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オークランド航空博物館〜哀しきミグ15(人民軍仕様)


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Aeronca 7AC Champion

オレンジの機体が可愛いエアロンカ・チャンピオン。
1946年当時、2000ドルくらいで販売されていました。
主に個人使用と、飛行訓練のためにデザインされた機体です。

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これはエアロンカを使用したフライングスクールのパンフレット。
このスクールで学ぶとこのような道が開けますよ、という例として、
個人パイロット、商業パイロット、運送、テストパイロット、スチュワーデス、
運行管理者などなどが挙げられています。

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Kittfox IV 1200

小池一夫・池上遼一大先生作、全く意味不明のアクションマンガ、
「クライング・フリーマン」の主人公を思い出してしまいました。

組み立てキットを購入して飛行機を自分で組み立てるホームビルト機です。
ロータス・セブンなど「キットカー」の飛行機版ですね。
その中でも定番キットのひとつがこの『Kitfox』。
エンジンも選べるし、もちろこのようなアーティスティックなペイントをして楽しんだり・・。

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断言してもいいけど、これを描いたのは東洋人ではないでしょう。
ドラゴンには違いないですが、どことなく「記憶スケッチ」のような「それじゃない」感が・・・・。

因みにここの説明によるとこのキットフォックスは、
「このタイプで最もマーケティング上成功した」タイプなんだそうです。

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Thorp/Paulic T3B-1

先ほどのボーイング飛行学校のためにデザインされたT3B-1。
Thorpは、デザインしたジョン・ソープの名前からきています。

安定性はありますが、なんだか寸胴でかっこ悪いシェイプですね。
アメリカの飛行学校はサイドバイサイドで指導することが多いらしく、
このタイプは皆横に並ぶツーシーター式です。

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Rutan 33 VariEze

外にも展示してあった、ルタン・バリイージー。
サクランボのような形状の脚が可愛らしい。
でも、こんな脚でちゃんと着地できるのだろうか、そう思って画像を検索すると、
着陸のときはノーズの下からもう一脚を出してくる仕組みのようです。

地面に駐機してある時もこの前脚は出さないのが基本のようで、
まるでお辞儀をしているように見えます。

エンジンが後部にあり、ほとんどの重さがそこに集中するので翼はやはり後ろに位置し、
ノーズについている補助翼でコントロールを補助するのだそうです。

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Jurca MJ.77 Mustang

スピルバーグの「太陽の帝国」という映画で、日本軍の捕虜になっていた
飛行機オタクのジム少年が、「ナカジマゼロセン」の熱狂的なファンだったにもかかわらず、
日本が旗色が悪くなって米軍機が飛来するようになると、このマスタングを見て

「空のキャデラックだ!行け行け〜!」

と手の平返し、つまりどこの国のものでもかっこよければ良し、なオタクぶりで笑わせてくれました。

この映画について一度エントリを書いたことがあります。
軍事考証が無茶苦茶で、「こんな日本軍は嫌だ」のオンパレードであるこの映画。
しかし、この映画の中でも好きなシーン、
それがジムが零戦に頬ずりしているところに三人の海軍搭乗員がやってきて、
振り向いたジムが敬礼すると三人は威儀を正して答礼する、というあの場面です。
(それをなぜか陸軍軍曹の伊武雅刀が涙を流してみていて、がっくりしてしまいましたが)

それはともかく、零戦ファンのジム少年が一目で心を奪われたのが、このマスタングです。
搭載エンジンはロールスロイスのものなので、ジムは車に譬えて「空のキャデラック」などと言ったのかな。

このB型は、初期型に最初のマーリンエンジンを搭載したタイプで、これが昇華して
D型になるとこのP−51は「決定版」と言われ、ノルマンディ作戦にも参加しています。

ちなみにこれは、4分の3スケールの「レッドテイルズ」、つまり!あの

タスキーギ・エアメンバージョン

ということになります。

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あらあらうふふ、今気づいたわ。
ちゃんとレッドテイルではないの。

タスキーギ・エアメンについて書いたとき、P-51でも、C型かD型かという話を
読者の方に質問して少しお話ししてみたのですが、これはそれ以前のB型。
量産されていない頃なので、タスキーギが使った可能性はあまりないように思うのですが・・。

まあ、しょせんレプリカなので、史実はどうでも「タスキーギ仕様」にしちゃえ!
というところかもしれません。
もしそうなら、アメリカ人もかなりいい加減です。

これをわざわざレッドテイルにした理由は、この博物館に
「タスキーギ・エアメン記念室」があるからなんだと思ってみたりする。

この特別展示については別の日にお話しします。

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Mikoyan Gurevich MiG-15bis

わたしの記憶に間違いがなければ、これソ連機ですよね?
なんだってここにこんな塗装をされて存在しているのか。

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さらにさらに。

これ、たしか中国空軍のマークですよね?
漢字で八一って入っているし。

そう思って調べたら、面白い経歴がわかったのです。

1950年、中国が朝鮮戦争に投入したミグ15は、世界に衝撃を与えました。
西側諸国はそもそもソ連が戦闘機を作っていることを知らなかったからでもあります。

北朝鮮はろくな飛行機をもたず、最初の頃こそ制空権は連合軍が掌握していましたが、
中国軍がMig15で参戦するようになってくると、そうは簡単にいかなくなってしまいます。

ソ連はドイツのMe-262を捕獲してその技術で1940年代後半にはミグを飛ばしています。
ロシア人たちは、冷戦の果てには米軍の爆撃を受けることを想定していて、
B-29やB-50を迎え撃つという目的でにミグ15を開発していたと言われています。

朝鮮戦争が始まってからは、F-86セイバーに対抗するために効果的な仕様を施されました。
当時の米軍発表によると、セーバーとミグ15の対戦勝率は、4対1であったそうです。

ソ連は中国にこのミグ15のライセンス生産を許可したようですが、
結局中国は自力では全くミグ15は作っていません。

しかも中国はその後、台湾軍との間で航空戦を行っていますが、この機体で
ほとんどと言っていいほど芳しい戦果を上げることができないままでした。
これは、中国国内で生産されたものでないのでメンテナンスがいい加減だったことと、
バイロットの練度が非常に低かったから、ということになっているようです。


ここに展示されている機体はソ連で54年に製作され、中国でJ-2 Mig15として運用されたもので、
この「J」とは、中国語の「戦」(jian、战)から取られました。

これをどういう経路かわかりませんが、手に入れたアメリカ人が、冷戦後国内に輸送し、
しばらくの間このミグ15人民軍仕様は、このペイントのままで航空ショーに出されていたそうです。

いわば、さらしものっていうか、見世物扱いされていたわけですね。(涙)


ミグ15のコンセプトは小型・軽量の単純な機体に大出力エンジンを搭載するというもので、
この発想に西側の飛行機制作者は衝撃を受け、アメリカはさっそく
F−104「スターファイター」を開発しますが、こちらは

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結論として、この軽い戦闘機を爆撃機や全天候迎撃機として使うことはかなり無理があり、
そのせいで米軍での試用期間は非常に短かったようです。


因みに、金門橋で中国が台湾を砲撃したとき、
アメリカはここぞとこのスターファイターを、ミグと戦わせるため(たぶん)
台湾空軍に一個飛行隊分与えていますが、残念ながら交戦の機会はありませんでした。

スターファイターの開発者はきっと「ちっ」と舌打ちしたでしょう(たぶん)。


そして時は流れてベトナム戦争。

この戦争でミグが出現したのを認めたアメリカは「すわっ」と
ミグと戦わせるためスターファイターを投入しています。

ハブ退治にマングースを投入するみたいなもんですか。

違う?

しかし、このたびも北ベトナム軍とのあいだに交戦の機会はなく、
ただ中国の領空に入ってしまったスターファイターが撃墜されるだけに終わりました。

スターファイターの開発者はきっと「ちっ」と(略)


ミグの話をしているのに、このスターファイター、「最後の有人戦闘機」、
なかなか話題が多くてどうしても主役を乗っ取ってしまい恐縮ですが、あと一つだけ。

せっかく作ったからというわけでもないでしょうが、アメリカは
自分はろくに使わずに、日本や他の国には結構な数のこの機体を売りつけています。

ドイツも買わされた国のひとつでしたが、販売にあたって、まずドイツ人のパイロットは
アメリカでこの機体に習熟するための訓練を受け、本国で使用する準備をしました。
しかしながら、天候のいいアメリカで難なく操縦できても、天候不順なドイツでは
それが原因でパイロットの死亡事故が頻発し、ついには

未亡人製造機(Witwenmacher)
ウィドウメーカー(Widowmaker)←英語で
「空飛ぶ棺桶(fliegender Sarg)」、
「縁起の悪いジェット機」、
「アンカーボルト」(すぐ地面にめり込むから?)
「テントのペグ」(Erdnagel)」(これも地面にめりこむから?)

などという錚々たるネガティブなあだ名がついてしまったそうです。
ドイツ人、むっちゃ辛辣。


ブロンドの騎士とか黒い悪魔とか言われたドイツ空軍のエース、
エーリッヒ・ハルトマンは、このF-104の導入に最後まで反対していたということです。

もしかしたら、天候の決して温暖ではないソ連で開発されたミグなら、
ドイツで運用しても問題は無かったのかもしれませんが。










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