宇宙飛行に対して、声に出して言わないまでも誰もが持つ疑問があります。
"宇宙ではどうやってトイレをするのだろう?"
アメリカ国立航空宇宙博物館における一般公開においても、
そのことは見学者の多くが質問するしないに関わらず考えることです。
そんな疑問に少しでも答える展示がスミソニアンにあります。
さて、今日は宇宙でのトイレ事情についてお話しするつもりですが、
宇宙開発が始まって以来、そこには笑いあり涙ありの、
トイレ事情の歴史とその発展、工夫がありました。
(そしていまだにある意味解決されていないという)
それをお話ししていく都合上、直截に表し難い言葉もあり、また
そのものをズバリ表現するには、途方もない羞恥心の克服を要します。
てなわけで、論文とか正式の文献ではない当ブログとしては、
そこんところをできるだけ穏便に、かつ婉曲しつつ、
マイルドに、遠回しに表していることをどうかご了解ください。
とはいえ、念には念を入れて、食事をしながらお読みになることは
厳に慎むことをお願いする次第です。
スミソニアンには、なぜか、ソ連のソユーズが搭載していた
Human Waste Disposal Unit
「人類用廃棄物処理ユニット」
の実物がロケットや宇宙船の谷間にひっそりと展示されています。
Male Configuration=「男性用(構成)」
ということでご理解いただけましょう。
ソユーズは、有人宇宙飛行船の中で最も長い運用期間を誇ります。
ガガーリンが有人飛行を行った時から、現在も国際宇宙ステーションへの
人々の輸送に使用されて、バリバリ現役なのは皆さんご存知ですね。
今回のロシア侵攻以来、宇宙の開発事情にも大きく関わるのではないか、
というのは誰しもが懸念するところだと思いますが、その話はまた別に。
さて、そのソユーズですが、ソ連らしく実に合理的なことに、
最初から「自己完結型」を目指していたため、トイレも完備でした。
アメリカの宇宙船トイレ事情一般があまりに悲惨だったことを考えると、
宇宙のトイレ事情に関しては、一貫してソ連の圧勝だったと言えます。
アメリカがソ連に追いつき、追い抜いた後も。
これがソユーズの「人類用廃棄物処理装置」。
収集タンクが取り外し可能です。
そしてこれがどうやら男性専用のアタッチメントである模様。
説明がなかったのですが、取り付けられている位置関係から考えて
こちらも「廃棄物処理用」であることは確かです。
JSC Zvezda
という文字が見えますが、これはロシア連邦の企業である
NPPズヴェズダのことです。
ズヴェズダとはロシア語で「星」を意味し、宇宙飛行士の生命維持装置、
宇宙服(与圧服)、月面用宇宙服、射出座席などを製造しています。
■悲惨だったアメリカの宇宙トイレ事情
もうこの際はっきり言ってしまいます。
アメリカという国が、宇宙開発事業において
世界一の科学技術先進国でありながら、
どうして宇宙飛行士の生理というものにこれだけ無情でいられたのか、
わたしにはさっぱりわかりません。
いや、わかる気もしますが、わかりたくありません。
宇宙飛行士。
勇敢で、知的で、常に冷静で、目も眩むような秀でた能力を評価され、
数多の優秀な候補者の中から選ばれた一握りの・・超エリートです。
つい最近、ディズニープラスのナショジオ制作による
「The Real Stuff」(マーキュリーセブン」を少しずつ観出したのですが、
改めて7人の選考予定を見て、こいつら只者じゃねえ、と感嘆しました。
(ちなみにジョン・グレンを演じているのが『スーツ』のマイク・ロス役で、
これは全然違うだろう!と画面に出てくるたびに全力で不平を言うわたし)
「マーキュリーセブン」は、秀でた人間の人間らしい弱さや個人事情、
家庭の事情などに今のところ焦点を当てている様ですが、それは逆に、
今まで彼らがスーパーマンとして描かれてきたと言うことでもあります。
しかしパイロットとしての能力はともかく、彼らも人間である以上、
人間的な弱さはもちろんのこと、物を食べ、それを外に排泄するという
ごく当たり前の、しかし本人にとってはプライベートであるべき、
かつ、切実な本能を有しています。
ところが、1960年代に宇宙飛行士を月に送り込むための競争を始めたとき、
NASAは「人類が宇宙で膀胱と腸を空にする方法」にほぼ無関心でした。
無関心というか、よく言われるのが、NASAの技術者は、
ロケットを飛ばし、人を乗せて生きて帰らせることのみに注力しすぎて、
排泄の問題を(ロケットを飛ばすことに比べれば)
「ほんの些末な問題」と考えていたか、あるいは全く考えていなかった
(専門の対策もしなかった)ということです。
思い出してください。
アメリカ人として最初に宇宙に行った宇宙飛行士、
海軍一のパイロットと自他ともに認めるところのアラン・シェパードが、
1961年、ロケット発射台でどんな恥ずかしい目にあったかを。
【アラン・シェパード飛行士の場合】
ライトスタッフ・シェパード出発シーンThe Right Stuff Pee & Light the Candle Scene from Marcus on Vimeo.
アランが尿意を訴え、スタッフが慌て始めるのが3:15~。
アランが「ゴードン」と呼びかけているのはマーキュリーセブンの同僚、
ゴードン・クーパーのことで、打ち上げのCAPCONには必ず飛行士が交代で入り、
連絡を行ったり対策を一緒に考えたりしました。
「スーツの中でやれ」
とスタッフのチーフが許可するのが4:50。
ほっとするアラン、次いで液体の移動がセンサーに反応。
心臓と呼吸のモニターの電子センサーがショートする。
そしてそれとは全く関係なく打ち上げは成功!
・・・してしまったので、この問題は、些末なこととして
(むしろ緊張の中のちょっと和む逸話として)
その成功の喜びにかき消された、と言ったらいいかもしれません。
1961年5月5日のシェパードの飛行時間は15分程度と想定されていたため、
NASAがトイレについて考えなかったのは当然といえば当然かもしれません。
が、
それは彼らが、概念上でしかその問題を捉えていなかった、
ということの表れと言えましょう。
確かに飛行時間は15分程度でしたが、シェパードが最初に宇宙服を着て、
カプセルに入り込み、待機する時間は何時間にも及ぶことを
おそらくスタッフの誰一人考えたこともなかったに違いありません。
映画のシーンを観た方ならお分かりのように、
アランが搭乗前皆に拍手で迎えられている時、周りは真っ暗です。
この直後からはおそらく彼はトイレに行く環境にはなかったはず。
そりゃ途中で行きたくなっても時間的に当然というものでしょう。
何時間もノーズコーン内に座っていたシェパードは、そのうち
膀胱が我慢できないほどいっぱいになっていることに気づき、訴えましたが、
宇宙服を脱ぎ着している時間はもうありませんでした。
最初は漏電の可能性を考えて拒否していたNASAも(てか拒否してどうする)
アラン・シェパードがもう我慢できない〜と再度訴えたため、
自分の座席で「逝く」ことを許可しました。
アラン・・・(-人-)
彼は後にこう語っています。
「もちろん、その時綿の下着を着用していたので、すぐに染み込んでしまいました。
打ち上げの時には完全に乾いていました」
しかしこれって、国家の英雄に語らせるようなことじゃないよね。ソ連ならきっと同じことがあっても「グラスノスチ」はなかったでしょう。
マーキュリーカプセルが回収された後のアラン・シェパード宇宙飛行士
この時には宇宙服内部はすっかり乾いていた
次のマーキュリー計画4号の時、ガス・グリソム飛行士は、
打ち上げの1日前に急遽作ったという、
二重のゴムパンツに、採尿設備が埋め込まれたもの
を穿かされています。
どんなものかはわかりませんが、さぞかし気持ち悪かったことでしょう。
宇宙船の中は結構温度が上がって暑くなることもあったそうですから、
そんなところでゴムのパンツを履くなど、考えただけで汗疹ができそうです。
その後、反省した(のかどうかわかりませんが)NASAは、
ジェミニ計画の後に続く宇宙飛行士に排「尿」設備を与えるようになりました。
繰り返します。排「尿」設備です。
それがこれ。
スミソニアン国立航空宇宙博物館所蔵
NASAの命名す流ところの「ロール・オン・カフ」
という男性用のラテックス製カフは、プラスチック製のチューブ、
バルブ、クランプ、回収袋に接続されていました。
これは見て想像できる通り、あまりいいシステムとは言えませんでした。
時々漏れることもありました。
って当たり前みたいにいうなっての。
しかしながら、この後に及んでも、NASAは
宇宙飛行士の排泄の問題を真面目に取り組もうとせず、それどころか、
NASAのアポロ宇宙ミッションに関する公式報告書(1975)には、
「有人宇宙飛行の初期から、排便と排尿は
宇宙旅行の煩わしい側面であった」
とあくまで他人事のように書かれています。
煩わしい、という言葉からは、どうにかせんといかんことはわかっているが、
本人でない技術者には煩わしいことでしかない、
という他人事感がダダ漏れに溢れ出ています。
これって、全く関係ないようですが、
「犬や猫は可愛いけど糞尿の始末をするのは煩わしい」
みたいな話と同列に思えてきますね。
【ジョン・グレンとジェミニ宇宙飛行士の場合】
この「カフ」を初めて使用したのが、ジョン・グレン飛行士です。
マーキュリーアトラス6「フレンドシップ7」のミッションでのことでした。
(しつこいですが、エド・ハリスのジョン・グレンがあまりに良かったので、
ナショジオの「マーキュリー7」におけるジョン・グレン役
パトリック・J・アダムズが全く受け入れられないわたしです)
このミッションで、彼はアメリカ人として初めて軌道に乗ったのですが、
飛行時間は4時間55分ということもあり、準備から回収までの間に
食事もするしトイレもするであろうということが最初から予想されたのです。
というか、このミッションでは、
生理的な実験データを取るというのもプログラムの一つでした。
ここで改めて考えてみると、宇宙でのこの手の問題が複雑になるのは、
無重力という特殊な状況が関わってきます。
地上では可能なことでも、無重力下だとダメなことはいくつもありますが、
この排尿という事案では、スーツ内に圧力を高めるバルブを導入しなければ、
尿というものを排出することすらできないという問題がありました。
その結果生み出されたこのガジェットですが、
結論から言うとそこそこうまく機能したようです。
それは具体的にこういうものでした。
ジョン・グレンが使用した装置(というか袋)
地球上に生存している人間は、膀胱の隙間が半分以下になると、
神経センサーが脳に信号を送り始め、トイレに行きたくなるものなのですが、
微小重力下での尿は膀胱の底に溜まらず、膀胱内で浮く
状態になるため、ジョン・グレンは飛行中、
膀胱がほぼ満杯になるまで自然の欲求を感じることはありませんでした。
その後、彼は尿バッグに約800mlの液体を入れて帰還しました。
ジョン・グレンの採尿バッグは、1976年から
アメリカのスミソニアン国立航空宇宙博物館で展示されています。
■ アポロ計画と”人体廃棄物”問題
そして時代はジェミニ、次いでアポロ計画へと進んでいきます。
しかしNASAの技術者たちは、相変わらず
宇宙飛行士を月に送り届ける方法を考えるのに忙しく、
1960年代と70年代のアポロミッションの時代になっても、
頑なにトイレを設計しようとはしませんでした。
実際、1980年代にスペースシャトルにトイレが搭載されるまで、
アメリカの宇宙船にそれが設置されることはなかったのです。
ソ連の宇宙飛行士が、当初から座席の下にトイレを組み込み、
座席に座ったまま用をたしていたということを考えると、
この非人道的かつ非科学的な態度にはどうにも首を傾げざるを得ません。
欲しがりません勝つまでは、ってやつかしら。
それとも贅沢は敵だ、的な?
心頭滅却すれば火もまた涼し・・いやこれも違うな。
さらに時代は下り、1970年代のスカイラブ宇宙ステーションには
一応技術的にトイレと呼べるものがあるにはありましたが、
それは壁に穴が開いたような原始的かつ無残なもので、
宇宙飛行士は特別な区画で排泄物を乾かしたり?していました。
どうしてNASAは専門家、それもズバリ、トイレの専門家の意見を
もう少し積極的に取り入れなかったのか、と不思議に思わずにいられません。
もし依頼してくれていれば、当時のTOTOがNASAに
何らかの画期的な提案ができたかもしれないのに。
【だがしかしアポロ計画でもトイレはなかった】
NASAが初めて本格的な宇宙トイレを設置したのは、
1970年代初頭に打ち上げられたスカイラブ宇宙ステーションからで、
本格的なトイレが設置されたのは、
1980年代のシャトルミッションのときです。
そして人類初の月着陸を可能にしたアポロ11号には
トイレはありませんでした。
宇宙飛行士のニール・アームストロングとバズ・オルドリンは、
50年前の1969年7月20日にアポロ11号が月面に着陸したとき、
月面に降り立った最初の人間になったかもしれませんが、
彼らが月面着陸をやり遂げるために払った犠牲は、こと排泄という
根本的な生理的快不快の点で言うと、あまりに大きかったと思われます。
トイレがなければ、袋にすれば良いじゃない。
・・とNASAの中の人が言ったかどうかは知りませんが、
トイレを作ることをすっかり放棄したNASAが選択したのが「袋」でした。
小をするときは、先程のカフに行うのですが、
それは短いホースで袋につながれています。
ただ、カフは毎日取り替えることができました。
そしてアポロの宇宙飛行士は当たり前のように全員男性だったので、
女性が使うためのシステムについては検討されたこともありませんでした。
ソ連は早いうちに女性飛行士テレシコワの打ち上げを行いましたが、
驚くべきことに彼の国はそっち方面の問題もちゃんと解決していました。
対してアメリカは、男性のトイレ問題にすら苦労していたわけですから、
女性宇宙飛行士を打ち上げるなどまず物理的に不可能だったのです。
しかも男性専用とされたこの装備も、決して素晴らしいというものではなく、
よく外に溢れたと言いますから、女性用など夢のまた夢?でした。
さて。
しかしながらこれまで語ってきたことは、排泄という問題の
ごく限られた、あくまでもライトな部分に過ぎません。
宇宙計画が進むということは、滞在時間が長くなるということで、
最初のうちそんなことは考慮すらされなかった状態から、
いよいよNASAは「その問題」に対峙しなければならなくなってくるのです。
(意味は・・・わかるね?)
その解決方法は、あまりにも情けなく(宇宙飛行士にとって)
苦痛と、何とも言えない一抹の悲しみを伴ったものとなりました。
次回は、あくまでもその問題を避け続けたNASAのせいで、
代々宇宙飛行士たちが直面せざるを得なかった、
プライドさえもズタズタになるような、恥辱に満ちた宇宙飛行についてです。
引き続き飲食をしながらの閲覧はご遠慮ください。
続く。