先日、知人からショートメールが入りました。
「公開中のハンターキラー潜行せよを観てきました。
潜水艦好きにはたまらない映画でした」
なんと、いまどき潜水艦映画?
このブログを始め、戦争映画について数々取り上げてきましたが、
その期間を含め、潜水艦ものが公開されたのは初めてです。
世に、
「潜水艦映画にハズレなし」
という言葉もあるように、潜水艦そのものの機構や動力が時代と共にに移り変わっても、
海の中という極限で戦うこの特殊な兵器を描いて、もしつまらなかったら
それはよっぽど監督がヘボだ、というくらい、潜水艦映画は面白いと云われます。
まあ、わたし的には、名作中の名作と言われる
「深く静かに潜航せよ」
など、ここで取り上げてみると素人目にもツッコミどころ満載で、
プロットも穴だらけだったと深く静かに云わせていただきたいですが。
とにかく、そんな待望の潜水艦映画が封切られていると知った次の日、
たまたま午後がぽっかり空いていたので、早速観てきました。
予想通り、原題は「ハンターキラー」一語のみ。
「Hunter Killer」を日本語で検索すると「対潜掃討作戦」としか出てきませんが、
映画の中のセリフでは、
「攻撃型原潜」=attack-submarine
という意味で使われていました。
それをいうなら大戦中の潜水艦は全て攻撃型だったのではないか?
という気もするのですが、能力的に駆逐艦にも勝てなかった頃と違い、
防御力と攻撃力が向上し、対艦、対潜といずれもガチンコ勝負できるようになった
原子力搭載のものに限ってこの名称を与えられます。
ところで、ハンターキラーと言いながら冒頭の画像。
これはなんだ?とお思いになった方もおられると思いますが、
これは「空母いぶき」試写会でいただいたファイルケース。
「空母いぶき」が映画化されるという話は当ブログでも取り上げたことがあり、
公開されたらぜひ観に行こうと思っていたのですが、なんと公開に先立ち、
プレス用招待券をいただいて、一足先に観てきたのでございます。
卒業式と観桜会関連の記事が終わったら、5月24日の公開前に
試写会の感想を取り上げようと思っていたのですが、
今回奇しくもアメリカ原潜が主人公の映画を観に行って、色々と
比べてしまうところがあったので、そんな観点で話してみます。
ところで「ハンターキラー」を観て帰ってきたら、映画を教えてくれたのと
ちがう知人(こちらは女性)からショートメールが入りました。
「ハンターキラー潜行せよという映画見てきました。
ワクワクドキドキですごく面白かったです。
これ見てサブマリナーを尊敬してしまいました」
この文面から普通よりも自衛隊に「グーンと寄せてきている」
世間では珍しい部類の女性であることがお分かりかと思いますが、
なんと偶然にも、全く同じ時間に日本の全く別の映画館で
同じ映画を見ていたことがわかりました。
このシンクロ率よ。
わたしが観た映画館も、女性はわたしを入れて四人。
わたし以外は全員がカップルの連れで、年配男性多し、
という状態だったわけですが、彼女も同じような状況で鑑賞したとか。
年配の人の多い映画館あるあるで、英語の映画の場合、終わるやいなや
エンドロールの流れる中席を立つ人が多いという現象がありますが、
今回早々に出て行った人たちは、おそらくこの映画がアメリカ制作ではなく
イギリス映画
だったことを知らないに違いありません。
ついでに、制作チームが幾つにも分かれていて、ロシアの部分は
全てロシアスタッフによって作られていることも知らないでしょう。
(字幕に語尾が全て”V"の名前が並んだのは圧巻だった)
いやまー、普通こういう人たちが出てくる映画はアメリカ映画と思うよね?
ところがどっこい、グラス艦長役のジェラルド・バトラーはイギリス生まれだし、
監督のドノヴァン・マーシュも南アフリカ出身だったりするわけです。
道理ででセリフがわかりやすいと思った。
私見ですが、日本人にとってはイギリス英語の方が聞き取りやすいですよね。
米語を話す息子は信じられない、といつも言いますが。
という話はともかく、この世界の共通言語はイギリス英語。
ロシア人同士も英語で会話していました。(K−19方式)
それから、この写真、なんで「アーカンソー」にロシア軍人がいるかですが、
それを言ってしまうとネタバレになるので観てのお楽しみ。
このロシア軍人アンドロポフを演じているのもロシア人ではなく、
(ロシア語をほとんど喋らないのでその必要がないと思われ)
スウェーデン人俳優ミカエル・ニクヴィスト。
映画制作中に亡くなった人の名前が最後の画面に登場することがありますが、
今回は二人名前が出て、その一人がなんと主役級を演じたこの人でした。
ライナーノーツによると、彼は映画撮影中も肺がんと戦っていたそうで、
2017年6月に56歳で、映画の完成を見ることなく亡くなったそうです。
ところで、この映画のある意味一番大きなツッコミどころは、
「艦長がアナポリスを出ていない」
という設定かもしれません。
突如発生した国家的危機の非常事態に鑑み、事故の起こったロシアの海底に、
重要任務を与えて送り込む潜水艦に乗せる艦長がおらず、呼び寄せた男が、
「ずっと海の中で暮らしてきた」
と豪語するジョー・グラスだったということになっています。
特に飛び級したわけでもなさそうなのに、階級は少佐。
下士官出身で少佐になってもずっと潜水艦に乗っているって・・・あり?
これだと艦長でもないのに副長や航海士より階級が上ってことになってしまうんですが・・・・。
映画『ハンターキラー 潜航せよ』予告編
さて、この映画を観に行くことを潜水艦出身のある自衛官に報告したところ、
早速予告編を見ていうには、
「潜水艦の美味しいところを詰め込んだ作品みたいですね」
「これで艦長と副長が反目でもしてくれたらお腹いっぱいです」
確かに、写真下のエドワーズ副長(英語ではXO )は、正統派のアナポリス卒で、
グラス艦長が
「小さい時にこんなことをして(何か忘れた)遊んだだろ?」
というのに対し、
「わたしは艦長とは育ちが違います」
とさりげなく階級差別的なことを言ったり、(このへんがイギリス映画)
艦長の破天荒な指示にいちいち口を挟んだりしますが、
全体の内容の濃さから考えるとほんの味付け程度です。
ところがこちらはその「お約束」が物語の骨子になっていたりするんだな。
「空母いぶき」、このかわぐちかいじ原作の漫画を映画化した作品は、
海上自衛隊の協力は一切ありません。
今はなんでもCG処理できてしまうので、どんなシーンでも実際の装備を必要とせず、
協力を得なくてもなんとかなってしまうというわけですが、
そうなると案外手薄になるのが細部、特に自衛官の所作や制服の着方です。
当ブログ常連のコメンテーターunknownさんは、「空母いぶき」撮影の際、
なんとパーティのシーンにエキストラで参加したそうですが、そのとき、
(自衛官をやらせてくれと言ったら、年齢でダメと言われたとか・・・ドンマイ)
自衛官役の制服の着こなしが変(シャツの入れ方とかベルトとか)だったので、
注意した、とおっしゃっていました。
映画の姿勢としてそういうリアリティは追求しなかったのかと思ったのですが、
そういうわけでもなく、本編終了後、エンドロールに元海幕長の古庄幸一氏と、
潜水艦出身元海将の伊藤俊幸氏らのお名前を見つけました。
つまり何らかのアドバイスを元自衛官に求めたということになります。
その後、観桜会の席で伊藤氏にお会いしたので伺ってみると、それは
案外根本的な台本への注文だったことがわかりました。
「かわぐちかいじさんは自衛隊のことは知らないからしょうがないけど、
とにかく副長が(略)自衛隊にあんな副長はいない!と言って(以下略)」
なんと!
漫画「空母いぶき」では、空自パイロット出身の艦長、秋津に対し、
水上艦一筋できた(けど艦長になれなかった)副長の新波の
内心の反発がいたるところに溢れ出ていましたが(笑)、映画でも、
秋津の命令、例えば撃墜せよ!のような命令に対して、副長は
「この距離で撃墜すれば、敵パイロットの脱出はどうたらこうたら」
とか口答えするわけですよ。
それに対して艦長は、
「ここはすでに戦場だ」
などとドヤ顔で決め台詞を言ったりするのです。
やはりこの試写会をご覧になったunknownさんに感想を伺ったところ、
もっとも違和感があったのがこういうところだったそうです。
そもそもUnknownさんは、漫画「空母いぶき」を読むのを
途中でやめてしまったということですが、そのわけは、
「漫画で常々気になったのは、登場人物がよく議論するところです。」
なるほど、これがうざくて嫌になってしまったんですね。
「これは作品のテーマなので仕方ないとは思いますが、
実際には海軍の時代から、正面から戦うか、
避けるかというようなことは、現場では議論しません。
事前に上級司令部(海軍時代だったら、連合艦隊司令部。
自衛隊だったら、自衛艦隊司令部)から、どのような条件では、
どのように行動せよと細かい指示があり、作戦の途中であっても、
判断に迷うことがあると、必ず問い合わせます。
司令部からも現場の動きが見えないと指示を出します。
ちょうどレイテ作戦でレイテ湾に突入するかどうか迷っている栗田艦隊に
『天佑を確信し、全軍突入せよ』と打電した感じです。」
つまり、現場で高度な議論を延々とするのはあり得ない、と。
伊藤元海将がダメ出ししたのも全く同じ点だったことになりますが、
はて、ダメ出しして変えさせてこれということは、原案ではもっと
色々と「鬱陶しかった」(by伊藤)んでしょうか。
「ハンターキラー」での「アーカンソー」の副長も
「そんなことをしたら軍法会議ガー」
とか艦長命令に口答えするわけですが、こちらは先ほども言ったとおり、
味付け程度で収まっています。
ただ、発見したのは、どちらも「パターン」を伝統芸のように踏襲していること。
「空母いぶき」=空自出の艦長vs海自副長
「ハンターキラー」=下士官上がりの艦長vs兵学校出副長
つまり、
副長が艦長の軍人としてのランクに納得していない
ただでさえ反感があるのに副長の想像を超える戦略判断をしてくる
副長の反対を押し切って艦長は命令を下す
作戦は成功
艦長すげー!←イマココ
までがセットです。
保身第一のお偉いさんが、実直な軍人とぶつかるのもお約束です。
なんと、この、前例主義で先回りして失敗を予想していちいち怖気付き、
何かと人に当たり散らす小心な統合参謀本部議長を演じるのは
あの!ゲイリー・オールドマンだったりします。
「ハンターキラー」の紅一点はNSAの切れ者という設定ですが、
アメリカには普通に要所に女性がいるのでこれはOK。
問題はこっちだ。
「空母いぶき」にたまたま取材で乗り込んでいるという設定の
本田翼演じる女性記者、本田の上司の週刊誌編集長斉藤由貴、
本筋とはなんの関係もないコンビニのアルバイト。
この女性陣の必要性について、わたしは全く共感できませんでした。
本田翼ははっきりいってウザいの一言だし、
コンビニの話も・・・これどうしても必要だったんですか?
最後まで騒ぎを知らないままの中井貴一とか、
まあ、言わんとしたことはわからないでもないんですが。
「ハンターキラー」ではアメリカの敵はロシアです。
一人の野心的な軍人が起こしたクーデターという設定とはいえ、
アメリカと対峙するのは一応ロシア海軍です。
「空母いぶき」原作は敵は中国となっているはずのに、なぜか映画では
見たことも聞いたこともない架空の国、東亜連邦が出てきます。
具体的な国同士のぶつかり合いという表現を避けたのは、どちらも
配慮とか忖度とかそういうものの結果だと思われます。
そして、今回わたしはこの二つは、実は厳密には戦争映画ではなく、
「戦争を回避するための戦闘映画」
であることに気が付いてしまいました。
「空母いぶき」で、副長が眼前に敵がいるにも関わらず、
艦長に向かって攻撃するのしないのでやいのやいのと進言するのも、
日本政府が戦後初の防衛出動を命じながら同時に外交交渉するのも、
そのため戦闘を回避せよと現場に命令を出すのも、現場の自衛官が
専守防衛に殉じようとするのも、開戦をただ避けんがため。
「ハンターキラー」では、ロシアのクーデター部隊に対し、
開戦をなんとでも防ごうとアメリカ軍人たちが彼らと戦いを繰り広げます。
(ヒラリー・クリントンの上位変換である女性大統領は影薄し)。
彼らの「戦争を起こさせまいとする戦い」があっと驚く
「第三者」のアクションによって決着を見る、というエンディングも、
偶然とはいえ、気味が悪いほどこの二つの映画は似ているのです。
(そしてそのシーンに思わず感動させられてしまう、というのも)
さて、一見似ていないようで案外似ているこの二つの映画ですが、
同じようなことをテーマにしていても、そのスピード感と
エンターテイメントとしてのハッチャケ度は、正直なところ
「ハンターキラー」の圧勝です。
スピード感があるはず、同作品は「スピード」のスタッフが手がけています。
「空母いぶき」がコンビニの話に尺を取られている間に、こちらは
伝家の宝刀ネイビーシールズの命知らずの男たちを投入してきます。
この4人の決死作戦と、彼らの人間としての無骨な連帯感などを
さりげなく混ぜてきて、サービス満点です。
サービスといえば、海中の機雷原を息を殺してくぐり抜けるという
潜水艦映画には欠かせない古典的なハラハラシーンもあり〼。
装備の紹介もさりげに混ぜてきて、先日掃海母艦で見学した水中航走するカメラとか、
深海救難艇DSRVの実際の使用例もスリリングに見せてくれます。
海上自衛隊の潜水艦乗りはこれ必ず見るべきです(断言)
「空母いぶき」と違い、こちらには米海軍が惜しみなく協力したそうで、
主役のジェラルド・バトラーは実際にパールハーバーで潜水艦体験をし、
潜水艦の内部での撮影も二日だけ許可され、映画スタッフはそれを元に
リアルな潜水艦内部のセット(ジンバル付き)を作り上げました。
「空母いぶき」では、防衛出動とか相手国との交渉とか、とにかく
政府要人の悩んだり決断したり会議したりが非常に重きを持って描かれます。
これは海外公開時には世界に奇異な印象を与えたという「シン・ゴジラ」の
政府てんやわんやに酷似していますが、まあこれもまた最近では
日本のパニック映画の「お約束」になりつつあるのかもしれません。
というわけで、二つの映画を並べて語ってきたわけですが、
わたしとしては皆さんにどちらも大画面の映画館で観て欲しいと思います。
CGとはいえ、どちらもなかなかの迫力シーンが多く、
音響も相まって面白さが数段違ってくるからです。
最後に、unknownさんが送ってくださった「空母いぶきのツッコミどころ」を
上げておきますと・・・・
・「いぶき」その他護衛艦の艦橋と巡視船の船橋が皆同じ
つまり一つのセットを使いまわしている
・艦艇の乗員が戦闘服の右肩に船のロゴ入りのワッペンを付けている
これは航空部隊の隊員の仕様である
・CICで配置に就いたまま缶飯を食べたりお茶を飲んだりしていた
こぼすと機器が汚れるので、どんな非常時でも飲食は休憩スペースで行う
・航海中にマストトップの航空障害灯(赤い灯火)と艦橋内の電灯が点いている
どちらも停泊時のみに行われる
・魚雷やミサイルは、映画ほど急激には舵を取れない
ミサイルの場合、パイロットから見て、六つ数えて、
思いっ切り舵を取れば振り切れると言われている
缶飯は官品と同じ色をしていたのですが、惜しかったですね(笑)
それから、聴いた話ですが、先日退官されたある元統幕長が
「いぶき」艦長が空自出身であることについて、
「そんなことは絶対にありえない!空母の艦長は海自です」
とおっしゃっていたそうです。
それではみなさま、「ハンターキラー」は現在上映中、
「空母いぶき」は5月24日から公開となります。
どちらもおすすめですので、ぜひ劇場に足をお運びください。