映画「人間魚雷回天」、続きです。
出撃を明日に控え、最後の娑婆の夜が過ぎていきます。
レスでは主人の求めに応じ、搭乗員が各々揮毫などを行なっています。
村瀬少尉(宇津井健)が書いている色紙は学帽をかぶった大学生のフクチャンの絵。
最初は皆と一緒にレスに行くことを拒んで隊舎に残った玉井少尉(木村功)、
寂しくなって後から合流したものの、色紙の揮毫を求められて
「やだよ!死ぬ前まで嘘をつきたくない!」
と言い放ち、宴席は静まりかえります。
いるよね。こういう空気読まずに自分の感情を爆発させる人。
美人のエス(芸者)を丹波哲郎に押し付けられ、夜を過ごすことになったのですが、
職務遂行しようとして迫ってきた彼女の手を振り払い、
「ばか!お前には女としての誇りはないのか」
と罵ります。
うえ〜嫌な奴。
こういう男が今の世に生きていたら風俗で女性に説教するおっさんになりそう。
っていうかこの後のセリフが
「俺は女というものはもっと美しいものだと思ってる」
マジで風俗で説教してるし。
しかしエスが涙ぐむのを見てすまん、と謝り、
「まるで気の狂ったような男たちを相手に・・・
お前たちのような女が、本当は美しいのかもしれない」
と高速手のひら返しを行います。
広間で一人呑んだくれていると、そこに突入してきたのは
玉井少尉の恋人、幸子です。(津島恵子)
特攻隊に行くことは知らないはずなのに、(多分)女の勘で玉井に会いにきたのでした。
幸子は玉井がすんでのところで芸者と一夜を過ごすことになっていたのを知り、
「出撃までの間、あなたのお心が幾らかでも安まるのなら・・」
と案の定(須崎作品ですから)我が身を投げ出そうとしますが、
「違うんだ!」「いいの」「違うんだ」「いいえ」「違うんだ」
の言い合いに。
幸子の熱情を拒み続けてすっかり煮詰まった二人は、
仕方なく月夜の海岸にやってきました。
未来のない自分の運命を嘆く玉井少尉を慰めようと、
幸子は砂浜でいきなりバレエを踊りだします。
それはいいのですが、この時のBGMが
♪ み〜↓らしどれ (白鳥の湖冒頭)
と始まるので、はいはい、と思って聴いていたら
♪ み〜らしどれ み〜ふぁみ〜
と続いたのでガクッときました。
この作曲センスはちょっとどうかと思う。
「僕には後3時間しかないんだ」
「私の3時間と合わせて6時間よ」
「そうか・・・」
空想の中で現実逃避する恋人たち。
「ここは江ノ島の海岸にしようか。
もちろん真夏の太陽がギラギラ輝いてるんだよ」
「僕たち二人以外は誰もいないんだ」
影の長さを見るに、撮影季節は冬だったようですね。
「僕たちは結婚して十日くらいってことにしようか」
津島恵子が美しい・・・・。
「僕たちは生きていることの幸福をしみじみと味わう。
僕には自信と力が湧いてくるんだ」
しかし現実は・・・。
このシーンがわたしに言わせるとこの映画のハイライトです。
回天搭乗員たちに出撃の時間が刻々と近づいていました。
僧籍にあるせいか、河村少尉は肝が座ったというか、もはや達観している様子です。
帝大哲学科の朝倉少尉は、帝大の先輩とわかった従兵の田辺一水と語り明かしています。
朝倉「僕たちの死は戦争が無謀なものと気づかせるためなんです。
それがせめてもの抗議になればそれでいいんです。
その本を書いたカントも死ぬときに言いましたね」
田辺「エ・・・エス・・イスト、グート・・・」
朝倉「そうだ、これでいい。何もかも、いい。もはやいうことはない」
夜が明け、回天の出撃時間となりました。
「七生報国」のハチマキを全員がつけているのは史実通りです。
菊の花束を抱き短刀を手にして敬礼しながら行進して行く搭乗員たち。
先頭に立つのは隊長の関谷中尉です。
恋人の幸子と別れてきたばかり、玉井少尉。
前回の出撃で生きて帰ってきて、一刻も早く出撃したがっていた村瀬少尉。
「エス・イスト・グート、負け惜しみではなく俺もその心境だ」
と田辺一水に語った朝倉少尉。
やはり生きて帰ってきて出撃待ちの18歳の部下に声をかける村瀬少尉。
「貴様の分もやってくるぞ」
朝倉少尉はシャバで寿司職人だった従兵に声をかけます。
「昨夜の寿司はうまかったぞ!」
田辺一水とはただ無言で見つめ合うのでした。
回天搭乗員の出撃の写真をご覧になったことがあるでしょうか。
実際の彼らも、やはりこのように微笑みを浮かべていました。
そして伊号36潜水艦に移乗する時がやって来ました。
実際の伊36も回天戦を二回行なっており、戦果を挙げています。
艦体は戦後まで生き残り、アメリカ軍によって処分されました。
伊36は最初に「南無八幡大菩薩」の幟を作って出入港時に掲げた潜水艦でした。
回天作戦が始まると潜水艦各艦もこれに倣って幟を掲げるようになったということです。
艦体に乗せた自分の回天の上に立ち、手を振る搭乗員たち。
回天艇内には、潜水艦内部からハッチで乗り込みます。
「慶應義塾大学経済学部出身、海軍中尉関谷武雄他3名、
回天特別攻撃隊、菊水隊として出発します!」
「天晴れな娑婆っ気だぞ!頑張れ!」
娑婆っ気が多すぎると彼らを殴っていた兵学校卒士官も、今はただ彼らに声援を送ります。
自分自身も回天搭乗員として明日にも出撃する身であれば、
今更兵学校出だとか予備士官だからどうだとか言っていられるでしょうか。
「刀振れ〜」
帽振れならぬ、「とう」振れ。
旭日旗の端っこが破れてギザギザなんですがこれは・・。
朝倉少尉に帽を振る従兵二人組。
一人玉井少尉は、遠く離れた海岸に向かって手を振ります。
なぜか。
そこには先ほど別れたばかりの恋人、幸子がいるからでした。
ただお互いだけのために手を振る恋人たち。
そして二度と会えない恋人を乗せた潜水艦が見えなくなったとき、
彼女はためらいもなくスタスタと海に向かって歩いていき・・・、
・・・・おいいいいっ!
いや、的(回天)の不調で発進できず、生還する例も時々あるわけだし、
玉井少尉がまだ死んだわけでもないのに、そんなあっさりと死ななくたって・・。
さて、こちら出撃中の伊36潜内で出撃を待つ予備少尉たちです。
コーヒーを配る従兵の手が震えているので朝倉が見咎めると
「特攻隊の皆さんは軍神であります」
「軍神か・・早いとこ化けの皮が剥がれないうちに神様になるか(笑)」
搭乗員たちの命の終焉の時が、刻一刻と近づいていました。
続く。