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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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「Don't Give Up The Ship!」〜帆走フリゲート艦「コンスティチュート」

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それは、ニューロンドンの潜水艦基地にある原潜「ノーチラス」の艦内で見た、
野球大会の記念ボールに書かれていた文字がきっかけでした。

「ノーチラス対コンスティチューション」

どちらが勝ったのかはわかりませんが、「ノーチラス」のこのときの対戦相手が
ぱぱっと調べただけではただ帆船ということしかわからず、
例によって当ブログ上で丸投げしたところ、お節介船屋さんの情報により
これがなんと海軍の現役帆船であるということを知ったのです。

それにしても、アメリカから帰国以来13年間、毎年この地に来ていながら、
帆船「コンスティチューション」がボストンどころかアメリカ海軍の象徴であり、
観光の目玉であることを全く知らなかったわたし・・・・。orz


ノーウォークからウェストボロに移動してすぐ、TOが日本に帰国し、
一人になった途端、わたしはバトルシップコーブを始めこのコンスティチューション、
そして戦艦「セーラム」と海軍オタクの聖地のようなボストンの港港を渡り歩き、
そしてその全てを満喫したのですが、この帆船見学だけはいつもと少し趣が違いました。


というのも、この「コンスティチューション」の繋留展示してあるチャールズタウンは
ボストンの中でも歴史の古い(1628年に設置、翌年より入植開始)街で、
あの「バンカーヒルの戦い」の舞台となった土地でもあります。

そしてなんといってもチャールズタウンにあったボストン海軍工廠は
アメリカの海軍工廠で最も早い時期に(1600年)開設されたものです。
同工廠で最初に建造されたのは戦列艦「インディペンデンス」ですが、
33年後には、アメリカ副大統領、陸海軍長官を含む多くの高官および
マサチューセッツ州の職員たちが臨席し、ニューイングランドにおける
最初の海軍乾ドックにおいて、「コンスティチューション」 が就役しました。

これは未だに「アメリカ海軍史上における素晴らしい出来事」の1つとされています。

展示されているのが最古の現役艦であること、そしてその繋留港そのものが
歴史的に重要な、しかも現在も海軍の用地であること。

見学者が少なくて週末にしか公開しておらず、艦内見学しているのは
終始わたしだけ、というような船があれば、こちらはボストンの超有名観光地。
(わたしは知らなかったけど)
趣が違ってあたりまえというものです。



なにしろボストン随一の観光地であるネイビーシップヤードなので、
駐車場がどうなのかを大変心配していたのですが、
なんのことはない、周辺の路上に2時間までメーター制で停められました。

最近はクレジットカードが使えるパーキングメーターが増えたので、
小銭をいつも持ち歩かなくてもよくなったのは喜ばしいことです。



ネイビーシップヤードの方向に向かって歩いて行くと、まずこんな
いかにもドックでした、みたいな光景が現れました。




当時のネイビーシップヤードの地図を見ると、『1』が第1ドライドック、
『2』が第2ドライドックですから、位置的にこの部分は
昔第2ドライドックとして使われていた部分であると思われます。



今はドックとしては機能しておらず、まるで運河のような景色。
ドックだった名残りとして、周囲を線路が取り囲むように走っています。

ドックとミスティックリバーを望む左奥の立派な建物は複合ビルで、
上階がアパートになっているようですが、こんなところに住んでみたい・・。



チャールズタウンは古い建物が未だに多く残る地域ですが、
海軍工廠の建築物もほとんどがこのような当時のままのものです。

レストランなども中身だけ改装して営業しています。
条例による規則もあるのかもしれませんが、アメリカ人、ことにボストンでは
人々は古い建物を決して立て替えたりせず、使い続けるのが基本です。



ところで上の青空の写真はボストンを離れる前日、空港ホテルにチェックインする前に
家族と来た時のもの、そしてこの写真が一人で来た時のです。
空の色がまったく違うでしょう?

実はこの両日、同じ場所とは思えないくらい天候が違いました。
後者は蒸し暑く強烈な日差し、この日はどんよりと曇って風が強く、
震え上がるくらいの寒さだったのです。

顔が真っ赤になって家族に大丈夫かと聞かれるくらいの暑さと
寒いのとどちらがマシかと言われれば、断然後者ですが。



「コンスティチューション」の繋留してあるのは第1ドックです。
海軍工廠の敷地には誰でも無料で入ることができます。

工廠内にくまなく走っている線路に沿って「スケールハウス」と書かれた
小さなオフィスがありました。
何を「計る」のでしょうか。



スケールハウスの道の反対側の建物は造船所内にあったもので、
復元されて、さらには右側に見える新しく作った通路で別の建物と連結させ、
『U.S.S.コンスティチューション博物館』となっています。
ここも見学しましたが、素晴らしい充実度でした。
「コンスティチューション」の誕生からその歴史までを学ぶことができます。



こちら「コンスティチューション博物館」正面。
この旗の立っている部分の右側が「コンスティチューション」のいる
第1ドックがあります。



これが最古の現役海軍艦艇である「コンスティチューション」!
今までその存在すら知らなかったくせに、現物が見えると胸が高鳴ります。
この時にはまだ警官銃撃事件の余波が収まらなかった頃で、そのため
すべてのフラッグが半旗に揚げられているのでした。

一番右にはアメリカ国旗が揚がっていますが、あと4つはなんでしょうか。



ちゃんと現地には説明のボードが出されていました。

まずアメリカ国旗に見えたのは、

●「スター・スパングルド・バナー」(Star Spangled banner)

といって、15の星、15のストライプでした。
「コンスティチューション」が1812年の戦闘で揚げていたのがこれです。

上から二番目の赤字にイギリス国旗は、

●「ブリティッシュ・レッド・ナーバル・エンスン」(英国赤海軍旗)

「コンスティチューション」が1812年に戦った英国海軍の船、
HMS「ジャバ」、HMS 「レヴァント」が揚げていた旗です。

黄色と赤のストライプの旗は、

●「トリポリタン旗」

「コンスティチューション」が参加したバーバリー戦争で
 トマス・ジェファーソン率いるアメリカ艦隊が戦った
カラマンリー朝トリポリタニアの旗です。

その手前の青い旗には白字で

● 「Don't give up the ship」(船を諦めるな)

と書かれていますが、これ、確か「ノーチラス」のダメコン10則の
一番最後に書かれてましたよね?
この言葉はUSS「チェサピーク」がボストン湾でイギリスの戦艦HMS「シャノン」に
捕捉され、砲撃を受けて瀕死の状態に陥った艦長、ジェームズ・ローレンスの
最後の言葉だったということです。

ちなみに、最後の言葉はふた通り伝えられており

「船を諦めるな。沈むまで戦え」(Fight her till she sinks.)
「早く砲撃をしろと伝えろ。船を諦めるな」(Tell them to fire faster.) 

いずれにしても「船を諦めるな」が海軍のモットーとして今日旗となっています。



ちなみにこれがその現場写真。

最後の白い旗は

●「自由貿易と船員の権利」(Free Trade And Sailors Right)

 USS「チェサピーク」が1813年に揚げていた旗です。
アメリカがイギリスに対して海上での自由貿易を求めた、というのが
そもそも1812年の米英戦争の大きな原因だったわけですが、
改めて米英戦争について書かれたものを読んでみると、アメリカ人の
ネイティブ・アメリカンに対する残虐な描写ばかりが目についてですね・・・。
この戦争ではインディアン達はアメリカ人の侵略活動による西進を防ぐため、
イギリスと手を組んだことから、

司令官ジョージ・ワシントン(米初代大統領・米英戦争以前に病没)は
この地を領土とするイロコイ族の皆殺しを指揮し、彼らの集落を徹底破壊して、
イロコイ族から「町の破壊者」と恐れられた。
イロコイ族が英軍と同盟を組んで米植民政府側に刃向かったからである。
ワシントンは軍隊に殺したイロコイ族の皮を剥がせて、軍装の飾りにさせていた。

とか、

ジャクソンは殺したインディアンの鼻をそがせて戦利品とし、
死体から皮をはがせて軍馬の手綱にさせた。
また「女を生き残らせるとインディアンがまた増える」として、
赤ん坊でも幼女でも、かまわず女を虐殺させた。

とかね。
アメリカ人はこういうの、学校でどんな風に教わってるんでしょうね。 
まさか、教わってない・・・? 




「コンスティチューション」は2016年夏現在ドライドック入りしており、
ここ第1ドックにおいて補修中となっています。

1992〜5年に彼女は大改装によって稼働可能な船として生まれ変わり、
1997年、この年は彼女の200歳の誕生年であったわけですが、彼女は
実に116年ぶりに海に帆を張って航海に出ました。

その40分の航海の間、ミサイル駆逐艦とミサイルフリゲート艦が2隻、
彼女の護衛を行い、また空にはブルー・エンジェルスが飛来して
彼女の復活に敬意を表したということです。

1797年に就役してから219年の時を経ても未だ現役の最古艦。
海軍における象徴であり、アメリカ海軍史上最も有名な海軍艦であり、
そして現在の彼女の使命は、海軍の歴史とともに海軍そのものを
人々に広く知らしめる広報大使としてその姿を見てもらうことにあります。




「コンスティチューション」がドライドックに入っているの図。
ほぼ同じ角度からたまたま写真を撮っていました。
周りの建物の様子こそ今と変わっていますが、「コンスティチューション」と
彼女が鎮座しているドックだけはこの絵と寸分変わることはありません。


次回、この第1ドックのこともお話ししていこうと思います。


続く。

 


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