昨日うっかりして本日アップする予定の本稿を、
昨日の「義烈空挺隊」のエントリと一緒に上げてしまいました。
「これ昨日も見たぞ」
と思われた方、間違いでしたすみません。
昨日とは内容も少しだけ変わっていますのでよろしければもう一度お読み下さい。
というわけで前回の続きです。
練習艦隊出航行事にやってきたのはいいけれど、
いろいろあって(笑)またもや関係各位にお手数をかけながら
やっと中に入ることができたエリス中尉でございます。
エスコートされながら気がついたのですが、入り口から道は
二手に分かれ、自衛官の家族は艦内に入るため岸壁沿いへ。
わたしは別の通路を通ってテントの下まで案内されました。
通路を行きながらふと見ると儀仗隊が降りて来ています。
このときまだ8時半くらいでしたがもうスタンバイする様子でした。
ちょっと彼らの様子をズームしてみます。
幹部、海曹、海士が写っていますが、これを見て思うのは
やはりこと制服に関しては海自の夏服は帝国海軍とほとんど変わっていないということ。
制服については陸空の同じ自衛官からも
「海自の海曹以上の制服は同じ自衛官から見てもカッコイイ」
と思われているらしいのですが、やはりそのなかでも1種夏服は最高ですね。
そしてその理由は「旧軍と同じ」であるから、とわたしは断言します。
陸自も幹部冬服に黒の長靴を復活させれば絶対人気が出る!
とは思うけど、現代の日本にはあまり実用的ではないかもしれません。
お金もかかりそうだし(笑)
甲板にはまだ隊員の家族がたくさんいます。
旧軍の話が出ついでに、戦前には一般人を軍艦に乗せたという話を
よく本などで見ますが、普段のときではなく出航行事前に家族を乗せる、
という習慣はやはり帝国海軍のころはなかったと思われます。
自衛隊の国民に対する距離とあり方も戦後大きく変わったということでしょう。
エスコートについて歩きながら写真を撮りまくるエリス中尉。
観閲官歩く赤絨毯と、巡閲前に立つお立ち台です。
ラッタルの下には儀仗隊員が整列しています。
かしまの舳先の向こうにお台場のフジテレビ社屋が見えています。
主砲横で曹士たちが集まっているのでズームしてみました。
海士たちが手を挙げているように見えるのは敬礼した後です。
ハッチが開いていますが、おそらく彼らは前甲板の繋留索を
出航に向けて外す係だと思われますので、このハッチも
何かそれに関係しているのかもしれません。
手前の繋留索が綺麗にまきついているものはボラードといいます。
このときには何のために集合しているのか分からなかったのですが、
着々と出航に向けて皆が動き出している様子がカメラにが捕らえられていました。
こちらでは花束の用意。
出航する艦隊の司令と艦長ズに渡す花束です。
スクランブルエッグといわれる鍔に模様のある正帽をかぶった
一等海佐が名簿の確認をしている模様。
しかしこの海佐を見ても思いますがやはり一種夏服は素敵ですね。
個人的に文句を言わせてもらうのなら、ポケットとスクランブルエッグで
米海軍の軍服と瓜二つになってしまったことが残念と云えば残念。
音楽隊もスタンバイを始めました。
朝晴海に着いたとき、どこからともなく楽器を練習する音が聞こえ、
学生時代の早朝の校内を思い出したりしたのですが、
これは艦隊乗り組みの音楽隊員が練習していたのかもしれません。
出港式の音楽は、バスで乗り込んできた東京音楽隊が地上での演奏を行い、
かしま乗り組みの音楽隊は艦上で、と二手に分かれて行われました。
最後は地上と艦上、送る側と送られる側、二つの音楽隊が同時に同じ曲を演奏し
圧巻でしたが、このお話はもう少し後でさせて頂きます。
レインボーブリッジの切れるところにビルのデッキがあり人がちらほらいますが、
もしここまで入って来ることが出来なかったら、わたしはあそこにいたのです。
家族でもないのにこんな特等席でこれを見ることになるとは・・・・。
まずはここまで導いて下さったわたしの大恩人にご挨拶をせねば。
というわけでこの写真を撮りながらそのチャンスを窺うわたし。
わたしの恩人はこの右手の眩しい白服集団のどこかにいるわけですが、
何しろ偉い方なので色々と挨拶をしに来る人が引きも切らず、
一旦話を始めるとそれが長いのでタイミングがなかなか合いません。
ところで今この写真を見て気づきましたが、
後ろを向いているのは海曹なんですね。
なるほど、黒靴を履いています。
このときはまだ誰もいませんが、もう少しすると白い柵の両側に
警備の門番が立ち、家族はこちらに入れなくなりました。
こんな感じです。
因みに左に立っているのが幹部で右が海曹。
靴の色が違いますね。(確認)
家族たちは見学時間が終わり、観覧席であるテント下に移動するのですが、
そのとたんここでせき止められた家族が一斉になだれこんできて、
前列を取ろうと血相変えて走ってきたので、ちょっとびびりました。
わたしはそのとき「大恩人」にご挨拶の最中だったのですが、
そんなこともあろうかと前列の席をキープしておいたので、
一番前の特等席から一連の行事を写真に収めることが出来ました。
ただ・・・・、取り次ぎをお願いしたチャーリー1尉が最初
「中にお入りになっても家族席が一杯だと立ったまま見て頂くことになります」
と言っていたように、この行事は基本隊員の家族のために公開されていますから、
わたしのような自衛隊とは「ウォッチャー」という以外つながりのない者が
わざわざ地方から出てきた年老いた両親や、しばしの別れに際し
愛する人の姿をその目に焼き付けようとする妻や子や恋人たちを差し置いて、
そんなに多くもない椅子席の最前列に座ることには、内心忸怩たるものがありましたが。
(でも座ってしまうわたし)
この写真をよく見ると・・。
ラッタルの「JS TV KASHIMA」を外していますね。
左ではコードのようなものをたぐり寄せています。
ラッタルの下から儀仗隊が移動してきました。
続いて音楽隊もスタンバイ。
バスから降りたときは黒い靴を履いていた人もいましたが全員白です。
そういえばわたし音楽隊の制服の絵を冬夏と描いたことがあったんでした。
音楽隊はそもそも特別の制服(金線が装飾で入っている)なので、
演奏時には全身白なんですよね。
音楽隊長敬礼の瞬間。
本日の東京音楽隊はセレモニアルバンドの編成で、
最も基本的な吹奏楽のスタイルであると思われます。
彼らが着用しているのは夏儀礼服で、夏黒い靴を履くこともありますが、
それは略装のときだけです。
略装で式典を行うこともあるようですが、栄誉礼を伴う場合は儀礼服着用です。
因みに音楽隊員は階級に関係なく儀礼服の正帽には
スクランブルエッグがついています。
3等海尉でしょうか。
向こうは儀仗隊の隊長ですが、こちらも3尉のようです。
さらにその向こう、水兵服が向かい合わせに立っていますが、
ここはVIPの車が侵入して来る通路に当たり、
ここで観閲官が車を降りることになっているためです。
撮影班は一種夏服着用と3種(半袖)がいました。
国旗の下には士官が一人立っていますが、繋留索の点検でしょうか。
そのとき、かしまのラッタルを敬礼に送られて降りる一団が!
なぜかニコニコしながら降りて来る練習艦隊司令官、湯浅秀樹海将補、
続いて「かしま」艦長森田哲也1佐、「あさぎり」艦長川内健治2佐、
「せとゆき」艦長東良子2佐。
やっぱりかっこいいなあ。
かしま艦長はかなりご立派な体型ですが、それとてこの制服には
貫禄を与えて実に映えます。
せとゆきの女性艦長東2佐も、長身がきりりと凛々しい。
海上自衛官として自衛艦に乗り組んだら誰しも憧れる艦長職。
こういう瞬間、あらためて誇らしさを感じたりすることもあるのでしょうか。
この間かしまには艦長が不在になるわけですが、
三佐である船務長か航海長がこうやって見張りをしているようです。
こういうのを見ると「連合艦隊」って言葉をつい思い浮かべますね。
トランシーバー?のようなものをもっているのは3佐、
その後ろの、日本海海戦における三笠艦上の秋山真之みたいなポーズの人は
1佐で、帽子のつばにスクランブルエッグがあります。
彼の持っている長いコードは電源で、
どうも彼の着用しているインカムに繋がっているようなのですが、
今時?無線ではないんでしょうか。
上級幹部のとは違う、「いかにも現場の男たち」のかっこよさがあって、
わたしは旧軍の昔からの下士官兵の写真を見るのは大好きです。
そのとき、観覧席に陸軍軍人が入来。
敬礼しながら歩いているのは陸将補です。
胸には防衛徽章の上に金色のレンジャー徽章、
つまり教官適任者の印が燦然と輝いております。
後ろを歩くのは1等陸佐で、副官と思われます。
先ほどラッタルを降りてきた司令部が観覧席まで挨拶にきました。
いつ見ても微笑んでいる湯浅海将補。
雷蔵さんのコメントにも
湯浅さんはいい人ですよ。
話し言葉でお気づきになられたかもしれませんが、愛媛の産。
あの容貌とあの言葉遣いで、暖かく感じます。
とご報告を頂いた湯浅海将補ですが、わたしもご挨拶させて頂き
そのお人柄は短い時間によくわかりました。
テントは逆L時型に組まれていて、家族席は
関係者、貴賓席を右手前に臨む形になります。
そちらへの挨拶が終わり、家族への挨拶に来られました。
紹介されるかしま艦長。
「あさぎり、せとゆきの艦長はまだあちらにおりますが・・・」
そのときの表情をアップにしてみました。
それにしても貫禄あるなあこの人。
湯浅陸将補はこの後隊員の家族に向かって
「皆様方にとって大切なご家族である練習艦隊乗組員を
必ず5ヶ月後ここに無事に連れて帰って参ります。
見違えるように逞しくなって帰ってきた隊員たちを
どうかそのときは暖かく迎えてやって下さい」
と(いうようなことを)挨拶しました。
家族でもないのにこの感動的な挨拶を陸将補の真正面で聴くことになり、
感動しつつも実は少し(かなり?)恐縮していたエリス中尉です。
続く。