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国策映画「愛機南へ飛ぶ」後編

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松竹映画「愛機南へ飛ぶ」後編です。

船員だった父を亡くした水野武は、母一人子一人の生活から
陸士入学を果たし、見事成績優秀者として卒業式で賞状を受け、
念願だった航空士官任官を果たしました。

■ 開戦

昭和16年12月8日、大東亜戦争の開戦の日がやってきました。



水野武の母久子が働く航空工場の工員たち。
君が代がフルバージョン流れる中、粛として首を垂れます。



久子が舎監を務める女子寮では、女工たちがラジオを聴いていました。



その夜、久子は寮生の中沢から、実家が大変な状態なこと、
手伝いに帰郷しろと言われている、と打ち明けられます。



久子は帰郷を勧めますが、彼女は

「戦地の兵隊さんたちのことを思うと、とてもできません」
そう思っているならなんで打ち明けたんだって話ですが。
個より公に殉じるのは軍人だけにあらず、こういう自己犠牲を賞賛し、
戦時下の国民の在り方を説いてくるのがさすが国策映画です。




開戦二日後の12月10日、ここは台湾の日本陸軍航空隊基地。
隊長が猿をペットにしています。



我らが水野武少尉率いる4名が、この基地に着任してきました。


ここで武は航空士官学校の同期、馬場少尉と再会します。


やはり同期の戦闘機乗り、岩田少尉も同じ基地でした。再会を喜び合っていると出撃命令がかかり、岩田はこう言い残していきます。

「人生わずか50年、ただし軍人半額じゃ!はっはっは」
おい、フラグ立てるな。

邀撃に向かった戦闘機隊は米軍戦闘機(マスタング?)と撃ち合います。


一対一で敵機の後ろを取った岩田は相手を撃墜しますが、
自分もその直後背後を取られてしまいます。

一連の戦闘シーンはこの頃の特撮にしては上出来で、
どう合成してあるのか実写と見紛うばかりです。


戦闘機が出撃している間、整備員たちは、
自分が整備した飛行機が無事に帰ることをただ待つだけです。



戦闘機隊は帰投しましたが、岩田少尉の機が帰ってきません。

「小幡中尉殿、岩田少尉殿はどうされたんでありますか!」

「編隊を離れたがすぐ戻る。心配するな」
敬礼の仕方(皆手のひらを前に向けている)もそうですが、
いちいち「殿」をつける陸軍式呼称も、
海軍ばかり取り上げてきたわたしには、新鮮に感じてしまいます。



心配そうな整備担当。


そのとき、見てもわかるくらいフラフラとした飛行で
岩田少尉機が基地に戻ってきました。
整備員が真っ先に駆けつけ、救急隊も急行します。



負傷しながらもなんとか帰還した岩田少尉。
あれはフラグではありませんでした。よかったね。

■ 後方支援


ここは水野の母久子が働く航空機工場です。


どこのかはわかりませんが、本物の工場風景。



女子工員が机を並べて作業をしています。



こちら中沢清子さん。
実は彼女の実家は大変どころではなく、父は危篤で、
しかも彼女はその知らせを受け取っていました。

なのに彼女は仕事を離れようとしません。



こちら、別の女子工員牧さん。
熱があるのに隠して作業を続け、昏倒してしまいます。



風邪なら皆に伝染するから素直に休めよ、と今なら思うんですが、
こういうのがともすれば賞賛されがちだったんですね。

そして父の危篤を隠して仕事を続けていた中沢清子さんですが、
それが皆の知るところとなり、久子ら全員に勧められて
やっと帰る決心をしたときには時すでに遅し。

帰る支度をしているところに父訃報の電報が届き、
それをみた彼女は泣き崩れるのでした。

(この部分フィルム欠損で映像なし、字幕の説明による)
中沢さん、戦後、あの時の自分を殴りたい、とか思いそう・・。

■ 索敵行



前線の水野少尉に敵基地爆撃のための偵察命令がくだりました。



水野少尉と同期の馬場少尉が後席に同乗します。
こういうときに組むのはベテラン下士官のような気がするけど違うのかな。


キ51九九式軍偵察機という設定ではないかと思われます。


ちなみに当基地爆撃隊の飛行機は、九九式双発軽爆撃機キ48、
連合軍コードネームLilyと思います。(映像本物)

で、この航空司令なんですが、わたしてっきり藤田進だと思っていました。

でもクレジットを見たらどうも違うみたいなんですよね。
そもそも映画についての詳しい情報が全く残されていないので、
これが誰なのか結局突き止めることはできませんでした。


さて、出撃した水野機は。


敵基地らしきものを発見しました。



さっそく後席の馬場少尉が航空写真を撮ります。
・・って、このカメラのでかさ!

これは、日本工学工業(現ニコン)が開発した、
陸軍の96式小航空写真機
で、レンズは180ミリだったということです。
映画では本物のカメラを陸軍から借りて使っています。
両手と顎を使って本体を保持してシャッターを押すのですが、
重量はほとんど10キロあったということなので、
揺れる機上では焦点を合わせるのは大変だったと思われます。


しかし、馬場少尉がよく見ると、基地にはダミー機が置かれているだけ。その旨基地に打電して、彼らは帰途につくことにしました。
つまり、爆撃隊は今回出番がなかったということになるのでしょうか。

ところがその直後、水野らはボーイング30機の大編隊が、
マラッカ海峡方面に向かうのを遠方から発見しました。

どう考えてもすぐに帰投しないといけないこの状況で、
彼らは残り2時間の燃料を追跡に使うことを瞬時に決めました。

「軍人半額だ、行くぞ!」


100キロ追跡したところで、大編隊は本物の基地に着陸して行きました。
さっそく撮影の上、基地に送るために打電します。

そのとき。



「あっ!来たっ!」

邀撃にきた敵戦闘機でした。



機体に被弾を受けながらも反撃し、ようやく1機撃墜。


そのころ、水野偵察機の報告を受けた基地司令は、
発見された基地への爆撃隊の出動を命じていました。

 

一方航空司令は、水野機との連絡を取ろうとしますが、
通信機に被弾してしまった水野機からの応答はありません。

ところで、このときの通信のシーンで手前にいる通信員は、
「水兵さん」で主人公の海兵団の同級生山鳥くん、
「間諜未だ死せず」で憲兵隊の使い走りをしていた俳優が演じています。国策映画専門のちょい役専門俳優だったんですね。
今となってはその映像以外に彼のデータは何も残されていません。

こちら水野機、通信機はついに直らず、燃料も尽きました。
ここからは、のちに彼らのことを報じたとされる新聞記事からの解説です。


敵戦闘機を追い払いをしたものの、
致命的な一撃を発動機に受けた水野機の高度はグングンと下がり、
やがて密雲の中に飲まれてしまつた。
これまで巧みに気流を利用して操縦を続けてきた水野少尉も、
密雲の悪気流の中で視野を奪はれては如何ともなす術がない。
今はこれまでと彼は背後に呼びかけた。

「オイ馬場、良いか」



馬場も莞爾としてヨシと答える。
自爆の決意がお互いの胸に通い合つたのだ。


二人は静かに瞑目した。



思へば25年の命、ここに散るも男子の本懐である。

日頃の修養全てこの一瞬に向かつて集中されていたのだといふ。
通報の任務半ばにして果てるを悔いる色の他、
二人の若い軍人の顔には些かの動揺も認められぬ。


機はさうした二人を乗せて下降速度を早めていく。

と、何を思つたか水野少尉はハッと目を開いた。
そして彼はこの時、雲の切れ間に浮かぶ母親の顔をはつきりと見た。

思はず握る操縦桿。
愛機は母の顔目指して急速旋回した。



一刹那、山肌に生ひ茂つたジャングルの梢をサッと入って、
機は危うく激突を免れていた。

馬場少尉も目を開いてみた。
何たる天佑!



山を超へた彼方には南海の一孤島が白砂を光らせて横たわつてゐる。
水野少尉懸命の操縦は功を奏した。
水野機はそこに奇跡的な着陸を遂げることができたのである。


その頃航空基地からは、水野機の捜索隊が出されていました。



無人島に不時着した二人は、それでも自分たちの報告がうまくいったか
そればかりを気にしています。

「せっかく重要な任務を与えられたのに
こんなところで犬死にしちゃ申し訳ないからなあ」


懸命に通信機を修復しようとするのですが・・・。


「だめだ・・処置なしだよ」


しかしその頃、水野機の報告を受けた爆撃隊は
敵の基地を発見し、飛行場の機体に大損害を与える戦果を挙げていました。


一方捜索隊に成果はなく、その夜航空隊長は、
一人月夜の元で部下のことを思い過ごしました。

翌朝早くから再び出された捜索隊の一機が、小さな島を見つけました。



これこそが水野機が不時着した島だったのです。



食料を探しに砂浜に出てきた武は、上空の爆音に気づきました。



飛行機の翼から必死で手を振ります。



そのへんにある葉っぱのついた枝を大きく振る二人。



わかった、という印に捜索機は大きくバンクをし、
非常用の食料と水を落としていきました。
このときの捜索機パイロットと二人のやりとりはなかなか感動的です。

このとき落として行った通信筒には、二人の報告によって
敵飛行場の機体47機を撃滅したという戦果が記されていました。



その晩、二人は差し入れられた非常食で祝宴を開きました。



このときバックに流れるのは、「索敵行」という、
まるで彼らのためにあるかのような軍歌ですが、
調べたら、この映画の主題歌として作られたものでした。

日の丸鉢巻締め直し グッと握った操緃桿
萬里の怒濤何のその 征くぞ倫敦華盛頓
空だ空こそ國賭けた天下分け目の決戦場!
瞼に浮かんだ母の顔 千人力の後楯
翼にこもる一億の 燃える決意は汚さぬぞ
空だ空こそ國賭けた 天下分け目の決戦場!
作曲した万城目正(まんじょうめただし)は映画の音楽も担当しています。
戦後ヒットした「リンゴの唄」「悲しき口笛」「別れのタンゴ」
「東京キッド」などの作品は知っている人も多いでしょう。


■ 「殊勲の荒鷲」


二人の奇跡の生還は新聞に報じられました。
水野久子の実家のある故郷では、新聞記事を手に
祖父と叔父叔母が歓声をあげます。



「殊勲の荒鷲」
母に導かれて奇跡の生還
水野・馬場少尉の敢闘

という見出しと、彼らの敵戦闘機との戦い、敵編隊発見、不時着、
捜索隊に発見されるまでが物語仕立てで?記事にされています。
当時は、このような戦意を高揚させるための記事が
敵味方彼我でマスコミによって取り上げられ、大々的に報じられました。

「百人斬り」事件のように、記者が受けるプロパガンダ記事にしようと
必要以上に盛って書いたところ、戦後にそれを元に戦犯認定され、
最終的に命を失う結果になった例もありましたが、それはともかく。

新聞記事は、映画の小道具と思えないほどちゃんと作られており、
画面に一瞬しか映らないにも関わらず細部が記されているのが確認できます。
馬場中尉は(え?少尉でしょ)キーを握ると基地に無電を打ち始める。
「イバ飛行場にて敵機20を発見せるも戦闘機5機の他は偽飛行機なり」
その時である。
はるか南方に見える多数の黒点。
「ボーイングだ」「うん」
水野機は再び高度を上げた。

そして、同じ誌面に「呉鎮合同葬」を報じる記事も見えます。 

久子が寮監を務める女子寮で、卓球台に集まった女子工員たち。
うち一人が皆に新聞記事を読んで聞かせていました。
それが先ほどの不時着部分の記事です。
そして、後方支援に携わる国民の皆様の奮闘努力を労うことも忘れません。

「あたし達のことも出てるわよ!”なお両少尉は生還の原因として機体の優秀性を上げ、
制作関係者の上下一致の熱性によるものとして感謝されている”」



久子は夫の遺影を見上げながらつぶやくのでした。
それはかつて息子の進路を決めることになった、夫の日記中の一文でした。



「子供は父母の子たると同時に国家の子なり・・」

そして程なくして、武が前触れなしで母の元に帰ってきました。
帰るなり母に敬礼する息子。



「武・・・!」

母の目にみるみる涙が浮かんできます。



武は父の墓前に手を合わせました。

親子はこの三日間の休暇中、父の墓参り方々小旅行に出かけました。


どこのお寺かはわかりませんが、本堂に
「大東亜戦敵国降伏祈修」
などという木札が下がっています。
帰郷してくる軍人や、出征兵士の家族が祈祷を依頼したのでしょう。


そして瞬く間に休暇は終わり、久子はまた元の日常に戻りました。

二人でいる間は戦争や戦地の話などなにもしないまま、
武はまた帰っていってしまいました。



そのとき、工場の上空に爆音が響きました。



陸軍の飛行機3機が青い空を南に向かっていきます。


「愛機南へ飛ぶ」
この映画のタイトルはこの最後のシーンを指していました。


母は飛行機の消えた方向に向かって頭を下げ目を閉じました。



予想通りゴリゴリの国策映画で、面白いかというと全く面白くありませんが、
陸軍予備士官学校、航空学校の生きた映像を見ることができます。

そして、我々が思う以上に、当時たくさんの国民がこの映画を観て、
戦地に息子がいる全国の母親たちは紅涙を振り絞り、
少年たちは迫力ある模型の空戦映像に興奮し、そして
ともすればあまり人気がなかった偵察への志願が増えたことでしょう。

終わり。





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