でも人力車の車夫を数人見かけることができるが、
ほとんどの車夫は東洋の風景から姿を消してしまった。
人力車の車夫はSukoshi=少し楽になったかもしれない。
自転車で車を引くから今では乗客を乗せてペダルを漕ぐだけだ。
人力車の一部にはモーターが取り付けられたものもあり、
これは間違いなく新しい素晴らしい時代の幕開けを告げるものだ。
道が上り坂になると、人力車の車夫は息を弾ませ、
下り坂では満足そうに微笑む。
車輪が回り続ける間、乗客はゆったりと座り日光を浴びながら景色を楽しむ。
電車やタクシーの方が速いが、ちょっとした移動には人力車が便利だ。100円(約2ドル)で長い距離を移動できる。
日本は雨が多いが、その時人力車の車夫は幌をバギーにかける。
乗客は長方形のテントのような場所に座るが、それは
まるで赤ちゃんがお母さんの背中に乗っているような居心地の良さだ。
■おんぶにだっこ
”正直言って、子供たちはもう十分大きいから歩けると思うの”
日本で、GIは、生後2か月にも満たないような非常に幼い赤ちゃんが
母親の背中にしっかりと抱きついているのを目にすることが非常に多い。
彼はこう思う。あのおんぶされた赤ちゃんは大丈夫だろうか? 赤ちゃんは不快で怖がっていないだろうか?
すると、お母さんが赤ちゃんの方を振り向き、安心させるように微笑む。それを見ると、大丈夫だと分かる。赤ちゃんが泣いても、お母さんはただ前後に揺れるだけだ。
その体の動きは、どんなロッキングチェアや揺りかごよりも、
はるかに優れた子守唄の役割を果たす。
日本のお母さんの90パーセントは「おんぶ」の習慣に従う。
長距離を移動する際には、お母さんは赤ちゃんを乳母車に乗せて運ぶが、
近距離の移動では、インド式に赤ちゃんを抱っこする方が簡単で早いのだ。
アメリカでは、子供たちが父親におんぶしてもらうのはたまの贅沢である。
しかし日本ではおんぶは日常的な光景であり、子供たちはあまり感動しない。
■下駄の素晴らしさ
”パパが正解よ。これだと足は絶対濡れないもの”
日本では、靴を履く人がますます増えている。しかし、特に田舎の人々や年配の生粋の日本人には、
下駄を履くことに固執する人も多い。
下駄は、鼻緒をはさんだ木製の台で、親指と人差し指の間に挟んで履く。
鼻緒はビロードや木綿、絹の錦織物でできており、
足の裏に心地よくフィットする。
この変わった日本の履物は、東洋人の目にはきらきらと輝いて見える。
履物を脱ぐことの方が多いこの国では、非常に実用的な履物である。日本の2歳児や3歳児も下駄を履いている。下駄を履くことに初めは苦労していた軍人たちは、
子供たちが下駄を履いてスイスイと歩いているのを見て、
驚き、そして少し恥ずかしく思ったりする。
下駄は木でできているため、西洋のラジオ番組で最高の音響係が手がけた
最高の効果を上回るカランコロンという音を立てる。
また、雨の日は、足全体を覆う特別な上履き付きの下駄があるので便利だ。
靴は濡れ、足も湿るが、木の台に足を乗せると、
アジア的な奔放さで水たまりを歩き回ることができる。
続く。
駐留米兵コンビのカートゥーン、「東京帰りの俺たち」、原題
When We Get Back Home
の続きをご紹介していきます。
何しろ1950年台の話なので、今日では日本人ですら、
へえ、この頃ってそうだったの?という内容も多々あります。
ちなみにこの頃ドルは不動の360円だったんですね。
■イケバナ

気持ち悪く(Ike-bana/ Icky=きもい)なんかないよね”
和室の「ICHI-BAN」目立つ装飾は生け花である。それは、心を込めて、ある種の献身さえもって行われる芸術である。
アダムとイヴのように、生け花にも男性と女性のスタイルがある。
(1)アレンジメントは天、人、地を象徴するようにしなければならない
(2)一番上の小枝は天を象徴し、
(3)左側の曲がった小枝は人を象徴し、
(4)枝の一番下の小枝は地を象徴し、右側にある。
そのため、花と花瓶の高さは正確でなければならない。
洗練されたシンプルさは日本美術の特徴であり、生け花も例外ではない。
サーヴィスマンにとっては、その工程は少々複雑に見え、
計算された植物の美しさに驚嘆する。
しかし、その驚きはやがて感嘆に変わり、彼もまた、
花びらのついた小枝を愛おしそうに積み重ねている自分に気づくのである。
■こたつ

日本の冬には雪はほとんど降らないが、それでも冬は寒く厳しい。
日本人は、暖炉やストーブのような機械的な暖房がない代わりに、タクサン(takusan)の服を着ることで補っている。下着、シャツ、上着は少なくとも平常時の2倍になる。
炭の容器は実際には手を温めるくらいしか役に立たないので、日本人はコタツと呼ばれる足温器も持っている。これは木製の骨組みに炭を入れた四角い小さな箱である。足の指を温めるものとしては、「SUTEKI」なものである。
そして最も寒い日でも、しっかりと着込んで座り、火鉢で手を温め、
こたつで足を温め、掛け布団にくるまれている日本人は、
ウォルドーフアストリアの最も裕福な住人のように暖かく快適である!
しかし、ガス炉の循環熱に慣れているアメリカ人の中には、火鉢の爽快な雰囲気を理解できない人もいるかもしれない。
■物干し竿

日本人は、洗濯物を干すのにとても巧妙な方法を知っている。
洗濯物をロープの物干し竿に干すこともあるが、たいていは竹竿を使う。
竹竿を衣類の袖やズボンの足に通すと、
まるでファッショナブルな案山子のように見える。
このように干すと、風が通り抜けて乾きが早い。
物干し竿は、日本が世界に誇る商品である竹が提供する、
数多くのサービスのひとつにすぎない。
他にも、箸、雨傘、弓矢、日傘、絵筆、農夫の籠、配水管、
ハンドバッグ、そして家屋の装飾品など、数え上げたらきりがない。
洗濯の日に家に戻った軍人の妻は、竹を便利だとは思わないかもしれないが、帰還した夫にとっては残念なことに、
彼女は日本式に洗い物を干すことはやめないだろう。
■鯉のぼり

日本では、10歳未満の男の子がいる家庭では、
毎年5月5日になると、家々に新たな彩りが加わる。
色鮮やかな大きな紙の鯉のぼりが、家の屋根や庭に立てられた
長いポールの上から空高く舞い上がる、男の子の節句だ。
風船のように膨らんだ鯉のぼりが空に舞い上がり、まるで泳いでいるように見える。
通常、一家の息子の数だけ鯉のぼりをあげ、
年齢が上の子ほど大きな鯉のぼりを上げる。
鯉のぼりは、成長する少年の象徴としてふさわしいシンボルだ。
波に勝つ力強さは少年の野心を象徴しているからだろう。
男の子の節句は、日本で祝われる数多くの祭りのうちの1つにすぎない。
他にも、年間を通して数多くの祭日があるが、3月3日のひな祭りには、
女児が代々受け継がれてきた美しい雛人形を家の一番良い部屋に飾る。
祭日は楽しい時間であり、誰も仲間外れになることはない。
なぜなら、日本には、あらゆるものや人々を称えるための時間があるからだ。
■風呂敷

日本で買い物をするのは、目を見張るような体験だ。
東京、大阪、横浜などの大都市にある大型店を除いて、
日本の店はどこも小さく、商品でぎっしり埋め尽くされている。
店内は買い物客が身動きできないほど混雑しており、
商品が陳列棚からあふれ、歩道まで広がる光景もよく見かける。
店の中は、カーニバルのような雰囲気で、商品が所狭しと並べられ、
色とりどりで、目を引くものすべてがわかりやすく陳列されている。
日本人は買い物に出かけると、袋や箱を抱えて帰ってくるわけではない。
代わりに、鮮やかな色の大きな四角い布(風呂敷)を持っていき、
その四隅を結び合わせて持ち手とし、その中に購入した品物を包む。
典型的な買い物客である典型的なマダムが、鮮やかな着物を身にまとい、
色鮮やかな買い物袋を手に、小さな商店を回る姿は、カラフルな絵になる。
そして、日本に長く滞在する軍人は、すぐに
自分だけの小さな買い物袋を手に入れるだろう。
■円に慣れすぎる

軍人が日本に上陸すると、ドル、ダイム、ニッケルに別れを告げ、日本の通貨である円に挨拶の挨拶をする。
1ドルは360円の価値があり、さまざまな形や大きさがある。
紙幣は1円、10円、50円、100円、500円、1000円が発行されており、
1円、5円、10円の硬貨もある。
円紙幣は大きく、100枚単位でも山のように積み上げることができるが、
それでも町で用を足すには十分な額ではない。
1円札では、女の子のジェットヘア用の小さなリボンさえ買えないので、
ほとんど価値のない通貨である。
日本の商人と取引する際、GIの頭脳はかなり酷使される。
彼は常に、円の価格をドルの価格に換算する。
そして、1ドル360円という数字を、例えば9,250円という円に換算する時には完全に頭が混乱してしまう。
■軍人票専用財布

給料日やその翌日には、膨大な量の円を大量に持ち歩くだけでなく、軍人は軍の支払い証明書も持ち歩くことになる。
米国の軍事施設内で、米国の権限のある人員のみが使用するMPCは、
モノポリーのお金と驚くほどよく似ている。
円と軍票の両方の通貨を持ち歩くため、軍人の財布はすぐにいっぱいになり、
ポケットサイズの札入れは不釣り合いに膨れ上がり、
腰のポケットは重みでたるんでしまうほどだ。
この頃、「ミスター・マネーバッグ」はより大きな
「マネーバッグ」を見つけることを決意する。
そして、彼はそれを手に入れ、貨幣輸送の問題はかなり緩和される。
彼がドルとコインの国に戻り、以前の円の財布が披露されても、
人々はそれがただ大きくなった財布だと疑わないかもしれない。
女性たちは、それがマダムの最新のハンドバッグだと勘違いしがちだ。
■暖簾

(退役軍人ジョーのカフェ)" ねえジョー、君の新しいお店のサインだけど、
これって破れてると思われないかな?”
大きな看板に掲げられた数本のネオン管と燃えるようなバナーに、
日本ではお店の名前が書かれている。
名前が書かれているのは真ん中で割った大きな四角い布、暖簾だ。
暖簾は入り口の前に垂れ下がっていて、入店するとまず目に飛び込んでくる。(飲み屋を回っているときは気づかないかもしれない。
尤もそんな時には耳元で21砲が鳴り響いても気づかないだろうけど)
暖簾は、客が入るときに簡単に開くように、真ん中で分かれている。
日本の店舗やレストラン、飲み屋に不慣れな人は、
破れたり、裂けたりしているのは仕様ではないと思いがちだ。
暖簾は、店の名前や商品の宣伝をするだけでなく、日本語の文字で「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」と主張していたり、「まいどありがとうございます」と書いてあることもある。
客が入店した際に従業員が歌うようにしてこの言葉を伝える場合もあり、
映画館では、上映後、案内係の女性たちが客にこの言葉を叫び始める。
このような言葉の挨拶を向けられると、サービスを受けた人は、
その場所にまた戻ってくるのが待ち遠しくなる。
■ 箸を使いこなす

何度もひっくり返したり、転ばせたりして、驚くほどの洗濯代を払った後、
そのGIは「日本のシルバーウェア」つまり箸の扱い方を習得する。
習得の過程では、多くの恥ずかしい瞬間があったが、練習と忍耐はいつかは報われる。
そして、米を挟むとき、肉や野菜をつかむときに、
最高の腕前を発揮するGIの報酬は、自分に対する誇らしさだ。
木の箸は、まるで大きな木片のようなもので、日本人はよくこれを使う。
箸はほとんどお金をかけず購入でき、食事後は簡単に捨てることができる。
プラスチック製や牛の角、馬の骨でできた凝った箸もあって、
日本の食卓に彩りを添える役目をする。色とりどりの鮮やかな色で、龍や花の美しいデザインのものもある。
「郷に入れば郷に従え」という格言に従うサービスマンは、
すぐに箸と親しくなり、ナイフとフォークに疎い人になってしまう。
■箸のアメリカでの利用法

軍人が米国に帰国するとき、日本での思い出の品をたくさん持って帰る。
お土産リストの一番人気は、箸だろう。
陶磁器やシルクのパジャマと並んで、
箸は本国の人々にとって驚きと喜びの品だ。
(彼らのありがちな表現は、『一体これは何?』)
しかし、帰国軍人からきちんと教え込まれていない限り、
アメリカ人はその目的を完全に理解できないかもしれない。
彼らは、その箸を他の用途に使おうとするかもしれない。
父親や兄弟がハイボールを混ぜるのに使おうとするかもしれないし、
母親や妻が、その箸を編み物の針として使おうとするかもしれない。
飲み物を混ぜられてもセーターを編むことはできないと気づくだろうけど。
軍人は、家人が時にとても奇妙な行動をとることを知る。So desu。(That's Right.)
■正絹と”ただの絹”

「故郷からの手紙」は、GIたちに、家族がありがちな日本土産
(ティーセット、絵画、日本人形、扇子、象牙の彫刻、カメラ、双眼鏡など)
のほかに、母親はナイトガウン(できれば正絹のもの)を、
父親はスモーキングジャケット( できれば裏地は正絹)を、
妹はパジャマ(できれば赤い可愛い正絹の)を、弟はジャケット
(背中に大きな緑の龍の絵が描かれた正絹の)
を希望していることを思い出させずにいられない。
幸いにも(あるいは残念ながら)、GIは
このような素晴らしい衣類を購入するのにふさわしい国にいる。
そして、その費用もそれほど恐ろしい額ではない。
ナイロン、レーヨン、錦織りの美しい服もあるが、やはり一番は正絹の服だ。
それらに目を奪われた家族は、たいてい欲しいものを手に入れる。
軍人はすぐに正絹を当たり前と思うようになり、
例えば普通の絹織物などにはあまり興味を示さなくなる。
■扇子とうちわ

”エアコンだよ。ふうーー”
扇子は、暑さを吹き飛ばすだけでなく、日本人のために様々な役割を果たす。
炭火を起こすために使われる。ビジネスや商品の宣伝にも使われる。
ファッショナブルなショップで買い物をした際の特別なプレゼントにもなる。
相撲の行司が使う商売道具でもある。
扇子は割竹を紙で美しく装飾したもので、あらゆる色や模様がある。
無地のものや、朝焼けや花、富士山がデザインされたもの。
小さいもの、大きいもの、安いもの、高いもの、素晴らしいものもある。
折りたたみ式の扇子、常に開いた状態の団扇もある。
昔の日本人は、扇子を持たない限り、正装と見做されなかった。
今でも、花嫁の婚礼衣装には欠かせないものである。
扇子を愛用するのは女性だけではない。
男性も扇子を持ち歩き、普通に使う。
7月から9月にかけての日本の猛暑の時期には、風を切る音が響き渡る。
その音の一部は、パパサンに具合がよければ自分にとっても良いものだ、
と考えるサービスマンによって奏でられる。
■折り紙

日本人のハンカチーフ、クリネックスとトイレットペーパーに相当するのは、
Chirigami ちり紙、またはSakura gami 桜紙である。
ちり紙は無地で安価、桜紙は滑らかで高価だ。
鼻をかんだり、口紅を拭いたり、その他の用途のため日本人は持ち歩く。
ママサンは胸元で折り返した着物の内側にそれを忍ばせている。
パパさんはポケットにそれを詰め込んでいる。
ガールサンはハンドバッグにそれを入れている。
しかし、彼らの紙の中で最も優れているのは折り紙(folding paper)だ。
子供たち、そして年配の人たちも、折り紙でとても楽しい時間を過ごす。
紙を帽子や箱、人形、船、鳥などに折る。
折り紙は白や青、緑、赤、琥珀色、黄色などがあり、色のバリエーションは、
特に若者たちの間での折り紙の人気に劣らないほど幅広い。
他のことと同様、GIたちは、そこにこれまでになかった楽しい娯楽を見出す。
そしてそれ以降、彼も折り紙アーティストの創造的な世界に足を踏み入れる。
■日本式入浴

石鹸会社は浮く石鹸を宣伝しているが、石鹸が浮くかどうかは日本人にとってはあまり重要ではない。
そもそも彼らは石鹸を浴槽で使うことはないので、
石鹸が水面に浮くか、それとも水面から消えるかなど気にもとめないのだ。
日本人は、浴槽に入る前に体を完全に石鹸で洗う。
そして、小さなバケツ一杯分の水を体にかけ、体をピカピカに洗い流す。
このようにバスタブに入る前に体を洗うのは良い習慣だが、
シャワーの前に体を洗うのはお勧めできない。
なぜならときどきシャワーは水が出ないこともあるから、
そうなると、被害者は頭からつま先まで石鹸まみれになり、
目をぎらぎらさせながら立ち尽くすことになるからだ。
(筆者注:これは海軍のシャワーを知っている知人から聞いた話である。
しかし、陸軍、空軍、海兵隊のシャワーにも当てはまると思われる。)
浴槽の外で石鹸を塗り、すすぎを終えると、日本人は浴槽に入る。
そして、それはとても熱い。
あとはただ座ってリラックスするだけ。
なぜなら、こすったりこすられたりする作業はすべて終わっているからだ。
入浴が終わっても、浴槽の湯を空にする必要はない。
なぜなら、家族の一人一人が次々と同じ湯を使うからだ。
OYU=お湯は無駄にしてはいけないのだ。
日本の銭湯には、垢すりをしてくれる「ガールサン」がいるところもある。
彼女は、浴槽に片足を入れかけたものの、
残りを蒸し湯の中へ引きずり込む勇気が出ない入浴客の肩を、
誘い言葉も感謝もなしに、押し下げて無理やり座らせる。
■和式”ベンジョ”の向かう先

日本での生活は、軍人にとって魅力的な体験である。この国の習慣に関する彼の学びには休みがない。彼は常に新しい行動のルールを学んでいる。
このような学習は、行動が通常は二の次になる狭い部屋でも続く。
米国のトイレには何の挑戦性もない。
その構造は椅子のようである。
しかし、しばしば便所と呼ばれる日本式トイレは、独自のクラスに属する。
それは床に開いた小さな陶磁器で縁取られた穴である。
その片側の端だけが持ち上げられており、その唯一の目的は、
人が自分の位置を確認できるようにすることである。
このトイレに不慣れな人は、単純な問題に直面する。
それは、北を向いているのか、南なのか、東なのか、西なのか、
という問題である。
実際には、人は何も掴まらず、経験や勘、あるいは運を頼りに、
便器の持ち上がった端に向き合わなければならない。
しかし、日本の便所に不慣れな人は、たいていどこかの方向を向いて終わる。
その決断は、内なる動機によって促される。
■人力車

人力車と車夫は、急速に過去のものとなりつつある。
鎌倉のような神社が点在する趣のある町では、
今でも人力車の車夫を数人見かけることができるが、
ほとんどの車夫は東洋の風景から姿を消してしまった。
人力車の車夫はSukoshi=少し楽になったかもしれない。
自転車で車を引くから今では乗客を乗せてペダルを漕ぐだけだ。
人力車の一部にはモーターが取り付けられたものもあり、
これは間違いなく新しい素晴らしい時代の幕開けを告げるものだ。
道が上り坂になると、人力車の車夫は息を弾ませ、
下り坂では満足そうに微笑む。
車輪が回り続ける間、乗客はゆったりと座り日光を浴びながら景色を楽しむ。
電車やタクシーの方が速いが、ちょっとした移動には人力車が便利だ。100円(約2ドル)で長い距離を移動できる。
日本は雨が多いが、その時人力車の車夫は幌をバギーにかける。
乗客は長方形のテントのような場所に座るが、それは
まるで赤ちゃんがお母さんの背中に乗っているような居心地の良さだ。
■おんぶにだっこ

日本で、GIは、生後2か月にも満たないような非常に幼い赤ちゃんが
母親の背中にしっかりと抱きついているのを目にすることが非常に多い。
彼はこう思う。あのおんぶされた赤ちゃんは大丈夫だろうか? 赤ちゃんは不快で怖がっていないだろうか?
すると、お母さんが赤ちゃんの方を振り向き、安心させるように微笑む。それを見ると、大丈夫だと分かる。赤ちゃんが泣いても、お母さんはただ前後に揺れるだけだ。
その体の動きは、どんなロッキングチェアや揺りかごよりも、
はるかに優れた子守唄の役割を果たす。
日本のお母さんの90パーセントは「おんぶ」の習慣に従う。
長距離を移動する際には、お母さんは赤ちゃんを乳母車に乗せて運ぶが、
近距離の移動では、インド式に赤ちゃんを抱っこする方が簡単で早いのだ。
アメリカでは、子供たちが父親におんぶしてもらうのはたまの贅沢である。
しかし日本ではおんぶは日常的な光景であり、子供たちはあまり感動しない。
■下駄の素晴らしさ

日本では、靴を履く人がますます増えている。しかし、特に田舎の人々や年配の生粋の日本人には、
下駄を履くことに固執する人も多い。
下駄は、鼻緒をはさんだ木製の台で、親指と人差し指の間に挟んで履く。
鼻緒はビロードや木綿、絹の錦織物でできており、
足の裏に心地よくフィットする。
この変わった日本の履物は、東洋人の目にはきらきらと輝いて見える。
履物を脱ぐことの方が多いこの国では、非常に実用的な履物である。日本の2歳児や3歳児も下駄を履いている。下駄を履くことに初めは苦労していた軍人たちは、
子供たちが下駄を履いてスイスイと歩いているのを見て、
驚き、そして少し恥ずかしく思ったりする。
下駄は木でできているため、西洋のラジオ番組で最高の音響係が手がけた
最高の効果を上回るカランコロンという音を立てる。
また、雨の日は、足全体を覆う特別な上履き付きの下駄があるので便利だ。
靴は濡れ、足も湿るが、木の台に足を乗せると、
アジア的な奔放さで水たまりを歩き回ることができる。
続く。