ジュースやお茶の補給物資とともに甲板から一階下に降りたわたしたち。
掃海母艦副長による艦内ツァーはまだまだ続きます。
ところでいきなり余談ですが、副長といえば・・・・。
わたしは、よくキッチンに立つ時間を利用してHULUで映画を見るのですが、
「進撃の巨人」に雌型が登場して面白くなってきたところで、ふと
「ジパング」のアニメ版も配信されていることを知り、観始めてしまいました。
コミック本で全巻読んだはずなのですが、動画で見るとこのアニメ、細部が非常に
丁寧に描き込まれているため、昔より自衛艦、ことにイージス艦については
見学や観艦式で経験値が上がったばかりのわたしにとって、当社比で面白さも爆上げ状態。
その結果、「雌型巨人のうなじに誰が入っているのか」など、
わりとどうでもよくなってしまって、こちらにのめりこんでしまいました。
所詮アニメではありますが、艦内食堂の様子とか、その他ディテールにおいて
知識とシーンの絵合せが一致したようなことでもあると、
「ああそうそう、こんなだよね」なんだか嬉しくなってしまうものです。
これきっと自衛官の皆さんも「そうそう、この通り」とか
「これありえねー」 などとツッコミを入れて観ていたんだろうな。
ところでこの「ジパング」の三人のうち主人公的キャラの門松2佐は、
防衛大学校で砲雷長の菊池、 航海長の小栗と同期なのですが、門松2佐は
同級生二人がまだ3佐なのにもかかわらず、すでに階級において上官で、
「みらい」においては副長であったりするわけです。
実際の海自で、こんな三人を同じ船に乗せるなどということはあるのか?
と、前回は全く考えもしなかった疑問が今回まず沸きました。
この三人、もともと仲が良かったから良かったようなものの、基本的に組織は
そんな人間関係など考慮しないと思うし、暴走族上がりの小栗と秀才の菊池が
仲が良かったというのも、物語的にはありでも実際にはどうだろうって気もするし。
ところで、この物語の主人公、門松2佐は副長です。
副長とは艦長に次ぐナンバーツーで、乗組員の服務規律や訓練の立案などを行い、
全体の統制をはかる、大変重要なポジションだそうです。
つまり副長というのは「フネの論理」で全体的な判断を最終的に下す艦長より
ある意味、人間的な面での葛藤と、職務との二律背反に悩む可能性もあるわけで、
こういった物語の主人公には、艦長より相応しいポジションなのではと思われました。
という余談はともかく、この日の掃海母艦艦内ツァーの案内をしてくださった副長ですが、
このシリーズ始まってすぐ、知人から、
「その副長に艦内を案内してもらったことがある!」
という連絡をもらいました。
「ものすごくサービス精神の高い素敵な副長」
というのがその人の感想で、いつでも誰に対しても、一般に対する広報活動を
誠意を持って行っている、つまりこちらも「主人公キャラ」といった感じ?
夜の自衛艦内部を観られることに加えて、こんな副長による案内。
こんなお得な艦内ツァーがまたとあるでしょうか。
甲板の一階下にあるのが士官室。
士官という言葉は自衛隊では廃止になっているということになっていますが、
海自だけはこんな形でしれっと使い続けています。
こういうツァーで甲板下の士官室や艦長の部屋は見せても、その一階下の
曹士の部屋は決して見せないのも、気遣いというものでしょうか。
士官室の隅には共用のパソコンがあって、幹部が使用中。
モニターには後甲板の定点カメラの映像が映されています。
こちら側に、艦長以下士官室の幹部が、艦内で食事を取るかどうかを書き込む表が。
次の日の朝食の席次まできっちりと決まっている・・・。
黄色い札は「外から臨時に来て乗艦しているゲスト」。
この艦は掃海母艦なので、「敷設長」がいます。
「敷設長」というのは「Mine Laying Officer」という名称の通り、
機雷を敷設する任務の統括士官で、掃海母艦ならではの役職です。
それにしても、毎日毎回の席次が前もって決められているというのは、
さすが軍組織であります。
掃海母艦の艦長は2佐ですから、幹部の階級は同じはずですが、
役職によって「先任」が決まってくるので、その順番で席次も決まります。
士官室を出て、次に見せていただいたのは軍司令の個室。
一般組織の一番上級者の部屋としてみれば殺風景ですが、
船の中では最上級の仕様ということになっております。
「冷蔵庫がある!」
「なぜわざわざ貼り紙が・・・」
「立派ですねえ。もしかして作りつけですか?」
副長「違います」
扉を開けたら、ガワの大きさとはまったく違う小さな冷蔵庫が入っていました。
しかし、この艦内で自室に冷蔵庫があることそのものが特別の証。
群司令用の特別浴室。
これが船室であることを考えると、この浴槽の大きさは異常。
これより小さなお風呂のビジネスホテルなんて普通にあるよ?
もしかしたら自衛艦の幹部は、偉くなって初めて一人でこの塩水風呂に浸かった時、
「ああ、俺もついにここまで・・・・」
と感慨に浸ったりするのでしょうか。
青に掃海隊群のマークが入った立派なテーブルクロスがかかったテーブル。
いうまでもなく、この白いカバーのかかった席が、群司令、あるいは
幕僚などが参加した際の「一番偉い人席」です。
ちなみにわたしは今回このマークの豪華刺繍入りタオルを、
参加記念として帰りにいただいてまいりました。
龍が機雷をグイっと掴んでおり、後ろでは爆発が起きております。
この意匠は、割と最近までイルカが機雷を銛で突き刺しているシュールなものでしたが、
ある群司令の、
「イルカさんは可愛いけど、もっと強そうな方がいい」
という鶴の一声で、このマークに変わったという話でした。
確かにこれは強そうだ。
それはともかく、この部屋を見学した時に、
「幕僚と一緒に食事なんかすると僕たちカレーが喉を通らないんですよ!
緊張して!これ、どういう感じか分かりますか?」
という生々しい本音を聞いたことがある、とミカさんが言っていました。
自衛隊に限らず自分の会社の一番偉い人と食事をするのは気詰まりなものでしょうが、
特に自衛隊は現在の日本でおそらく最も旧軍のそれに近い階級社会でしょうから、
その「感じ」というのもおそらく我々の想像を超えるのでしょう。
うちのTOの業界も、恩師の大学教授は神様みたいなものなので、わたしが
向こうが話しかけて下さるので、調子に乗って軽~い調子で会話していたら、
TOの同期の愛弟子が、
「きっ、きみのおくさん、先生にタメ口きいてるよおー」
と震えていたそうです。
いくらその業界で偉くても、関係ない者にとっては普通のおじさんだし・・・。
と、階級社会にも会社社会にも一切関わらずに生きてきた人間は、呑気に思うのだった。
どうもここは偉い人がきた時の特別な応接室のようなものらしいです。
24時間コーヒーなど飲めるスタンドも完備。
「ぶんご」「うらが」は前にも書いたように、掃海隊訓練の旗艦となったり、
海外での掃海訓練では外国海軍の連絡士官を迎えるため、設備が万全なのです。
続いて医務室。
この医務室のマークは、何故寝ている人が脚を浮かせて腹筋をしているのか。
という細かいツッコミはともかく、ここには掃海母艦ならではの設備があったのでした。
減圧室。
掃海隊に所属するEOD(水中処分員)の本業はダイバーです。
この水中処分員の資格、体格と健康条件は大したことありません。
といっても、肺活量が3500ml以上で握力も35kgないとだめですけど、
問題は水中能力検定で、
1、25m潜水したまま泳げること
2、45mを4回の息継ぎで潜水したまま泳げること
3、400mを10分以内に泳げること
4、水深3mから5キログラムの錘を持ち上げられること
5、足ひれをつけて背泳ぎしながら腹に5kgの錘を乗せて25m運べること
大抵の人間には無理ゲーです。
特に最後、これは想像するに、
この状態ですよね?
これは可愛い・・じゃなくて、これはきつい。
しかし、こんな条件をくぐり抜け、EODになりたいという夢を叶えた
あの横須賀で見た女性隊員は本当にすごいなあと感心します。
とにかく、これだけずば抜けた身体能力を備えていないと務まらないEODですが、
勤務そのものも大変過酷なもので、作業中の事故も多く待ち受けています。
その一つが減圧症。
昔は(今もかな)潜水病として知られていたこの現象は、深海で高圧中に
微小なものであった血液中の気泡が、急激に減圧、すなわち地表に戻ることで大きくなり、
そのうち酸素ボンベでの呼吸で血液中に取り込まれた排泄できない窒素の気泡が、
血管を塞いで血行障害を引き起こすのです。
これによってチアノーゼが見られたり、胸の痛みを覚えたり、重篤な場合は
脊髄に障害が残ったり、最悪死に至ることもあります。
この現象はなってしまったら自然治癒はありませんし、一刻も早く治療しないと
取り返しのつかないことになるので、まず掃海母艦に運び込むのです。
この上の写真はその減圧室に入る入り口です。
「減圧室」という名称ですが、これはどうやら「減圧症を治すための部屋」
という意味で付けられているのであって、正確には「高圧室」です。
内部のベッドには何かあった時に押すコールボタンがあり、
外から患者の様子を見ることのできる潜水艦のような丸窓があります。
減圧症になってしまったら、「高気圧酸素治療」を行います。
深海に潜る時には段階的に海中に止まりながら徐々に上がってくるのが常道で、
それは副長によると今でも同じなのだそうですが、昔は潜水病になったら
もう一度高気圧の深海に沈めるということもあったそうです。
減圧室の理論は途中まで同じですが、違うのは大気圧よりも高い気圧の中に患者を収容し、
同時に高酸素を与えるというもので、具体的には1時間ほど高気圧環境下に患者をおき、
長い時間をかけて減圧することによって、症状の緩和を図ります。
副長の説明によると、ここに備わっている装置は同時に二人の患者と、
治療のための人員を同時に収容できる最大のものだそうです。
1名の患者のみを収容するものを第1種装置、こちらを第2種装置といいます。
ちゃんと減圧室の中にトイレもあります。
上部に火災警報器がありますが、高圧室の中では少しの原因が火災を引き起こすため、
アルコール類や時計、携帯ですら持ち込みは厳禁とされています。
この治療を行う際の最も大きなリスクが、酸素中毒と火災なのです。
ほら、ここにも「火気厳禁」の札が。
いつでも人員を収納できるように患者衣が2着かけてあります。
この大掛かりなパイプだらけの装置は、見た時にはわからなかったのですが、減圧室の
なんたるかを知った今、酸素発生器とチャンバー内にそれを送り込むものだと確信しました。
チャンバーを出たところの執務机のようなところには、内部と会話できる
マイクやヘッドホンなどが備えてあるのがわかります。
「これ、圧力をかけたカップヌードルの入れ物です」
副長によると、こんな綺麗に縮むブツはこれをおいて他にないそうです。
これが高圧酸素室でかけられた圧によるものだとしたら、人間の体って
なんて柔軟性があるんだろうとあらためて感心してしまいますね。
ところで最後にまた余談の続きですが、「ジパング」は門松以外の全員が
タイムトラベルの記憶を全く喪失して、現代の日本に帰って来るというのがラストでした。
そのとき、「みらい」の副長は誰だったんだろう(棒)
続く。