今までいろんな映画を取り上げてきましたが、
これほど評価の低い、というか酷評されている作品は初めてです。
「何もかもがうまくいっていないという感覚が蔓延しており、
それは、技術的なディテールから、主要な俳優の共演にまで及ぶ」
「嫌悪すべきものからありえないものへと、
興味のないものを経由して進んでいく物語」
「これほど平板でトーンや雰囲気のない大作映画はめったにない」
「暗くて自滅的な冒険映画」
「停滞したアクション・スペクタクル」
「制作のバリューの高さの割にサスペンス性は低い冒険物語」
と散々であるうえ、興行的にもパッとせず、すぐに忘れ去られ、
今ではこんな映画があることを誰も知らない映画になりました。
しかしその割にこのタイトルには既視感があるなあ、と思いません?
「マーフィーの戦争」つまりMurphy's War。
言わずと知れた「マーフィーの法則」Murphy's Lawをもじっています。
「自分が並んでいる列よりも、他の列のほうが早く進む」
「別の列に移動すると、もといた列の方が早く動きだす」
「機械は、動かないことを誰かに見せようとすると動く」
こんな経験則(あるある)を法則の形式で表したものですが、
日本でこれが流行ったのは90年代。
映画が公開されたのは1971年なので、小規模の流行があった、
とされる70年代前半には少し早かったかもしれません。
まあ、たとえ「マーフィーの法則」ブームで多少集客につながったとしても、
この映画の評価は動かなかったと思われますが・・・。
さあ、それではこの映画は「マーフィーの法則」のどの格言を表すのか、
最後に総括することを目標にして始めたいと思います。
タイトルロールは、いきなりUボートに攻撃されて
炎上するイギリス商船の阿鼻叫喚に重なります。
海面に逃れた生存者はUボート乗員に容赦なく射殺されていきます。
Uボートによる残虐行為は戦後のイメージほど実際に発生しておらず、
民間人殺戮などで戦後戦争犯罪に問われた例はない、
と以前話したことがありますが、この映画では
それがなくては「マーフィーの戦争」が始まらないので仕方ありません。
この画面の炎の向こうに主人公役のピーター・オトゥールが実際にいます。
オトゥールはこの後海に潜り、炎の下を通ってこちらに逃げるという
本来ならスタントに任せるアクションを自分でやっています。
わたしの俳優ピーター・オトゥールのリアルタイムでの印象はというと、
「ラスト・エンペラー」の語り部で実在の人物、
皇帝の家庭教師だったサー・ジョンストン役しかありませんが、
実際彼を有名にしたのは、「アラビアのロレンス」の主役でした。
彼は「ロレンス」でスタントを使わなかったことで有名ですが、
この映画でも最初それをやろうとしていたのでした。
しかしほどなく、彼はハードなアクションに根を上げ、そもそも
自分がやるよりスタントマンの方がずっと巧いことに気がついたので、
それ以降は基本的に人に任せることにしたと語っています。
ダズル迷彩を施したUボート。
いわゆる「UボートIX型」のつもりらしいんですが、
遠目に見ても全くUボートに見えません。
U-IX型
共通点は潜水艦であるということだけって感じですね。
本作スタッフは制作にベネズエラ海軍の協力を取り付け、
この潜水艦も同海軍のARV-Cartie(S-11)を撮影のために借りた、
ということになっていますが、
艦影を見ておそらく皆さんもお気づきのように、この潜水艦、アメリカ製。
第二次世界大戦時に日本と戦いを繰り広げた、アメリカ海軍の
バラオ級潜水艦 USS Tilefish (タイルフィッシュ=アマダイ)(SS-307)
だったのです。
ダズル迷彩は、おそらく似てなさをできるだけ誤魔化すためだと思います。
(Uボートってダズル迷彩してたんだっけ)
そのセイルから民間人の虐殺を指揮しているラウクス(Larchs)艦長。
演じているホルスト・ヤンソンはバリバリの?ドイツ人俳優です。
憎っくき潜水艦と艦長の姿をその脳裏に焼き付けようとする生存者のひとり、
それが本編の主人公マーフィーでした。
救出されたマーフィーはクェーカー教徒の村の女医で
自身もクェーカー教徒であるヘイデン博士に診察を受けました。
マーフィーのセリフで、彼女がクェーカー教徒であることを
「血塗れの尼さんみたいなもんだろ」
というのがあるのですが、クェーカー教ってそういうイメージなの?
調べた限りそんな感じではないので、これ、
かなり各方面に失礼なセリフなんじゃないかと思いました。
ところで、このヘイデン医師を演じたシアン・フィリップスと
ピーター・オトゥールは当時結婚していました。
夫婦のよしみで出演が決まったのかもしれませんが、
最後まで二人にロマンスは起こらず、ラブシーンもありません。
夫婦で出演しているせいなのか、どうも一緒のシーンに緊張感がなく、
そもそも二人でいるシーンがどうにも絵面的に地味です。
本作は小説がベースになっていて、監督のイェーツが映画化を計画する前、
バート・ケネディ監督がフランク・シナトラの「スター計画」として、
彼を主人公に映画化しようとしていたという話がありますし、また、
本命だったウォーレン・ベイティがあまりにも高額のギャラを要求したため、
オトゥールにお鉢が回ってきたという話もあります。
もしシナトラかベイティがマーフィーを演じていたら、
この映画の出来やひいては評価も変わったでしょうか。
わたしは少なくとも興行的にはかなりましだったのではないかと考えます。
花のない女優、しかも糟糠の妻の起用も、
二人の関係が医者と患者のままで終わった理由だとおもいますし、
ロマンス要素が全くない展開も、興行的な失敗の原因でしょう。
ベネズエラ海軍の協力を仰いだと言う事情があって、
撮影はベネズエラのオリノコ川などで行われています。
ここでマーフィーは自分を助けてくれたフランス人の
ルイ・ブレザンと親しくなります。
(この男も何をしているのかさっぱりわからない謎の人物)
彼との会話で、マーフィは川の深度が潜水艦も侵入可能であると知りました。
さて、こちらは大物を仕留めて歓びに沸くUボート内。
乗員が空き缶から作ったというお手製の鉄十字を贈られたラウクス艦長は、
「ありがとう。本物の鉄十字章より嬉しいよ」
と流暢な(当たり前ですが)ドイツ語でいいます。
この映画のいいところは、ドイツ人がドイツ語で喋っていることですが、
案外これがアメリカ映画では珍しかったりするのよね。
そのとき、マーフィーいる村にイギリス人が救出され運ばれてきました。
名前を、
エリス中尉
といいます。
(わたしがこの映画を選んだ唯一の理由をお分かりいただけただろうか)
イギリス海軍の「liutenant」は大尉ですが、中尉と少尉は「sub-liutenant」で、
中尉も(当方と同じく)単にLiutenantと称するので、
彼の年齢から見ても中尉で間違いないと思われます。
エリス中尉は飛行将校で、水上機パイロット、そして
マーフィーと知り合いでした。
彼が不時着させた飛行機をマーフィーとルイは発見しました。
機体には「マウント・カイル」と書かれていますが、これは商船の名前です。
商船に英軍のラウンデルが付いた軍用機が積まれているのも不思議なら、
撃沈された船の搭載機だけがなぜ別のところに不時着しているのか、
この映画は全く説明してくれません。
水上機で単独脱出してその後川に落ち、
そのまま海まで流されて海岸に打ち上げられたということのようです。
っていうかなんなんだよこの設定。
普通それ死んでないか。
このグラマンOA-12「ダック」は、わたしが昨年見学したところの
オハイオ州デイトンにある空軍博物館に展示されています。
しかしながら、この水上機はイギリス海軍には使用された事実はありません。
さて、そのときです。
なんと!Uボートの一行がボートで島に乗り込んできたのです。
なんと彼らの目的は自分が沈めた船の生存者を探すことでした。
商船の乗員相手にこの執念はなんなの。
沈めたのが軍艦で相手が軍人でもこんなことしないですよね。
だいたい、戦略的に労多くして益が少なすぎというか、潜水艦乗員、
しかも合理的なドイツ人がわざわざ陸に上がってすることかと。
このあたりのプロットの無理やり感も映画に入り込めない理由の一つです。
でね。
ラウクス艦長ったら、エリス中尉のベッドまでたった一人でやってきて、
しんみりとシガレットケースを出して勧めたりするんですよ。
いい人アピールか?
そしてまるで一昔前の西部劇にでてくるインディアンみたいな英語で、
「Necessity・・・find・・・not to find・・responsibillty」
(必要、探す、探せなければ、責任)
といいます。
どうでもいいけど、兵隊ならともかく将校、特にドイツ将校なら
英語くらいもうすこしましに話せると思うがどうか。
これ、艦長として俺には生存者を探す責任があるってことかしら。
続いて彼はドイツ語で、部下に対して示しがつかん、と呟くのですが、
これもはっきり言って全く意味不明です。
潜水艦は船を沈めるのがお仕事で、人員殲滅の責任なんてないっつの。
艦長が「見つけても勝手に撃つな」と部屋の外の部下にドイツ語で言う隙に、
エリス中尉、なにやらベッドの下に手を突っ込みはじめました。
それを見たラウクス艦長、脊髄反射でエリス中尉を射殺してしまいます。
さっきの「勝手に撃つな」ってなんだったんだ・・。
ちなみにエリス中尉の出演時間は全部で3分くらいです。(-人-)
飛行機を曳航して帰ってきたマーフィーは、エリス中尉がやろうとしたのは
「ベッドサイドにある自分の飛行服を隠すことだったんだろう」
とエリス中尉(わたし)に言わせると、は?な推理を働かせるのでした。
つまりエリス中尉は自分がパイロットであり、飛行機があることを
気づかれないようにしたかったんだろうて、ということらしいんですが、
そもそもナチスは射殺した士官の身分を検分もせずに帰っています。
エリス中尉、なにもそんな危ないことをしなくても、
自分はパイロットだが飛行機は船と一緒に沈んだ、
とでもいえばいいのでは、とエリス中尉(わたし)は思うのです。
そしてここからが摩訶不思議な展開です。
この二人がどんな関係だったのかとか、どれほど親しかったかとか、
そういうエピソードらしいものが全く語られないのに、
マーフィーはただエリス中尉の仇を取るために
飛行機を使ってUボートを攻撃することを決意するのです。
そこでまず飛行機を動かせるようにすることから始めます。
ルイの手助けを借りて、なんとかオリノコ川に浮かべることに成功。
水上を滑走することはできましたが、マーフィー、
今まで水上機を操縦したことがなかった模様。
水上機を離水させることができず、いつまでも川面をぐるぐるしています。
つい最近こんな場面の映画を見た記憶があるような・・。
そう言えばあちら(『北緯49度線』)は操縦していたのがUボート乗員、
こちらはUボート乗員に仕返ししようとする男。
奇遇といえば奇遇ですね。
ちなみに、水上機シーンはスタントなしでオトゥール本人が演じています。
「飛べ!このやろう!飛べ!」
そしてやっとのことで・・・。
続く。