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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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令和元年度 海上自衛隊練習艦隊帰国行事 その2

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令和元年の練習艦隊が遠洋航海から帰国し、帰国行事が滞りなく終了しました。

式の最後に梶元司令、艦長高梨一佐、國分二佐、新幹部代表に対し
花束が贈呈されました。

あとは山本防衛副大臣が退場していくのを待つのですが、ここで
山本副大臣が予定にない行動をとりました。

マイクもなかったのでわたしのいるところからは全く聞こえませんでしたが、
新幹部、練習艦隊乗員の家族が多くいる席に向かって歩いていき、
そこで急遽自衛官の家族に対する謝意を述べたようです。

それらの進行状況を確認している梶元司令。
その他艦長と新幹部たちは微動だにせず正面を向いて整列したままです。

渡邊横須賀地方総監も、大臣旗を持つ旗手も、副大臣の予定にない行動に、
即座に何事もないように対処します。

さらに山本副大臣、招待客の一部と握手などしながら退場。
大臣が退場して初めて式は終了となりました。

岸壁では海幕長や艦隊司令に挨拶をしたり、記念撮影をしたり。
大きな旗を持って参加していたのは横須賀水交会の皆さん。

このチャンスに、わたしも海幕長と練習艦隊司令にご挨拶ができました。

そしてここからは練習艦隊の遠洋航海の終わりを締めくくる「かしま」からの下艦、
そして海軍時代から伝統の帽振れというセレモニーに移ります。

艦隊司令、両艦長が舷門手前にまずスタンバイ。

下艦する新幹部は順次一列で舷側を行進してくるため、一旦
後甲板で整列待機しますが、ここで何かあったようです。

笑い声と拍手が起きました。
こちらからは何が起こったのか確かめようがありませんでしたが、どうも
仲間の一人がうっかりしてどこか別のところにいってしまったとか、
なんかそういうミスをして、頭をかきながら戻ってきたように見えました。

こういう様子から垣間見えるのは、彼ら全体の仲間意識とか空気です。

昔海軍兵学校で毎年学年ごとに全く生徒の雰囲気が違い、「お嬢さんクラス」とか
「ネーモー(獰猛のこと)クラス」とかいうあだ名があったように、
幹部候補生学校もその年によってカラーがあるのは当然です。

今年の期生を艦隊司令が大阪の壮行会でくしくも言い表した

「行き足がある」=元気で明るい

という言葉を思い出させた瞬間でした。

行進曲「軍艦」の調べに乗って行進が始まりました。
ただし今回の「軍艦」は、横須賀音楽隊がすでに本日の任務を終了し
帰ってしまったため、艦内スピーカーから流れるCDです。

舷側に立つお見送りの幹部たちは、先頭の人がやってきてから最後まで
敬礼の手を降ろすことはできません。
いつも見ていて手がだるくならないのだろうかと心配になります。

敬礼をしながらまっすぐ歩いてきた新幹部は、艦長と艦隊司令の前で
立ち止まり、激励を受けます。

そしてラッタルの上で自衛艦旗に向かって敬礼をし、
それから150日あまりを過ごした「かしま」を後にするのです。

岸壁には東京地本の職員も馳せ参じ、激励していました。
ちなみに横断幕のトウチくんはゆりかもめですよー。

長きにわたる遠洋航海で得た様々な思い出、
そしてこれから始まる自衛官としての勤務に対する期待と不安。

それらに対する思いとともに彼らは「かしま」を後にします。

幹部の家族たちは、ラッタルがよく見えるところで我が子やきょうだい、
あるいは孫が降りてくるのを見守ります。

我が子の名前を大きく書いた「おかえり」の手作りのバナーを
このようにずっと高く掲げている家族もいました。

海軍式敬礼もすっかり板について。

希望の部隊配置になったかどうかは皆それぞれです。
帰国直前、彼らは配置の発表を聞いたばかりなので、
希望の配置だったかどうかは悲喜交交のはず。

ずっと見ていたら、自衛艦旗ではなく艦首に向かって敬礼する
何人かがいたので、不思議に思いました。
あの一団だけ何があったのでしょうか。

「かしま」乗員が「ご安航を祈る」の信号旗をウィングにかけました。

「ご安航」にはすなわち新しい配置に船出していく新幹部たちの
「航海」が順調でありますように、という意味が込められています。

この頃になると列が全く進まなくなり、後ろの方の幹部は、敬礼したまま
見送りの乗員らと足踏みしながらずっとお見合いしている状態になります。

まだまだ長丁場なので、わたしはちょっとだけこの場を離れ、
「かしま」艦首の方に行ってみることにしました。

「かしま」艦体は入港前に手入れを行ったのか、とても綺麗でした。

「いなづま」は遠洋航海中のサビが目立ちます。
今年は去年のような幹部が随伴艦の前に行進していきそこでも帽振れをする、
というイベントは行われませんでした。

ああいうのは特にどうすると決まっているわけではなく、その年によって
アレンジが加わったりするものなのかもしれません。

「しらせ」の写真は撮っておかなくては。

「しらせ」は第61次南極観測協力で、11月中旬に出航、4月に帰国予定です。
観測隊員は飛行機でフリーマントルまでいき、そこで「しらせ」に合流。
約1ヶ月かけて昭和基地に到着するということです。

「しらせ」には越冬中に成人式を迎える隊員が必ずと言っていいほどいて、
彼らの成人式は雪原の上で行われることになります。

南極で成人するなんて体験、自衛隊に入らないとできるものではありません。

「かしま」前方の撮影を終わって帰ってきました。
幹部の離艦儀式はまだまだ続いています。

敬礼する後ろ姿も良いものです。

あらためて新幹部を送り出す艦隊司令の様子を見ていると・・。

両艦長はにこやかに敬礼する幹部を敬礼で送り出していますが、
司令は一人ひとりの手をしっかり握っていました。
時間がかかるはずです。

練習艦隊司令は、自分の元から巣立っていく新幹部が
自らが艦乗りの先達としてこの航海を通して示したことを
受け止めてくれたかを確かめるように、一人一人の目をしっかり見て、
どちらかというと厳しい表情で彼らを送り出していました。

女性幹部の列がようやく見えてきました。

自分たちが送り出した若い幹部たちを艦上から眺める艦隊司令ら。

「帽振れ」

この伝統の帽振れをもって、彼らの遠洋航海実習は終わりを告げます。

梶元海将補、高梨一佐、國分二佐も帽振れ。

 

さて、ちょうどこの後、わたしの横に一人の女性がたち、
声をかけてこられました。

「ブログをやっておられる方ですか?」

見知らぬ方に当ブログのことをいきなり聞かれたとき、わたしは
予想外のことが起こったときの人間が本能的に取る典型的な
フリーズ状態におちいり、とっさに何のリアクションもできなくなります。

「は・・・」

フリーズしているわたしに、その方は確信を持って

「エリス中尉・・・ですよね」

その固有名詞が出るからには何かの確たる証拠?があるに違いない。
こんな場合に人間が取る典型的な次の行動として、わたしは
目の前の人物と過去の自分の接点を情報を総動員して知ろうとします。

そしてその結果、その方の下げているタグに目を止めました。

「ご家族の方ですか?」

その方によると、今回実習幹部として遠洋航海に参加された息子さんは
海自の艦乗りでおられた父上の影響で強く志望して自衛官になったので、
母親としては海上自衛隊のことをもっと知りたいと、当ブログを読んで

「勉強していました」

という大変もったいないお言葉です。

ただ、防大生や自衛官の子女を持つ親御さん読んで下さっていた、
という例は過去何度か体験しているので、そのことには驚きませんが、
問題はなぜわたしをブログ主だと特定したかです。

その方によると、江田島の卒業式でも同じ横須賀の出航行事でも、
わたしに声をかけようかと迷っておられたそうで、詳しく特定の
決定的な理由までは聞きませんでしたが、おそらくは写真の画角とか、
現場でニコンのカメラを持っていたとか、時々アップする
集団写真から判断されたのでありましょう。

さらに驚いたことに、その方にはまるで歳の離れた姉妹にみえるほど
そっくりなお嬢さんがいて、彼女は技官として陸自に勤務中。
かつて護衛艦勤務でおられた夫君、とまさに「国防一家」ではないですか。

そんな方々が「ストーカーするほど」(ご本人談)ブログ主に関心を持って
読んでくださっていたとは、まさに冥利につきるというものです。

艦橋ウィングからは「ご安航」の信号旗が消え、その代わりに
「かしま」乗員が激励の自衛艦旗をうち振っていました。

公式に下艦した新幹部たちが荷物を出すためにまた艦内に戻っていき、
今度はこの航海のあと「かしま」を降りる乗員とのお別れです。

こちらも「帽振れ」。

もちろんまだ「かしま」に残る乗員もいます。
知人が聞いたところによると、今回帰ってきた乗員の中に、
来年の世界一周となる遠洋航海にも参加する予定という人がいるそうです。

この中の何人かは来年の遠洋航海にも参加するのでしょうか。

練習艦隊司令部もいよいよ退艦です。
まずは「かしま」艦長、「いなづま」艦長。
ただし、二人が両艦の艦長でなくなったというわけではありません。

各艦長とも任期は1年なので、遠洋航海が終わってしばらくすると
次の艦長に任務を交代することになります。

こちらでは段ボールに入った荷物を下ろす作業に入っています。

声をかけてくださった当ブログ読者の息子さんは、荷物を
着払いで(笑)実家に送ってくる予定だということですが、この段ボールは
実家だったり、新しい任地に向けて配送されるものでしょう。

幹部たちは艦を降りるとその日のうちに新任務地に移動します。
その息子さんの勤務は横須賀基地の艦艇ということでこれは最もラッキーな例。

中には横須賀から北海道まで移動しなければいけない人もいますし、
自分の乗る艦艇がたまたま地方にいれば、そこまで追いかけていくそうです。

「変な話ですが、そこまでいく交通費は出るんですか?」

「全部自費なんですよ」

まあそのためにお給料ももらっているわけですが・・。

練習艦隊司令官梶元大介海将補が副官とともに下艦します。
練習艦隊司令官の任期は1年で、12月の辞令で着任しますから、
梶元海将補も今年の12月中旬まではまだ「艦隊司令」のままです。

遠洋航海について報告し次につなげるための提案を行う任務がまだ残っているのです。


ちなみに、声をかけてくれた方の息子さんである新幹部の遠洋航海を終えての感想は、

「すっげえ楽しかった!!」

だったそうで、何よりです。

こういう話を聞くと本当に嬉しくなりますね。

この息子さんはもちろん、ご縁あってここまで見届けた本年度の新幹部たちに、
これからの自衛官人生に幸あれと心からエールを送らせていただき、
令和元年度練習艦隊帰国行事のご報告に替えさせていただきたいと思います。


*おまけ*

この日横須賀から有料道路に乗ると、料金所で

「後ろからエライ人の車が来るからね」

と言われました。
合流地点でふとバックミラーを見ると、黒塗りの車が後ろを走っています。

即位礼で来日中のアメリカ政府関係者が、米海軍基地を訪問していたのでしょう。

 

 

 

 


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