横須賀に駐留していた米海軍の軍人コンビが描いた
「不思議の国ニッポン」シリーズ、続きです。
■坊ちゃん刈り
![]()
”そうそう、こういうふうにして欲しかったんだ!!"
日本の子供たちは驚くほどお行儀が良い。GIは、彼らが泣いたり、騒いだりしているところをほとんど見たことがない。
彼らは比較的臆病で内気であり、気を引くには大抵相当な説得が必要だ。
(「お菓子、ガム、人形、野球ボールがあるよ!」)
多くの日本の子供たちは、初めて散髪をされるときでさえ、
じっと静かに座っている。
それは世界のあらゆる国々の親たちが証言する通り、奇跡に近い偉業である。
実際、散髪そのものが奇跡的ですらある。
日本の子供の髪型は典型的な「ボウル型」で、前髪を少し残すことで、
子供がかわいらしく見えるように工夫されている。
大統領夫人マミーは、アメリカで前髪ブームの火付け役となったが、
何百万人もの日本の赤ちゃんにはもう浸透済みだ。彼らにとっては、前髪は昔からあるものだから。
註:マミーMamieはアイゼンハワー夫人のこと。
彼女はファッションアイコンとして前髪を流行らせた。
こんなやつね
■日本の学生服![]()
"わかったパパ、着るよ。近所の子供を全員舐めるのを手伝ってくれたらね”
現在では、日本の学校で制服が必須という規則は少なくなったが、
それでも多くの日本の若者が制服を着用している。
男子の制服は洒落ていて、黒いコートとズボンに金色のボタン、学生帽だ。
子供たちはまるでミニチュアの列車の車掌のようだ。
極東に駐留するアメリカ海軍部隊にとっては屈辱的なことなのだが、
日本の女子生徒の中にも彼らと同じ制服を着用する一派がいる。
それは、大きな四角いセーラーカラーのついた紺のワンピースだ。
店や電車の中で、セーラー服の女子学生グループの隣に立つと、
彼女たちが自分の制服から水兵の制服へと視線を移すのに気づくだろう。
そんな時、彼女たちはクスクス笑いを決して我慢しない。
そして水兵たちは、古い伝統の服に固執する海軍を決して許すまじと思う。
アメリカの若者は、オーバーオール、Tシャツ、スニーカーで
学校にダッシュで駆け込むことを好む。しかし、もし彼の父親が日本に行ったことがあり、
もしその父親が息子に洋服をプレゼントしてくれたなら、
(「お」の有無に関わらず、それは日本の女の子が喜ぶものだ)
ジーンズは新しいものに置き換えられるかもしれない。
新しい服は、おそらくそれほど快適ではないかもしれないが、
ずっと目を引くことは間違いない。
■ リリパットの国
![]()
”自分が背が高いって思えた頃が懐かしいよ”
日本人が背が低いのは、床にしゃがむ習慣があるからだと言われている。
このような習慣は、昔の学校の教室でも一般的だった。
しかし、今日では学校でもその他の場所でも、
若者たちは椅子やベンチに座るので、彼らは背が伸びている。
屋外や屋内のゲームの活発なスケジュールだけでも、
より健康で、より強く、より背の高い身体が育まれつつある。
柔道は、日本では有名なスポーツだ。
そして、GIは(比喩的に言えば試合を見ている時、文字通りには試合に参加している時)小柄で無害そうな人々が繰り広げる試合の巧みさに驚嘆する。
身長6フィート(約180センチ)以上のアメリカ人は、日本人の群衆の中ではほぼ巨人と見なされる。平均的な身長の軍人でも、ほとんどの日本人の頭越しに前が見える。
しかし、アメリカに戻ると、状況は一変する。
■ブロンドだけは・・・
![]()
”実に変わってる・・でもあれがいいんだなあ”
日本には素晴らしいものがたくさんある。
親切な人々、魅力的でカラフルな習慣、魅力的な神社や寺院、
神聖で荘厳な富士山など、数え上げたらきりがない。
しかし、日本にはないものもある。それはブロンドヘアだ。
日本人は皆、黒髪だ。髪も瞳も黒く、肌の色は浅黒い。
日本人は皆ハンサムで、美しい女性も他の国々と同様にたくさんいるが、
金髪はいない。
WAC、DAC、アメリカ人扶養家族が駐留する大都市近郊にいない限り、
金髪を見ることはない。
帰国して、金色の髪をなびかせた女性を見かけると、
彼は思わず見とれてしまう。
なぜなら、それはとても奇妙ながらも非常に歓迎すべき光景だからだ。
■ 箱枕![]()
”二人で使おうと思って”
米軍人は時折、東洋の絵本で見るような髪型をした日本人女性を
(たいていは警戒しながら)目にすることになる。
彼女の頭には大量の髪が積まれ、その中に、
櫛や花やその他の魅力的な飾り物が張り巡らされている。
芸者だから派手な髪型をしているからといって注目されるわけではない。
しかし、こんな髪飾りをつけていると、布団に入るとき、
手の込んだ髪型を台無しにしたくないだろうことは理解できる。
髪型の秩序を保つためには、木のブロックで支えたロール布の上に頭を置く。
こうすることで、彼女の頭と髪は自由になり、
邪魔されることもなく、つぶされることもない。
これは決して快適な枕ではないが、鏡に向かう時間を節約できる。
そして軍人が帰宅したとき、彼の髪がウェーブであろうと、
クルーカットであろうと、髪そのものが消えかかっていようと、
どんな枕が欲しいかは彼自身がよく知っているはずだ。
■着物のうなじ
”私のうなじがそんなに魅力的?”
アメリカン・ガールのブラウスは、前面にくびれがあるのが特徴だが、
日本の女の子の着物のくびれは背中にある。GIはこれを邪悪な展開だと思うのだが、一見して、
美少女の首の後ろも立派な解剖学的部位であることがわかる。
日本の誇るゲイシャガールは、首の後ろをとても重要視している。高い髪を結い、鮮やかで流れるような着物を着ると、
彼女は頭のてっぺんからつま先まで覆われ、装飾される。
しかし、首が目立つのは、着物の背中側をすぼめ襟を抜くからである。
そして首が魅力的なのは、ゲイシャガールが
首の上の髪の生え際を妖艶に粉飾するからだ。
芸者衆は、疲れた日本のビジネスマンや軍人の完璧なパートナーなのだ。
彼らの願いは彼女の命令だ。
彼女は一瞬たりとも退屈しないように見守っている。
彼女は歌と踊りの女主人だ。
彼女は東洋のファッションとエチケットの女王である。
彼女は自分の仕事であるエンターテインメントの仕事を、
魅力的かつ優雅にこなす。
15歳くらいから、エンターテイナーとしての手ほどきを受けてきたのだから。
彼女には多くの才能があり、多くの魅力的な特徴があるが、なぜかGIたちにとって最も魅力的なのは、彼女の美しい首の後ろなのだ。
■日本の漁民(女性)
”本当に日本人は釣りに行くときこんな格好をするの?”
日本の海岸沿いにはすべて漁船がある。その数、何十万隻。大きさも形もさまざまだ。
漁業はこの小さな国の主要産業だ。漁村では、ママさんがパパさんを手伝って漁獲物を引き揚げている。夏の炎天下、漁や畑仕事をするときは、礼儀正しさは実用性に取って代わられ、女性も男性と同じようにする。
つまり腰から上の服は脱ぎ、腰から下の服は最小限に切り詰めるのだ。
新米軍人を除けば、誰も感心しない。
魚は日本の食卓の頂点に君臨している。
漁師(フィッシャー)をチップス(フィッシュ・アンド・チップスではない)の中に閉じ込めておくだけでなく、全てのメニューのハイライトでもある。
魚は安く、それが肉より好まれる主な理由である。
アメリカでも魚はポピュラーな食べ物だが、
ニッポン流の漁業ファッションはこちらの女性には流行らないだろう。
■生魚を食べる
"君のために素敵なディナーを用意したよ。
ちょっと生に見えるけど”
日本人は生魚が大好きだ。
スピアフィッシュと寿司は満場一致で人気だ。日本では誰もが魚料理を食べる。
特に田舎に住む日本人の中には、魚と米だけで生活しているような人もいる。
ポップコーン、ピーナッツ、クラッカージャックは、
アメリカ人のためにここでも売られているが、
小さな魚のおつまみは、日本でのそれに匹敵するものだ。
汽車に乗るとき、あるいはゲームをしながら食べるために、
彼らは木箱に入った食事を買う。
箸がついた小さな箱は上下の2層に分かれている。
下の段はご飯。上には魚、大根、肉、漬物、キュウリ。
アメリカ人がジュージュー焼いたステーキや
南部のフライドチキンを食べるように、
日本人は魚を調理し、あるいは生でも食べる。
■日本人と米
”でもあなた、これって買った方が早くない??”
米はアメリカ人にとって完全にパンに相当する。
これがなければ食事は成り立たないし、
狭い国土のあちこちに無限に広がる田んぼは、
すべての食事が完全なものになるように見計らっている。
白くてフワフワのご飯を大量に食べずに日本食を口にすることはない。
それは「Gohan」であり、大衆の食べ物である。
特にすき焼きとの相性は抜群で、観光客の舌をうならせる。
また、日本酒も食欲をそそる。日本酒は熱燗にして小さなコップで飲む。大きなコップで飲むと、悪酔いしがちだ。
(覚えがあるだろ?兄弟)
日本人が茶碗か米を箸で食べる姿は外国人を特別に魅了する。
日本人はご飯の入った茶碗を口のすぐ下に持って、
箸を茶碗から口へと驚くべき速さで回転させる。
あっという間に茶碗は空になり、お腹は満たされる。
醤油味のご飯は、すぐに駐留兵のメニューの「必需品」になる。
もしアメリカに帰っても、それを大量に用意しようとするだろう。
■日本のお茶
![]()
”お茶は別にいいのよ。
でもまたコーヒーをいただいてもいいんじゃない?”
緑茶には健康にいいビタミンAとビタミンCが多く含まれていると言われる。もしそうなら、日本人は世界一健康な民族ということになる。
軍人たちが無料のビールを飲み干すように、日本人は緑茶を飲み干すのだ。
緑茶は日本人の大好きな飲み物であり、家でも職場でも一日中飲まれている。
食事のたびにそれは出される。
緑茶の人気はアメリカではコーヒーに匹敵する。
コフィイ(のように聞こえるが、Co-heと発音する)は、まろやかで香り高いお茶のように日本人にアピールするものではないが、人気は高まっている。
日本ではそれらを好むのは都会人であるが、これはアメリカの影響である。
横浜には「Green Tea Time」と銘打ったクラブもある。
緑色の温かい飲み物のためにコーヒーを飲み干す日が来ると、
それ以来コーヒーポットは無用の長物となる。
■マスクが好きな日本人
"強盗じゃないんだ。ただ風邪ひいているんだよ”
日本に来てすぐの頃、日本人の男女誰も彼もが
皆マスクをつけて街を歩いているのを見ると軽くパニックになる。
彼らは盗賊か?社会のはみ出し者か?病院の手術室からの避難者か?いや、どれでもない。彼らは単に風邪をひいているだけなのだ。
マスクは病原菌の蔓延を防ぎ、吹きつける冷たい風を防ぐ。日本人の中には、人混みに行くときや満員電車に乗るとき、風邪でもないのにマスクをする人だっている。
しかも、自分がマスクをすることで、風邪をひいているのに
マスクをしていない人から風邪をうつされるのを防ぐことができる。
Wakaru-desuka?
アメリカの子供は、泥棒のトレードマークをつけた父親を見ると、
すぐに昔の「警官と強盗」のゲームを思い浮かべる。
そして説明する間もなく、パパはおもちゃのピストルを持たされる。
■日本のカードゲーム
![]()
”公平になるようにシャッフルするよ。
ただし僕らのやり方でさせてくれたまえ!”
日本のカードはユニークだ。
小さくて厚く、とても重い厚紙でできている。アメリカ式にシャッフルするのは不可能なので、日本式にシャッフルする。片方の手のひらにデックを乗せ、もう片方の手の親指と中指でデッキから何枚かのカードを抜き取り、山の上に置く。
この動作が電光石火の速さで何度も繰り返される。
小さな男の子がマジシャンが帽子からウサギを出すのを見るように、
駐留軍人は日本人がカードをシャッフルするマジックに目を見張る。
おそらく日本で最も人気のあるカードゲームは花札であろう。日本のポーカーゲームであり、日本の賭博場の一番ゲームでもある。
一年の各月に花や木が描かれた4枚の札がある。例えば、1月は松の木が4本生えている。
4月は桜。10月はカエデ。
このゲームは娯楽であると同時に、花育?にもなる。
もうひとつのゲーム、百人一首は文学的な教養を与えてくれる。
このゲームはお正月にしか行われない。そしてゲームの前には、あの珍しいシャッフルがある。
何時間も練習し、こぼれた札に涙を流しながら、
軍人がついにはシャッフルもマスターしたとする。
しかし、彼が故郷に帰り、ミックスアップの技を披露したとき、
彼のゲーム相手は日本風のカード・アクロバットを称賛しないだろう。
それどころか、不正行為を疑ってくるかもしれない。
■紙芝居
![]()
”はー・・・なんでテレビを買ってくれないのさ?”
アメリカの子供たちはテレビに群がり、日本の子供たちは紙芝居に殺到する。
紙芝居は、巡業の紙芝居屋が市や町を巡り、
大きなバスドラムの音に合わせて街角で興行する。
紙芝居の特徴は、大きな絵札の連なりで語られる面白い話や漫画だ。十数枚の紙芝居は、一枚ずつ後ろに重ねられ、紙芝居師が紙芝居を抜きながら物語を語る。
入場料は無料だが、子供たちは旅芸人からお菓子を買うことになっている。一番アメを買った子供は、リングサイドの一番前に立つことができる。お菓子を買わなかった子供は後方に追いやられる。
演目の中には、雁字搦めの探偵スリラーやテレビの冒険連続ドラマのように、
「to be continued 」となっているものもある。
しかし、完結していようがいまいが、日本の子供たちは
紙芝居の沸き立つような興奮が大好きなのだ。
片やアメリカの子供は、絵カードやナレーションなどには見向きもしない。
彼らの心は、テレビ画面の中の大胆不敵な人物、
ホパロングとキャプテン・ビデオにあるのだ。
註:ホパロングは「ホパロング・キャシディ」という、
西部劇の主人公で二丁拳銃の早撃ちが得意な当時のヒーロー。
「キャプテンビデオ」は、正式には
「キャプテンビデオと彼のビデオレンジャー」(サイエンスフィクション)。
Captain Video and His Video Rangers - Episode 1
■「支那の夜」![]()
”ちょっと、「She Ain't Got No Yo-Yo」はないの?”
最近の日本でのヒット曲は、「ジャパニーズ・ルンバ」(アイ・ヤイ・ヤイ)
や「トーキョー・ブギ」といった地元の小唄から、
「テネシー・ワルツ」や「ボタンとリボン」といった
アメリカからの輸入曲まで、多岐にわたる。
しかし、日本のスターダストとして長年愛されているのは、
「支那の夜」という優しいバラードである。
日本人と駐日アメリカ軍人はこの曲が大好きだ。
しかし、軍人の愛はどこかとっ散らかっている。誰が始めたか無邪気に 「She Ain't Got No Yo-Yo」 と歌い、
以降、感動的な歌詞を台無しにしてしまったのだ。
註:いわゆる逆『空耳アワー』で、
最初のフレーズが彼らにはこう聞こえるとか聞こえないとか。
この英語にはなんか変な意味もあるらしい。
日本人は驚きと不信の念を抱きながらアメリカ人の歌詞に耳を傾け、
低いトーンで彼のおかしな歌い方について話し合う。(この馬鹿、なんなんだ、ちょっとおかしいのか?)
日本人にはリズムを取る才能があり、憧れのGIたちを喜ばせるために、
クラブやキャバレーのダンスフロアでその才能を巧みに披露する。ワルツを踊り、タンゴを踊り、ポルカを踊り、ジターバグを踊る。
彼らは一言で言えば、へっぽこだ。
現在、ニッポンには甘くセクシーな曲があふれているが、それとは対照的に、
耳をつんざくような三味線の音に合わせて演奏される奇妙な歌も残っている:
この弦楽器は「飢え」から来るものだと多くの軍人が信じている。
ともあれ彼らにとって、夢のような日本の「支那の夜」に勝るものはない。
Watanabe Hamako : Shina No Yoru (She ain't got no yoyo - China Night - 支那の夜)
続く。
「不思議の国ニッポン」シリーズ、続きです。
■坊ちゃん刈り

”そうそう、こういうふうにして欲しかったんだ!!"
日本の子供たちは驚くほどお行儀が良い。GIは、彼らが泣いたり、騒いだりしているところをほとんど見たことがない。
彼らは比較的臆病で内気であり、気を引くには大抵相当な説得が必要だ。
(「お菓子、ガム、人形、野球ボールがあるよ!」)
多くの日本の子供たちは、初めて散髪をされるときでさえ、
じっと静かに座っている。
それは世界のあらゆる国々の親たちが証言する通り、奇跡に近い偉業である。
実際、散髪そのものが奇跡的ですらある。
日本の子供の髪型は典型的な「ボウル型」で、前髪を少し残すことで、
子供がかわいらしく見えるように工夫されている。
大統領夫人マミーは、アメリカで前髪ブームの火付け役となったが、
何百万人もの日本の赤ちゃんにはもう浸透済みだ。彼らにとっては、前髪は昔からあるものだから。
註:マミーMamieはアイゼンハワー夫人のこと。
彼女はファッションアイコンとして前髪を流行らせた。

■日本の学生服

"わかったパパ、着るよ。近所の子供を全員舐めるのを手伝ってくれたらね”
現在では、日本の学校で制服が必須という規則は少なくなったが、
それでも多くの日本の若者が制服を着用している。
男子の制服は洒落ていて、黒いコートとズボンに金色のボタン、学生帽だ。
子供たちはまるでミニチュアの列車の車掌のようだ。
極東に駐留するアメリカ海軍部隊にとっては屈辱的なことなのだが、
日本の女子生徒の中にも彼らと同じ制服を着用する一派がいる。
それは、大きな四角いセーラーカラーのついた紺のワンピースだ。
店や電車の中で、セーラー服の女子学生グループの隣に立つと、
彼女たちが自分の制服から水兵の制服へと視線を移すのに気づくだろう。
そんな時、彼女たちはクスクス笑いを決して我慢しない。
そして水兵たちは、古い伝統の服に固執する海軍を決して許すまじと思う。
アメリカの若者は、オーバーオール、Tシャツ、スニーカーで
学校にダッシュで駆け込むことを好む。しかし、もし彼の父親が日本に行ったことがあり、
もしその父親が息子に洋服をプレゼントしてくれたなら、
(「お」の有無に関わらず、それは日本の女の子が喜ぶものだ)
ジーンズは新しいものに置き換えられるかもしれない。
新しい服は、おそらくそれほど快適ではないかもしれないが、
ずっと目を引くことは間違いない。
■ リリパットの国

”自分が背が高いって思えた頃が懐かしいよ”
日本人が背が低いのは、床にしゃがむ習慣があるからだと言われている。
このような習慣は、昔の学校の教室でも一般的だった。
しかし、今日では学校でもその他の場所でも、
若者たちは椅子やベンチに座るので、彼らは背が伸びている。
屋外や屋内のゲームの活発なスケジュールだけでも、
より健康で、より強く、より背の高い身体が育まれつつある。
柔道は、日本では有名なスポーツだ。
そして、GIは(比喩的に言えば試合を見ている時、文字通りには試合に参加している時)小柄で無害そうな人々が繰り広げる試合の巧みさに驚嘆する。
身長6フィート(約180センチ)以上のアメリカ人は、日本人の群衆の中ではほぼ巨人と見なされる。平均的な身長の軍人でも、ほとんどの日本人の頭越しに前が見える。
しかし、アメリカに戻ると、状況は一変する。
■ブロンドだけは・・・

”実に変わってる・・でもあれがいいんだなあ”
日本には素晴らしいものがたくさんある。
親切な人々、魅力的でカラフルな習慣、魅力的な神社や寺院、
神聖で荘厳な富士山など、数え上げたらきりがない。
しかし、日本にはないものもある。それはブロンドヘアだ。
日本人は皆、黒髪だ。髪も瞳も黒く、肌の色は浅黒い。
日本人は皆ハンサムで、美しい女性も他の国々と同様にたくさんいるが、
金髪はいない。
WAC、DAC、アメリカ人扶養家族が駐留する大都市近郊にいない限り、
金髪を見ることはない。
帰国して、金色の髪をなびかせた女性を見かけると、
彼は思わず見とれてしまう。
なぜなら、それはとても奇妙ながらも非常に歓迎すべき光景だからだ。
■ 箱枕

”二人で使おうと思って”
米軍人は時折、東洋の絵本で見るような髪型をした日本人女性を
(たいていは警戒しながら)目にすることになる。
彼女の頭には大量の髪が積まれ、その中に、
櫛や花やその他の魅力的な飾り物が張り巡らされている。
芸者だから派手な髪型をしているからといって注目されるわけではない。
しかし、こんな髪飾りをつけていると、布団に入るとき、
手の込んだ髪型を台無しにしたくないだろうことは理解できる。
髪型の秩序を保つためには、木のブロックで支えたロール布の上に頭を置く。
こうすることで、彼女の頭と髪は自由になり、
邪魔されることもなく、つぶされることもない。
これは決して快適な枕ではないが、鏡に向かう時間を節約できる。
そして軍人が帰宅したとき、彼の髪がウェーブであろうと、
クルーカットであろうと、髪そのものが消えかかっていようと、
どんな枕が欲しいかは彼自身がよく知っているはずだ。
■着物のうなじ

アメリカン・ガールのブラウスは、前面にくびれがあるのが特徴だが、
日本の女の子の着物のくびれは背中にある。GIはこれを邪悪な展開だと思うのだが、一見して、
美少女の首の後ろも立派な解剖学的部位であることがわかる。
日本の誇るゲイシャガールは、首の後ろをとても重要視している。高い髪を結い、鮮やかで流れるような着物を着ると、
彼女は頭のてっぺんからつま先まで覆われ、装飾される。
しかし、首が目立つのは、着物の背中側をすぼめ襟を抜くからである。
そして首が魅力的なのは、ゲイシャガールが
首の上の髪の生え際を妖艶に粉飾するからだ。
芸者衆は、疲れた日本のビジネスマンや軍人の完璧なパートナーなのだ。
彼らの願いは彼女の命令だ。
彼女は一瞬たりとも退屈しないように見守っている。
彼女は歌と踊りの女主人だ。
彼女は東洋のファッションとエチケットの女王である。
彼女は自分の仕事であるエンターテインメントの仕事を、
魅力的かつ優雅にこなす。
15歳くらいから、エンターテイナーとしての手ほどきを受けてきたのだから。
彼女には多くの才能があり、多くの魅力的な特徴があるが、なぜかGIたちにとって最も魅力的なのは、彼女の美しい首の後ろなのだ。
■日本の漁民(女性)

日本の海岸沿いにはすべて漁船がある。その数、何十万隻。大きさも形もさまざまだ。
漁業はこの小さな国の主要産業だ。漁村では、ママさんがパパさんを手伝って漁獲物を引き揚げている。夏の炎天下、漁や畑仕事をするときは、礼儀正しさは実用性に取って代わられ、女性も男性と同じようにする。
つまり腰から上の服は脱ぎ、腰から下の服は最小限に切り詰めるのだ。
新米軍人を除けば、誰も感心しない。
魚は日本の食卓の頂点に君臨している。
漁師(フィッシャー)をチップス(フィッシュ・アンド・チップスではない)の中に閉じ込めておくだけでなく、全てのメニューのハイライトでもある。
魚は安く、それが肉より好まれる主な理由である。
アメリカでも魚はポピュラーな食べ物だが、
ニッポン流の漁業ファッションはこちらの女性には流行らないだろう。
■生魚を食べる

ちょっと生に見えるけど”
日本人は生魚が大好きだ。
スピアフィッシュと寿司は満場一致で人気だ。日本では誰もが魚料理を食べる。
特に田舎に住む日本人の中には、魚と米だけで生活しているような人もいる。
ポップコーン、ピーナッツ、クラッカージャックは、
アメリカ人のためにここでも売られているが、
小さな魚のおつまみは、日本でのそれに匹敵するものだ。
汽車に乗るとき、あるいはゲームをしながら食べるために、
彼らは木箱に入った食事を買う。
箸がついた小さな箱は上下の2層に分かれている。
下の段はご飯。上には魚、大根、肉、漬物、キュウリ。
アメリカ人がジュージュー焼いたステーキや
南部のフライドチキンを食べるように、
日本人は魚を調理し、あるいは生でも食べる。
■日本人と米

米はアメリカ人にとって完全にパンに相当する。
これがなければ食事は成り立たないし、
狭い国土のあちこちに無限に広がる田んぼは、
すべての食事が完全なものになるように見計らっている。
白くてフワフワのご飯を大量に食べずに日本食を口にすることはない。
それは「Gohan」であり、大衆の食べ物である。
特にすき焼きとの相性は抜群で、観光客の舌をうならせる。
また、日本酒も食欲をそそる。日本酒は熱燗にして小さなコップで飲む。大きなコップで飲むと、悪酔いしがちだ。
(覚えがあるだろ?兄弟)
日本人が茶碗か米を箸で食べる姿は外国人を特別に魅了する。
日本人はご飯の入った茶碗を口のすぐ下に持って、
箸を茶碗から口へと驚くべき速さで回転させる。
あっという間に茶碗は空になり、お腹は満たされる。
醤油味のご飯は、すぐに駐留兵のメニューの「必需品」になる。
もしアメリカに帰っても、それを大量に用意しようとするだろう。
■日本のお茶

”お茶は別にいいのよ。
でもまたコーヒーをいただいてもいいんじゃない?”
緑茶には健康にいいビタミンAとビタミンCが多く含まれていると言われる。もしそうなら、日本人は世界一健康な民族ということになる。
軍人たちが無料のビールを飲み干すように、日本人は緑茶を飲み干すのだ。
緑茶は日本人の大好きな飲み物であり、家でも職場でも一日中飲まれている。
食事のたびにそれは出される。
緑茶の人気はアメリカではコーヒーに匹敵する。
コフィイ(のように聞こえるが、Co-heと発音する)は、まろやかで香り高いお茶のように日本人にアピールするものではないが、人気は高まっている。
日本ではそれらを好むのは都会人であるが、これはアメリカの影響である。
横浜には「Green Tea Time」と銘打ったクラブもある。
緑色の温かい飲み物のためにコーヒーを飲み干す日が来ると、
それ以来コーヒーポットは無用の長物となる。
■マスクが好きな日本人

日本に来てすぐの頃、日本人の男女誰も彼もが
皆マスクをつけて街を歩いているのを見ると軽くパニックになる。
彼らは盗賊か?社会のはみ出し者か?病院の手術室からの避難者か?いや、どれでもない。彼らは単に風邪をひいているだけなのだ。
マスクは病原菌の蔓延を防ぎ、吹きつける冷たい風を防ぐ。日本人の中には、人混みに行くときや満員電車に乗るとき、風邪でもないのにマスクをする人だっている。
しかも、自分がマスクをすることで、風邪をひいているのに
マスクをしていない人から風邪をうつされるのを防ぐことができる。
Wakaru-desuka?
アメリカの子供は、泥棒のトレードマークをつけた父親を見ると、
すぐに昔の「警官と強盗」のゲームを思い浮かべる。
そして説明する間もなく、パパはおもちゃのピストルを持たされる。
■日本のカードゲーム

”公平になるようにシャッフルするよ。
ただし僕らのやり方でさせてくれたまえ!”
日本のカードはユニークだ。
小さくて厚く、とても重い厚紙でできている。アメリカ式にシャッフルするのは不可能なので、日本式にシャッフルする。片方の手のひらにデックを乗せ、もう片方の手の親指と中指でデッキから何枚かのカードを抜き取り、山の上に置く。
この動作が電光石火の速さで何度も繰り返される。
小さな男の子がマジシャンが帽子からウサギを出すのを見るように、
駐留軍人は日本人がカードをシャッフルするマジックに目を見張る。
おそらく日本で最も人気のあるカードゲームは花札であろう。日本のポーカーゲームであり、日本の賭博場の一番ゲームでもある。
一年の各月に花や木が描かれた4枚の札がある。例えば、1月は松の木が4本生えている。
4月は桜。10月はカエデ。
このゲームは娯楽であると同時に、花育?にもなる。
もうひとつのゲーム、百人一首は文学的な教養を与えてくれる。
このゲームはお正月にしか行われない。そしてゲームの前には、あの珍しいシャッフルがある。
何時間も練習し、こぼれた札に涙を流しながら、
軍人がついにはシャッフルもマスターしたとする。
しかし、彼が故郷に帰り、ミックスアップの技を披露したとき、
彼のゲーム相手は日本風のカード・アクロバットを称賛しないだろう。
それどころか、不正行為を疑ってくるかもしれない。
■紙芝居

”はー・・・なんでテレビを買ってくれないのさ?”
アメリカの子供たちはテレビに群がり、日本の子供たちは紙芝居に殺到する。
紙芝居は、巡業の紙芝居屋が市や町を巡り、
大きなバスドラムの音に合わせて街角で興行する。
紙芝居の特徴は、大きな絵札の連なりで語られる面白い話や漫画だ。十数枚の紙芝居は、一枚ずつ後ろに重ねられ、紙芝居師が紙芝居を抜きながら物語を語る。
入場料は無料だが、子供たちは旅芸人からお菓子を買うことになっている。一番アメを買った子供は、リングサイドの一番前に立つことができる。お菓子を買わなかった子供は後方に追いやられる。
演目の中には、雁字搦めの探偵スリラーやテレビの冒険連続ドラマのように、
「to be continued 」となっているものもある。
しかし、完結していようがいまいが、日本の子供たちは
紙芝居の沸き立つような興奮が大好きなのだ。
片やアメリカの子供は、絵カードやナレーションなどには見向きもしない。
彼らの心は、テレビ画面の中の大胆不敵な人物、
ホパロングとキャプテン・ビデオにあるのだ。
註:ホパロングは「ホパロング・キャシディ」という、
西部劇の主人公で二丁拳銃の早撃ちが得意な当時のヒーロー。
「キャプテンビデオ」は、正式には
「キャプテンビデオと彼のビデオレンジャー」(サイエンスフィクション)。
Captain Video and His Video Rangers - Episode 1
■「支那の夜」

”ちょっと、「She Ain't Got No Yo-Yo」はないの?”
最近の日本でのヒット曲は、「ジャパニーズ・ルンバ」(アイ・ヤイ・ヤイ)
や「トーキョー・ブギ」といった地元の小唄から、
「テネシー・ワルツ」や「ボタンとリボン」といった
アメリカからの輸入曲まで、多岐にわたる。
しかし、日本のスターダストとして長年愛されているのは、
「支那の夜」という優しいバラードである。
日本人と駐日アメリカ軍人はこの曲が大好きだ。
しかし、軍人の愛はどこかとっ散らかっている。誰が始めたか無邪気に 「She Ain't Got No Yo-Yo」 と歌い、
以降、感動的な歌詞を台無しにしてしまったのだ。
註:いわゆる逆『空耳アワー』で、
最初のフレーズが彼らにはこう聞こえるとか聞こえないとか。
この英語にはなんか変な意味もあるらしい。
日本人は驚きと不信の念を抱きながらアメリカ人の歌詞に耳を傾け、
低いトーンで彼のおかしな歌い方について話し合う。(この馬鹿、なんなんだ、ちょっとおかしいのか?)
日本人にはリズムを取る才能があり、憧れのGIたちを喜ばせるために、
クラブやキャバレーのダンスフロアでその才能を巧みに披露する。ワルツを踊り、タンゴを踊り、ポルカを踊り、ジターバグを踊る。
彼らは一言で言えば、へっぽこだ。
現在、ニッポンには甘くセクシーな曲があふれているが、それとは対照的に、
耳をつんざくような三味線の音に合わせて演奏される奇妙な歌も残っている:
この弦楽器は「飢え」から来るものだと多くの軍人が信じている。
ともあれ彼らにとって、夢のような日本の「支那の夜」に勝るものはない。
Watanabe Hamako : Shina No Yoru (She ain't got no yoyo - China Night - 支那の夜)
続く。