3月の声を聴いたとたんいきなり春めいた先週末、
横浜のみなとみらいで行われた横須賀音楽隊の定演に行ってまいりました。
東京音楽隊、呉音楽隊、そして横須賀音楽隊と海上自衛隊の音楽隊の
定期演奏会を続けて聴く機会を得たわけです。
会場はみなとみらいホール。
ホワイエやロビーに広がりこそありませんが、ルーシーというオルガンを
中心に備え、大変重厚感のある好きなホールです。
写真を見てお分かりのように、ちょうど二階の真正面の席でした。
この日は少し事情があって席に着くのが開演ギリギリになってしまったのですが、
始まるまでにステージではジャズっぽい曲のミニコンサートがあったようです。
これがあるから、自衛隊音楽隊のコンサートは早く行くべきなんですよね・・。
拍手に迎えられて、ステージに人が乗りました。
(オケの人は出演することを『乗る』といいます)
最初に思ったのが、制服を着ていない、つまり民間のエキストラが多いなということ。
念のためプログラムで調べてみたら6人。
それだけでなく、東音、呉音、佐世保、大湊(!)からのトラは12人でした。
音楽隊の人事についてよくわからいないのですが、通常このように
各音楽隊に応援を要請することになっているものなのでしょうか。
華やかにオープニングを飾ったのは邦人作品。
わかりやすくて楽しい、打楽器が活躍する曲です。 詩的間奏曲 ジェームズ・バーンズ Poetic intermezzo : James Charles Barnes 「これはずるい」 と主旋律を聴いて思いました(笑)
いわゆる「文句なしにいい曲」です。 ミーファレードレー レーーミドーシドー
ドーレシーラ ドレシーラシ〜〜〜 このゼクエンツ系メロディがホルンのソロで始まるんですよ。
(”遠すぎた橋”と全く同じ音形ということは言いっこなし)
それで壮大に盛り上がっていきます。 2:58くらいから始まるオーボエは、まるで雲間から光が差してくるよう。
とにかく魅力的な曲でした。
エクストリーム・メイクオーヴァー〜チャイコフスキーの主題による変容
ヨハン・デ・メイ アンサンブルリベルテ吹奏楽団
チャイコフスキーの名曲を極端に(エクストリーム)メイクオーバーしたものです。 最初はがっつりと「アンダンテ・カンタービレ」。 1:57から、交響曲4番の第1楽章のテーマ。
3:20ごろもう一度「アンダンテ・カンタービレ」。 3:45に交響曲第6番第1楽章。 4:00に交響曲第4番冒頭のファンファーレ。
(中略) ところどころにアンダンテ〜のかけらがちりばめられたりして、
色々と混ぜ込まれ、最後は序曲「1812」で終わります。 いずれも有名なメロディなので、知っているメロディを探すだけで
ワクワクするという曲ですが、全てのエレメンツがオリジナルそのものの形で
出てくるわけではないので、ちょっと高度な宝探し気分です。 技量に定評のある横須賀音楽隊ならではの、粒の揃った音が、
このややもすると散漫になりがちな変容していく曲を
集中を途切れさせずに聴かせていました。 ここまで前半の演奏は副隊長の石田敬和一等海尉が務めました。 演奏会用序曲「スラヴァ!」レナード・バーンスタイン
最初は「序曲」と言いつつも華やかで派手で、
そこはかとない退廃を感じさせるバーンスタインの曲で始まりました。
最初の部分を指折って数えながら聴いたところ7拍子でした。
うーん、いいねえ7拍子。
バーンスタインは今年生誕100年なので、盛んにその作品が取り上げられています。
みなとみらいホールのロビーにも記念コンサートのポスターがありましたし、
記念のアルバムも発売されているようです。
「スラーヴァ」というのは司会の説明によると、ロシア語の感嘆詞ということでしたが、
スラヴ言語で言うところの「栄光」、日本正教会では「光栄」と訳しているそうです。
そういえばカウンターテナーの歌手スラーヴァという人がいますが、
スラーヴァは本名「ヴャチェスラフ」である彼の愛称です。
「スタニスラフ」「ヤロスラフ」「スヴィヤトスラフ」
など、後ろに「スラフ」の付く人は「スラーヴァ」が愛称になるそうですね。
実はこの曲、バーンスタインの友人でもあった偉大なチェリスト、
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
の愛称をタイトルにしたのだそうです。
ロストロがナショナル交響楽団の指揮者に就任したお祝いに書かれたそうですが、
サービス満点というか、最後に団員がみんなで
「スラーヴァ!」
と叫んで(3:25)終わります。
実は原曲にはロストロの飼い犬の名前(Pooks )を叫ぶという指示があるのだとか。
絶対これふざけてるよね。
蛇足ですが、ロシア海軍には「スラーヴァ」という軍艦が過去4隻ありました。
スラヴァ (戦艦) - ロシア帝国で建造された戦艦(艦隊装甲艦)
スラヴァ (軽巡洋艦)(ロシア語版) - ソビエト連邦で建造された軽巡洋艦
スラヴァ級ミサイル巡洋艦 - ソビエト連邦で開発されたミサイル巡洋艦
スラヴァ (ミサイル巡洋艦) - その1番艦で、現在はモスクワに改名し黒海艦隊の旗艦
ご参考までに。ってなんのご参考だ。
「烏山頭」〜東洋一のダム建設物語 八木沢教司
休憩時間に隣に座った元海将が
「(元東京音楽隊長の)谷村(政次郎)さんの肝いりで作られた曲です」
と教えてくださったのですが、これが驚いたことに台湾の
八田與一が取り組んだ通称八田ダム、烏山頭ダム建設をテーマにした新作で、
この日が世界初演となるとのことでした。
当ブログを読んでくださっている方なら、もしかしたら何年か前に
わたしが台湾旅行をした際にこのダムを見学し、その時に
八田與一の銅像を守った台湾の人々のことや、八田その人のこと、
さらには乗っていた船が攻撃されて沈没し、戦没したこと、そして
あとを追うようにダムに身を投げて自死した八田夫人のこと・・・、
様々なことを書いたのを覚えてくださっているかもしれません。
八田が心血を注いだダムの姿と、そのダムによって今日も青々と
水を湛えた嘉南大圳を実際にこの目に焼き付けたわたしは、
この曲をおそらく会場にいる人たちの中でも特に感慨を持って
聴いていた一人ではないかと自負しています。
気宇壮大なダム建設への意欲とその取り組み、そして
「ああ、ダムが敷かれて今大地に水が流れ出した」
と確かに感じる部分や、中国風のメロディが少し顔を出すなど、
思い入れがあってもなくても、その輪郭はくっきりと、
作曲者の意図を音を通じて伝えることに成功しているように思いました。
ところで、司会が八田與一の功績について説明するとともに、
夫人の死にもわざわざ触れたので少し不思議な気がしたのですが、
あとでライナーノーツを見ると、それが曲に織り込まれていたからでした。
その部分とは、具体的に女声で表され、横須賀音楽隊歌手の
中川麻梨子三等海曹(昇進されたんですね)が歌詞のないヴォカリーズで
その「悲しみの歌」を歌い上げました。
曲に先立って来場していた八木沢氏とともに、この曲を作曲するにあたり
八田ダムについてインスピレーションを与えた谷村氏も紹介されました。
詳細についてまでははわかりませんでしたが、この曲はそのうち
台湾でも演奏される予定だということです。
「シンフォニック・ダンス」ウェストサイド物語より
レナード・バーンスタイン
この日のプログラムに書かれていたので初めて知ったのですが、
ウェストサイド物語の主人公のカップルは、当初
「ユダヤ系移民の青年とイタリア系カトリックの少女」
という設定だったそうです。
バーンスタインがこの案に消極的だったのは、この現代版「ロメオとジュリエット」を
宗教対立の上に描くことをユダヤ人である彼自身がよしとしなかったからでは、
と今更のように考えてしまいました。
結局この二人がプエルトリコ系とポーランド系という設定になったのはご存知の通り。
偶然というか、やはりバーンスタイン生誕100周年ということで、
メインの曲が東京音楽隊と被理、同じ曲をこの関東在住の精鋭音楽隊で
聴き比べることができたのは素晴らしい体験でした。
みなとみらいホールは管楽器全体をまろやかに包み込むように響き、
オペラシティはどちらかというと輪郭がはっきりと聴こえてくるという
ホールの特性の違いも楽しめたと思います。
「サムウェア」のホルンのソロは感情表現含め素晴らしかったです。
ムゼッタのワルツ オペラ「ラ・ボエーム」より
ジャコモ・プッチーニ
前回の定演では同じくプッチーニの「ある晴れた日に」を歌い上げた
中川麻梨子三曹ですが、今回も超有名なアリアを聞かせてくれました。
youtubeは「オーケストラの少女」だったディアナ・ダービンが
立派に成長した姿を見ることができます。
どうもこの男性は、ディアナ・ダービンと訳有りですね(小並感)
画像には字幕がついているので見ていただければわかりますが、
ムゼッタは昔の恋人ロドルフォの前に金持ちのパトロンとやってきて、
「私が街を歩けば皆が振り向くの」とモテ自慢に始まり、盛んに
ロドルフォを誘惑しようとするというのがこの歌の内容。
・・・ディアナ・ダービンのは清純っぽすぎるかな(笑)
行進曲 軍艦 瀬戸口藤吉
みなとみらいホールの「軍艦」の響きが好きです。
低音がずっしりと重く、全体的に音色に厚みが出るので、
ここで聴くとすごく立派な感じがします。
始まった途端、会場では拍手が起こりましたが、わたしの周りでは
元海自の偉い人が多かったせいかほとんどが拍手なしで聴いておられました。
この日同行した自衛隊音楽隊のファンの知人が、盛んに
「さすがですねー」
と繰り返していたように、昔からその実力には定評のある横須賀音楽隊、
この日もプログラムの構成を含め、大満足の一夜となりました。
個人的な収穫は何と言っても「烏山頭」の世界初演を聴いたこと、
それから「詩的間奏曲」を知ったことだったでしょうか。
最後に今回の演奏会参加にご配慮いただきました皆様に感謝いたします。
どうもありがとうございました。