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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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坂の上の雲〜「惻隠の情」とNHK的「武士の情け」 

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先日「坂の上の雲」、前半の突っ込みどころをエントリにしてみました。
あれから全部観終わって、これはまたもう一度くらい書かねばならないかな(笑)
という気になっているのですが、ここでは一つ気付いたことを述べます。

およそ日本海海戦を描いているもので、
東郷平八郎を英雄的に表していない映像物はありません。
この「坂の上の雲」も御他聞に漏れずやたらかっこいい東郷が、
身長も含めて(笑)大幅に修正されて出てくるのですが、
なぜかこの「敗軍の将をいたわる東郷平八郎」のエピソードは
過去、わたしが観た二つの日本海海戦映画にはありませんでした。

それもそのはず、今までの日本海海戦映画にはロシア将兵はキャスティングされず、
ロジェストベンスキー提督が映像化されたのはこれがおそらく初めてだったからです。

しかし、せっかくロ提督を演じるや役者を(しかも本物のロシア人)雇ったというのに、
なぜ今回このお見舞いシーンをNHKは作らなかったのか、不思議な気すらします。


先日、東郷元帥の持っていたカール・ツァイスの望遠鏡に憧れた
若い中尉がミーハー半分で(たぶん)同じものを購入し、それが結局
逃亡するロジェストベンスキーの乗っていたフネを発見することにつながった、
という話をしましたが、その後、ロジェストベンスキー提督は日本に搬送され、
佐世保の海軍病院で傷の手当てをしていました。

この絵によると、提督は頭に包帯をしています。
海戦のときにロ少将は頭部にけがをしていたからです。
「坂の上の雲」でも、頭から血を流している少将が描かれていましたね。

病室に東郷元帥はロジェストベンスキーを見舞います。

「相手に威圧感を与えないように
東郷は軍服ではなく白いシャツという平服姿であった」

巷間このような説があるのですが、この絵によると全員がしっかり軍服です(笑)
上衣が夏の二種軍装、ズボンが一種であることから、これは
六月の合服であることがわかりますね。
こんな細かい描写をしているのだから、「シャツで訪れた」というのは
単なる事実誤認かあるいは「うわさ」だったのではとわたしは思います。

なぜなら、こういう時にきちんと服装を整えることこそ相手への敬意につながる、
ましてや相手が軍人であるならなおさら。
まともな軍人なら、つまり武士たる軍人ならそう考えると思うからです。

傷ついた敗軍の将の立場になって考えると分かりやすいと思うのですが、
敵軍の将が平服で自分の前に表れたら、それを果たして
威圧感を与えぬようにという配慮だと解釈するでしょうか。
むしろ逆に相手が自分を軽んじている、と思うのではないでしょうか。


新渡戸稲造の「武士道」、そして三島由紀夫の「葉隠入門」。

このような武士を語る書物によると、
質実を重視した武士は、見た目よりも実質的な面を重んじ、
派手に着飾るのではなく材質、仕立てにこだわったものを見につけ、
さらに最も重視したのは、時と場所、自らの立場をわきまえた装いをすることで、
目的を理解したうえで服装を整えることであったといいます。

また、

「病室にはいるとロジェストヴェンスキーを見下ろす形にならないよう、
枕元の椅子にこしかけ、顔を近づけて様子を気づかいながら話した」

という説もありますが、この絵によると思いっきり見下ろしてます(笑)
東郷元帥のみならず、付き添ってきた側近も皆、ベッドの周りで
ロ元帥を見下ろしている様子。
だいたい、枕元に椅子なんてないし。

まあ、椅子はいつでもどこからか持ってこられますけど・・・。


「この時、極端な寡黙で知られる東郷が、
付き添い将校が驚くほどに言葉を尽くし、
苦難の大航海を成功させたにもかかわらず
惨敗を喫した敗軍の提督をねぎらった。

ロジェストヴェンスキーは
『敗れた相手が閣下であったことが、私の最大の慰めです』
と述べ、涙を流した」

細かい描写にはずいぶん後から作られたのではないかと思える部分が
無きにしも非ずですが、少なくとも東郷が勝者として驕ることなく、
相手のプライドを立てて誠実な対応をし、ロ少将がこれに感銘を受けた、
というのはまぎれもない真実だったのでしょう。

明治時代の軍人は、本物の「武士」でしたから、国際戦争においても
自らが武士道精神によって振る舞うことを旨としていました。

「坂の上の雲」流に言うと、
「まことに小さな国が開化期を迎えようとしていた」わけです。
この小さな国日本は、世界にデビューしたばかりで
いきなり一等国の仲間入りをしようとしており、国際的にも認められようと
涙ぐましい努力をしていました。

国際法や国際道義を重んじる文明国であろうとすることは
自然に「武士道」とその精神において結びついたものと思われます。

そして武士の心得として戦いにおいて発揮されたのがこの
「惻隠の情」というものだったのです。


古来、武士の武士たるゆえんは、惻隠の情を的に持ちえるかということであり、
「仁の端(はし)」といわれる惻隠の情なくしては武士として未熟とされました。

「武士の情け」「武士は相身互い」

こんな言葉も「惻隠の情」から発生したものです。



さて、「坂の上の雲」です。

日本海海戦でその戦いの結果バルチック艦隊の主要艦が続々と沈み、
聯合艦隊の勝利は疑いようのないものに思われたとき、
残された艦艇が白旗を出しつつもエンジン停止していないので、
聯合艦隊は国際法に基づいて砲撃を加え続け、ほどなくエンジン停止を認めて、
初めて「撃ち方やめ」の合図が出された、という史実がありました。

この部分で、またもやNHK、思いっきりやらかしています(笑)


白旗を認めた秋山参謀、まず東郷長官に

「我が艦隊の発砲をやめましょう!」

沈黙する東郷。
その間にも砲撃は着々と続けられます。
眼前に広がる悲惨な光景に見ていられなくなった(らしい)秋山参謀、
ほとんど絶叫していわく、

「発砲をやめてください!武士の情けであります!」


そこで冷静に、船足が止まらない限り降伏ではない、
と東郷元帥に諭されて絶句する秋山参謀。


ああああもう、いらいらするなあっこのドラマ。

国際法によって、機関停止することすなわち降伏であるという取り決めがあるのを
誰よりも熟知しているのが、海大で戦術を教えていたこともある、
あなた、秋山参謀のはずじゃないんですか。

それを、何隻か相手のフネが沈んで、ロシア兵が海に投げ出されたからって、
参謀たるもの涙を浮かべおろおろして、向こうが停戦の意志を示してもいないのに、
攻撃やめましょうすぐやめましょう、武士の情けですから、なんて言いますかね。

冷徹に戦をするべき最も要である参謀が。

今あなたがたは戦争をしているんでしょう。
何をいち早く感傷的になってるんですか、秋山参謀。


言っておきますが、この「武士の情け」というものは、
決してNHKの描く秋山真之のセリフによって意味されるところの

「人が死ぬのを見たくないから早く攻撃止めましょう」

などというおセンチな場合には使わないんですよ。

「武の一筋は仁に根ざして惻隠の心より発するに非ずや、
仁より出ざるは真の武に非ず」

という室鳩巣(むろきゅうそう)の言葉にもあるように、
惻隠の情とは決してここでNHKが描こうとした安っぽい同情ではないのです。

武士に不可欠なものは「仁」。
そして「仁を成す」ためにはときとして武士は「身を殺す」ことも厭わない、
壮烈な行動をとることをも旨としていました。

「惻隠の情」とはその「仁を成してのちあらわれる実践」であるからです。

本物の侍がまわりにうじゃうじゃいるというのに「攻撃止めましょう、武士の情けです」
なんて大騒ぎする参謀がいた日には、こりゃとてもじゃないけどいくさには勝てませんわ。

ええ、全くの私見ですけどね。


案の定、こんな話になると言いたかったことの半分で紙幅が尽きてしまいました。
以下、後半に続きます。





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