「ハワイ・マレー沖海戦」についてです。
日中戦争のさなか陸軍によって制作された「燃ゆる大空」に対し、
これは真珠湾攻撃から1年を記念して海軍によって創られた国策映画です。
ここで、いきなり当ブログ名物、
「その一言にこだわるコーナー」
です。
今日のお題は「国策映画」。
この映画の映画評などをいつものようにざっと当たってみたところ、
殆どの映画評が
「国策映画」
つまり戦意高揚映画であることに言及し、それを評論の足がかりにしている、
ということに気づきました。
「国策」という言葉は、それだけであれば文字通り
「国家の政策」
であり、「国策映画」となると、その政策をプロパガンダする映画、
という定義が成り立つでしょう。
そこで、この映画を論評するのに「国策映画」であることは、
映画としての価値そのものの評価を揺るがすものであるか?
ということに、今日もこだわってみたいと思うのです。
わたしが当ブログでしょっちゅう言うことですが、戦争と言うものが
悪であることは絶対の真理だとしても、日本が戦争をしたことは悪ではありません。
こういうと普段から「戦犯」という言葉を日本に被せたがる人たちが
「侵略を正当化するのか!」
と口角泡を飛ばして反論してくるでしょうが、そういう、戦勝国の価値観を
日本だけが引き受けたままで脳硬化を起こしたような自虐的な似非平和主義者には、
まず「歴史に善も悪もない」という言葉を理解することから始めていただきたい。
たとえばフォークランド紛争において、アルゼンチンとイギリス、
どちらが善でどちらが悪であるかをあなたは断言することができますか?
イギリスが領有権を主張するサウスジョージアに最初に踏み込んだアルゼンチンか?
それとも話し合いでなくいきなり武力を行使し取り返したイギリスか?
全く対岸から眺めると、
「そんなの唯の領土紛争じゃん。いいも悪いも権利のぶつかり合いだろ?」
と全うな評価ができるのに、こと自分の国のこととなると、なぜか
「全て日本が悪いのだ」
となってしまう脳硬化患者のなんと多いことよ。
何度も言いますが、日本が反省する点があるとすれば、それは負けたことです。
勝った国が負けた国を事後法で裁いた野蛮な極東軍事裁判が、
日本が戦争をしたことそのものを「悪」と断罪したからそういうことになっているだけです。
戦争をした日本を卑下しなければいけないという気持ちから
「国策映画であるが」いい映画で
「国策映画とはいえ」映画としては素晴らしい
などと、言い訳しながら評価しなくてはいけない理由などないんですよ。
そもそも、そういう言い訳をしている人、
「国策映画だったら何がいけないんですか」
と聞かれて答えられます?
日本が間違っていたから?
戦争は悪いことだから?
レニ・リーフェンシュタールがベルリンオリンピックを記録した
「民族の祭典」「美の祭典」は、ナチスドイツのヒトラーお気に入りだった彼女が作った
国策映画のようにいわれることもあります。
実際彼女は戦後、ドイツのメディアには「ヒトラーの協力者」として冷淡に扱われたそうですが、
この映画はオリンピックの記録映画としてはいまだ世界の最高傑作であり、
これに次ぐ「オリンピック映画の名作」である市川昆の「東京オリンピック」は、
まぎれもなくリーフェンシュタールの手法を受け継いでいるということをご存知でしょうか。
さて、この辺で一般的な意見を見てみることにしましょう。
ざっとインターネットで拾ったこの映画に対する映画評はこんな感じです。
●戦意高揚映画なので、映画の出来を良し悪しで採点するのは難しいのですが
●なるほどこれが第二次大戦中の戦意高揚映画だったんだ、って感想を持っただけで
貴重な文化資料的価値はあるかもしれないが、今全編観せられてもちょっと困る
●戦時中の戦争映画なので勝って終わるという高揚映画なんだけどいいです。
●プロパガンダ映画なので点数をつけるのもどうかと思いますが・・・。
ふむ。
皆さんまるで「戦意高揚映画」だったらちゃんとした評価をすることや、
映画そのものを「いい」と思うことは疾しいみたいな言い方なさるのね。
また、はっきりと国策映画を嫌悪する人もいて
●戦意高揚ものなので、友人の墜落死もあっさり描きすぎだし、
帰る事を想定して(燃料で)悩むなと言われて、部下が笑顔で
燃料は敵の攻撃には充分ありますと答えるなど、
軍部の思想統制にはやはり嫌悪感が湧く。
思想統制ねえ・・・・・。
細かいことを言うようですが、これ、思想統制という言葉の定義が間違ってませんか?
こういうのって、このころの軍人なら普通にそうだったという描写のような気がするけどな。
「軍のプロパガンダにはやはり嫌悪感が湧く」と言うならわかりますが。
●プロパガンダ映画とはこういう映画だという見本。
見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
せこい特撮も効果倍増!
こんな映画見て喜んでいる人間の顔が見てみたいね・・・全く
と、口をきわめて罵っている人もいます。
これにもこまめに突っ込んでおくと
「この映画を観て喜んでる人」
なんて世の中にいるんでしょうかね。
こういう映画があった、という事実を受け止め、感想を述べることはあっても
「喜んで観る」
ほど皆おめでたくも単純でもないと思うけどな。
ただ、この意見のその直後に感想を書いた人が
●こういう単純な人がいちばん情報操作に騙されやすくて、
大本営発表にも一喜一憂するんだろうね。
とごもっともなコメントを寄せていて思わず笑ってしまいました。
●プロパガンダというものは「悪」を一方的に仕立て上げ
それを叩くというスタイルが基本だが、この映画は「鬼畜米英」ではない。
天皇のために、同輩のために、相手に勝つために、
いかに自分を磨くのかということからスタートしている。
プロパガンダもここまで優秀に出来ていると逆に感嘆する。
この人の言うことは一見気が利いているようで、実は
プロパガンダの何たるかが全くわからず書いておられるようです。
遡れば「上海陸戦隊」「陸軍軍楽隊」「乙女のいる基地」
陸軍制作の「燃ゆる大空」、海軍制作の「雷撃隊出動」、
そしてこの「ハワイ・マレー沖海戦」。
これらの国策映画を通してもし共通項を見いだすならば、そこには
戦争と言う国体の危機に自らの命惜しまず、
「敢闘精神」
「無私の心」
「忠義」
を以て赴く軍人の姿、そしてそのための精神的修練の肝要さ、
そういった理想が描かれていることでしょう。
「鬼畜米英」などと相手を憎む姿を軍人が出てくる国策映画をわたしは寡聞にして知りません。
「燃ゆる大空」のときにも同じことを言いましたが、
「軍人勅諭」「教育勅語」が、戦時中の精神訓話であったからその内容も間違っている、
という考え方を信じ込まされた人々は、これらの精神的鍛錬もまた、
目的が戦争であるがゆえに間違っている、と断罪するのかもしれません。
しかし、たとえそれが、つまり国が戦争を完遂するために、
国民に戦うべき者の覚悟や心得を解くことが間違っていたとしても、
なぜそのため、映画を映画として論評することを
こんなに疾しく思わなくてはいけないのか、ってことなのです。
繰り返しますが、これは国策映画で、ここに出てくる人物は
ある意味戦時下の国民の理想を抽出したような存在です。
そこには国家の大義に疑問を抱く者もなければ、死ぬのが怖くて
泣きわめく者(笑)も勿論なく、予科練の少年、そして彼が憧れる兵学校生徒、
彼の家族も、教官も上司も、全てがまるで教科書通りの言動をします。
この映画には主人公というものがおらず、予科練の友田義一少年も、
隣の立花忠明も、そして藤田進演じる山下大尉さえも、この「理想世界」
を支えるエレメンツの一部として、決して「私」を出すことをしません。
ところが、わたしに言わせると一人例外がいます。
予科練の少年の老いた母です。
「老いた」と形容詞で表されているものの、義一が18歳、原節子演じる姉の
「きく子」がせいぜい22〜3とすればせいぜい四十代のはずなのですが、
昔の母親というものはこんなにも早く老けてしまったのだろうか、と、
この母親の背中を丸めた姿を見ると思います。
それはともかく、この母親については
義一「お母さん、そんなこと(戦争が始まること)聞いて心配してないかな」
きく子「それがね。よっちゃん。平気なの。
こないだもある人がね、『お宅じゃ大変でしょ』って言ったら母さん、
いいえ、もうあの子はうちの子じゃないと思っとりますからなんて言って。
落ち着いたもんなのよ」
というシーンでその「軍国の母」ぶりが描かれます。
この映画についてエントリを描く、と予告したときに、ある読者の方から
「国策映画だからしょうがないですが、そのような母ばかりではなかったと思います」
というコメントをいただきました。
また出ましたね。「国策映画だからしょうがない」が。
それじゃたとえばこのシーン、戦後の戦争映画ならどうなりますかね?
1「義一っ!世間じゃ大戦争になるっていういうじゃないのっ!
もう飛行機に乗るなんて危ないことやめて帰ってきなさい!」
2「義一・・・お母さんを一人にしないでおくれ。
たった一人の息子にもし何かあったらお母さん生きていけないよ(さめざめ)」
3「大変だ、世間じゃ大戦争になるって言ってるよ!
さあ、今すぐ荷物をまとめて山に逃げるんだよ!お母さんがお前を隠してやるから!」
パターンとして考えられるのはこんな感じですが・・・・・・
・・・・・・うーん・・・・・・
これじゃ国策映画は勿論、普通の映画だったとしてもどうもサマになりませんねえ(笑)
母が自分のことを「もう息子じゃない」と言ったことを姉から聞いて、
義一は感動し、
「そうか・・・・偉いなあ」
と言います。
しかしね。
このDVDをお持ちの方、この母親と息子のシーン、もう一度ちゃんと観て下さい。
「お休みがあるかどうかなんて考えたこともない。
どうせあの子はうちの子じゃないんだもの」
と言った直後に「ただいま」と息子が玄関を開けたときの母親の表情を。
信じられないものを見るような呆然とした表情が崩れ、
ようやく息子と会えた喜びが溢れ出すその顔を。
息子のために用意した袷の裾が思っていたより短く、
その短い着物の裾からたくましい脛がにょっきり出ているのを、
火鉢越しに凝視する母親の眼を。
わたしが、なぜ彼女が「例外」だと言うのかお分かりいただけるかと思います。
もし「うちの子じゃない」と言ったことを以て
「こんな母親ばかりではない」というのなら、確かに上に上げた
3つのセリフに近いことを実際に言う母親もおそらく現実にはいたでしょう。
しかし、この母親がそれをどんな覚悟と諦めのもとに
自分に言い聞かせていたのか、この母親を演じた英百合子の演技が
それを物語っているじゃないですか。
もし、戦後の戦争映画ではっきりした反戦の意思をもって、
旧軍を批判するために戦争を描くのだとしても、このようなシーンで、
母親が慌てふためいて
「お前を山に隠す!」
と騒ぐのと、この映画のように口では「うちの子じゃない」と言いながら、
愛しい息子の姿をこれが見納めとばかり貪るように凝視するこの演技とでは、
どちらがより戦争の悲惨を感じるでしょうか。
だからわたしは「燃ゆる大空」のときにも言ったんですよ。
戦争の悲惨というのは国策映画ですらその大前提として存在していると。
この映画の、息子を見つめる母の表情は、この「私」のない映画で唯一、
登場人物が感情を露にした部分であったといってもいいくらいです。
この映画で描かれる「理想の人物」のなかでも、この母親ほどリアルな
「軍国の母」はいないのではないか、とわたしは思います。
おそらく息子が士官学校や兵学校、そしてこの予科練に行くような軍人の母であれば、
内心はともあれ大なり小なりこういう態度で息子を送り出したのでしょう。
そこで母親としての本音がどうであったかなどと、問うのが愚かというものです。
先日亡くなった島倉千代子さんが歌った
「東京だよおっかさん」の2番の歌詞の一部は次のようなものです。
やさしかった 兄さんが
田舎の話を 聞きたいと
桜の下で さぞかし待つだろ
おっ母さん あれがあれが九段坂
逢ったら泣くでしょ 兄さんも
老いた母が田舎からわざわざ東京にやって来たわけは、
他ならぬ靖国神社に居る息子と会うためであった・・・。
NHKは、この二番を島倉さんが紅白で歌うことを最後まで許しませんでした。
うちの子じゃない、と自分に言い聞かせながら息子を戦地に送り出す母も、
その息子が遠い戦地で亡くなったという報を受けたときには人目を忍んで慟哭したでしょう。
だから母は、九段の桜の下で待つ息子に逢いにいくのです。
英霊となって戻って来た息子に。
確かにこんな母親ばかりではないでしょう。
が、こんな母親が実際にたくさんいたのも確かです。
国策映画でありながら、息子への眼差しに、我が子を失いたくない母の
万感の思いを込めた演技をさせた制作者と、
またそれを否定しなかった海軍情報局の担当者にわたしは敬意を表します。