アメリカ陸軍士官学校、ウェストポイントにはミュージアムがあって、
誰でも見学できるらしいということで見学を決めたわたしですが、
例によってそれ以外のことを全く調べずに現地に着いてみれば、
バスに乗って学内を見学するツァーがあるらしいとわかりました。
『合衆国ミリタリーアカデミーはあなたを歓迎します』という言葉が、
大々的に壁に刻まれているのが、このビジター・コントロールセンター。
立派なロビーにカウンターがあり、そこでは左のバナーにもある
「ウェストポイント・ツァー」を受け付けています。
「参加してみようか」「時間が合えばいいけど」
カウンターで聞いたところ、ツァーには一時間コースと一時間半コースがあり、
なんと15分後に一時間コースのツァーが出発するとのこと。
なんてラッキーなんでしょう。
一人12ドルくらいの(正確には忘れた)フィーを払って、出発まで
「The long gray line」 のエントランスから入るミュージアム
(これはいわゆるウェストポイントミュージアムとは違い最近できたもの)
の見学をして待ったというわけです。
ウェストポイントの歴史、士官候補生たちがどんな訓練を行なっているのか、
というようなことを体験的に知ってもらいましょう、というのがここの目的です。
創立から今日に至るまで、国防の軍を率いる指揮官を育成してきた
陸軍士官学校は「国の宝です」と言い切っています。
当たり前ですよね。
防人と彼らを育てる教育機関が国にとって宝であるのは当然です。
それが普通の国の考え方であることを、普通の国でない日本に住むものとして
こんな表現からもつい思わずにいられないのですが、それはともかく。
上段左から二番目の、
シルヴァナス・セイヤー(Sylvanus Thayer )1875-1872
は、陸軍士官学校の父というべき人です。
彼自身も陸士を出ていますが、ジェファーソン大統領の命により、
セイヤーが取り入れた教育方針や軍人になるための躾などが
彼の監督時代に体系化して現在もそれが受け継がれています。
防衛大学校もそうですが、士官学校では工学を重んじ、
教育のコアにエンジニアリング(土木含む)を据えています。
左から三番目の写真は建造途中のワシントン記念碑ですが、
これにも多くの陸軍士官学校卒業生が加わった、と書いてあります。
最初に起こった大きな戦争、南北戦争への参加をはじめとして、
世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争など、卒業生のステージは
常にアメリカが行なってきた戦争とともにありました。
ウェストポイントを訪れた内外からの賓客のサイン。
上から主な人物を書き出すと、
1842 チャールズ・ディケンズ
1860 イギリス国王エドワード七世 ウェールズ公
1872 日本使節団
1862 アブラハム・リンカーン
1863 ラルフ・エマーソン
1881 マーク・トゥエイン
1895 ウィンストン・チャーチル
1902 セオドア・ルーズベルト
1916 ウッドロー・ウィルソン
1872年の日本使節団は咸臨丸を連れて行ったあの全権団です。
Japanese Embassy Delegation
の文字(上から五番目)は几帳面で美しく、
いかにも日本人の書いた文字だなと思わせます。
ところで冒頭にもあげたこの4本の柱は、ウェストポイントの
指揮官に必要なものが刻まれています。
まず「リーダーの資質」と上にあり、柱には左から
Academic (学術)
Military (軍事)
Physical(身体)
Character(人格)
それを土台で支えるのが、
Duty(義務)Honor(名誉)Country(祖国)
なるほど。
しかし言うては何ですが、これだけのことを言うのに、
こんな大掛かりな舞台装置みたいなのをわざわざ作るって・・・。
士官候補生を教育し、訓練し、啓発することで、ここを卒業した者が
Duty、Honor、Countryの価値を踏まえた指揮官の資質を備えること。
そして秀でた専門知識を備えたキャリアを育て、国家に奉仕する
アメリカ陸軍の将校となるための準備を行うこと。
下手な訳ですみませんが、これが陸軍士官学校の「ミッション」です。
右手を上げる仕草は、士官候補生が晴れて任官する際の誓い、
自衛隊でいうところの服務の宣誓とともに行います。
「私、〇〇は、米国憲法を支持し、国内外ののすべての敵から
米国憲法を守ることを誓い、それをここに厳粛に宣言(または肯定)します。
同じくそれに真摯であり忠誠を負い、なんらの心裡留保も
忌避の目的もなく、また対価を求めずその義務を果たし、
誠実かつ十分に、自らに与えられた任務を果たすことを誓います。
神よご加護を。」
これもなかなか下手な翻訳で失礼いたします。
陸軍士官学校のOath (宣誓)には、
「any mental reservation 」
「purpose of evasion」
という、自衛隊の宣誓でいうところの
「事に臨んでは危険を顧みず」「身を以て責務の完遂に努め」
に当たるところに、英語圏の者でないと少し理解しにくい、
この二つの言葉が使われています。
メンタル・リザーヴァションを「心裡留保」と訳してみましたが、
これは、
はっきりした疑いではないが、心の底から信じることを妨げる何か
というときに使われます。
芥川龍之介の自殺の理由みたいですね。
日本語で「一点の曇りもなく」とよく心情説明のときなどに言いますが、
この場合も"without" を伴って同じように翻訳するのが良かもしれません。
これを読んで思ったのは、自衛隊の宣誓はその対象が「国民」ですが、
こちらは「米国憲法」となっていることです。
かの国では国民と憲法は一義であり、日本のように乖離した存在ではないことを、
こんなことからも感じ取ってしまうのですが、それはともかく。
指揮官養成のためのシステムについての紹介です。
学術的にも肉体的にも、鍛錬され、錬成されてこそ指揮官、
ということで、徹底的に厳しい47ヶ月のプログラムが組まれています。
特に軍事演習については、状況判断と意思決定の能力と、
的確で私心のない命令を下せることに訓練はフォーカスされます。
「個の集まりは個より偉大である」
切磋琢磨と言いますが、共に学び刺激し合い、協力することで
より一層そのリーダーシップを強固に培うことができるのです。
どう行動し、どう振る舞い、どう真実を撰び取るか。
指揮官は部下と言葉と行動で意思疎通をはかり、
モラルと尊厳ある立ち居振る舞いで任務を果たさなくてはいけません。
指揮官の人格は陸軍の価値に直結し、部隊の士気に直結します。
そのため指揮官はしなやかで強靭な肉体を備えていなければなりません。
そして、柔軟性のある精神が的確な判断力と独創を生むのです。
「責任の重みを感じること」
いやー、なんというか、軍隊指揮官の養成というのは、
おそらく世界どこに行っても同じような言葉を使うものですね。
「指揮官の条件」というのは古今東西共通なのに違いありません。
学生は「学生隊」(Corps Of Catdets)を組織し、そして
シニア(最高学年)の優秀な生徒から隊長が選ばれます。
夏の野外訓練では小隊が組まれ、上級生が下級生を指導します。
そして指揮官としてのステージが上がると同時に責任も大きくなります。
陸軍士官学校の学生隊の階級について説明しています。
下から
1年 カデット・プライベート
2年 カデット・コーポラル
3年 カデット・サージャント
4年 カデット・オフィサー
どうも乱暴な進級ですね(笑)
各学年の呼ばれ方とその目標は、
1年 (プリーブ pliebe)チームメンバー ついていくことを学ぶ
2年 (イヤーリング yearling)リームリーダーになる 下級生の指導
3年 (カウ cow )リーダーシップスキルの向上とスタイルの洗練
4年 (ファースティ Firstie)士官として学生隊を指揮する 常に考え、創造せよ
「プリーブ」はそのものが陸士の1年生のことを指します。
「イヤーリング」は一般的に動物の1歳児のことです。
「カウ」は文字通り牛ですが、「イヤーリング」の牛が、
3年になってやっと大人になったということなのかもしれません。
まあ、大人になったと言っても牛なんですけどね。
「ファースティ」は「ファースト」から来ています。
海軍兵学校でも4年生が「1号生徒」だったでしょ?
卒業生の紹介コーナーです。
まず左、2006年に卒業した、ルカズ・デーダ君。
ニューヨークはクィーンズの出身で、ポーランドから10歳の時やって来た
移民の息子さんです。
彼はやはりウェストポイントに在学していた長兄を訪ねて
ここにやって来たとき、
「この場所に恋してしまった」
ということです。
なんか当ブログ的に親近感が湧きます。
専攻はドイツ語。
はてポーランドの人ってドイツを死ぬほど嫌ってると思ってたけど・・。
かつての敵を知る、という意味があるのかな。
彼は今航空士官として活躍しています。
右は女性、2007年卒のレネー・ファラーさん。
インディアナ州出身の彼女がウェストポイントに入ったのは、
9・11同時多発テロ事件がきっかけでした。
「世界にある悪くなっていく物事を自分の力で変えることができ、
その変える力の一部になりたいと思ったんです」
在学中は英語専攻、フェンシングをし、弦楽合奏団にも参加していたという彼女、
今では陸軍の武器科にいるということです。
さて、次回はこの展示から、ウェストポイントの毎日についてお話しします。