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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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映画「スパイと貞操」前編

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タイトルを見て、また一部から猛烈に呆れられそうですが、
またしても東宝の憲兵ものを取り上げてしまいます。

前回は「憲兵と幽霊」、「憲兵とバラバラ死美人」という、
題名を見ただけでキワモノとわかるエログロ三流映画をあえて取り上げ、
陸軍憲兵という「悪の存在」が戦後の自虐史観の中で、特に創作物の中で
リプロダクトされてきたことを熱く語りつくしたつもりでしたが、
先日DVD戦争映画コレクションの中にこれを見つけたとき、
「あの路線」がまだあったことに驚き、早速観てみることにしました。

驚いたのは、まず、DVDをいれたとたん、

「続きから見るか最初から見るか」

と聞かれたことです。

つまりわたしはこの映画をかつて観たことがあったのに、
そのことを、題名も含めてきれいさっぱり忘れていたのです。

よっぽどつまらん映画だったんだろうなあと思いながら2回目を観て、
やっぱりつまらんかったと納得することになったわけですが、
とにもかくにもわたしには、というか当ブログには

「誰も観たことがない戦争映画にツッコミを入れる」

という独自の使命があるので、今回も粛々とこの作品を紹介していきます。

ではさっそく参りましょう。
事件はホテルの一室で、男がキャバレーの女給とが心中したことから始まります。

ただの情死なら管轄外ですが、問題は死んだ男性が陸軍憲兵少尉で、
彼が軍機密漏洩事件を内偵していたということでした。

東京憲兵隊本部が事件の捜査を行うということになりました。

軍ではおりしも頻発していた横須賀線内での軍将校の鞄窃盗事件とともに
一連のスパイ行為であるとし、捜査本部を結成したのです。

陣頭指揮を取るのは小坂少尉(沼田曜一)。
この「小坂」とは、一連の憲兵ものの原作となった作品を書いた、
元憲兵将校、小坂慶助の名前をそのまま採用しています。

この欄で紹介した「憲兵シリーズ」で主人公の小坂少尉を演じたのは
中山昭二でしたが、このころ中山は東映に移籍していたので、
その代役が前回幽霊を演じた沼田に回ってきたというわけです。

海軍情報部で筆生(筆写をする人)をしている清川虹子は、
ある日、街角で偶然一人の男性と知り合います。

男性は貿易会社の社長、山野直二(細川俊夫)。
一眼で女性の美貌に心を奪われる山野ですが・・・。

後ろ姿をボーッと見送っていたら、目の前で車にはねられてしまいました。
タクシーに乗っていたのは憲兵隊の小坂少尉。
今なら大変なことになりますが、当時警察の現場検証はしなかったんでしょうか。

道に落ちていた彼女の手荷物から、山野は
彼女が海軍に勤めていることを知ってしまいました。

というわけで、通りすがりに過ぎないのに、わざわざ彼女を
病院まで見舞いあれこれと気遣うのでした。

そこで小坂憲兵少尉とバッティング。
二人の間には微妙な空気が流れます。

山野は秘書の田宮摩美に、絹子へのプレゼントを
病院まで届けるように命じました。

プレゼントは高級コンパクト。
立派な箱にコ収められていて、このころはコンパクトというものが
単体で宝飾品のように売られていたということがわかります。

「こんな高価なものを頂くわけには・・・」

「私はただの使いですから」

戸惑う清子。
そりゃゆきずりの人にここまでされたら怪しいと思いますよね。

こちらは横須賀線内の将校鞄盗難事件捜査班。
わかりやすく参謀飾緒をつけた海軍将校とともに
囮捜査を開始しますが、なかなか収穫はありません。

場面は変わって、心中した女給が働いていたキャバレーシーンでは、
毎回、

「神月春光とコロニアンズオーケストラ」

という看板とともにこの女性歌手がクローズアップされます。
黒岩三代子さんというジャズシンガーで、20年〜30年代に活躍したとか。

'S wonderful. Miyoko Kuroiwa 黒岩三代子

お年を召してからの演奏が見つかりました。
勢いとノリはともかく、失礼ながら英語が残念過ぎです。

神月春光(こうづきはるみつ)は当時のジャズピアニスト。
米軍キャンプ回り出身のバンドリーダーだったそうです。

このキャバレーに小坂はコジマと偽名を使って潜入中。
陸軍中野学校卒スパイならやりそうですが、はたして
憲兵将校がそんなけしからん捜査を行っていたのでしょうか。

小坂、鼻の下を伸ばして女給さんたちに大盤振る舞いしています。
そのお酒代も領収書をもらって憲兵本部に請求するのかな?

小坂、ここで、女給の中にいるかもしれないスパイに

「もうすぐ戦車ができるかもしれない」

と餌を撒きますが、どうなることでしょうか。

 

このとき小坂は偶然井上少尉の遺留品のタバコ入れ兼ライターの中に
小さく折り畳んだ紙切れを見つけます。
記されていたのは、

「芝浦港湾 水俣テーラー 365」

さっそく芝浦港湾会社を張っていると、社員が金庫から何やら取り出し、
それを怪しい男に渡すではありませんか。

たまたま人の会社に忍び込んですごいシーンに遭遇しましたね!

尾行する小坂少尉。
昭和35年当時の東京の風景が見られます。

「芝浦港湾」の男は球場で義足の男にそれをわたし、
義足の男はそれを持って「水俣テーラー」に入っていきました。

テーラーは受け取ったフィルムを二階に持って上がりすぐに現像。
浮かび上がってきたのは、軍艦の写真でした。

左は空母のようです。
昭和14年ごろ最新鋭だった空母というと飛龍ですが、
これが飛龍かどうかはわたしにはわかりません<(_ _)>

現像した写真をテーラーは義足の男に渡し、男は車に乗り込みます。

小坂少尉、男の後を追うためタクシーに乗り込みましたが、
その様子はテーラーに見られていました。

タクシーは都内の住宅地を縫って走る車を追うのですが、

そこになぜか会社社長の山野が運転する車が
割り込んできました。

「やあ、奇遇ですなあ」

山野がしれっと挨拶をするうち男の乗ったタクシーを取り逃します。

そのころ横須賀線内で地道に囮捜査を続けていた
捜査班に収穫がありました。
海軍参謀に扮した憲兵のカバンを網棚から盗もうとする男を
現行犯で捕まえたのです。

 

さて、山野は退院した清子をその日のうちにデートに誘いました。
生まれて初めてのシャンペンとダンスに酔う清子。

「明日ドライブにお誘いするのはまだ早いですか」

「・・・いいえ(*⁰▿⁰*)」

いや、早いよ。展開が早すぎて詐欺を疑うレベルだよお嬢さん。

 

こちらは東京憲兵隊本部別館拷問室。

横須賀線でカバンを盗もうとした男、武井の取り調べ中です。

「誰に頼まれた!」(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

やってるよ。ザ・拷問やってるよー!

「憲兵=拷問」というイメージを戦後メディアがしつこく
刷り込んできたことについて、わたしは歴史を公平に見る観点から
前回のシリーズで否定的に論じてみたわけですが、
モノホンの特高が書いた本の映画化でもこんなことしてるんだもんなあ。

読んだわけではないのですが、小坂慶助の著書では拷問は出てこない由。

 

ここでちょっと小坂の名前が出たついでに解説をしておきます。

小坂慶助は憲兵の中でも「特高」つまり特別高等警察の出身です。

高等警察とは、

「国家組織の根本を危うくする行為を除去するための警察組織」

と定義されるものです。
つまり、法益が個人に対してではなく、国家に及ぶ場合に生じる
警察作用で、現在の公安警察と同様の機能を有します。

皆さんが戦後「特高」という名前で記憶する
この高等警察に、当時の日本には憲兵も勤務していたのです。

つまり、特高の中に「特高憲兵」たる者がいたということになりましょうか。

 

特高の取締り対象は、

「大逆、政治、思想、騒擾(そうじょう)、暴動、
その他『私利私欲を離れた犯罪』」

となっていました。
スパイ行為は「私利私欲を離れた犯罪」といえないと思うのですが。

ところで、勅令によって動くこともある特高憲兵は、軍組織だけに
当時の特高警察より法の縛りを受けない捜査が可能だったので、
拷問も普通にありということだったのかもしれません。

「優しい憲兵」だった中山昭二の小坂少尉とは違い、
沼田の演じる小坂は、巨悪を暴くためには
実にオーソドックスな特高的方法による尋問を行います。

竹刀でシャツが破れるほど殴られても口を破らない容疑者に
顔色一つ変えずアルコールのバーナーをカチッと付けて見せたり。

「いやあああそれだけはいやあああ><」

火を観たとたん陥落する容疑者。
最初から火で脅せば手間がかからなかったんじゃないかな。

「ま、一本吸えや」「へい」(´・ω・`)

今まで息も絶え絶えだったのにタバコ吸えるのか・・。

男が自白していうことには、競馬場で知り合った
「王さん」に奢られているうち、いつのまにか運び屋にされていたと。

ついで武井は明日両国駅で受け渡しを行う計画を自白しました。

場面は変わって、ガラス越しにシャワーを浴びる美女の姿。
出てきたその人は、山野の秘書ではありませんか。

「武井が捕まった・・・・」

顔は写りませんが、これが今回の黒幕っぽい。

その翌日、会社社長の山野は、左ハンドルの自家用車に
清子を乗せて箱根にドライブにやってきました。

昭和14年当時外車を自家用車で乗り回す人など、大会社の社長にも
そうはいなかったと思いますが、山野はおまけに
ごらんのようにバリっとした舶来のスーツを着こなすイケメンです。

海軍省でしがない事務職に甘んじる清子は、
玉の輿チャーンス!とばかりにどんどん山野に惹かれていくのでした。
たぶんですけど。

山野には下心があるわけで、このドライブも任務として
ボスから命じられたようなものなのですが、彼は
一目惚れした清子に、つい自分の過去を打ち明けたりします。

「僕は純粋な日本人じゃないんです。
父は親日家の中国人で上海で大きなデパートを経営していました。
僕が京都の大学を卒業した頃上海事変が起こりました」

そしてそのとき、両親や妹、全てが

「日本の軍隊に殺されたのです」

いやいやいやいや、ちょっとお待ちください山野さん。
上海事変は、日本軍の軍人が中国人に惨殺されたのをきっかけに
軍事衝突となったわけですから、もし死んだとしても
それは巻き込まれたということだったのでは・・・

まあ、殺されたという言い方をしたくもなるでしょうけど、
言っときますけどきっかけは中国側ですからね。

ともあれ、この告白は何を表すかというと、彼、山野が
そのことによって、日本軍と日本を憎んでおり、
現在の日本に仇なす行為もすべて復讐心からなることだ、
と映画的には説明しているのです。

あ、言っちゃいましたけど、もう皆さんもお気づきですよね。
山野は日本の軍事秘密を黒幕に言われて売り渡しているスパイで、
清子に近づいたのは彼女が海軍情報部に勤めているからでした。

それに対し、清子は張り合うように?

「父は上海陸戦隊の士官で、戦死しました」

山野は感慨深げに、

「僕の肉親もあなたのお父さんも同じ上海の土になったんですね」

そして、ほぼ初対面の彼女に、誕生石であるエメラルドの指輪を贈ります。
もうここまできたら詐欺を疑わない方がおかしいレベル。

それにしても、未婚の娘が最初の食事の翌日に
富士屋ホテルでお泊まりデートとは・・・。

富士屋ホテルは創業1871年、写真に見える棟が完成したのは
1891年で、大正5年までは外国人専用ホテルでした。

昭和14年当時、もちろん日本人も宿泊することはできましたが、
客層はかなりの上流に限られていたはずです。

何か悪いことでもしないと小さな貿易会社の社長クラスでは
こんな豪勢なデートはとてもできそうにないのですが・・・。


続く。

 


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