というわけで現在アメリカにいます。
少し前、MKの大学は全授業の最初の1週間をオンラインで行うことを決定しました。
それまではとりあえず一部授業のみ対面ですることになっていたのですが。
MKは日本からオンラインで授業を受けるのは時差の関係であまりに辛い、
(夜の8時ごろから朝10時まで起きていなければならない)ということで、
渡米して現地でオンライン授業を受けることにし、
わたしも手伝いのためと称して着いてきたというわけです。
ところで、どんなアメリカの大学も学生のために住居を確保していますが、
一般に大学寮はセメスター(学期)ごとに住居の契約が切れるので、
学生は夏休み(下手したらクリスマス休みも)に入るたびにいちいち退去して、
新学期が始まるとまた新たに住むところを探さなくてはなりません。
今回、大学のドーム(寮、ドミトリー)からの返事がコロナのせいか遅く、
しかたなく保険のつもりで徒歩圏内のAirbnbを一旦契約したのですが、
その後ぎりぎりになって空きが出たという連絡が来ました。
おそらくかなりの学生が地元にとどまって授業を受けるため辞退したのだと思われます。
新学期からの住居が確保できたので、あとは引越すだけなのですが、問題は、
「部屋の鍵を受け取る日に引っ越し荷物を受け取る」という日本なら当たり前のことが、
ここでは奇跡に近いミッションインポッシブルなことです。
「ムーブイン」と称するところの部屋の鍵を受け取る日は決まりましたが、
荷物の到着日をどうしても指定することができず、ドームムーバーという名の業者は
「28日から31日の間のどこか」というふざけた返事をしてきているとのこと。
コロナに関してアメリカは州毎に対策が違っていて、ここペンシルバニア州は
カリフォルニアなどほど厳しくないので、たとえば入国に関しては、到着したら
「2週間は自粛を要請する」といった程度です。
街の様子で前回と大きく変わったことといえば、日本と同じく外にあまり人がいないこと。
マスクの着用がなければ出入りできない施設がほとんどなので、
さすがのアメリカ人もこの暑さの中、不要不朽の外出を控えているのでしょう。
アメリカ人は外食が好きですが、一部の飲食店を除きほとんどは
営業をテイクアウトだけにしているのもその原因となっているようです。
ちょっとありがたいことのひとつは、日本の首都圏と同じく、
全体的な車の量が減ったせいで名物の渋滞がかなり緩和されていることです。
建物の窓全体を使ってマスク着用を呼びかけています。
いつもなら店の前にずらっと順番待ちの人が並んでいた人気のヌードル店ですが、
ドアを開けたところで(マスク着用必須)注文だけして、外でテイクアウトを待つ仕組み。
外のテーブルのみ予約すればダインインできるようです。
宿泊しているホテルは前にも書きましたが、ナ・リーグ所属である
ピッツバーグ・パイレーツの
ホームグラウンド、NPC球技場の隣にあります。
試合はすべて無観客なので、シーズン中は賑わう周辺地域もこの通り。
「ピープルズ・ゲート(人民の門)」の前にいるのはきっと有名な選手。
と思って調べてみたら「フライング・ダッチマン」(!)と異名をとった
史上最高の遊撃手、ホーナス・ワグナーHonus Wagner(1874-1955)でした。
ワグナーは「ペンシルバニア・ダッチ」=ペンシルバニアのドイツ系だったということで
この渾名となったようですが、もともとあの幽霊船としての
「フライングダッチマン」ってオランダ人のことですよねー?
アメリカ人は「ダッチ」をドイツ人という意味で使うのか・・・_φ(・_・
ドイツ人といえば、ピッツバーグにはヨーロッパ、特に独仏からの移民が多く、
このインクラインも入植したドイツ系があっという間に作ってしまったとか。
現在も稼働しているらしく、ケーブルカーが行き来していました。
球場の搬入口近くの銅像です。
ジム・マゼロスキーBill Mazeroski (1936〜)という往年の名選手が、
伝説のホームランを打ってホームインしようとしているところなんだそうです。
The Greatest Homerun Ever: Bill Mazeroski 1960 Walkoff Homerun
ちゃんとベース踏んでる?ってくらいもみくちゃにされてます。
どこかでホームベース踏むまで他の人がランナーに触っちゃいけない、
というルールがあるとか読んだことがある気がするんですが、違うのかな。
遊歩道のある河原にはこの球場の搬入口の横を降りていくのですが、
ある日の無観客試合の後、ここから選手の車が次々と出ていくのを見ました。
ナ・リーグの選手というのがどれくらい年棒を取っているのか知りませんが、
皆RAMなどアメリカの若い男性がよく乗っているトラック型の車で、
ポルシェやフェラーリ、ましてやメルセデスやBMWに乗っている人はいませんでした。
コロナ対策でホテルのジムとプールは予約制しかも1時間、1グループのみ使用可。
使用後は消毒して30分時間を空けるという決まりになりました。
いちいちフロントの人に鍵を開けてもらわなくてはならないので
エクササイズは外を歩くのが中心になりました。
幸いホテルから歩いてすぐ川沿いの遊歩道がありますし、
車で10分走れば去年歩いた公園にもいけます。
早速遊歩道にでてみたところ、川向こう岸にブラックライブズマターの落書き発見。
やたら凝った似顔絵付き・・・これはプロの犯行とみた。
ところで、今回の旅行にわたしはいつものニコンを持ってきているのですが、
ついてすぐにナビ用にiPhone11を買うと、こちらばかり使うようになりました。
カメラが特によくなったという噂の11ですが、ソフトに落としてみると
やっぱり限界があるようで、これを息子にボヤいたところ、
「ちゃんとフォーカス決めて撮ってる?」
画面のフォーカスしたい部分をタッチしないと全体的にボケるそうです。
知らんかった。
「リバーボート」と呼ばれる川下りの遊覧船は週末だけ営業しているようでした。
遊覧船のうしろに変な形の船がいますが・・・・、
丸くて屋根がついていて中央がカウンターになっているティキという遊覧ボート。
バーでいっぱいやりながら流れていく気分を楽しめます。
Tiki Boat Tours Bring Tropics To The 'Burgh
現在は食べ物は提供しておらず、クルーズだけのようです。
パイレーツの本拠地PCパークから川沿いを数分歩いていくと、
今度は地元フットボールチーム、スティーラーズの本拠地である
ハインツフィールドがあります。
昔は同じフィールドを兼用にしていて互いに不満があったため、
思い切って近場にどちらのフィールドも作ってしまった模様。
ちなみにスティーラーズのチームカラーも、パイレーツも、
ついでにピッツバーグのホッケーチームペンギンズのカラーも黄色です。
ハインツといえば、ハインツフィールドやサイエンスセンターと反対に遊歩道を
ちょうど30分歩いたところにハインツの旧本社敷地があります。
煉瓦造りの大変立派な建物ですが、現在は使われておらず、このビルの中央に
でかでかと「入居者募集中」と書いてあるので驚きました。
ハインツHEINZはやはりドイツ系アメリカ人のヘンリー・ハインツが興し、
1890年以来この大規模な工場と会社で操業していました。
ケチャップを主力製品にした世界最初の会社で、現在のアメリカ人を
世界でも無類の「ケチャップ好き」にした張本人といってもいいでしょう。
ただし、我が日本ではカゴメとデルモンテ(キッコーマン)という二大企業が
あまりにも強くて「ケチャップの本家」もこの牙城を崩すことができないそうな。
新しく整備された遊歩道にありがちな傾向として
やたら大きな慰霊碑ができています。
まず朝鮮戦争ヴェテランのための慰霊碑。
こちらはヴェトナム戦争の慰霊碑。
左に立っている人と右の女性はアフリカ系で、帰還してきて
お互い顔を合わせた瞬間のようです。
殉職警察官(Law enforcement officers)の慰霊碑もあります。
ちなみに今専門のHPを調べてみたところ、
事故で圧倒的に多いのが銃による犠牲です。
3月24日に最初の死亡者が出てからは、その後の警察官の殉職理由のほとんどが
COVID19です。
また、「911関連の癌」で亡くなった警官も多いですね。
下からこの笑い顔の部分だけ見てそうではないかとおもったら、
やっぱりフレッド・ロジャースの像でした。
カーネギーサイエンスセンターの前にある潜水艦USS「レクィン」。
この夏は中を見学できるんでしょうか・・・。
カーネギーサイエンスセンターは予約制で限定的に入場を受け付けているそうですが。
着いてからしばらくして、MKの学校の売店がオープンしたと知り、
偵察を兼ねてキャンパスに行ってみました。
キャンパスには塀がなく、道路のどこからでも自由に入ってくることができます。
んが、一歩敷地に足を踏み入れた途端、
FACE COVERINGS ARE MANDATORY(顔を覆うことは義務です)
という立て札がお出迎え。
Mandatoryは強制を強いる義務という強いニュアンスです。
バンダナやヒジャブという選択肢もあるため、こういうときには
「マスク」といわずフェイスカバーという言葉がよく使われます。
建物を撮って人が一人も写り込まない状態は初めてです。
去年はこの同じ場所に新入生のオリエンテーションのための巨大なテントと、
内部の冷房の機材が芝生をほとんど覆っていたものですが・・・。
90年代に重さで倒壊するまで、ギネスブックに
「最も塗り替えられた回数の多いフェンス」として記録されていた
大学名物のフェンスは、現在ご時世を反映して
「BLACK LIVES MATTER」
が表裏白黒で書かれていました。
コロナ騒ぎになってからも粛々と塗り替えている人がいるようです。
通路にも人影なし。
わたしはたまたまこのときYouTubeでグレゴリー・ペック主演の
終末ものの名作、「渚にて」(On The Beach)を観たあとだったのですが、
潜水艦「スコーピオン」の乗員が、オーストラリアから北上して
核戦争で人々が死に絶えたサンフランシスコの街を海上から目撃するシーンを
思い出してしまいました。
北半球ではすでに人々が死に絶えているという設定です。
どうしてどこにも荒廃の後や人々の遺骸がひとつもないんだ、とか、
人間って死を前にしてみんなこんなに高潔すぎですか?とか、
科学的な検証以前にいろいろとつっこみどころ多すぎの映画でしたが、
心に刺さる、感動的といってもいいラストシーンですよね。
わたしったら原潜が最後に艦を自沈させるために海を航走するシーン、
あれだけで全てをよしとしまった模様(笑)
創立時からあったオリジナルの建物に右の部分を増設してあります。
左側に見えている壁はかつての外壁だった部分です。
窓ガラスはそのまま残してあります。
椅子と椅子の間がソーシャルディスタンスによって大きく空けられています。
このビルではオー・ボン・パンという東海岸のチェーンベーカリーが
いつもならカフェを営業していますが、もちろんまだやっておらず無人です。
このあと、新学期開始に伴うオリエンテーションや新入生のためのセレモニーは
全てオンラインで行われることになっています。
続く(のか?)