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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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映画「グラマ島の誘惑」〜それぞれの戦後

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戦後の価値逆転映画、「グラマ島の誘惑」、最終回です。

■ 帰国



アメリカ軍に投降し、日本に帰国するその船上で皇族為永が見た新聞には、
グラマ島からあいと出奔した兄為久が生きていたことが書かれていました。
6年間の島生活の後島を出たカヌーはどこかに流れ着き、生還した、
とニュースでは大々的に報じられています。

しかし、一緒だったあいのことはどこにも書かれていませんでした。


女たちがこの新聞記事を目にして驚いたことは、
香椎兄弟が本当の皇族だったいうことでした。

あまりに島の生活で人間らしすぎるその実像を見たものだから、
これまで殿上人だった皇族がこんな俗物な訳がない、
と全く信じられなくなっていたということです。
しかしながら、これは単に庶民の思い込みであり、皇族といえど人の子、
欲望もあれば俗っぽい価値観もあるはずで、
そういう血筋に生まれたからといって、どんな環境下にあっても
(特に無人島に流されるなどという)それでも高貴な精神を堅持できるか、
などと問うのはあまりにも残酷な仮定だろうと思います。


船上で為永は宮内庁から来たという皇族廃止の通知を見せながら、
女たちに向かってこんなことを朗らかに宣言します。

「もう日本には皇族は無くなるんだ。
みんな、内地に帰ったらあの島の民主的な経験を役に立てましょう」


それじゃ天子様もいなくなるのか、と不安そうな女たち。
しかし、為永はこう女たちに太鼓判を押すのでした。

「天皇陛下はおいでになる!」



その言葉はもちろん正しかったのです。

戦争が終わって貴族制度は廃止になり、皇族家は野に降りました。

しかし皇室は残り、天皇陛下は戦後も象徴として
「おいでになる」ことが決まったのは歴史の示すとおりです。

ついでながら、皇族が平民に降りることが決まったときも、
いつ何時元に戻るようなことがあってもいいように、
常にその心でいて欲しい、と言葉があったと聞きます。


そして、グラマ島から彼らが帰国して間もなくのこと。
日本中が皇太子殿下と民間人正田美智子さんとの婚約で沸くことになります。



本作撮影中、ちょうど皇太子殿下のご婚約が発表になりました。

旧皇族の男性を主人公としていた当作は、脚本を変更して
すかさずこれをストーリーに取り入れました。

まずは、書店のウィンドウに、お二人の写真とミッチー本。
その一隅に報道班員坪井すみ子が書いた「グラマ島の悲劇」新刊書が
ベストセラーとして飾られているといった具合です。



折しもクリスマスの街角。
その前を、サンタクロースの格好をしたサンドイッチマンや、
新しく創設された警備隊(後の自衛隊)の制服を着た一団が通り過ぎます。

よく見ると、電柱には「原水爆実験反対」のビラが貼られています。

■ それぞれの戦後



グラマ島の人々も、それぞれのもといた場所に戻って行きました。
とはいえ、価値観の変わった日本では、彼らの生き方も、
戦前と同じというわけにはいきません。

ここ銀座にあるマッサージ付き温泉施設の前に停まった
運転手付きの黒塗りの車からは、兄の香椎為久が姿を現しました。

リュウとした粋な仕立てのスーツに白手袋という装いです。


こちらは慰安婦たちの引率だった女将、佐々木しげ。

坪井すみ子の「グラマ島の悲劇」が世間を騒がせ、話題になって
マスコミはグラマ島の関係者のもとに詰めかけていました。
外から野次馬が覗く中、ブリブリしながらインタビューに答える彼女。
慰安所を経営していた彼女の夫は赤線廃止がショックで亡くなってしまい、
仕方なく残された店を流行りのトリスバーとして経営しています。
しかしどうにも昨今のご時世では、経営もなかなか苦しい模様。



さて、「大銀座温泉」に入って行った香椎為久は、
そこで『背番号21』をつけた娘にマッサージを受けていました。

実はこの背番号21、縁故採用なのでしょうか、
あの兵藤惣五郎中佐の娘(市原悦子)だったりします。
桂小金治の娘が市原悦子って、なんか納得してしまうんですけど。

彼女は為久の御身を激しくマッサージしながら、ぷんぷん怒っています。
「痛い痛い痛い」

為久は叫びますが、手加減せず、

「『グラマ島の悲劇』での父兵藤中佐の描かれ様があまりに酷い。
もう坪井すみ子を訴えようと思っている」

と忿懣やる方ありません。

彼女は為久になんとか父がそんな人間でなかったと証言させたいのですが、
為久はあんな島のことは思い出したくもない、とそれを拒むのみ。
それに、酷く描かれていることにおいては、
兵藤より為久の方がずっと赤裸々だったりするわけですしね。

為久に断られた兵藤の娘は泣きながら部屋を飛び出してしまいました。
(市原悦子の出番これで終わり)



そこにやってきたのは、為永の一男一女、為成とより子でした。
為成はシルクハットにタキシード、より子はロングドレスという装いで、
これでどちらも高校生というからびっくりです。

実は、大銀座温泉を経営しているのは為久の妻、彼らの母親です。
一家の主がいなくなった戦後を生き抜くために、彼女は
杉山という男性と温泉施設を共同経営してきたのでした。

杉山たる人物は登場しませんが、当然男性であり、
為久の長い不在中、彼女の実質的なパートナーだったようです。


兄妹は「グラマ島」を読んだといって父親を揶揄ったりします。
父親に対する尊敬とか同情はあまりなさそうです。



そこに激しく怒りながら入ってきて、子供たちを追っ払ったのは
羽付の帽子のガウンというものすごい格好をした為久の妻であり、
「大銀座温泉」の副社長、香椎智子。

智子を演じる久慈あさみは26本の社長シリーズで森繁の夫人役だった人。
この二人のコンビを見て安心?した観客は多かったのではないでしょうか。

ただし、今回、夫人は留守中パートナーができてしまったため、
死んだと思われていた夫が帰ってきても嬉しくないという役回り。



奥方にとって都合よく、坪井すみ子が孤島での夫の行状を
あからさまに公開する暴露本を書いてくれたということになります。

烈火の如く怒って見せ、

「誇りを傷つけられたからもう殿下とは離婚させていただきます!」

とヒステリックに言い立てるのでした。



さて、弟の為永の方も、帰国後、なんとか働き方を考えていましたが、
とりあえず趣味の雑誌を創刊しようとして失敗。

家も抵当に入り、職もない旧宮家の兄弟は、
平民として戦後の日本をどうやって生きていけばいいのでしょうか。



そこで為永は、心機一転、食品会社を起こすことにしました。
おりしも戦後でアメリカとの文化交流も盛んになる中、
スキヤキの割下を瓶詰めソースにして、輸出するというアイデアです。

そこで、トリスバーで苦戦しているおしげ婆さんに協力してもらい、
彼女の店をそのまま会社にすることになりました。

吉原にある店なので、為久が商品名を「ヨシワラソース」と名づけました。



その夜、為久は為永を沖縄料理店に誘いました。
為永は、兄に兼ねてから気になっていた、あい子のことを尋ねます。

知的障碍があるけれど心優しく、為久の子供を身籠った女。
カヌーで一緒に島を出て行ってからどうなったのかと。

坪井すみ子の書いた「グラマ島の悲劇」には、
二人のカヌーがサイパンに流れ着いた時、皇族の体面を考えた為久が、
まるで愛子を殺したように書かれていたというのです。

為永がそのことを兄に伝えると、為久はため息をついて

「あの坪井という女はよっぽど私が嫌いだったんだな」
と言ってから、

「あの子はね、死んだよ」

「ああ・・・やっぱり死んだんでございますか・・」

「・・・・だろうと思うんだ」



「え?」


為久は悲痛な表情で、しかし淡々と続けました。

「あの子は私に何か食べさせようと思って、海に潜っていったんだ。
それっきり上がって来ないんだ」

自分はいつまでも、その辺が真っ暗になるまで彼女を待ったが、
水の中でフカにやられたか、シャコ貝に挟まれて溺れてしまったか、
ついに帰ってくることはなかった、としみじみ語りました。


その時です。

為永は、あいが生前歌っていた曲が舞台から流れているのに気がつきました。
襖を開けてステージを見ると、そこには彼女に生写しの女がいます。

息を呑む為永に、為久は彼女があいの妹であると説明しました。
彼女は「かな子」と言い、「グラマ島」を見て為永を訪ねてきたのです。




さて、為永の興した割下スープ、「ヨシワラ」の事業は、
それを使用したレストラン、スキヤキハウスに発展するなど、
なかなか波に乗って為永もしげも忙しくなりました。



「殿下〜〜〜あ」

そんなある日、茶髪に染めた髪に羽をつけ、ザーマス風の眼鏡をかけた、
詩人の報道班員、香坂よし子(淡路恵子)がやってきました。

彼女もまた「グラマ島」で書かれた自分のことに不満を持っており、
為永と為久の力で本を発禁にして欲しいと泣きつきに来たのです。



そこに運悪く、「グラマ島」の作者本人、坪井すみ子がやってきました。

金銀に光る着物にまるで獅子舞のような白いロングのカツラと意味不明。
一体何をしていたらこんな衣装を着ることになるのでしょうか。



二人はたちまちキャットファイトを始め、
エキセントリックな香坂は、為永に、

「アタシと香坂さんとどっちがお好きなんですか殿下!」

と訳のわからないことを言って掴みかかるのでした。



その頃、為久殿下のロールスロイスに便乗して、銀座まできたあいの妹、
かな子は、おそらく為久に買わせたのであろう最新流行のドレスに身を包み、
ボーイフレンドとの待ち合わせ場所に送らせて、さっさと降りて行きます。



彼女を映画館の前で待っていたのは、大学生風の青年でした。
トレンチコートに肩からカメラを下げ、いかにも良家の出に見えます。

振り返って車の為久に手を振る彼女は、
顔形はそっくりでも、あの「あい子」とは別の人種のようでした。
っていうかさ、かな子さん、一体なんのために為久のところに来たの?
姉のグラマ島でのことをネタに、ソフトに恐喝でもしてるのかしら。



為久は何か鼻しらんだ様子で彼女を見送るのでした。
彼も、なんでかな子の面倒を俺が見るんだ、と思っているのでしょう。

皇族は廃止寸前、自分自身は離婚寸前。
人の面倒を見ている場合ではないのですが。



さて、坪井すみ子が為久の元にやってきた理由は意外なものでした。

彼女が示した新聞には、わずか二日後、
他ならぬグラマ島で行われる水爆実験が報じられていたからです。

米軍に投降したとき、坪井は二人は死んでいたと嘘を言ってしまいましたが、
彼らだけは、そこに未亡人とウルメルがいることを知っています。

それに、と、坪井すみ子は「グラマ島の悲劇」に書かなかった
ある秘密を打ち明けました。

あのウルメルと名乗る男はカナカ族でもなんでもなく、
実は城山という名前の脱走兵だったのだと。

つまり、グラマ島に残っているのは二人の日本人なのです。



同じ新聞の別の欄には、グラマ島の慰安婦たちが
沖縄で買春容疑で捕まったというニュースが報じられていました。

しげはだから言わんこっちゃない!と叫びますが、しかしとりあえず、今はそれどころではありません。

このままでは二人の日本人が水爆に巻き込まれるかもしれないのです。



居ても立っても居られない彼らは立ち上がり、
たまたま家の外に停まっていた霊柩車を拝借して出かけることにしました。
なぜ霊柩車が?などと言ってはいけません。
これはきっと何かの暗喩なのです。知らんけど。


お茂は霊柩車から顔を出して呟くのでした。

「まあまあ、どこの国の人か知らないけど、
水爆みたいなおっかないもの、やらなきゃ良いのに」



為永はとみ子とウルメルの写真を掴み、霊柩車に乗り込んでいきます。
こんな時に彼女をストーカーしていたことが役に立つとは。

しかし、一体どこに行って、何をすれば、二人を助けられるのでしょうか。



そして、二日後の朝。(おいおい)
為久を乗せた黒塗りの車は、皇居に向かって走っていました。



後部座席で新聞を読む香椎為久。
新聞にはグラマ島の水爆実験が本日行われるということが書かれていますが、
彼にとっては特にこの件に関する思い入れはないようです。
グラマ島にいたときもそうであったように、彼の脳には
身の丈とその周りの自分のことしか関心を持たないような
特殊なプログラムでもされているような感じです。



「この車とももうすぐお別れだな」

運転手の秋山は僅かに表情を動かしますが、無言です。



「秋山」
「はい」

「お前タバコ持ってない?」

「はい、しんせいでございますが」

「ああ、結構」



タバコもないのかよ、とはもちろん秋山は言いません。
尻ポケットからくしゃくしゃのタバコを差し出してやります。

為久がそのタバコに火をつけた途端。


グラマ島に水爆が投下されました。

原作の「ヤシと女」では、ビキニ環礁の核実験で被害に遭った
第五福竜丸の記事を見ながら、ふたりも巻き込まれたのでは、
と心配するにとどまっているのだそうですが、映画では本当に炸裂します。



水爆実験によるキノコ雲の周りに、いくつもの十字架が重なります。
しかし、この演出には正直かなり興醒めしました。

グラマ島の四つの墓標が砕け散るなどの演出の方が良かった気がします。

このキノコ雲は、例によって、水にインクを落としたものを
逆さまに撮影する、この頃多用された手法の賜物だと思われます。



本作は、荒唐無稽なくだらない喜劇仕立てと言いながら、
そのシュールな舞台設定と衝撃の展開が心に残り、妙に後をひく作品です。

特に、誰も悪人として描かかず、皇族の兄弟の「普通さ」と、
彼らがその身分を失う「悲しみ」にまで言及されている点を評価します。

ただ、創作物ながら、島に残された二人のその後の運命については、
あまりの残酷さに、想像すると心の底が冷えるのを感じずにいられません。
笑いが片頬で引き攣るブラックな喜劇だと思いました。







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