さて、当ブログ的にも画期的なシリーズとなった「宇宙のトイレ事情」。
前半では発射台でお漏らしをさせられたアラン・シェパードから、
NASAから渡されたラテックスの筒に行ったジョン・グレン、
そしてそれを踏襲したアポロ11号の月面着陸メンバーに至るまで、
歴代宇宙飛行士の「小事情」を「小編」としてお送りしました。
というわけで今日は「大編」となるのですが、
タイトルの「大変」は決して変換ミスではありません。
その実態を知ると、あえてこのように言い換えずにいられなくなったのです。
■ アメリカ宇宙飛行士と”袋”の関係
それまで見て見ぬふりをしていたNASAが、初めてその問題に取り組んだのは、
1960年台のジェミニ計画が始まってからのことです。
しかし、取り組んだと言っても、そのために最初に作られたのは、
宇宙飛行士のお尻に貼り付けるだけの「袋」でした。
そう、またしても袋です。
NASAというところは、この問題についてどうしてこう投げやりなのでしょうか。
もしかしたら君ら、エンジンの機能とかを考える人の方が、
快適なトイレを設計する人より偉いとか考えてないか?
そんなNASAが宇宙飛行士に課したミッションとは次のようなものでした。
「排便後、クルーは袋を密封し、液体の殺菌剤を中身に混ぜて練り、
望ましい程度の固形の安定化を図る必要がありました」
「望ましい安定状態」ってどんなのだよ!
「混ぜて練る」って宇宙飛行士に一体何させるんだよ!
これってあれですよね。
通常なら見るのもアレな自分の●を袋ごしにねるねるねるねろと。
しかしさすがのNASAも、これを当たり前と思ったわけではなかったらしく、
「この作業は著しく不快であり、膨大な時間を必要とするため、
低残渣食品と下剤が一般的に打ち上げ前に宇宙飛行士には使用されました。」
低残渣食品とは、泊まりがけのドックを経験した人ならご存知、
検査前日の夜に食べさせられるアレです。
流動食のように腸に長時間とどまらない食べ物で、
人間ドックで大腸の内視鏡を行う前の日は、昼夜食べさせられます。
その上で腸を空っぽにして搭乗するように推奨していたというあたりからも
いかにこのミッションが恥辱に満ち、不評だったかがわかります。
(まあ好評なわけないんですけど)
でも、・・・あれ?
マーキュリー計画時代、アラン・シェパードが打ち上げの日取った朝食は、
オレンジジュース、フィレステーキのベーコン巻き、スクランブルエッグ
というガッツリ高残渣が予想されるもので、ミッションが成功したため、
その後しばらく、宇宙飛行士たちは、飛行前にステーキと卵を取るのが
一種の「伝統」になっていたと聞きましたよ?
証拠写真。シェパードとジョン・グレン朝ご飯。
証拠写真もう一つ。奥、ガス・グリソム。
ジェミニ3の打ち上げ前です。
これもステーキとスクランブルドエッグがテーブルに並んでいます。
もう一つ。「伝統食」を前に、アポロ11号付き着陸メンバー。
左からニール・アームストロング、コリンズ、バズ・オルドリン。
(手前の人は知らん)
もしかしたら、歴代飛行士、袋を揉むという作業の不快さを甘く見て、
というか考えもせず、そんなことより出発前のステーキウエーイ!
って感じだったのか。
そして、案の定、
写真でステーキやら卵やらを平気で食っているアポロ11号のクルーには、
他のすべてのアポロミッションと同様に、
悪臭を放つ袋と格闘する運命が待っていたのです。
その過程はこうでした。
NASAの報告書によると、
「体内からあれを除去するための積極的な手段を提供するシステムがないため、
機内でのあれ収集は、極めて基本的なシステムに頼らざるを得なかった」
「使用された装置は、あれを捕らえるために
臀部にテープで固定されたビニール袋であった」
左下にあるのがその「袋」となります。
「Facial bag」と書かれているものですね。
この袋には、トイレットペーパーを入れるスペースがあり、
指をかけるカバーが内蔵されているので、
お尻に袋を乗せても清潔に保つことができました。(意味不明)
使用時にはどうするか。
その時は宇宙服の背中にある小さなフラップの中に袋をセットするのですが、
この作業は決して簡単ではありませんでした。
あるアポロの宇宙飛行士は、その準備に約45分かかったと推定しています。
それでも、このトイレ袋の仕掛けは完璧ではなく、事故も起こりました。
1969年5月のアポロ10号のミッション中、
宇宙飛行士のトム・スタッフォードがアラートを発声しました。
そのログは、NASAの公式記録に残されています。
「ナプキンを・・早く持ってきて!
空中にあれが浮いてる!」
左より:ユージン・サーナン、スタッフォード、ヤング
「それ」が誰のものだったかは今に至るまでわかっていないそうです。
ジョン・ヤング飛行士(右)は、
”I didn't do it. It ain't one of mine."
「俺じゃない。俺のものじゃない!」
と否定したとNASAの記録にはあるそうですが、のみならず、
この時3人とも全員が自分のじゃないとシラを切り続けました。
NASAのために言い訳するつもりは全くありませんが、どうしてNASAが
頑なに袋にこだわったかというと、それは検査のためでした。
人体の宇宙における生理的いろいろのデータを取るために、NASAは宇宙飛行士がすべての排泄物を持ち帰ることを主張したのです。
そこでアポロ宇宙飛行士は用を足した後、報告書の詳細にあるように、
袋を密閉して「練り」、排泄物を安全に地球に戻すため、
殺菌剤を混ぜて、終わったら
よりによって食料品を入れる箱に入れて持ち帰りました。
しかし、もし、その練るという工程で少しでも手を抜くと、
袋の中でガスが発生し、袋が破裂して中身が漏れ出す
という大惨事が起こるのでした。
ジェミニ7号には、あの「アポロ13号」の船長も務めた
ジム・ラヴェルとフランク・ボーマンが乗っていましたが、
この事故で船内には復路の中身が飛び散りました。
しかし、どうしようもないので帰還まで1週間の間、
ただ我慢していたそうです。
ドライブと違って、そのくらいの事故では帰るわけにいきませんしね。
ちなみにこのラヴェル-ボーマンはアポロ8号でも悲劇に見舞われています。
ボーマンが宇宙酔と下痢で、上からも下からも液状のものを排出したため、
乗員3人は(特にやらかした本人のボーマンは)泣きながら掃除をしました。
この時、ラヴェルは、NASAの連中の「気の利かなさ」について、
「NASAの理系野郎たちは、
No.2に液体が存在しないと思っていたんじゃないか」
と皮肉っています。
ナンバーツーとはそれを婉曲に言うための隠語です。
さて、薬を混ぜて練られた後、袋は「できるだけ小さく丸められて」保管されることはお話ししました。
そのやり方は、バックパッカーの掟、
「詰め込んで、詰め込む」という、マントラに忠実に。
現在、アポロ11号ミッションにおける5つの宇宙での
排泄物の完全なログが残されているそうですが、
この「完全なログ」の状態がどんなものかはどこにも記されていません。
しかし、当然のことながら、アポロ計画の最終トイレ報告書には、
「臭いの問題が絶えず存在した」と当然の結果が記されることになりました。
そして、このように結論づけられています。
「アポロの廃棄物管理システムは、
工学的見地からは満足のいくものであった。
しかし、クルーの受容性の観点からは、
システムには悪い評価を下さざるを得ない」
NASAの理系野郎たちにとってたとえ問題がなくとも、
現場の人たちには我慢できないものだった、と言っているわけですな。
宇宙で排泄することは、非常に気持ち悪く、時間もかかり、
済んだら済んだで臭いも耐え難く、何と言っても精神にきます。
そこで宇宙飛行士は打ち上げ前に下剤を服用したり、
腸の動きを遅くする薬に頼る人までいました。
早めるか遅めるか、という選択で、できるだけ現地での運用を避けたのです。
それだけこれは嫌な「仕事」だったということです。
■アポロ11号の場合
さて、打ち上げ前にガッツリステーキやら卵やらベーコン食ってた
アポロ11号のメンバーはどうだったでしょうか。
彼らは他のミッションと違い、月着陸を目標としています。
アポロ計画でそれまでは「袋」を着用していたと述べました。
が、月面で宇宙服を着たままでは、流石に
この袋で排泄物を受け止めることができません。
そこで、アポロの宇宙飛行士は、宇宙船を離れるときに
「fecal containment(封じ込め) system」
という、基本的にはおむつのようなものを身につけました。
これはNASAの誇る技術の粋を集めたもので、
吸収素材を何層にも重ねたアンダーショーツで構成されていました。
今なら高分子ポリマーとか、なんなといい素材ができていますが、
この頃の吸収素材がどの程度だったかはわかりません。
月面着陸をしたバズ・オルドリンとニール・アームストロングが
21時間36分の月滞在中にこの「システム」をフル活用したかどうかは
NASAの記録はわかりませんが、公式にははっきりしていません。
しかしバズは他の天体でNo.1をした最初の人間であると主張しています。なんでも、月着陸40周年記念の講演会か何かで、彼は、
「外は地獄のように寂しかった」
といった後、こう付け加えたのだそうです。
「私は宇宙服の中でPをしたんです」
なぜそのセリフの後にそれが来る。
バズ・オルドリン(オムツ着用中)
1975年にアポロ計画が終了した後、無重力状態で「する」ための仕掛けは、
それ以来、少しずつではありますが、快適になっていきました。
少なくとも宇宙飛行士は、排泄物が周囲に浮かないように
「する」のが上手になりました。
そんなこと上手になってどうする。
■ 女性宇宙飛行士の場合
NASAで665日という記録的な宇宙滞在をした女性宇宙飛行士、
ペギー・ウィットソンは、
宇宙でのトイレは無重力空間中の行動で最も嫌いだと言っています。
最初のPキャッチャーをNASAはロールオンカフと呼んでいましたが、
この器具は、そもそも女性が使うようには設計されていませんでした。
いわゆる「袋の時代」を経て、1973年にNASAが
最初の宇宙ステーションであるスカイラブを建設したとき、
何カ月も宇宙で生活することになる宇宙飛行士のためには
いよいよ本当のトイレが必要になってきました。
スカイラブは1973年と1974年に3回の有人宇宙飛行を支援し、
最後の最長ミッションは84日間にものぼりました。
スカイラブの宇宙飛行士の「トイレ」は、基本的に壁に穴が開いていて、
扇風機と袋が接続されているというものです。
スカイラブに搭乗した男性は、排泄した後、排泄物を熱で真空乾燥させ、
廃棄物タンクに捨てたり、研究したりしなければなりませんでした。
そして、スペースシャトル時代の到来とともに、
宇宙での女性(とトイレ!)の活躍も始まったのです。
女性宇宙飛行士が打ち上げ時や宇宙遊泳時にトイレができるように、
NASAは使い捨て吸収式コンテナトランクを作りました。
開口部の幅は4インチ以下で、通常のトイレの穴の4分の1程度の大きさです。
そのため、宇宙飛行士はまず地上でトイレの訓練を受けなければならず、
また、特殊なシート下カメラを使って狙いを定める試験も行われました。
トイレに紙を入れることは許されず、それは別に捨てなければなりません。
マイク・マシミーノ宇宙飛行士は、宇宙トイレに座るときを
このように表現しています。
「まるでチョッパーバイクに乗っているような姿勢になるので、
地上では大腿部の拘束具を使って壁に貼りつきました。
宇宙で『イージー・ライダー』のピーター・フォンダになった気分です」
と。
いつしか時代は変わりました。
宇宙飛行士は袋を揉むミッションから解放されました。
宇宙飛行士が用を足した後廃棄物は、ビニール袋に入れられ、
最終的には地球に向かって疾走する間に燃え尽きてしまうのです。
しかも、それはサステイナブルなリサイクルまで可能となりました。
現在、ISSのトイレはかなり効率的に尿を回収することができ、
約80~85%がリサイクルされて宇宙飛行士の飲み水になります。
自給自足というわけです。
また、宇宙飛行士は、宇宙遊泳時や打ち上げ・着陸時、
また男女の宇宙飛行士が同空間?で宇宙遊泳をする場合には
吸水速乾性ガーメント(オムツですね)を使用し、配慮します。
■これからの宇宙トイレ問題
2017年、NASAは宇宙飛行士が(例えば火星へのミッションのように)
何日も宇宙服に拘束された場合に起こりうる問題を解決するために
「Space Poop Challenge」を立ち上げました。
NASAは民間に問題を丸投げする作戦に出たのです。
最優秀賞の15,000ドルを獲得したサッチャー・カードン博士のシステムは、宇宙服や衣服の股間にある小さなアクセスポートを使い、
そこに付けた沢山のバッグやチューブから排泄物を逐一回収するもの。
この発明は、飛行士が宇宙服を脱がずに下着を交換するのにも役立つでしょう。
サッチャー・カードン博士は空軍将校、家庭医、航空外科医でもあり、
同じ設計コンセプトで、体の他の部位にも緊急手術が可能だと述べています。
「へその真上にこのようなポートをつければ、
腹部の手術ができるようになるかもしれません。
宇宙飛行士が宇宙で小惑星の採掘のような外傷を伴う状況になった場合、
そのポートが命を救うという場面もあるはずです
■ ミールの宇宙トイレ
ミール宇宙ステーション、女性型汚物処理装置
さて、そこでスミソニアンの展示です。
アルミニウム製の大型タンクにキャップを取り付け、
ゴム製とプラスチック製の2本のホースを、
グレーのラッカー仕上げの台座に取り付けています。
1986年から2001年までの地球軌道で、ミールは
長らく運用されていた宇宙ステーションでした。
ミールユニットには、宇宙ステーションの
主調な廃棄物処理タンクに接続するチューブがあります。
このトイレには女性用アタッチメントが取り付けられています。
つい最近、日本の富豪が宇宙飛行を経験していましたが、
そこでの生活は、少なくともトイレとかお風呂に関する限り、
リッツ・カールトンのように快適とではなかったことは想像できます。
時代を経て進化したとはいえ、最後はオムツ頼み。
これが現在の限界なのです。
1975年にNASAがぼやいたように、その問題は
宇宙と関わる人間にとって、最後まで完璧には解決できないかもしれません。
もうこれは仕方がないかな。
続く。