防衛大学校棒倒し競技会レポート、ようやく最終日にこぎつけました。
画像は第一大隊の隊舎(って言うんですか)入り口に掲げられていた
棒倒し応援旗。
日章旗の白部分に必勝!とか「戦闘用意!」「死んでも負けるな!」とか寄せ書きされています。
朝日新聞あたりが
「自衛隊指揮官となる防衛大学生が、いくら棒倒しという児戯にも等しい行事の応援とはいえ、
先の大戦で出征兵士に送られたような国旗への寄せ書きをするのはいかがなものだろうか。
さらに、日章旗に記された好戦的な文言は『かつて来た道』を思わせ、
専守防衛を任ずる自衛隊の在り方にすら疑問を抱かせかねない。
特に、領土を巡って近隣諸国との関係が冷え込んでいる中、
かつて日本に侵略されたそれらの国々の、集団的自衛権の問題に注がれる目は厳しい。
そんな折、軍靴の足音すら聞こえてきそうなこれらの言葉が、社説子には薄ら寒く感じる。
しかしその中の『優勝は優しく勝つと書くんだよ』という言葉が目を引いた。
優しく勝つ、つまりお互いを思いやり、譲るべきは譲り、譲歩するべきは譲歩し、
妥協すべきも妥協し、相手のナショナリズムを尊重し、土下座するべきは土下座して、
相手の振り下ろす拳をすら優しく握れる者が真の『勝者』とは言えないだろうか」
という社説のネタにしそうです。
「肉豚」とか「お米食べろよ」は勿論無視してね。
(こんなおふざけばっかりしているからエントリが一つですまないんですねわかります)
さて、第一大隊と第二大隊の熱い戦いは続いています。
これくらいアップ画像だと、ヘッドギアをつけていても誰かわかりそうですね。
足元で転がっている選手、痛そう・・・。
それにしても実際にご覧になった皆さん、これだけの若者が
これだけの激しい乱闘を繰り広げている割にはグラウンドが静かだったと思いません?
この写真で顔が見える人の口元を見ていただきたいのですが、
全く口は開いていない、つまり皆無言で行っているのが分かります。
兵学校のときもそうだったように、棒倒し競技中、私語は厳禁されているようです。
攻撃のときについ「おんどりゃああ!」「あちょおお〜ッ」などと
雄叫びをあげてしまうなんて、競技じゃなくて唯の乱闘ですからね。
それに「山田あ〜!後ろ危ない!」とか「作戦B隊形とれ!」とか、
口頭であれこれと指示を出すような棒倒しだと、一層カオスとなってしまいます。
脚にしがみついて攻撃や防御の邪魔をする、というのも、
棒倒し競技の「正式技」。
でも、脚で蹴るのはもしかしたら反則技となっているかもしれません。
この競技は、ただ無秩序に相手の陣地に突進して行き、無闇に戦って棒に到達する、
というようなものではなく、作戦を立て、情報を収集し(スパイですね)それを解析し、
作戦実行のための訓練計画を立て・・・、
と、まさに模擬戦闘さながらに戦略が錬られるものなのだそうです。
棒倒し、というのは単に体育会系の競技というものでも、
兵学校から続く「伝統行事」だから継承しているのでもなく、
つまり「戦術教育」の一環であると考えるのが良さそうです。
医療班のコーナーにいるのは、もしかしたら防衛医大の学生でしょうか。
皆笑って微笑ましく見ていますが、当の学生たちは、実戦さながらの真剣さで入念に準備し、
当日に望むものなのだそうで、それを思ってあらためて彼らの様子を見ると、
そこには無力さややる気のなさ、ふざけた様子などは微塵もないのに気づきます。
冒頭の日の丸への寄せ書きは、丹念に読んでみるとずいぶんとあれな書き込みがありますが、
これは本人たちのものではなく、「出征兵士に送る寄せ書き」。
第三者のものならではの気楽さが感じられるわけです。
ところで昨日、わたしは直前練習の様子を写真に撮りましたが、敵大隊の練習を撮影する
諜報活動もお互いに行われ、それを防ぐためにブルーシートで現場を隠蔽する「保全」など、
本番に向けて丁々発止の神経戦も行われるというのです。
ちなみに他大隊のスパイは見つけ次第突攻のタックルにあい、しかるべき目に遭う(どんな?)とか。
国際法でも捕虜と違ってスパイは銃殺と決まっています。
棒倒しスパイがどういう目に遭うのかは、想像にお任せしましょう。
・・って、わたしもどうなるのか知らないんですが、
なんか怖いので、もし来年練習を見かけても写真撮るのはやめようっと。
この右側でも「足止め」していますね。
ちなみに攻撃側には先輩が過去編み出した多彩な作戦があり、
それらには通称、というか作戦名がついています。
「どんぴょん」「観音開き」「モグラ」「テポドン」「壁」・・・。
参謀局は、それらの作戦を対戦相手によって組み合わせたりして繰り出してきます。
おおっ!
ついに第二大隊、棒に取り付いた。
この選手のマスク、壊されてますね。
もうほとんど「ごんずい玉」状態。
しかし青が棒に手を伸ばしたときに、いきなり試合終了。
えっ・・・・?
何と、赤の第一大隊にレフェリーが勝ちを宣告したのです。
いつの間に・・・。
昨日「どうなったら勝ちなのかいまいち分からない」と書いたところ、
正しい情報がさっそく手に入りました。
なんと、この競技、制限時間2分の間に、相手方の棒を、
傾斜角30度以上で3秒以上倒せば勝ち
だったのです。
制限時間がたった2分、というのにも驚きましたが(見ているともっと長く感じる)
もし2分で決着がつかなければ再試合が行われます。
それでも勝負がつかなければ、代表者のじゃんけんで勝者を決めるそうです。
一年間錬成に錬成を重ねてじゃんけんで負けたら、がっかりなんてもんじゃありませんね。
戦いが終わって整列。表彰式が行われます。
棒倒しの人数は78名以上、と決まっているそうです。
一個大隊の構成人数が150名ほどですから、全体で言うと半分強の生徒が参加するわけです。
彼らは「大隊の名誉を賭けて」戦うわけですが、
現代は防衛大学校生徒と言っても全員がこのような「武闘派」ではありませんから、
この競技に対するモチベーションにはかなり生徒によって「温度差がある」というのも事実だそうです。
二週間に一度、全員必須参加で棒倒しが行われていた兵学校時代との大きな違いは、
実はこの辺りかもしれません。
わたしは去年、このヘッドギア着用の学生さんが走っているのを比較的近くで見ましたが、
素材は伸縮性のあるポリウレタンでできていると思われました。
近年、新素材が次々と開発されたことで、このような安全性にすぐれ、
衝撃を受けにくく、しかも軽くて装着に無理がないプロテクターの着用が可能になったようです。
ある読者の方から頂いた情報によると、約30年前くらいまではヘッドギア無しで行われており、
10数年前から、布製の耳を防護するものが現れ始めたということです。
今のタイプが現れたのは数年前からだそうで、最初は布の耳当てと併用していたようです。
ラグビーや空手の選手のように「耳がつぶれる」というようなことを避けるため、
布の耳当てが登場したのだと思われますが、この耳当ては終わった頃には
ほとんどが外れてしまっていたそうで、意味がなかったのだとか。
ですから、今のヘッドギアだけで試合を行うようになったのは、
かなり最近になってから、ということになります。
やはり科学の発達というのはあらゆるものの在り方をかえていくものなのですね。
ちなみに幹部、参謀は早くから決まり、一年かけて作戦を練るそうですが、
それ以外の全体メンバーの練習が始まるのは案外ぎりぎりで、10月に入ってからだそうです。
惜しくも負けた第二大隊ですが、皆晴れやかな顔をしていますね。
棒倒しの指揮官を「棒倒し責任者」といいますが、なんだってこんな「火元責任者」や「危険物取扱責任者」
みたいな名前になっているのかというと、案の定、世論に対する過剰配慮というやつで、
元はと言えばこの責任者は「棒倒し総長」という呼称であったそうです。
変更された理由というのが「暴走族を連想するから」だったそうですが、全盛期ならともかく、
暴走族が絶滅危惧種(わたしは別に危惧してませんけど)となった今では、総長、という言葉から
東大総長を思い浮かべる人はいても、暴走族のリーダーを連想する人なんてまずいないと思います。
総長、そろそろ復活させてもいいんではないかしら。
その他「世論に配慮して」廃止されたものは、応援団の着る法被や応援の纏だそうで、
これはなぜなんだかわたしにはさっぱり理解できません。
これらも、昔の火消しを想像しても、ヤクザを想像する人はいないと思うのですが。
さすがは防大生、たとえビリビリに破れたシャツでも、袖を通し、
出来る限り居ずまいを正そうという努力をしておられます。
旧海軍において「身だしなみ」はオフィサーの重要な厳守事項でしたから、
現代の士官候補生もまた、身だしなみを整えることを口うるさく指導されるそうです。
ちなみに、この写真で防御隊が着用している「カーキ色のパンツ」ですが、
「これを『カーキ色のパンツ』などと言ったら、上級生から有難いご指導を頂けると思われます」
だそうです。
官給品の名称は正確に。
これは棒倒し用のユニフォームなどではなく、『作業ズボン』なのです。
しかも、エリス中尉、今回、防大ではこの作業ズボンにも
アイロンをかける
アイロンをかける
アイロンをかける
という恐ろしい事実を知ってしまいました。
普通、こんなワークパンツ(っていうんですよファッション用語的には)に
アイロンなんてかけないよ?
洗って、パンパンってしわを伸ばして、干しておけば主婦仕事としてはOKよ?
だいたいどう見てもアイロンがかかっているようにみえないぢゃあないですかこのパンツ、
じゃなくてズボンは。
改めて防大カルチャーの特殊さの片鱗を見た気がいたします。
そもそも、大学生が自分で洗濯やアイロンがけ、ボタン付けをする組織、
ということひとつ取ってみても特異なんですけどね。
そして今書きながら気づいたのですが、この慣習も海軍兵学校はじめ、
旧軍の教育施設のものをそのまま踏襲していますよね。
さて。
シャツを破られるほど指揮官率先で活躍したらしいこの第二大隊の総長、
じゃなくて危険物取扱、でもなく棒倒し責任者、
パンフレットによると斎藤豪生徒(陸上要員、ボクシング部、電気電子工学科)
ということになっているのですが、どうもこの写真の人とは顔が違います。
パンフの人はなんだか眉剃り込みで、雰囲気からして別人なんですが・・・。
ね?
まあいいや。写真写りがいちいち違って見える人かも知れません。
ともあれ、この責任者は、棒倒し戦争における総司令官。
勝利のために隊を指揮統率するわけですから、統率力はもちろん、
判断力、決定力、そして交渉力も必要となります。
そして、隊員の士気を高めることの出来るカリスマ性のある人物でなくてはならないそうです。
表彰式の準備が始まりました。
優勝した大隊には一年間、優勝カップ、優勝旗、看板が授与されます。
学生たちはこの「優勝という看板」を手に入れんと錬成に励むのだそうです。
さて、防大棒倒し競技を、兵学校のそれと比較しつつお話ししてきました。
兵学校時代と同じく、防大は例えばカッター競技なども隊対抗ですし、
これだけでなく防大では年間を通じて数種類の競技会が行われます。
つまり、この棒倒し競技だけが彼らの関心事ではありません。
しかし、棒倒しのような特殊な行事を通じて、彼らは自衛隊の指揮官としての資質を
向上させて行く機会を得ているわけで、決してこれが「学生時代の良き想ひ出」
だけに留まっていないというのも確かでしょう。
今日、自衛隊という組織の職務も、昔と比べると一層の多様性を見せています。
よって個人の資質にも同じだけの多様性が求められることになり、
その方向性もまた先ほど言ったように「一方向」ではなくなってきました。
たとえばIT関係の分野などには、従来の防大生のステロタイプには全くはまらない、
いわゆる「ナードタイプ」の指揮官などもすでに現れつつあるのでしょうか。
これらの「防大らしい」行事に我が子が自主意思で参加しなかったという親御さんの中には、
「うちの息子は棒倒しや観閲行進に参加しなかった。
せっかく防大にいるのに、これらの行事で我が子を見られなかったのは残念だ」
という微妙な感慨を持った方もおられるのかもしれません。
しかし、多様性が許される今日、生徒一人一人にとっての
「ベストの思い出」は、彼の選択した学生生活にこそあるはずです。
「棒倒し」を「棒起こし」にしようといって教官を激怒させた頃の防大生たちと違い、
「棒倒しを選ばない自由」も彼らには許されていることをこそ祝福してやるべきでしょう。