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映画「重臣と青年将校 陸海軍流血史」~満州事変

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1月の末、首都圏では雪が降りました。
雪で覆われて明るく見える窓からの景色を見ていて、また2・26事件について書こうと思いました。
去年は鶴田浩二が安藤輝三大尉を演じた映画「銃殺」をベースにお話ししたのですが、
今年はまた別の2・26映画を元にしてみたいと思います。

というわけで今年お題として選んだ映画は・・。

「重臣と青年将校 陸海軍流血史」


それにしても、なんだかピリッとしないというか、インパクトに欠けるというか、
映画の題というよりは本のタイトルみたいで、いまいち耳目を引かないと思いません?
内容も内容なので、さぞかしヒットしなかったのではないかという気がするのですが、
このタイトルになった理由は、この映画が2・26だけを書いたものでなく、
張作霖爆死事件に始まり、5・15で決起した海軍将校たちについても触れているからなのです。

つまり、歴史的事実を比較的淡々と並べ、そこに青年将校たちが決起する様子と、
それを利用したり制御できなかったり制圧したりする重臣たちを描いているという次第なので、
こういう題になるのも致し方なし、という気もしましたが、
せめてもう少し短いタイトルをつけるという考えは、制作側にはなかったのでしょうか。


ただでさえその内容というのが、特に前半は、青年将校たちが皆で相談しあってるシーンと、
重臣の爺さんたちが皆で会議しているシーンが交互に来るような地味な作り。
このあたりの歴史に少しでも関心がないと、はっきり言ってまったく面白くありません。

制作側もその辺りは自覚していて、高倉みゆきの芸者とか、憲兵に拷問死させられる
新聞記者の娘に三ツ矢歌子などを使って色を添えてはいますが、
どちらの登場人物もあまり本筋に意味をなさないだけでなく、登場人物との関わりも薄いので、
とってつけたような文字通りの「飾り物」にすぎません。

とはいえ、映画のストーリーより歴史を語ることが目的の当ブログにとってはありがたい教材。
というわけで始めたいと思います。



昭和3年の満州における張作霖爆破事件から映画は始まります。

日本の援助によって満州の主権地位を得た元馬賊の頭目、張作霖は、
その地位が確保されるや、大中華民国建設の野望(こちらから言うとね)に乗り出し、
日本排除の運動を起こしました。

写真は民族意識が高揚した中国人たちが抗日運動に使ったポスター。
絵が超絶ヘタですがそれはスルーで。

張作霖はもともとソ連のスパイをしていたのですが、捕まって処刑されるところを、
あの児玉源太郎が「見所がある」として助命するよう計らってやり、
その後は日本側の逆スパイとしてソ連で活動していたという過去があります。

つまり張作霖はあっさり今までの味方を裏切ってこちらに付いたというわけですが、
この行動は日本的解釈で「改心した」からでは決してなく、
生きるためには忘恩も不義もなんでもあり、という中国人特有のものと言えます。

さしもの児玉もそこまでは見抜けなかったのでしょう。



というわけで、おなじみ張作霖爆死事件が起こります。

急進派の陸軍軍人たちが「忘恩の徒」(日本側から見ればね)である張作霖を倒せば、
満州を一気に手に入れることができると考え、計画した暗殺事件でした。

三人の中国人(あらかじめ買収してあったアヘン中毒患者)を爆殺現場で放し、
用意していた銃撃隊で全力攻撃(笑)

実際は三人は銃剣で刺されたそうですが、うち一人は生きていて、息子の張学良の元に逃げました。

 

これを仕組んだのは関東軍参謀の河本大作中佐(二人のうち右側)でした。
河本中佐はこれに続き派兵を要請するも、陸軍大臣に却下されて涙を飲みます。



宇垣一成。この俳優は本物そっくりです。
宇垣はこの後の浜口内閣で陸軍大臣になります。

「こんな事件を起こしおって、陸軍の馬鹿者どもが!」

と激昂する岡田総理に、

「事件の関係者を厳罰に処分して大手術をやりましょう」

とけしかけます。



さっそく岡田総理は翌日の会議で関係者の処罰を提案しますが、
皆事件に頬被りしたいのでスルー、そして何より肝心の陸軍は身内をかばうため躍起になって反対し、

「陸軍は総理の反省を促したい!」

などと逆ギレします。なんでやねん。
まるでテロリストに国民が殺害されたのを全部総理のせいにするどこかの左翼みたいだわ(棒)



というわけで、陸軍省は案の定、

「事件を起こしたのは北伐軍スパイ三名であって陸軍の関与はない」

と公式発表します。



事件当時から、この事件は関東軍の陰謀であるという説が報道関係者の中にありました。
新聞記者藤野五郎(架空の人物)もそのような疑問を持つ一人。

「外電では軍の関与があると言われているらしいのに、おかしいじゃないか」


日本を軍国主義に塗りつぶすつもりだ、だからなんとしても本当のことを国民に知らせなければ。
藤野はこのように意気込むのですが、同僚は憲兵の目が光っていると忠告します。(伏線)



その後、この事件について、天皇陛下より

「犯人は陸軍軍人ではないと最初に発表させておいて、
当事者を厳罰に処すとはどういうことか」

とその矛盾からご不信を買った田中義一(陸軍大将でもあった)首相は辞任し、
後継内閣首班には浜口雄幸が指名されました。



ところでこの映画のキャストを見ると、一番最初に名前があるのが冒頭絵にも描いた、
橋本欣五郎中佐を演じた細川敏夫なのです。

どうも元々こちらが主人公として作られていた映画らしいです。

橋本欣五郎は東京裁判にA級戦犯として裁かれたことで馴染み深い(わたしには)軍人ですが、
その本質は「革命家」でした。
陸大を出た若き日、トルコ公使館付き武官となったことが、彼を革命に傾倒させました。

トルコで橋本は、以前「女性パイロット列伝」でお話ししたサビハ・ギョクチェンの養父、
ムスタファ・ケマル・パシャの革命思想に影響を受けて帰って来ました。

「ご趣味は?」

と聞かれると

「革命です」

と答えた・・・かどうかは知りませんが、何しろそれが彼のライフワークになったのです。
陸軍の同志を集めて、

「軍政府を樹立して国家改造をやらないと日本はダメだ!」
「軍政府ができれば天皇親政を実現できる!」
「そのために昭和維新を断行せねばならん!」

などと熱く語り合ううち、その思想は次第に具体的な形を取り、ついには

現在陛下の周りを取り囲んでいる重臣、元老を排除せねばならない

という結論に帰結するのです。

そう、続く5・15事件も、2・26事件も、一言で言うとこの結論が、
政府重臣などを次々と暗殺するという直接行動に結びついていったものなのです。



着々と陸軍内で同調者を募り、革命への準備を進める橋本中佐が
民間人の代表である思想家大川周明に会うために築地の料亭にやってきました。

そこで客に無理やり酒を飲まされ気分を悪くして座り込んでいる芸者の若駒と出会います。
なぜか都合よくポケットから

「いい薬があるからやろう」

と薬の包みを若駒に渡す橋本中佐。これいったいなんの薬だよ。
その若駒は顔を上げて少佐の顔を見るなり

「あのー、橋本さんでいらっしゃいますか」

と目を輝かせます。

「参謀本部の橋本だがどうして・・」

「ちょっと噂を伺っておりましたので」

橋本中佐、これで納得するのですが、かりにも革命が趣味という軍人が、
「噂になっていた」という説明程度であっさり納得するのはどうも不用心じゃないか?



まあそれは映画だからどうでもよろしい。
大川周明にはなんと丹波哲郎がこの一場面だけに登場しています。
一場面だけなのに大物でないと嫌、といつもわがままを言う丹波ならではの配役である(笑)
「反乱」ではこれも1シーンだけ、相沢中佐役で出演していますが、この人が演じると
概ね実在の人物よりかっこよくなりすぎるのが問題です。(例:小沢治三郎)

ところで超余談なのですが、



この絵をみてくださいます?
わたしが昔描いた「軍人としての丹波哲郎」というエントリの挿絵なのですが、
これは「不如帰」という映画で陸軍軍人を演じた丹波さんの艶姿。
後ろの床の間が、この映画の床の間と一緒に見えませんか?

今調べたところ、 「不如帰」はこの映画と制作年が同じです。
もしかしてこれ、同じセットで掛け軸だけ変えて撮られたのでは・・・。


とどうでもいいことに気づいてしまいましたが、それはともかく、
大川周明の思想は基本「日本主義」、外交面では「アジア主義」で、インド独立を支持し、
日中とも日米とも戦争は避けるべきとして、特に日米戦争前夜は開戦の阻止に奔走したにもかかわらず、
終戦後は戦犯として市ヶ谷の法廷に出廷させられています。

東京裁判では心神耗弱(昔は精神異常でしたが)のため退廷のうえ不起訴となった大川が、
法廷で、前席の東条英機の頭をぴしゃりと音が出るくらい叩いたという出来事がありました。
自分の頭を叩かれた東条が、後ろを振り向いて苦笑いするシーンを見て、皆さんは

「東条英機って大人~」

とちょっと彼の大人物ぶりに感心したりしませんでしたか?
ところがあれは奇行の一部だけがフィルムに残されたもので、 実際は

大川は何度もしつこく東条の頭を叩き続けたため

しまいには東条も後ろを振り向いて睨みつけたって知ってました?
そりゃ怒るよね。どんな温厚な人でも。


ここでは大川は橋本中佐に革命資金だといって札束を渡し、
革命決行のために具体案を何やらささやきあいます。 
橋本中佐が

「我々は閣僚を議事堂に閉じ込めて、浜口内閣の退陣を要求し、軍政府を樹立します。
決行日は」

ここまで言った時、外に人影が。

しゃべるのをやめてガラリと障子を開けると、



「おばんです~」

そこにはなぜか先ほどの芸者若駒が。
いつも思うのですが、こんな機密性のない座敷で昔の人たちは密談していて、
壁に耳ありショージにメアリーが心配ではなかったのでしょうか。

それはともかく、若駒を追い払おうとする橋本中佐に大川周明が

「この娘はなかなか変わった子でね、言うなれば勤王芸者だ。
我々のグループの一員に加えてある。何をしゃべっても大丈夫だ」



「しかし芸者の君がどうしてまた我々の仲間に」

橋本中佐、先ほどもそうですが、この問いに対する若駒の

「皆さんのお話を伺いまして、もうじっとしていられなくなりました」

という答えに至極あっさりと納得して

「ほう、それは感心だ」

などと呑気にお酌を受けたりします。


そして昭和5年11月13日、東京駅。
浜口首相銃撃事件が起こります。



駅で首相到着を待つ右翼団体愛国社党員の佐郷屋(さごや)留雄。
この役者、小澤征悦かと思いました(笑)



このときに浜口首相が撃たれた現場のなぜか一階下に、今でも遭難現場のプレートがあります。

浜口首相は一命を取り留めましたが、この時の傷が元で翌年死去。
佐郷屋は死刑判決を受けたものの1940年に恩赦となり、戦後は右翼活動をしつつ
極真空手のナンバー2としてキックボクシングを日本に広めました。(なんだそれ・・・)

なぜ軍人によるものでもないこの事件が、映画に挿入されたのかわからないのですが、
まあこれも「右翼による流血史」ってことで、ひとまとめにしたのでしょう。
右翼団体と青年将校の考えは、必ずしも一緒ではなかったと思うのですが。

犯人の佐郷屋は「浜口は陛下の統帥権を犯したからやった」と犯行後述べた割には
「統帥権ってなんだ」という質問に答えられなかったそうですから推して知るべし。

つまり永田鉄山を殺害した相沢三郎中佐と同じような、
「お調子乗りの愛国犯罪」であったとわたしは断じたいところです。



そして映画の構成上、陸軍の青年将校たちはこの民間人の起こした事件に沸き立ち、

「我々も準備が整ったから、すぐに行動を起こすべきだ!」

と盛り上がるのでした。

「よし、やろう」

と力強く言い切る橋本中佐。
いいのかそれでーっ(笑)



彼らは、あてにしていた宇垣陸軍大臣に、革命のあかつきには軍事政権の首班として
立ってくれることを大川周明を通じて頼むのですが、宇垣、渋い顔。

「わしゃーそんなこと引き受けた覚えはないぞ!
革命などもってのほか、首謀者を取り締まれ!
いうことを聞かんやつは満州送りだ」(意訳)

せっかくここまで出世したのに、わざわざそんなややこしいことに首を突っ込みたくないでしょう。
上に立てば面倒ごとは避けて、無事に任期を終えることだけを考えるのが人の常です。

 

そして昭和6年、柳条湖事件が勃発。
またもや列車の爆破事件が起こり、陸軍が「中国側がやった」としたのですが、
その証拠というのが現場に残されていた中国軍の帽子と銃って・・・(笑)

なんというか、こんなバレバレの工作をやっておいて開き直るあたりに、
現代のアメリカ政府のやらせの数々を見るような気がしますね。私見ですが。

このときの首謀者は関東軍高級板垣征四郎と作戦参謀であった石原莞爾でした。

この場面では本物の戦車が本当に使われているのですが、これはなんだったのでしょうか。
・・・自衛隊?

 

ところで映画が始まってからずっと橋本中佐とか重臣のお爺さんばかりが出てきて、
全く面白くもないだけでなく絵面としても地味~だったのですが、ここでようやく出てきましたよ。

陸海軍の青年将校たちが。

実は橋本欣五郎中佐は「桜会」という超国家主義的な秘密結社を作り、
政党政治が腐敗しているとするとともに、農村が疲弊していることを憂えて、
いわゆる満蒙問題を主張して農民を救おうとしていました。

桜会には参謀本部や陸軍省の中佐以下の中堅将校20余名が参加し、
そのなかでも橋本を中心とした急進的なグループは、大川周明らと結んで、
1931年(昭和6年)3月の三月事件、同年10月の十月事件を計画していたのです。

このシーンは、陸海軍の将校たちが一堂に集まり、その謀議をしているシーン。
なんと、ここまでで映画はもう半分終わっているのです。
安藤大尉たち2・26の首魁将校たちが登場するのはまだまだ後半3分の2位から。

というわけで、これはいわゆる「2・26映画」ではないらしい、
ということがここまで観てようやくわかったわたしです(笑)


後半に続く。 



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