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艦橋 空母「イントレピッド」

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先日、2年ぶりにカリフォルニアの空母「ホーネット」博物館において
艦橋ツァーに参加してきたわけですが、ここニューヨークの「イントレピッド」も、
全艦これくまなく博物館であるわけですので、当然ブリッジの見学もできます。

ここは幾つかの艦内ツァーも企画されていますが、たとえばイントレピッドが
海軍の特別攻撃隊にアタックされたということをネタにした?
「カミカゼ体験」というちょっとしたショーが定期的に行われたり、
(これについては日本人としていろいろ思うところもあったので、また後日)
艦内に設えられた立派すぎるシアターで映画を上映していたりといった感じで、
「ホーネット」のような、艦橋のあちこちを説明してくれるようなツァーはありません。

それというのも、ここは「ホーネット」と違って連日大変な観光客が訪れるので、
艦橋などでツァーをしようものなら、流れが堰止められて大変なことになるからです。

艦橋の通路階段は、たった一人しか通れないようなところがあまりに多いんですね。


というわけで、ここはただ写真を撮りながら歩いただけなのですが、「ホーネット」で
ある程度説明を受けていたせいか、だいたいのことは初めてではありませんでした。

偶然ですが、「ホーネット」も「イントレピッド」も同じエセックス級の短船型で、
ほとんど構造も同じであったということもあります。

ちなみに同じ型の空母にはあの「バンカーヒル」があります。
「バンカーヒル」も特攻機2機の激突によって「イントレピッド」と
全く同じような被害を受けています。
また同型艦「ヨークタウン」は、ミッドウェー海戦において、
空母「飛龍」の航空隊と、伊一六八の攻撃に遭い戦没しました。



艦橋に入る前に、巨大なアンテナのレドームが目につきました。
左のパラボラのようなアンテナは、一部が破損しています。



ビウェアは艦橋の壁に大きく書かれており、

「ブラスト、インテイクとプロペラ(pros)に注意」

と書かれています。
ビウェアとブラストの間に明らかにもうひとつ単語があるのですが、
隠れていてどうしても読めません。

ビウェアのちょうど真上に当たるところに窓ガラスが張り出した船室がありますが、
ここは「ホーネット」で得た知識によると

「Auxiliary Conn Station」(補助操舵室)略称AUX CONN


といって、岸壁にアプローチするときキャプテンを必ず含む士官が全員集まる 
(岸壁に面しているから)操舵室だとおもいます。そうだよね?



ダジャレはさらっと流していただいて、艦橋にはここから入っていきます。

「フラッグブリッジ」「ナビゲーションブリッジ」はここから、と書いてあります。
ナビゲーションブリッジはわかるとして、「フラッグブリッジ」とは?
英語のウィキペディアで「ブリッジ」を調べると、軍艦の場合は

「アドミラルズ・ブリッジが旗艦にのみ設けられており、ここで提督は、
座乗している艦の艦長の戦術指令とは独立して艦隊指揮を執ることができる」

とあるのですが、フラッグシップのブリッジを意味してると考えていいでしょうか。

この入り口の近くに解説版があり、それには

「艦隊行動において空母は戦闘隊の”Primary offensive  weapon"であり、
旗艦となるようにデザインされています。
提督は艦隊司令としてこのブリッジレベル(フラッグブリッジ)で
艦隊指揮をとります」

とありました。


 
レーダーと航跡を記すチャートのあるチャートルーム。

「しかしアドミラルは”イントレピッド”の指揮をとるのではありません。
あくまでも”イントレピッドの艦長”が、この一階上にある
ナビゲーティング・ブリッジから報告を受けて指令を出します」


 

上の地図上に航跡を記すチャートだと思いますが名称は知りません。




 

いずれにしても、同型艦と言いながらかなり中の様子は違います。
その時の状況によって艦橋の配備も随分変更されたようです。



「ホーネット」では紙だったマニューバリング・ボードすなわち「運動盤」が、
ここでは透明のプラ板になっています。
「イントレピッド」は旗艦ですからこの真ん中にいたのは当然として、
周りに何の船がいたのか写真を撮ったつもりが、ピントが合わなくて、
拡大してみても艦隊の艦名がひとつも解読できませんでしたorz



航空管制室。
監視員がいない状態で不特定多数が見学するため、こういったところには
人が入れないようにアクリル板で囲いがしてありました。
こういうのがないと、皆で艦長の椅子に座るのはもちろん、下手すると、
窓枠によじ登って窓ガラスをぶち破りかねません。

特に近年ではアメリカ人だけでなく、中国人の観光客が増えておりまして(ため息)



その実例がまさに展開しております。
この中国人たちは団体に見えますが、実は全く別個のグループです。
「キャプテンズ・ブリッジ」にぞろぞろと入っていくのはいいのですが、



こういう、明らかに「入っちゃダメ」なところはさすがに通り過ぎるだけですが、



この「補助操舵室」の座っても構わない椅子が出てくるや、
一人一人がまず座り、満面の笑顔で写真を撮り、それを全員がやる、
しかも大きな声で騒ぎながら、という始末なので、この写真を撮るのに
わたしはそれが全員終了するまで辛抱強く待っていなくてはいけませんでした。



こんな感じ。
まあ楽しそうなんでいいんですけどね。

日本人ならそこでふと周りを見回して気をつかうだろうなというとき、
あの人たちって絶対に絶対に1ミクロンも周りに意識が向かないのね。

銀座のデパートで買い物をしている時に30センチの距離から知り合いを呼ぶために
耳元で大声でいきなり叫ばれたので、ビックリして思わず振り返って顔を見ても、
本当に気にしない。全く気にしない。自分が透明人間になったような気すらします。

本当に「人種が違う」「人間が違う」としか言いようのない越えられない壁ですね。



それはそうと、キャプテンズブリッジに備え付けのこの装備の役割は?



アメリカ軍ならではの仕様、「コーヒーカップホルダー」。
多少の揺れではビクともせず、しかもカップを取りやすい親切設計。
これがここだけでなく何箇所かあったので笑ってしまいました。

「ホーネット」には見られないものだったので、これはおそらく当艦のアイデアマンが
コーヒーがなくては生きていけない同僚のために開発設計施工を手がけたもの。



磁石に羅針盤、ふた昔前の最新型テレビモニター。



JL、JS、1JS、21JS、22JS、24JS、81JSと目盛りのついた計器。



ヒーターだそうです。
これは室温のヒーターで、クーラーはなし?

窓越しに広がる景色はハドソンリバーと海沿いの街並み。
この辺りは駐車場とかオフィスビルで、住んでいる人はいなさそうです。




補助操舵室のキャプテンチェアの横にあった計器類とパイプ。



ジャイロスコープ。
製作したのはニューヨークのジャイロスコープ専門会社のようです。



かつて「イントレピッド」で艦長と呼ばれた軍人は全部で30人。
1943年の8月16日から1974年4月22日までの31年の間ですから、
平均すれば一人の艦長の平均在任期間は1年ということになりますが、
就役から戦争終結までの2年間の間に在任した艦長は5人。
ここだけが頻繁に艦長が変わっているのは、やはり戦争のせいでしょう。

ただし、朝鮮戦争の時もベトナム戦争の時も、このような傾向は全くありません。



環境にあった特別な寝室。
フネの上でのヒエラルキーは、甲板を基準とすると、甲板に近い方から
船底に向かって階級は少なくなっていくものですが、
甲板のさらに上、艦橋ともなると、そこで寝られるのは艦長か提督だけです。
部屋に応接用の椅子までおいてあることろをみると、ここは艦隊指令の部屋でしょう。



ここは先日「ホーネット」で母艦搭乗員だったウィル元海軍中尉の案内で
艦橋ツァーをした時、わたしが「ここに立ってください」と操舵を任された()
メインの操舵室。

わたしが立たされたのは左側のドラムのようなのの前です。



艦橋には本当にたくさんの部屋がありますが、乗組員はよくこれだけ
入り組んだ迷路のような艦内を迷わずにあるけるものだとおもっていたら、
やっぱり乗組員でも迷子になったり迷ったりするのだとか。
特に着任してすぐの頃には皆艦内を「旅行」して覚えようとするそうですが、
とりあえず迷ったら甲板に一度出てみるのが確実だそうです。



「イントレピッド」の帽子が置かれてる机は艦長の机。
艦長ですから、おそらくここに座るよりCICにいる時間の方がずっと長かったと思いますが。


続く。 

 


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