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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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乗組員乗艦〜護衛艦「いせ」転籍壮行行事(+社会人としてのカラオケ道)

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護衛艦「いせ」が呉から佐世保に転出する日、自衛艦旗掲揚をエレベーターから見届け、
そのまま降りてきたところまでお話ししました。

「いせ」の前には、幹部、海曹、海士の代表が儀式のために並びました。

「いせ」後援会の皆さんは、その間ずっとこのようにのぼりと横断幕を
持ってきて、「いせ」に向けておられました。
のぼりを持っている女性が帰りに乗り込んでいた車は奈良ナンバーでしたし、
後援会会長、理事は「いせ」のためにいつも大阪から来ておられたそうです。

これは乗艦用に駆り出されたごく一部の代表メンバーです。
他の「いせ」乗組員は、皆この後の出航作業にかかっています。

艦長が代表メンバーの前にたちました。
列のなかには、昨夜ヘリ着艦の話を聞かせてくださった副長兼務飛行長、
佐世保に是非遊びに来てください、と言ってくださった先任伍長もいます。

巨大な「いせ」の艦橋は岸壁からは随分遠く見えます。
いろんな人が出港前の作業で入れ替わり立ち替わりここに立ちます。

先任伍長は昨年の7月から「いせ」勤務だそうです。
艦艇の勤務に限らず自衛官の任務は1年から長くても2年が普通で、
しょっちゅう転勤があるので、わたしが前回乗った時とは
艦長、副官以下幹部はほぼそっくり入れ替わってしまっています。

しかし、個々の自衛官にとって自分の乗った船というのは特別の感慨を持つようです。

 

今回お話しさせていただいたある幹部は、最初の勤務が「みょうこう」でした。
中学生の頃、「イージス艦が日本に導入される」というニュースを聞き、
胸躍らせて自衛官になることを決心したこの幹部は、念願叶って最初の配置が
ど真ん中のイージス艦であったことに狂喜したそうです。

「でも『バトルシップ』で『みょうこう』沈められてしまいましてね」

「あー、実際に使われたのは『あしがら』だったみたいですけどね・・・。
しかし、よくあれ、自衛隊が現役艦を沈められる設定を許しましたよね」

「何処かの国じゃなくてエイリアンだからいいか、ってことじゃないですかね。
それに、そもそも『みょうこう』はその前に『亡国のイージス』でも
『うらかぜ』役でやられてますから」

エイリアンじゃなくて同じ護衛艦にですけどね。
あれは石破茂の鶴(には見えないけど)の一声があったからでしょう。

「もうあれでふっきれたってとこじゃないですか」

とにかく、自分の自衛官人生で最初に乗った艦がよりによって創作物で
二度も沈められた、というのは彼にとって決して楽しいことではないとか。

 

このとき撮影が行われた「みょうこう」の乗組員は、撮影終了後
真田広之と記念写真を撮ったりしたそうですが、

「あんなかっこいい先任伍長は自衛隊には絶対におらん!」

というのが皆の一致した感想だったということです。

さて、壮行式典が始まりました。
まず、呉地方総監池海将が、「いせ」が災害派遣でフィリピンに赴いたこと、
そして呉で行われたカレーグランプリで優秀な成績をあげたことに触れながら、
これまでの呉での勤務をねぎらい、佐世保での活躍を希望すると挨拶されました。

「いせ」艦長高田一佐が決意表明のような挨拶をし、敬礼。

高田一佐は通算9年間に渡り合計4隻の艦長を歴任してこられ、
この「いせ」艦長で自衛官生活を終わる予定です。

もっと多数の船で艦長をやった人はいますが、通算9年間は最長記録だそうで、
これは同期や後輩からやっかまれても不思議はないくらいなのだとか。
今や「暗い夜道は気を付けよう」とさえ言われているということです(笑)

この後呉の市議会議員の方などの挨拶がすみ、乗艦が始まりました。

この小隊で掛け声をかけていたのは女性士官でした。

埠頭にスタンバイしていた呉音楽隊の行進曲「軍艦」の演奏とともに行進開始。

ラッタルを上がって艦内に消えていきます。

副長(兼飛行長)が隊列の一番最後を歩きます。

最後に艦長が見送りの皆さんにご挨拶をして行かれます。


最後のギリギリに声をかけられ、駄目押しの敬礼を。

高田一佐の敬礼は少し指を開くのが癖みたいですね。

そしてサイドパイプが吹鳴される中、艦長乗艦。

次の瞬間、早回し映画でもみているような機敏な動作で、
舷門に控えていた乗組員がラッタルの片付けを始めます。
まず手すりにかかっていた艦名入りのカバーを外し・・・・、

上から出てきたブーム式のクレーンでうぃーんと引き上げ。
ラッタルの引き出しの時には、岸壁に待機している自衛官がみんなで
とにかく引きまくれ!みたいな感じでロープを引っ張って
出すものだと思っていたのですが、さすがにDDHは完璧に自動化されているようです。

ラッタルは空中で向きを変え、艦内に収納されます。

繋留してあるもやいを外す作業のために岸壁を疾走するセーラー服。

もやい杭にかかるもやいが外されていきます。

外したもやいがするすると引き上げられ登って行く様子。
向こうの岸壁に見えている建物には「工作部」とあります。

あっという間に艦長が赤いストラップをつけ艦橋デッキに姿を現しました。
青ストラップの二人は手前が砲雷長、トランシーバーを持っているのが船務長。
「いせ」幹部のトップが並んだ瞬間です。


ここからは個人的な感想の類になりますが、わたしはこの光景を見て、
ある感慨もひとしおでした。

この瞬間から遡ること半日、懇親会が終わった後、
今から二次会に行かれる幹部の一人にお誘いを受け、
わたしは呉市内のとある雑居ビルにある小さな飲み屋さんにいました。

お店の隅には「いせ」が日向灘の細島に寄港した時の記念酒が。
細島岸壁というと、わたしがミカさんと掃海隊訓練で掃海艇を見に行ったところです。
このお酒は、この地域で自衛艦を支援する後援会のような団体から送られたようです。


会社勤めをしたことがなく、合コンなどの類も全くご縁がなかったわたしは、
こういう飲み会に参加すること自体この長い人生において何度目か、というレベル。
ましてや自衛官の方々のプライベートを垣間見ることもなかったため、
この呉での一夜には驚かされました。

参加メンバーはおそらく懇親会参加組の女性二人と初級士官を除くほぼ全員で、
つまり艦長からトップ何人かということになるでしょう。

今の飲み会というのはイコールカラオケ大会ということになっているようで、
一人が時差で入店するごとに盛大に乾杯が行われ(笑)
あとは途切れることなくカラオケ、カラオケ、カラオケ。

難しいことを考えず、喧騒に身を任せてオンオフを切り替えるのが、
自衛官に限らず社会人のリフレッシュ法なんだなと知った次第です。

ところで恥ずかしながらそういう社会経験のないわたしは、
まさか人生何度目かのカラオケに呉で参加することになろうとは夢にも思わず、

「こういう時に歌うべき歌」

の見当すらつきません。
右側の船務長にも左側の艦長にもデュエットの曲をお誘いいただいたのですが、
ことごとく知らない曲ばかり。
かろうじて聞き覚えのある「居酒屋」を艦長と歌って終わりました。


あとでその道の達人であるTOに散々だった体験を話し、

「ああいう時って、一体どんな曲を歌えばよかったの?」

と聞くと、

「構成する年代にもよるけど、無難なのはサザン」

あー、サザン歌ってた人いたなあ。

「あとは懐メロ。誰でも知ってるやつ」

あー、「高校三年生」も出たなあ。

「♪あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜 海上自衛隊〜♪」

って替え歌歌ってたっけ。

「憧れのハワイ航路なんかは?」

「古すぎる。だめ」

「わたしに歌えるのなんて英語の歌くらいだったんだけど」

「英語の歌は上手くても下手でもシラケるだけ」

そして、はえーと思ったのは以下の言葉でした。

「自衛隊のようなはっきりとした階級社会は、例えばそういう時に
絶対に艦長の持ち歌は歌わない、みたいに皆気をつかうべきところは遣ってたはず」

はえ〜。

 

艦長は知人の方もおっしゃっていたようにお上手で、福山などを歌い、
(TO曰く『福山を歌う人は内心自分をいい男だと思っている傾向にある』)
KinKi Kidsの「青の時代」のあと、

「いい曲でしょ。
退職の日にはこれを流すつもりなんです」

とおっしゃっていました。

 

ともかく、社会人たるもの、こういう時にどういう曲を歌うかということまで、
実は仕事の一環としてちゃんとインプットしているものらしい。

「じゃわたしが『居酒屋』一曲でお茶を濁したのは・・・」

「それ正解」

「宇宙戦艦ヤマト」や「月月火水木金金」、ましてや英語の「錨を上げて」
なんて歌わなくてよかったってことみたいです。


しかしそれより何より、懇親会の後、カラオケで歌い狂い、
マラカスを振りまくって時々エグザイルみたいに踊りまくるという

(参考例)

イレギュラーな初対面の翌日、その同じメンバーが別人のように
(`・ω・´)シャキーン!としている様子に、いかに社会人とは
オンオフ切り替えてバランスをとって日々の仕事をこなすものであると
常識として知っていたとはいえ、そのギャップのあまりの大きさには、
わたくし、たいへんなカルチャーショックを受けました。


この日懇親会が行われた「五月荘」はかつて海軍料亭でした。
その頃の呉軍港の海軍軍人たちも、彼らのようにオフには陽気に歌い踊り、
(ただし上下関係には気を遣いつつ)それでも時間が来れば嘘のように
平常モードになって、艦に戻っていったのでしょう。

こんなところにもある種の「海軍伝統」を垣間見た気がしたわたしです。


続く。

 


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