さて、映画開始以来から陸海軍の青年将校たちが起こしてきた流血事件を、
間に民間人の犯罪であった濱口首相暗殺を交えてだらだらと(だってそうでしょ~?)
語ってきたこの映画、ようやくここで2・26事件に到達しました。
というわけでここで初めて宇津井健登場。
相沢事件で相沢が軍法会議にかけられたことを憤り、クーデターを2月中に起こそう!
などと青年将校たちが盛り上がる中、一人浮かない顔で考え込む様子の安藤大尉。
仲間に革命結構に加わることをを促され、その態度を責められても返事をしません。
人一倍部下思いだった安藤大尉は、まず兵のことを考えていました。
決起すれば彼らを反乱軍にさせることになりかねないからです。
そんなある日、安藤大尉は部下の兵が盗みを働いた科で叱責されている現場に立ち会います。
悪いこととは思いながら実家に送るための金を戦友から盗んだのでした。
実家が貧農でとても食べていけないので、妹は女郎をしている、という彼の告白を聞き、
あらためてショックを受ける安藤大尉。
この話はいろんな媒体で再現されているので実話であろうと思われます。
2・26事件の決起将校たちは、決行前、陸軍上層部の軍人たちの考えを探るために
主だった何人かに接触していますが、彼らの意向はある意味はっきりしていました。
川島義之海軍大臣の言ったという、
「気持ちはわかるがしかし我々の立場も汲んでくれ」
というのが陸軍のお偉方の総意であったということです。
これは山下奉文ですが、皇道派の幹部だった山下は彼らに理解を示したと言われ、
このとき軽口のつもりか、サービスのつもりか、
「海軍の岡田か?あんなやつはぶった斬るんだ」
などと実際にも言ったようで、これも幾つかの媒体が映画に採用しています。
これは単に、山下が日頃岡田首相が嫌いだったという話なのでは・・。
しかし青年将校たちはこんな言葉に「お墨付き」をもらったように力づけられ、
決行への意志をさらに固めるのでした。(−_−;)
さて、相変わらず決起には否定的であった安藤ですが、ある出来事が考えを変えます。
懇意にしていた新聞記者の藤野が、憲兵隊に拷問死させられたのでした。
この一連のストーリーは創作で、安藤大尉が藤野を訪問し、
「暴力による革命は絶対にいかんよ」
と諭されたこともあり、決起には不賛成であったということにしてあります。
実際安藤は襲撃することになる鈴木貫太郎を訪問し、その人格に感銘し、
鈴木の書を所望してそれを自宅に掛けていたのですが、
話が複雑になるためか、それらのエピソードをこのように「薄く」語ることにしたようです。
ここで藤野の娘がなんとなく安藤に好意を持っているように描かれていますが、
この映画製作当時、将校たちの人間関係、特に妻については世間に明らかにされていなかったからでしょうか。
まるで安藤大尉が独身であるようにも見えます。
ところでこの部分にはとんでもない矛盾があります。
新聞記者藤野は、軍政府の樹立をなにより戦争への近道であるとして、
軍部の暗躍を世間に明らかにしようとして惨殺された人物です。
ところが安藤大尉始め青年将校たちの決起の目標は、武力革命で軍事政権を打ち立てること。
つまりそれこそが藤野の恐れていたことのはずなのです(笑)
なのにその安藤大尉は彼の死によって決起を決心する・・・?
というわけでこの大失敗に気づいたとたんに、硬派すぎるが誠実に作られていると思っていた
この映画の評価を、Bランクにだだ下げしたエリス中尉でした。
これは明らかに脚本家のミスで、安藤大尉が軍部の暗部を暴こうとする新聞記者に
啓蒙されていたという無茶な創作がもうすでにアウトでしたね。
というか、このシーケンスにスタッフの誰も疑問を抱かなかったんだろうか。
なぜか藤野は新聞記者のくせに()東郷平八郎の直筆「忍」の書を所蔵していて、
「5.15のときに東郷元帥は海軍将校を厳罰に処するように言ってわたしにこれをくれた」
などと言います。
果たしてその東郷元帥は本物だったのだろうか。
忍という字は心に刃を乗せると書くんだよ、などと言ったのだろうか。
安藤大尉はちゃっかりこの書と、藤野の遺体とともに送り返された獄衣を所望して持って帰ります。
いや、それはどう考えてもどちらも家族が持っているべきでしょう。
それに安藤大尉、東郷の書はともかく、何のために人が死んだ時に着ていた血まみれ服を欲しがる。
それはともかく()ついにこれで安藤が決心をしたので、2.26事件は決行されることに。
雪の降る中次々と出動した歩兵第三連隊の兵たちは、まずは岡田啓介首相を
・・・・殺害するつもりで義理の弟を殺してしまいます。
こちら鈴木貫太郎侍従長宅。
鈴木貫太郎と安藤大尉の関わりについて、そして2.26のとき、安藤大尉は
なぜ鈴木を直接殺害しなかったのかについて、このブログでは推理も交えてお話ししたことがあります。
この映画では安藤輝三が刀で鈴木に斬りつけ、妻が安藤にすがって命乞いした、
ということになっていますが、実際のところは随分違っていたようです。
お時間とご興味のある方は目を通してみてください。
「天空海闊」 ~鈴木貫太郎
鈴木貫太郎と安藤大尉
他には高橋蔵相、斎藤内大臣、渡辺教育総監が襲撃に遭いました。
収拾に向けて鳩首会談して対策を講じる軍参議官たち。
彼らの行動を取り敢えず抑えるために、まずは
「諸君の行動は天聴に達せられあり、これ以上は大御心を待つ」
という陸軍大臣の告示文を出してなだめてみました。
そのうちお怒りまくられた陛下からもついに討伐命令が詔勅されたので、
とりあえず兵たちを原隊に復帰させることにし、それに従わないものがあれば討伐も止むを得ず、
という結論に達します。
中央、真崎甚三郎。(この役者も本人かってくらいそっくり)
行き詰まった青年将校たちが真崎にすがりつくように助けを求めます。
しかし真崎は
「原隊に戻れ。
もし引き上げなかったら、老いたりといえどもこのわしが陣頭に立ってお前たちを討つ」
と決め台詞。
真崎の事件への関与は色々と言われていますが、とにかく裁判では無罪でした。
しかしこの件で天皇陛下のご不興を買い、他の皇道派の軍人とともにこののち失脚しています。
真崎の言葉に呆然とする青年将校たち。
「真崎閣下も我々を見捨てたのか」
「もう誰もあてにできん!天皇陛下に直接親政を奏上するしかない」
完璧に彼らはあてにしていた最後の頼みの綱に見捨てられ孤立してしまったのです。
このあたりから、安藤以外の決起将校たちは極端に弱気になり出します。
しかし、一番決心が遅かった安藤大尉一人が、最期まで行動を貫くことを主張しました。
途中で止めるくらいなら最初からするな!と内心同志にも怒り心頭だったに違いありません。
そして一同が自決を考えた際も安藤大尉一人が徹底抗戦を訴えてそれを退け、
山王ホテルを拠点に最後まで頑強な抵抗を続けました。
投降を決断した磯部の説得にも「僕は僕自身の意志を貫徹する」として応じようとしませんでした。
安藤隊が最後まで立てこもっていた山王ホテル。
そこになぜか新聞記者藤野の娘、里子の姿が・・。
この時になって、栗原中尉が反乱部隊将校の自決と下士官兵の帰営、自決の場に
勅使を派遣してもらうことを提案しましたが、奏上を受けた昭和天皇は
「自殺するなら勝手にさせればよい。このような者共に勅使など論外だ」
と激怒され、拒絶あそばされたということです。
史実によると、安藤大尉は大勢が決したと知ると、部下に訓示を与え、
みなに隊歌「吾等の六中隊」を合唱するよう命じました。
そして曲が終わったその瞬間、ピストルを喉元に発射して自決を図りましたが、
陸軍病院で手当てを受け、一命を取り留めています。
この映画ではなぜか安藤大尉の自殺はカットされています。
「銃殺」もこの映画も、「安藤のメガネ」、そしてこの自決を描かなかったのはなぜでしょうか。
メガネはともかく自決は映画的にもドラマチックで意味のあるシーンとなったはずなのですが。
眼鏡といえば、裸眼の安藤大尉にもがっかりですが(宇津井健は眼鏡さえすればかなり似ていたのに)
この映画では実際美青年であったとされる栗原安秀と中橋基明を演じる俳優が
・・・なんというかまったくイメージが違うのが残念といえば残念すぎです。
もう少しこういうところで、サービスがほしい。映画としてのサービスが。
この映画では自決しようとする一同をなぜか安藤大尉が押しとどめ
「軍法会議で我々の意図を国民に訴えるんだ」
などと、本人なら絶対に言わなかったであろうことを言います。
そうだそうだ、と皆でうなずき合うのですが、そんなことで変えることができる世の中であったなら
そもそも流血革命なぞ起こす必要もないよね、思ったのはわたしだけ?
しかし、実際、彼らが自決せず裁判を受けることを選んだのには、
5・15事件の首謀者の刑が軽かったことから、まさか自分たちが死刑になるとは
思っていなかったという判断も手伝っていたといえます。
しかし上告はおろか弁護人もつかない暗黒裁判の末、首魁19名が死刑という判決が下され、
あっという間に処刑当日。
処刑場に到着し、自分で顔に被されていた目隠しをとって刑架を凝視する安藤大尉。んなあほな。
この特殊な形状ですっかり有名になった2・26の処刑台ですが、
この処刑が行われた東京陸軍刑務所には、その敷地跡に渋谷合同庁舎が建てられました。
現在、庁舎敷地の北西角には、処刑された19名の霊のために観音像が建てられています。
実際には、陸軍から籍がなくなって元将校となった受刑者たちはは全員獄衣のまま処刑を受けています。
映画では安藤大尉は目隠しを断って銃殺隊を凝視していますが、そういう記録はありません。
安藤大尉は家族からもらったお守りを身につけて撃たれたということです。
「天皇陛下万歳」を叫ぶ将校たち。
「風に乗って誰かの笑い声すら聞こえた」とこの1年後に処刑された磯部の書き残した獄中記にはあります。
銃殺隊は立ったまま受刑者を狙っていますが、実際は台に備え付けられた銃が
各自が頭に巻いた鉢巻の中央の丸い点を狙うようになっていました。
もし目隠しをしないとこのような受刑者の顔を見ることになってしまうので、
規則で目隠しは絶対にさせることになっていたようです。
相沢事件で処刑された相沢中佐も目隠しを拒否したのですが、執行官に
「規則ですし、それでは執行者が困るので」
と言われ、
「執行者が困る、それでは目隠しをしよう」
と言って刑を受けたということでした。
そして映画の最後でこれである(笑)
青年将校たちの愛国的意図は実らず、彼らの犠牲的精神を悪用した首脳部は
日を追って国政の主導権を握り、やがて世論を無視して事変を誘発し、
ついに大東亜戦争の火ぶたを切って日本の運命を敗戦の悲劇へと叩き込んだのである。
というのが最後のナレーターなのですが・・・・うーん・・・
言いたいことは幾つかあるけど、とりあえずひとつだけ。
まず、青年将校たちの愛国的意図とはなんだったですかね?
確か、軍事政権を樹立し天皇親政を行うことだったと思うのですが、
そうなっていれば実際の歴史よりましな展開だった、って何を根拠にいうわけ?
あれ、これと同じことを「ファイナルカウントダウン」で書いたなわたし。
とにかく、まさかそうなっていれば、その後日本は戦争に突入することはなかった・・・・
なんて言ってるんじゃないでしょうね?
と制作者に文句をつけつつ終わります。