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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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「ロング・ネイビー・ライン」〜平成30年度 幹部候補生学校卒業式

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 さて、大講堂での幹部候補生学校の卒業式は、卒業証書授与、
優秀賞等の授与に続き、任官任命ののち、幹部自衛官として初めて
「服務の宣誓」を唱えた新任幹部たちが退場し、無事終了しました。

招待者は大講堂の前に待機していたバスに乗り込み、そのまま
午餐会の会場まで連れて行かれます。

写真でしか見たことがない「留魂碑」の横を通過しました。
残念ながら右側に座っていたので写真に撮ることはできませんでした。

江田島術科学校構内には様々な記念碑、慰霊碑がありますが、
この「留魂碑」の由来とは、

大正5年、兵学校出身の中尉が「金剛」艦内で負傷し横須賀海軍病院で亡くなり、
大正8年、彼の同期である兵学校41期卒の若い士官たちが彼の早すぎる死を悼み、
「死後は魂の郷里江田島に集まらん」との思いを込めて建立したものです。

その後、昭和47年に永久保存のため江田島に移動保存されて今日に至ります。

揮毫は、大正8年当時連合艦隊司令長官だった海軍大将山下源太郎です。

バスは構内を時計と反対回りに走り、武道場の前を通過しました。
兵学校の武道場は昔「武徳殿」と言ったそうです。
京都に昔からあった武道学校(村上もとかの『龍』の舞台にもなった)
も、「武徳殿」という名前がついており、これは今もありますが、
なんでも大日本武道会の道場は全てこの名前だったそうです。

台湾には台南の嘉義の刑務所にも「武徳殿」があるとか。

兵学校の武徳殿は一度焼失したため、これは建て直したものになります。

武道場の前を通り、術科学校校舎の裏庭に出てきました。
広い敷地には芝生が敷かれ、運動などに使っている様子はありません。
ところどころ植わっている小さな苗木は桜でしょうか。

昔の兵学校を舞台にした映画などを見ると、かつては
建物沿いに池があったらしいことがわかります。

バスから降りて、この右側の建物の3階に案内されました。

前回ここに来たのは確か部内選抜幹部卒業式の時でしたが、その前は
確か兵学校生徒の同窓会が行われた時で、76期の皆さんとお弁当を頂きました。
近くに座っていた方から、広島に原爆が落とされた日のことを
生々しく語っていただいたのを昨日のことのように思い出します。

その時と比べると、改装したのか天井や壁が綺麗になっている気がします。

2年前の卒業式では、二手に別れて、来賓の挨拶をモニターで拝聴するという
今ひとつな方式でしたが、今年は新任幹部とその家族、そして来賓と自衛官が一緒です。


さすがは海上自衛隊、全ての席はいろんなことが考慮されて決められており、
席には名前を書いた紙とともに幕の内とお茶が置いてありました。

紅白の天幕とマイクの前が「上席」となります。

わたしたちのとなりには新三尉が一人で座りました。

家族が来ている幹部はもちろん一緒ですが、そうでない幹部もいて、
彼らは来賓の間に座らせて、交流をするような配慮がなされていました。

彼の袖を見て、先程までの錨が桜になっているのを確認し、

「新しい制服に着替えてこられたんですか」

と聞くと、前もって縫い付けたのを用意しておき、
大講堂から自室に戻って着替えるのだということでした。

任官が終わってから自分で縫い付けるのだと思っていたこともあったなあ(笑)

彼には色々質問をさせて頂きましたが、わたしとTOが前回江田島を訪れた時、
表桟橋で総短艇の練習をしていたことを思い出し、

「最後の総短艇はいつだったんですか」

と気になったことを聞いてみますと、

「この月曜日です」

つまり、わたしたちが目撃したちょうど一週間後だったようです。

「最後の総短艇ではわたしの班が優勝しました」

彼は嬉しそうに言いました。

海幕長の前にはクラスヘッド、チリ大使と在日米軍司令の前には
いずれも成績優秀者として表彰された「恩賜の短剣組」が座ります。

テーブルの向こう側は一術校長、幹部候補生学校長などのほか、
江田島・広島市長や水交会長などの来賓がずらりと横に並び、
こちら側には新任幹部の中でも優秀な成績を取った者が並んでいます。

彼らはたとえ家族が来ていても、一緒のテーブルに座ることはできません。
一種の「ノブレス・オブリージュ」として(笑)、必ず偉い人と向かい合って
彼らの質問に答えながら食事をするのです。

はっきりいってどんな豪快さんでもまともに食事が喉を通らない状態だと思われます。

卒業した新幹部を1年間校長として導いた幹候学校長が挨拶。

卒業式での訓示では、候補生たちが昨年の西日本豪雨で災害派遣に赴いたことを、

「国民への奉仕こそが我々の任務の本質と理解し、自らの職務にやりがいを感じたはずだ」

とし、精神、肉体とも厳しい教育を乗り越えたことに自信と誇りを持ち、
自分なりのリーダー像を確立してほしいという要望で締めくくりました。

続いては江田島市長が壇上に上がりました。
市長は、江田島市民が江田島の自衛隊と共にある証として、

「この度津久毛の瀬戸に「ご安航を祈る」のUW信号旗を
看板にして設置したので、そこを通る時には是非見てください」


と心を込めた調子で語りました。

先程クラスヘッドに記念品と賞状を贈呈した水交会会長赤星元海幕長。
必ず、水交会の歴史と意義を簡単に紹介し、

「水交会の会員になってください!」

と勧誘することを忘れない職務熱心な会長さんです(笑)

練習艦隊司令官、梶本大介海将補。

新幹部の代表としてまず、学生長が挨拶を。
最初は何も見ずに喋り出したのですが、だんだんと口調が重くなり(?)

「すみません、ど緊張しているので見ながら話します」

と皆を笑わせました。
わたしが前回出席した部内選抜幹部の卒業式で、全く同じように、
途中からカンペーを読みだした幹部がいたのを思い出しました。

飛行幹部の学生長は、特に緊張の様子もなく淡々と挨拶。

飛行学生出身の彼らはすでに飛行機を操縦して空を飛ぶという、ある意味ものすごい
緊張状態を経験しているので、人前で話すことなど緊張の内に入らないのかもしれない、
とチラッと思いました。

左のフェントン在日米軍司令官の後ろにも、チリ大使の後ろにも
通訳がいて、彼らの挨拶を全て丁寧に同時通訳しています。

さて、午餐会が終わりました。
もう一度同じバスに乗り込み、ここに来るのと逆コースで赤煉瓦に戻り、
最後の休憩をして荷物を全て持ち、お見送りに向かいます。

赤煉瓦の二階からバスに向かう時、行進開始前の新幹部たちが
こんな感じで待機しているのを目撃しました。

彼らの表情は概ね明るく、笑いながら歓談しているらしい一団もいます。

海軍兵学校の卒業式でも、表門に向かって赤煉瓦の正面から出て行く前、
ここで同じように待機していたに違いありません。

表桟橋に向かうバスは、いつものようにグラウンドを左回りしていきます。
いつもと違うのは、グラウンドの端を埋め尽くす見送りの人々の列があること。

「こういう光景は滅多に見られないのでよくご覧になってください」

引率してくださった一術校副校長が言いました。

「赤煉瓦もそうですが、術科学校となっている左側の建物も、
三階建が四階に改装されたとはいえ、ほぼ昔のままの光景です」

つまり、その同じ光景の中で、兵学校の昔と同じやり方で行われるのが
現在の海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式なのです。

表桟橋に近いところに、二本の細い紐を通し、名札が飛ばないように工夫した
「お立ち場所」の指定がありました。
実はこの順番にも「序列」があって、よくわかりませんが、防衛省の考える
「えらい順」に(笑)厳密にその順番が決められている、
というのは何度かこういうご招待を受けるうちにわかったことです。

決められた場所に立っていると、いつの間にか自衛官が足元の札を外しました。
時間きっちりに行進曲「軍艦」に乗って、江田島を巣立つ幹部が
赤煉瓦の生徒館から出てきます。

見送りの列は途中で大きくカーブを描くので、しばらくの間は
行進してくる幹部たちの隊列がこのようによく見えます。

ウェストポイントの「ロング・グレイ・ライン」ではありませんが、
これこそが海上自衛隊の「ロング・ネイビー・ライン」。

全ての幹部自衛官が、この長いネイビーブルーの列を歩んできたのです。

この日の江田島は呉地方総監の「おまじない」(てるてる坊主)が
功を奏して、朝方まで雨だったとは思えない晴天でした。

おまけに風もあり、国旗が見事になびいています。

実はこの「風」が曲者で、この後の「かしま」の出航トラブルは
この風に主な原因があった、というのを後に艦長から伺いました。

幹部の列がわたしたちの前にやってきました。
列の先頭に立つのは二等海尉の一団です。

大学院卒で任官すると二等海尉からスタートするそうです。
先ほど大講堂で任官する団体が二つに別れていましたが、おそらく
新三尉と二尉は別に行われたのでしょう。

任命のとき椅子の一番右側に座っていたのがこの人たちだと思います。
幹部候補生の制服の袖章は全員同じだったので、不思議に思っていたのですが、
後で聞いてそうだったのかと納得しました。

続いて新三尉たちがやってきました。
よく見ると帽章がいかにも「タイ風」の留学生。

女子新幹部の一団。

次々と通り過ぎて行く新任幹部たちの中には、感情が抑えられず
涙ぐむ何人かがいて、見送るわたしの胸もいつの間にか熱くなっていました。

士官となった彼らは表桟橋から内火艇に移乗し、この江田島から巣立っていきます。

 

 

続く。



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