さて、戦艦「マサチューセッツ」、どんどんと下の階に進んでいきます。
といいながらもうすでにわたしは自分がどこにいるのか、
甲板の何階下なのか、艦首側か艦尾側かわからなくなっておりました。
まあこれは乗組員であってもすぐには覚えられないのが普通だそうですから、
あまり悲観するようなことではないのですが、戦艦の医療施設である
「シック・ベイ」が、どこにあるか全く覚えていないのは如何なものか。
と悩みつつも進めてまいりたいと思います。
前回ご紹介した「暗号ルーム」など、CICのあった階に、
ずらりと並んだ計器なんですが・・・。
上から「A-50V」「A-54V」などの電圧、その下は水位を表し、
(EMPTYからFULLまで)その下は0から500までの目盛り。
この情報からは「バラスト水の注入」くらいしか思いつきません。
なお説明は近くになかった模様。
さて、それではどんどんと艦尾に(艦首かも)向かって進みましょう。
CICのところもそうでしたが、この階は扉の高さが異常です。
いきなり何の説明もなく現れた病室。
なるほど、ここからが医療エリアですか。
奥はバス、浴場だそうですが、アメリカなのでもちろんシャワーだけ。
当時からそうだったのかどうかわかりませんが、浴場にドアがありません。
病院のベッドなのにやたら広く、もしかしたら病室にも
士官用の特別室があるのかと思われました。
通り過ぎてから知ったのですが、ここは安静室でした。
執務机があったり小さな洗面台があったり、ということで
ここもかつては安静室の一つであったと考えられます。
「マサチューセッツ」は戦後一度モスボール化されていたので、
その間、ベッドなどは全部艦内から出してしまい、
必要とする別の軍艦に移してしまっていたそうです。
タイプライターを組み込んだ事務机、日付スタンプ。
医療事務を行う部屋であったと推測。
調剤室。
奥には薬棚があります。
同じく調剤室。
処方箋などの入っていたカードボックスと壁一面の薬棚。
奥にあるたくさんドッグレバーのついたドアには「X」マークがありますが、
これはわたしの記憶に間違いがなければ、
「航海・停泊いずれの場合でも常に閉鎖または停止する」
という印であったと思われます。
閉めておかなくてはならないドアの向こうになにがあるのかと、
警告表示を読んでみたら、
「コニング・スペース」
つまりこの向こうには操舵コーナーがあって、ここは
火災のような非常時以外は使わないこと、とあります。
机の上に包帯などを煮沸するような圧力鍋状のものがあります。
左側のドラム状のものは医療廃棄物を捨てるところでしょうか。
シックベイと手術室があるという表示。
シックベイには常時3人の医師、2人の歯科医師、そして下士官である
看護師(Enlisted Medical Corpsman)が勤務していました。
すべての医療設備が整っており、乗員の日々の健康を支えました。
メガネを新しく作ることさえできたということです。
SICK CALL LINE というのは、おそらく診察や定期検診を待つ列だと思うのですが、
「バーベットの周りに列を作ってください。
通路に並ばないでください」
とあります。
バーベットというのは主砲の機構が内包されている部分(というかそのもの)
大きな筒状の壁のことで、そこに沿って並ぶこと、と言う意味です。
そして現場の説明に
「”シックコール”が鳴ると、治療を要する水兵がが列を作って医師と
メディックの診察を待ちます」
とあったのを見ると、どうやら彼らはいつでも病院に行っていいわけでなく、
シックコールとやらが鳴るまでは、不調でも我慢しなければならなかったようです。
病気の程度が深刻だと判断された場合には、「運が良ければ」
その水兵は
「体の楽な任務に就かせるように」
という手紙をもらうことができましたが、
まあ基本戦艦ですので(笑)大抵のものは治療をさっさと済まされて、
すぐさま持ち場に戻るのがデフォでした。
戦闘時には当然ここはメインのバトルドレッシング・ステーション
(応急手当て室)となります。
病室の入り口に来ました。
ドアがなく、天井には目立つ赤い色のレールが通っています。
前にも言いましたように、艦内にはいたるところに天井のレールが通っており、
これで重量物を吊り下げ式モノレールの機構で運搬しました。
狭い軍艦も、これで運べば階段を通らずにすみ、また事故も起こりません。
今ならそういったものはすべてエレベーターで運ぶと思うのですが、
そういえば他の軍艦でも、空母以外に艦内エレベーターは見たことありません。
試験艦「あすか」では滑車で荷物を階段から吊り下げると聞きましたが、
そういえば艦橋に重い荷物をどうやって運んでいるのでしょうか。
この部屋にも、モスボール化する前までは、ベッドが並んでいたに違いありません。
中央部に点滴を吊るすポールが集中しているところから類推すると、
ここには最低でも20床くらいのベッドがあったと思われます。
ところで、部屋の向こう側に先ほどのと同じ計器がありますね。
バラスト注入をまさか病室でやらないだろうしなあ・・・。
ちなみに計器のつけられたむこうの壁が「第1バーベット」、つまり主砲の真下です。
この部分がシックベイの始まりに当たります。
さて、いよいよ手術室までやってきました。
部屋の入り口にはスピーカーが備え付けられています。
オペ室です。
無影灯が5つ、床は洗い流せるようにここだけタイル敷き。
テレビの画面ではかつてここでオペをしていたという
Dr. オーリン・ダナが写っていますが、現場に医師の姿なし。
これから手術が始まるのに違いない。
と思ったらすでに開胸してるし。
肋骨を押し広げるための開胸器が見えてます。
この患者さん、しかも白眼をむいておられます。
はっ、これは「今から手術を始める」のではなく終わったのでは?
そしてなぜ彼が白眼かというと・・・((((gkbr))))(AA略)
こういう、髪の毛も描いてあるタイプのマネキンって、むかーし、
田舎のバス道沿いの洋品店のウィンドなんかにあった気がしますね。
(ここで『海と毒薬』の冒頭を思い出してしまうわたし)
というような不吉な話はここまでにしておいて。
どちらも入ることはできませんでしたが、左のドアは
「ダイエット・キッチン」。
療養食を用意する台所です。
中を見てみますと・・・。
キッチンとか言っても、あまり美味しいものが作れそうではありません。
一応兵員用のチャウ・トレイなんかも置いてあったりしますが。
奥にはここにも「X」のドアがあります。
ところでアメリカの療養食というのは、日本のおかゆに相当するのが
オートミールだったりするのですかね。
アメリカの病院食画像
全てではないですが、なんか随分酷いのもありますね。↑を見たところ、
ましな方でもチキン胸肉のバーガーだったり、ボテトにベーコンとか、
中には全く普通の機内食と見分けがつかないものも・・・。
アメリカで入院するようなことがなくてよかった、とあらためて思います。
右側の部屋は
「STERILIZING ROOM」(殺菌室)。
包帯やガーゼ、リネン、白衣などを殺菌するためのスチームがあります。
奥のハンドルが付いたものは包帯巻き取り器ではないかと思うがどうか。
おそらく水兵用のシャワー室がバーベット(右側)のスペースにありました。
右側の車椅子は、背もたれが籐でできています。
作り付けのベッドはそのまま残されていました。
比較的軽傷の病人怪我人はここに。
病室にはどこにも右下のような赤い非常ランプがあります。
総員退艦なんかの時に点灯するんでしょうね。
ISOLATION ROOM(隔離室)
安静室とはまた違う、もうこれは超シリアスな患者のための部屋。
面会謝絶とかいうときのですね。
一隻の戦艦に歯医者が二人、というのはアメリカ人の
一般的な口腔衛生に対する考え方をよく表していると思います。
診察台は一部屋になんと3台ありました。
歯科医師二人、下士官の助手、フルで患者を診ることができます。
この治療に士官と下士官が同じように並んだのか、それとも
士官は優先ラインがあったのかどうかはわかりませんでした。
頭を支えるヘッドパットがあり倒れる椅子、照明器具と
洗口器のついたスタンド。
現在の歯医者と仕組みは昔から変わっていないみたいですね。
ところで、アメリカの軍艦を見学してこんなディティール(はっきり言って
軍艦そのものにとっては割とどうでもいいことではある)を見るといつも、
日本の軍艦において、たとえばシックベイにあたる部分がどんなのだったのか、
とか歯医者はいたのか、という「どうでもいいこと」を知る術は、全ての旧軍艦が
三笠を除いてアメリカの手で全て廃棄されてしまったために
永遠になくなってしまった、ということを考えずにはいられません。
「こんなに何から何まで当時のまま残っている国もあるのに」
戦争に負けたせい、ということは重々わかっているのですが。
一瞬去来した苦々しさを振り払い、艦内をさらに進んでいきました。
続く。