映画「今日もわれ大空にあり」、二日目です。
監督の古澤憲吾の代表作は「クレージーシリーズ」や若大将シリーズ。
戦争映画は加山雄三主演の「青島要塞爆撃命令」だけですが、
当時の映画界では珍しく愛国心の発露を憚らないタイプで、
東京裁判に異議を唱える立場から日本の近現代史を描く
『アジアの嵐』というタイトルの映画を制作しようとしていたほどです。
もちろんその計画は、政治的話題を嫌う東宝によって潰されることになるのですが。
この映画のタイトルです。
真っ赤に染められたタイトル文字、これは古澤の大好きな「日の丸の赤」で、
この色にこだわるあまり監督自ら現像所にまで出向いて作り上げたもの。
現像所ではこの色を古澤オリジナルの「パレ赤」と特に名付けていたそうです。
航空自衛隊の宣伝ともなる映画の企画が立ち上がったとき、
左翼隆盛の当時の映画界の中でも愛国心を隠さない古澤に、
監督の白羽の矢が立ったのはごく自然なことだったと言えるかもしれません。
古澤に加え、のちに「連合艦隊」など戦争映画の脚本を多く手がけた
須崎勝彌が脚本家として選ばれたことも、企画側の強いこだわりが感じられます。
で、この須崎さん、わたしはかねてからしつこくしつこく、
戦争映画の骨子はともかく、肝心の人間描写、特に女性の描きかたが
かなり変だと言い続けて今日に至ります。
この映画にも、こんな不可解なシーケンスが展開します。
食堂従業員の由紀をめぐってライバル同士の小村と佐々(いずれも二尉)。
風間の件で彼女を怒鳴りつけ、これですっかり嫌われてしまったと思いこむ小村に、
佐々は勝ち誇って彼女への手紙をことづけ、パシリを命じます。
腐りながら夜の浜辺で由紀に佐々からの手紙を渡す小村。
ところが佐々が由紀に当てた手紙に書いてあったのは
「小村はあなたと怒鳴りつけた。
あなたは風間をかばう小村の男らしさに改めて惚れたはずです」
田嶋陽子先生ならずともびっくりせずにはいられないこの超マチズム。
こういうのも時代だったのか、それとも単に戦前の男の主観なのか。
人物描写が雑すぎてわかりにくいながらも想像するに、どうやら佐々は
由紀が実は自分ではなく小村に惹かれていることを知っていたらしく、
「あなたの揚げた軍配に間違いはない。僕の負けだ」
だからいつ軍配が上がったんだようー!
要するに自分は身を引くから小村と付き合ってやってくれと。
それ以上に不可解なのが由紀さんの反応で、佐々からの手紙を読んで
「佐々さんて・・・・いいひとね」
そりゃどういうことだ。
わたし的にはパイロットならどちらでもよかったけどお、
どうせならイケメンの小村さんの方がいいって思ってたのでえ、
佐々さんが身を引いてくれてラッキー!
ってことかな。
そのあとの小村のセリフもすごいよ?
「あの野郎・・・・(由紀に向かって)おい!・・おい!」
女性に向かっておいとはなんだおいとは。
やっぱりこういうのも、怒鳴る男は男らしい、の延長線上ですかね。
その後二人は手を取り合って
「うふふふふふふふ」
「あははははははは」
と夜の浜辺をどこまでも疾走していくのでした。
そして次の瞬間、パーンパーーカパーン♪ と結婚行進曲が鳴り響き、
空自基地あげてのエプロンでの結婚式シーンとなって、観客の度肝を抜きます。
当時の観客、特に若いお嬢さんたちは、航空自衛隊のパイロットのお嫁さんになったら、
基地をあげてこんな素敵な結婚式をしてくれるのかしら、素敵!
と思った人も多かったんじゃないかな。知らんけど。
花嫁の控室は司令室。
由紀の着ているドレスは50年代の砂時計型シルエット。
ディオールなどのラインでも見られた最新流行型です。
由紀を諦めた佐々ですが、パイロットで女性にモテモテなのを自覚しているせいか
全く落ち込んでおらず、早速後任の栄養士さんに目をつけております。
ところが結婚式だというのに花婿は飛行テストに出かけて行って不在。
ん?ということはこの日は平日の勤務日だってことですかね。
案の定、霧が発生して浜松に帰って来られなくなり、小松基地に緊急着陸。
花婿不在の結婚式続行です。
パイロットの妻になったからには、こんなことはいくらでもある!
ということを新婦に叩き込むための航空自衛隊あげたヤラセに違いありません。
遠く離れた小松基地からかかってきた新郎の電話を神妙に受ける由紀。
新郎は偉そうに小松の管制室の椅子に脚を組んで座り、
「やあ由紀ちゃん、頼むよ末長く。(さらっと)
それから、君は二号で一号は俺の愛機だってことも忘れないでくれ」
態度悪すぎ。こいついったい何様のつもり?(怒)
わたしはこの後日本をも席巻したフェミニズムムーブメント、
通称「ウーマンリブ」に対して必ずしも肯定的な立場ではありませんが、
(というかむしろ否定的)もしこれが当時の男性から見た理想の夫で、
これに対して
「不束者ですがよろしくお願いいたします」
と答える由紀さんのようなのが理想の妻の姿だったとすれば、
その運動を起こす人の気持ちは、ほんの少しだけわかるような気もします。
それから皆で「大空の歌」という映画のオリジナル曲を合唱。
メロディはあの「空の精鋭」に通じる底なしの明るさに満ちており、
また「お座敷小唄」を思わせる「手拍子の似合う」曲調となっております。
でこの歌、世間的には全く有名ではないのですが、映画を見た人はおそらくご存知の通り
非常に強い印象を残す歌詞とメロディです。
かくいうわたし、今回エントリ制作のために何度かリピートして全篇を視聴するうち、
頭の中でこの曲の最後のフレーズ、
「ジェット ジェット ジェットパイロット〜♪」
(ミーレ ドーラ ソーソ ミーレードー)
がぐるぐるしているという「リフレイン地獄」に陥ってしまい、
それは今現在も続いていて、時々口ずさんでいる自分に愕然としています。
今、ブルーインパルスを音楽で表すとすれば、例えば
ブルーインパルスのテーマソングのように、映画「トップガン」などの
航空映画音楽の影響を受けた、スネアが刻むリズムに音速を表す金属音、
金管群の上昇的なメロディという一定のパターンに則ったイメージですが、
昭和30年代の超音速戦闘機の世界は、まだ旧陸海軍戦闘機隊の
「加藤隼戦闘機隊」や「搭乗員節」の延長にあったことがわかります。
というか、当時の自衛隊はこの映画の山崎二佐のように、
旧軍のパイロットがまだ現役で活躍していたという時代ですからね。
それにしてもこの歌っている隊員たちが、本物っぽい。
みんなちょっとずつ階級章やウィングバッジなどが違うし、制服もくたびれた感じだし、
胸ポケットにはよく見るとペンを入れている人もいたりしてリアル。
もしかしたらこれも浜松基地の人たちがエキストラ(口パク)をしているのかも。
音楽隊はおそらく完璧に本物。
中央音楽隊か、基地所属の音楽隊かはわかりません。
こちらも音は吹き替えだと思います。
祝辞を述べる隊長は心中複雑でした。
何しろ、その直前、基地司令に戦力外通告をされてしまったのです。
「君には飛行機を降りてもらうことになった」
「そんなバカな!」
「飛行機を降りろというのは死ねと言われるのと同じです!」
うーん、自衛隊のパイロットがどういう形で飛行機を降りるのかは知りませんが、
いくらフリーダムな空自でもこんなことをいう人は絶対にいないと思う。
現場を退いて地上勤務に入るのは自衛官にとってごく当たり前のことだし、
(上に行く人なら一層)海自の固定翼操縦者だった人にラストフライトについて聞くと
「今にして思えばあの時が最後のフライトだったんだなという感じだった」
なんてことをおっしゃっていたこともあるので、
空自もきっとこういうものではないと思います。
それに二佐ならまだ年次飛行っていうのもあるよね?
しかし、上からの命令は、隊長が先日勝手に練習機から飛び降りて
腰を痛めたことが「パイロットの資格にどうしても抵触する」のだそうで。
つまりあの熱血指導が自分の首を絞めてしまうことになったってわけですね。
自分のパイロット生命を賭してまで部下を導く、そんな熱すぎる隊長には
大東亜戦争中に搭乗員として負った、辛い過去がありました。
隊長の一人娘(15歳の酒井和歌子)は、父が入院している病室で
女性に宛てられた現金封筒を見つけてしまいます。
怪しんだ彼女は、その住所に訪ねて行きました。
これが文字通り「二号」とかだったらどうするつもりだったのか。
ところが彼女の想像に反して、宛先の家には老人が一人。
かつて戦闘機パイロットだった山崎、戦争末期に農村上空で飛行機が墜落し、
自分は落下傘降下で助かったものの、機が墜落したところにあった
幼稚園の先生、つまりこの老人の娘は死んでしまったのです。
山崎はそれからずっと亡くなった女性の名前で父親に送金を続けていたのでした。
その晩、二人がしみじみと来し方を振り返っていると、
嫁がいきなりこんなことを言い出します。
「もう(わたしは)あなたの世界に入り込めなくて寂しい思いをすることもなくなりますね」
「知っていたのか・・・!」
驚く山崎。黙って頷く山崎の妻。
奥方、自衛隊の内示情報を一体どこから手に入れた?
さて、今日で終わるつもりだったのですが、案の定後半が長すぎて
ブログ運営に表示できないと怒られてしまったので、もう一日やります。
続く。